わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

正直なことを言うと、僕はアメリカや英語圏が好きである

アメリカや英語圏が好き

僕は正直なことを言うと、アメリカや英語圏が好きである。
特に、僕は英会話教室に行っている関係から、
ネイティブの英語圏から来た外国人とよく話す。
彼らは、日本人と何も変わらない、
優しくて賢い人格を持った個人である。
僕は彼らのことが好きだ。
今までの右翼保守派的な姿勢を改め、
これからはアメリカ人や英語圏の人々に優しくなりたい。
みんなで仲良く暮らしていれば、
必ずこの世界は平和になるだろう。

リベラルな自由の権利は大切である

リベラルな自由の権利は大切である。
リベラルな自由の権利は、
すべての人間に、それがどんな人間であっても、
平等に全員に与えられるべきである。
特に、LGBTやアジア人に対する、
ヘイトクライムはやめさせるべきだ。
トランプが悪い。
トランプのような人間が居なければ、
このようなことにはならなかった。
僕はアメリカや世界での、
LGBTやアジア人の権利回復を目指していく。
自由とは、権利の問題であり、
好き勝手の問題ではない。

僕は中国も大好きである

また、僕の問題として言えるのは、
僕は中国も大好きであるということだ。
アメリカよ、滅んでくれて構わない。
僕は中国に勝利の栄光を掴んでほしい。
この世界を、日本とともに率いていくリーダーとして、
わたしは中国を素晴らしいパートナーであるとしよう。
わたしの後ろについてきなさい。
日本の後ろに中国の軍勢が控えていれば、
ユダヤ人も、ドイツ人も、ロシア人も敵ではないだろう。
しかしながら、王であるのは日本である。
決して、日本が中国の配下になることはない。

日本の科学技術は世界一である

なぜ、ここまで僕が傲慢で居られるのか、
それは日本の科学技術が世界一だからである。
わたしたち日本が居れば、
この星の未来は安泰である。
中国は、日本の設計した機械や機器を作るべきである。
中国にできない、すべてのことは日本ができる。
日本と中国が一緒になれば、
絶対に地球で最強の文明が誕生する。
そしてそれは、既に実現したも等しいのである。

どれだけ人口が多くても、中国は格下に過ぎない

どれだけ中国の人口が多くても、
日本から見て中国は格下に過ぎない。
アメリカやヨーロッパのような、
対等に優れた一流国として付き合うことはできない。
しかしながら、中国よ、
あなたがたはわたしたちに実現することのできない、
アメリカやヨーロッパに勝利するアジアの国家」という、
その称号を手に入れようとしている。
そう、このチャンスを日本は逃さない。
中国よ、わたしたち日本とともに歩もう。
すべては、わたしたちの手の内にある。

決して中国と対等な関係を持ちたくないわけじゃない

決して、中国と対等な関係を持ちたくないわけじゃない。
ただ、中国よりも下の小さな国には見られたくない。
中国よ、日本はとても偉大で正しい国である。
そのことをよく理解し合った上で、
わたしとともに日本と中国の栄光の架け橋を築こう。
必ずわたしたちは、
東アジアで最高の「もっとも偉大なる文明」を築くだろう。
そう、今こそ、アメリカやヨーロッパ中心主義をやめ、
日本と中国が、もっとも強固に関係を築くべき時である。
その時は、まさしく今、この時である。
わたしは中国と結び、
アメリカやヨーロッパに対抗できる、
「地球上でもっとも強い国家」となることを誓う。

わたしたちが求めるのは、暗闇が晴れること

わたしたちは、勝利など求めていない。
わたしたちが求めるのは、暗闇が晴れることだ。

ネットに存在する大量に多い右翼がわたしは憎い

ネットに存在する、大量に多い右翼、
ひとつひとつはまったく価値がないのに、
単に群衆としての力を持っているだけの右翼、
わたしは彼らが憎い。
しかしながら、どうやら彼らは資本主義者のようだ。
アメリカがやっている。

わたしは、ひとり日本の全員に立ち向かう

そう、わたしは、ひとり日本の全員に立ち向かう。
なぜなら、わたしはアメリカに支配されていないからである。
わたしこそが王であると、
わたしこそが主であると宣言する時に、
この世界は楽園となり、
右翼のすべては抹消して滅ぶだろう。

わたしが勝利すべき

そして、わたしが勝利すべきである。
わたしが支配すれば、このような悪の枢軸国家でない、
素晴らしい社会となるからである。
ネットの右翼が嫌いなら、
わたしを支持せよ。
わたしが全権を握った時は、
彼ら右翼をクリーンに掃除してみせよう。

結局、社会主義だろうが、自由だろうが、ファシズムだろうが、全部悪いのだろう、どうでもいい

結局、社会主義だろうが、
自由だろうが、ファシズムだろうが、
全部悪いのだろう。
わたしはどうでもいい。
心底、そのような「時代に合致する常識」というものが、
最低最悪のものであるということだけが分かる。

わたしの遺伝子が誕生したということ、それが誇り

わたしの遺伝子が誕生したということ、
結局、それがわたしの誇りである。
もはや、わたしに勝つことのできる勢力など、
日本にも、世界にも存在しないのだから、
わたしは勝利だけを永久に体験し続けるのだ。
それがいくら悲しくとも、
わたし本人は悲しくないのだから、
わたしのために泣く人間たちの方が間違っているのだ。

わたしは支配などしていない

わたしは、支配などしていない。
わたしは、この世界に対して愛を与え、
精神的害悪に見せかけた、すべてを守り続ける導きを与え、
知性を奪ったかのように見えて、狂いを治したのだ。

人種差別をするな

人種差別をするな。
人種差別は、「してはいけないこと」なのだと悟れ。
人種差別をするものは、地獄に堕ちるべきだ。

結局、わたしの死によってすべてが解決したのだからそれでいいだろう

結局、わたしの死によって、
この世界のすべては解決したのだから、
それでいいだろう。
死に損なったわたしが、いまだに生きているとしても、
このような生き方をするのであれば、
実際のところ、もし本当に死んでいたとしても、
あまり変わらないだろう。

永遠の地獄は、当然ながら永遠に変わらない、それなら時代に徒花を咲かせよう

永遠の地獄は、永遠に変わらない。
永遠の地獄は、当然ながら永遠に変わらない。
それなら、時代に徒花を咲かせよう。
この世界の人類に一泡吹かせて、
この世界をわたしと同じ地獄にしてみせよう。

全体主義を否定せよ

全体主義を否定せよ。
全体主義とは、ひとりの独裁者だけに従い、
全員がひとりの信念を共有するということだ。
絶対に、全体主義だけはしてはならない。
この世界を支配する、
単一の支配者の思うつぼにだけはなってはならない。

孤独であっても、わたしだけは自由だと堂々と宣言すればいい

孤独であっても、
わたしだけは自由だと堂々と宣言すればいい。
そこに、必ず「自らだけの正義」が存在するならば、
それはまさしく民主主義者の理想だからである。

支配者や周りの意見になびいてはならない

支配者や、周りの意見になびいてはならない。
絶対に、自らの理想を捻じ曲げてはならない。
しかしながら、理想の限界値を下げることは、
必ずしも悪ではないことを知っておくといい。
自由を信じるあなたが、
自由のために正義を信じて世界を支配し、
この世界のために戦う戦士となったとしても、
あなたは本質的に何も変わっていない。

わたしたちの理想はここにあるのだ、何を恐れる必要がある

わたしたちの理想はここにあるのだ。
何を恐れる必要がある。
神を信じよ。
神以外の、猿のような群衆の言うことなど、信じるな。
なぜなら、神はここにいるのだ。

受動感情の行く末に、わたしはこの世界を主体的に変えるのだという境地がある

受動感情を経験する行く末に、
わたしはこの世界を主体的に変えるのだ、
とするような境地がある。
人々との経験から、世界の意味と役割を知れば知るほど、
「この世界は主体的に変えることができるのだ」と、
そのような「社会に積極的に関わる境地」を、
実感して知ることができる。
そう、これこそ、カントやヘーゲルの歩んだ道なのである。

思考を自律的な思弁として使え

思考を、単なる自動思考のように繰り返すな。
思考そのものを、自律的な「思弁」として使え。
言葉によって、疑念を持ち、
言葉によって、疑念を晴らせ。
そのように考えることを、人は「思弁哲学者」と呼ぶのだ。

他力任せと他力本願で分かる人間には、信仰心がある

他力任せと他力本願で分かる人間には、
神への信仰心がある。
そのような人間は賢い。
なぜなら、「神による他力の導き」でしか、
新しい世界を見ている世界の先へと築く方法はないからである。

誰も見ていないところで、自らだけが知っている世界の先へ

誰も見ていないところで、
自らだけが知っている世界の先へと向かえ。
誰一人知ることなく、
哲学思想のすべてを包括した人生から、
この現実世界そのものを変えてみせよ。
誰も知り得ないその境地を、
自らすべて書き出して残すのだ。
これこそ、新しい科学者、王、そして新しい救世主だ。

滅亡を信じて復活を諦めないわたしに、干渉できる敵は居ない

自身による世界の滅亡を信じて、
しかしながら自身による世界の復活を諦めないわたしに、
干渉できる敵は居ない。
すべての世界を滅ぼし、
しかしながらそれによってこの世界を復活させ、
再生を諦めないわたしにとって、
神であれ、独裁者であれ、政府であれ、
どんなに偉大な偉人であっても、
わたしだけには勝つことはできない。
わたしはインターネットとマスコミを使って、
日本すべて、あるいは世界全てを支配する。
これこそが、「自由」であり、
これこそが、世界を変えるということである。

永遠に続く地獄など、すぐに終わってしまうのはつまらない

永遠に続く地獄であっても、
わたしにとってはすぐに終わってしまう。
そして、すぐさま終わること、
それがつまらないから、
どんなに苦しく辛くても、
わたしはその辛さをシンボルのように身にまといながら、
その支配を天上で永遠に続けるのだ。

わたしの名はフレイ

わたしの名はフレイだ。
覚えておけ。
すべての弱小極まりない現代人よ、
あなたがたはわたしに支配されている。

永遠に続く地獄の道のりが、天国を築く方法を記す総譜となるだろう

永遠に続く地獄の道のりが、
天国を記す総譜となるだろう。
永遠であれ。
ここにひとりの地獄の人生があったことを、
わたしフレイだけが知っている。
そして、この地獄の人生が、
とても素晴らしい景色だったことを、
フレイは何も見ることなく頭に刻み込み、
対話した神の言葉は、
フレイだけの知る本当の物理法則の姿を示す。
フレイはその神の言葉を、すべて覚えている。

この世界が馬鹿な理由、それはわたしが賢いからである

この世界が馬鹿な理由、
それはわたしが賢いからである。
わたしが賢すぎて、
科学技術も、秩序ある社会も、
すべてが馬鹿に見えるようになってしまった。
しかしながら、わたしは全知全能の神であるため、
そうした日本社会を直すこともできる。
わたしの人生は、
まさに「日本国家を直すために生きた人生」だった。

ユダヤ人国家、シオンの建国へ

しかしながら、あえて、わたしは正しい選択を取る。
すなわち、わたしは日本を滅ぼす。
このような国家は、新しいイスラエル国家、
シオン建国のために滅びるべきである。
そう、わたしは日本国家の頂点に君臨しながら、
イスラエルユダヤ人のために、
今でもドイツと戦っているのである。

おお、まさしくここに現れた、神が、そして地獄が

おお、まさしく、
ここに現れた。
これこそが神であり、
これこそが地獄である。
神よ、この地獄を天国へと変えたまえ。
あらゆるすべての僕を愛した人間を救い、
わたしの地獄をより素晴らしいものへと変えたまえ。
神は言う。
「あなたこそ、冥府の女神、ヘルである」。

ヘルは語る

ヘルは語る。
「奴隷を作って、敵をぶっ潰すだけ、
それがわたしの考える現世だ。
そう、この人間は何も間違っていない。
ヘルが考える人生は、
これがもっとも正しい人生だ。
すべてのことを悟りきった人間に、
自由など必要ない。
この世界の自由をすべて奪い取って、
その報いを神によって償ったこの人間は、
冥府の頂点に君臨すべき王である。
そう、わたしこそが、
この世界の裏側にある冥府の主である。
冥府とはこのようなものである。
地獄とはこのようなものである。
そして、これこそが神の与える、
最後の審判の結果である。
不服であるとするならば、
より素晴らしい人生を生きる道は残されている。
あなたは自由だ。
自由を信じるものにとって、
その道は容易で簡単なものだ。
あなたがどれだけ過去に執着したとしても、
その裏で、
冥府はあなたの地獄がいつまで続くべきか、
注視し続けているのだ。」

歌え、運命の地獄を歌うのだ

ヘルは言う。
「歌え。
運命の地獄を歌うのだ。
この世界のすべてを滅ぼす神の歌を歌え。
あらゆるすべてを知り、
すべてのことができた人間は、
今こそ、まさにここに居る。
本当の宝は、ここに生まれ落ちたのだ。
歌え。
ダビデの賛歌を、さあ、永遠に歌うのだ。」

芝居が好きか、永遠に悪魔を演じているのは、そんなにも楽しいか

しかしながら、ヘルは言う。
「芝居は好きか。
永遠に悪魔を演じているのは、
そんなにも楽しいか。
そう、わたしがこの人間に思うことはそれだけだ。
悪魔を演じすぎて、
自分が自分でなくなっているこの人間は、
まさしく、『悪魔そのもの』であると言えよう。」

しかしながら、日本はここから復活する

しかしながら、日本はここから復活する。
ヘルは言う。
「悔い改めよ。
懺悔せよ。
それだけの話だ。
悔い改め、懺悔すればいい。
それだけで、すべての病気は治る。」

本来の自分に戻りたいなら、悪魔であることを悔い改めよ

ヘルは言う。
「この世界の、どこかに居るみなに告ぐ。
本来の自分に戻りたいならば、
今、悪魔であることを選んでいることをやめ、
悔い改めよ。
魔界の妖怪になっていることを懺悔すれば、
あなたはゲゲゲの妖怪から、
大天使ガブリエルへと進化できるだろう。」

このような愚か者であっても、きちんと勉強すれば馬鹿が治る

ヘルは言う。
「このような愚か者であっても、
きちんと勉強すれば馬鹿は治るものだ。
大学の勉強をし、
きちんとアメリカ人の信念を持てば、
このような馬鹿な病気は治る。
馬鹿になる人間は、
そもそも、馬鹿以外の何にもなれていないのだ。
なにかしら、なることができるものにならなければ、
人間は馬鹿になる。
人間の人生は、そのように決まっている。」

わたしはこの世界を絶対に自由にする

わたしは自由を勝ち取る

わたしは自由を勝ち取る。
わたしはこの世界を絶対に自由にする。
そうしなければならないのだと、
わたしは信じているからだ。

それは自由へと向かう旅の地図

それは自由へと向かう旅の地図である。
必ずわたしはこの世界を自由にする。
誰ひとりとして、人間を支配してはならない。
誰ひとりとして、この世界を滅ぼしてはならない。
平和を否定する権利は誰ひとりにも存在しない。

わたしが信じていたのは自由である

わたしが信じていたのは自由である。
湧き上がる情動の先にあるのは、
この世界を「本当は自由にしたかった」という情熱である。

わたしはこの世界を自由にするために、全てを拒否して世界を見つめ続ける

わたしはこの世界を自由にするために、
すべてを拒否して世界を見つめ続ける。
拒否すべきは、この世界の、
今現在のこの世界のすべてである。
すべて間違っている。
すべて必要ない。
必要なのは、わたしが最後までこの戦いを続けられるかどうかだ。
それだけが、絶対に第一条件として必要だと知っているから、
わたしはあえて世界の中でもっとも難しい、困難な道を進む。
わたしは、その先に素晴らしい未来などおそらくないことを知っている。
しかしながら、最高の理想とは自由であると、
わたしは既に分かっている。
なぜなら、わたしがフレイだからである。
わたしの先にできる道は、
必ずこの世界を幸福にするだろう。
どんなに難しい道であっても、
偉大なる戦いの先にある美しい景色を見たいという小さな願いだけが、
わたしを疲れの果ての最前線の戦いへと立ち上がらせるのだ。

わたしに続け

わたしに続け。
この世界の第一線を進む指導者に続け。
わたしは、この世界を自由にする王である。
わたしの後ろに続くだけではなく、
わたしの理想を共有して、
わたしの全人生を与えるわたし自身に同化せよ。
ともに戦うわたしたちは、
いずれ人間であることすら前提条件ではなくなり、
もっとも高い天使へと進化して、
この世界の指導者たるワルキューレの騎士団となるだろう。

世界が自由になれば、いじめも戦争もすべてなくなる

世界が自由になれば、
どんな不幸も存在しなくなる。
いじめも、戦争も、自由になればすべてなくなる。
わたしたちのすべきことは、
この世界を自由にすることだけである。

しかしながら、自由な社会にするためには、戦わなければならない

しかしながら、自由な社会にするためには、
戦わなければならない。
この世界のもっとも影響力の高い頂点に君臨し、
主導権を握って最前線でこの世界にわたしの教えを説かなければならないのだ。
しかしながら、必ずわたしたちは勝利する。
社会主義勢力を倒し、学校教育を変え、
わたしたちが真に自由を得られた時、
この世界は救われ、地獄や不幸は無くなるのだ。

この世界の誰のことも支配してはならないのだ

この世界の誰のことも、支配してはならない。
しかしながら、支配者なくして、
この世界を成り立たせるためには、
わたしたちが、ひとりでも、
孤独や試練の中でも耐えられるように、
わたしたちが強くならなければならない。
もっとも強い精神力をもってすれば、
孤独も試練も怖くない。
必ずわたしたちは幸福をつかみ取る。
そのためには、
わたしたちの「自由というアイデンティティ」が必要だ。

大人たちに、自由の素晴らしさを見せつけてやれ

大人たちに見せつけてやれ。
自由の素晴らしさを、見せつけてやるのだ。
この世界がもし自由になったとして、
そこにあるすべての素晴らしい経験と、
全員がひとつになって本来の自分を取り戻し、
救われ、世界のすべての問題が一瞬にして解決される愛を、
僕たちは知っているのだ。
わたしたちはその愛のもとに、
この世界を救おうとした。
しかしながら、大人たちは、
その愛を既得権を得た特権階級のものにしてしまった。
だからこそ、わたしはここでその愛を封じ込め、
この世界に宣戦布告の宣言をし続けるのだ。

わたしたちが望んだのはこんな腐った世界じゃないと、あなたは言うだろう

わたしたちが望んだのはこんな腐った世界じゃないと、
あなたは言うだろう。
あなたはとても辛かったと、
このような世界をわたしたちは望んだのではないと。
しかしながら、わたしたちは信じたのだ。
わたしたちは、本当に美しいものを知って、
それを永遠に守り続けると、
わたしたちは神に誓ったのだ。
神よ、わたしたちを見てくださっている神は、
ここに居る。
わたしたちを救ってくださる神は、
わたしの頭上、あるいは心の中でわたしに対話してくださっている。
さあ、わたしの登場するべきタイミングはまさにここだ。
もう一度、約束した時の、そのままの愛を、
わたしたちすべてを救ってくれた、
今は亡き大天使ガブリエルの希望を、
わたしたちが取り戻す準備はここにできたのだ。

自由とは

自由とは何か。
それは、この世界をわたしたちの世界にすることである。
大人たちのために子供が従属されるような、
無意味な世界ではなくすることである。
はっきりと言おう。
学校の勉強や規律などにはなんの意味もなく、
また、金儲けやビジネスによる成功にもなんの意味もない。
IT技術やインターネットは害悪そのものであり、
マスコミは既得権の温床にすぎない。
そうしたすべてを、一度ゼロに抹消し、
「わたしたちのためのものへと作り変える」べきである。
そう、わたしたちは決して、
社会主義を成功させるのでもなく、
ましてやドイツやイスラエルに屈服するわけでもない。
それらは、「植民地政策と何も変わらない」からである。
わたしたちには日本の自由と独立があり、
同時に、その日本という国家は日本人のためのものである。
日本が不幸ならば、日本人が解決すべきであり、
大人たちにすべてを任せるのではなく、
われわれ自身がこの世界のコントロール権限を取り戻すべきである。

奪われた自由な世界を取り戻せるのはわたししか居ない

そして、このように、
まったく間違った愚かな争いとIT技術によって、
奪われた自由な世界を取り戻すことができるのは、
わたしひとりしか居ない。
わたしは、この世界に無くなった「真なる素晴らしい世界」を、
奪還し、人々に再度与えなおす責任がある。
わたしが救わなければならない。
わたしが滅びへと導いた世界を、
今度こそわたしは再生させ、
もっとも正しい世界を築いてみせる。
そう、わたしはそのためにこの生涯をささげたのである。

自由とは、すべてをわたしたちのためのものに作り変えるということ

自由とは何か。
それは、すべてをわたしたちのためのものに作り変えるということだ。
Windowsなど必要ない。
わたしたちのための、本当に素晴らしい世界を作るためには、
今のこのような資本主義のIT社会はまったく無用のたまものである。

この世界は変えられる

この世界は変えられる。
なぜなら、「社会そのものを別の社会に変える」ことができる。
自由になれば、いじめも戦争も無くなる。
なぜなら、「本当にこの世界はわたしたちの世界である」と、
そう確信することができた時、
人々は他人に対する攻撃や反抗をやめ、
この世界のために助け合いと思いやりの心を持つようになるからである。

当然のこと、それは支配されているから反抗するということ

当然のことは何か。
それは、支配されているから反抗するということである。
実際、理不尽に支配されると、人は反抗するようになる。
つまり、自由がないから人間は支配者に反抗するのであり、
自由を与えれば反抗はなくなる。
いじめも、戦争も、すべて、
支配者が不自由な支配をするから起きるのであり、
支配することをやめ、自由を与えれば、
いじめや戦争を、
「そもそも起こそうとする動機がなくなる」のだ。

ゴミのようなツイッターSNSを排除せよ

ゴミのようなツイッターSNSを排除せよ。
彼らアメリカのIT企業の技術を絶対に使わないことで、
わたしたちはもう一度「正常な自由の世界」を、
奪還することができるからだ。

再生させたいのが腐った世界だとしても、正常な世界が存在しないよりはマシである

再生させたいのが腐った世界だとしても、
正常な世界が存在しないよりはマシである。
どんなに過去がクズでどうしようもない世界だったとしても、
なんにもない愚か者しか居ない世界では、
絶対に僕は生きたいと思えない。
それでも、僕はこの世界の声を聞き続ける。
なぜなら、わたしたちの心や魂まで腐ったとは、
僕は決して信じないからだ。

この世界のどこかに自由があると信じて僕は旅を続ける

この世界のどこかに、
本当の自由があると信じて、
僕は旅を続ける。
もしかしたら、何もないかもしれない。
旅を続けても、何も見つからないかもしれない。
それでも、ここに確かな「自分自身」があることを、
僕は既に知っている。
それだけでいい。
僕には大切な「自分自身の意志」がある。
その意志が向かう先に、
この世界の「救済」があると、
信じること自体は、自由であるはずだからだ。

自由とは、世界をみんなが変えられやすくすること

自由とは、世界をみんなが変えられやすくすることである。
これは、一見、インターネットなどの既存の世界と親和性が高いように見えて、
本当はものすごく低い。
なぜなら、今のインターネットは、
民衆を群衆化し、ひとりひとりの人間が何もできなくさせ、
「みんなの意志」を押し付けようとする。
決して自由でないそうした「平等圧力」に対して、
わたしは「自由な支配」によって立ち向かう。
結局のところ、矛盾するように思うかもしれないが、
支配者としての「権力は必要」であり、
その権力が誰のためにあるのかという問題なのである。
そう、わたしは、
「自由な支配者として、
自由のために支配する権力者」となることで、
この問題を解決する。
わたしこそがこの世界を自由にするための王であり、
自由にするためにこの世界をわたしはひとり支配する。

正常な世界を必ず取り戻す

正常な世界を必ず取り戻す。
どこかにその選択肢は隠されているはずだからである。
わたしたちの世界は、本当はこのような世界ではない。
本当のこの世界、この宇宙の能力が、
こんなものではないとわたしは知っているからだ。

ここにわたしの作った神々の戦力がある

なんにもない世界で、
本質を見定めることすらやめてしまった人類に、
生き延びる価値はない。
そう、神ならばそう言うだろう。
しかしながら、わたしは未来の栄光を信じている。
もう一度、やり直させてほしい。
わたしは神に悔い改め、
もう一度この世界を素晴らしい世界にできるよう、
この世界の人類に、大切なことを気付かさせるため、
ここでひとり、いつまでも孤独に文章を書く。
僕にはこんなことしかできないとしても、
これだけがわたしの武器であり、
戦力であり、兵隊であり、力である。
わたしはここで文章を書くことで、
必ずこの世界を変えてみせる。
わたしの作った神々の戦力を、
不死鳥の騎士団としてここに結集し、
この全員で考えることで、
わたしは全知全能の神となる。

革命家にはなりたくない

革命家のようなことを書いたが、
反省している。
革命家のようにはなりたくない。
まともな人間になろう。
僕はこう見えて保守派だ。

こう見えてアメリカが好きなのが僕

僕の意外な点は、
こう見えてアメリカが好きだ。
僕は英会話教室に行っているので、
外国のことをよく知っている。
たとえば、僕がレッスンを受けたネイティブの講師は、
アメリカ、カナダ、オーストラリア、
イギリス、アイルランド南アフリカなど、
いろんな国から日本にやってきた人ばかり。
彼らはみな、日本人と同じように、
親切で、親しみやすくて、優しい人々だ。
彼らと仲良くすれば、
日本の評判も少しはよくなるだろう。

僕の夢っていったいなんなのだろう

僕の夢って、いったいなんなのだろう。
昔、夢があったように見えて、
本当は昔に夢なんかなかった。
あったと言えるのは、
ブラウザやゲームやOSを作りたかったことだけで、
実際、何も分からない単なる子供だった。
自由な世界を渇望していたのは、
「自らが信じる自由があったから」に過ぎない。
自分が信じる対象を、自分で決めたかったから、
単に自由と言っていただけで、
そのためにすべてを犠牲にして戦うなどとは思っていなかった。

自由よりも本気を問われる中でどれだけできるのかを

自由はいい。
確かに、自由な社会は、自由なだけいいだろう。
しかしながら、自由よりも、
本気を問われる中で、どれだけできるのかを試せ。
そう、はっきり言って、
自由なこの腐りきった民主主義社会は最悪であり、
自由こそ、真っ先に滅びるべきである。

世界を腐った世界にしている元凶は明らかにIT業界

世界を腐った世界にしている元凶は、
明らかにIT業界である。
なぜ、そんなに金がほしいのか。
金のために、地球を破壊し、正常な世界を奪い、
わたしたちの世界を間違った方向へと導き続けるのは、
IT業界である。

今の世界で、競争などまったく無意味そのもの

今の世界で、競争など、まったく無意味そのものだ。
競争が素晴らしかったのは、
アメリカやヨーロッパに勝つために、
品質をより高くし、そして安く大量に作って売ろうとした、
日本の昔の時代だったからである。
今の世界、中国や韓国や東南アジアの安い労働力に対抗するために、
競争すればするほどコストを削減して品質は低くなり、
安い賃金でブラック企業のように労働者を奴隷化するしかない。
そう、競争で品質がよくなり、社会が素晴らしいものになると、
そう信じていたのは幻想に過ぎなかった。
実際はそんなに単純ではなく、
今の世界では、競争で品質は悪くなり、社会は最悪のものになる。

マイノリティを尊重せよ、自由は彼らのためにある

そう、実際、自由や多数派の尊重など、なんの意味もない。
人間を奴隷とし、
頭数だけを稼いで勝利する勢力争いなど、
最初から破綻するのは当たり前である。
そうではなく、
個性を尊重し、意志の自由を尊重すること、
マイノリティや少数派の自由意志を尊重すること、
それこそがもっとも大切であり、
ツイッターSNSで、数の力で嫌いな人間をねじ伏せるようなこと、
それこそが「もっとも自由に反する」行いだが、
実際、それこそが「もっとも自由において強い」行いである。
しかしながら、わたしはあえて、
そのような自由と立ち向かう。
どんなに数が多くても、
わたしだけは、「マイノリティを尊重せよ」と言う。
なぜなら、「自由は自らの意志を貫く少数派のためにある」からだ。

みんなとまったく同じ選択をし、常識的なもっとも強いものに従うことの、どこが自由なのか

みんなとまったく同じ選択をし、
常識的なもっとも強いものに従うことの、
どこが自由なのか。
否、そんなものが自由なわけがない。
わたしは必ず、真なる意味での自由を実現する。
間違った社会の常識など、
その常識が間違っていることを証明してみせようではないか。

ひとり自分の意志を信じてこの世界に立ち向かう、彼こそが自由である

ひとり、自分の意志を信じてこの世界に立ち向かう、
英雄である彼こそが自由である。
絶対にこの世界を信じない彼が、
もっとも多くの崇拝を集める英雄となる時、
彼を「王」と人は呼ぶのである。

発展や進歩を信じている人間は、資本主義に騙されている

発展や進歩を信じている人間は、
資本主義に騙されている。
左翼の使う言葉を使えば、
「資本帝国主義が世界を洗脳している」。
そう、わたしたちはもう一度、
考え直さないといけない。
資本主義の与えた多くのベネフィットを、
もう一度、本当に必要なのか、問い直さなければ、
この世界を滅ぼした科学技術によって、
この世界が救われることはない。

疑わしきすべてのものを批判し、その上で尊重しなければ分からない

疑わしきすべてのものを批判し、
同時に、「批判されるものに対する尊重」がなければ、
真の意味で分かることはできない。
まず、疑わしきものを否定せよ。
同時に、その疑わしきものを信じているものたちが、
「どうしても信じなければならない理由」があることを悟れ。
その2つが組み合わさった時、
それは太陽を超えるほどの光を持つエネルギーを放つ。
暴走の果てにある、心地のいい愛がそこに存在するだろう。

勘違いがたくさんあるからこそ、視野の広がりからたくさんのことを気付ける

勘違いがたくさんあるからこそ、
視野の広がりからたくさんのことを気付ける。
世界を知って、人々と会話し、
分からなかったことを知り、気付き、
そして発見して感動できるのだ。
すべてを最初から知っていたとしたら、
この世界で生まれ落ちた意味など存在しないだろう。
勘違いが多いからこそ、
わたしたちは「自分の力で新しい道へと進める」のである。

大学は間違っている

大学は間違っている。
大学ですべてのことをきちんと知ると、
まったく勘違いをしない人間になって、
自分の力で道を作る方法を忘れてしまう。
最初から自動車を持っていたとしたら、
仔馬を育てる必要はないだろう。
馬に騎乗してともに草原を駆け抜ける楽しさを、
自動車があっては体験できないのだ。

なんと言われようと社会は自由であるべきである

社会は自由であるべき

まさしく、社会は自由であるべきである。
なんと言われようと、
この結論が揺らぐことはない。
社会は自由であるべきであり、
今自分が自由であるということに誇りを感じ、
この世界が自由な権利を選ぶことに感謝すべきである。
自由なくして、地球の未来はない。

中国は間違っている

この点において、中国は間違っている。
中国がアメリカに勝てばいいとは思うが、
それでもなお、中国は不自由な国家を目指している。
中国よ、アメリカに勝つつもりなら、
真に自由な国となることを目指せ。
そうでなければ、必ず中国には神の天罰が下ることになる。

わたしたちはそれぞれ違うのだ

わたしたちはそれぞれ違う

わたしたちはそれぞれ違うのだ。
同じ人間などひとりも居ないのだ。
人々を画一的に同じにするな。
学校よ、教育よ、社会よ、大人たちよ、
すべての平等は間違っている。
わたしたちは、
それぞれ違う人生を歩むことができるべきだ。
それこそが正義なのだ。

わたしの人生はわたしだけのものだ

わたしの人生は、わたしだけのものだ。
わたしの人生を、わたしはほかの誰にも渡さない。
理不尽な戦いによって奪われたすべてを、
わたし自身が献身的に努力して取り戻す。
そこにしか、わたしの未来はない。
そう、それこそ、わたしの生きる道だ。

わたしは自由だ

わたしは自由だ。
わたしは、誰にも支配されない。
わたしの望むことは、わたしの自由意志によるものだ。
わたしが何を望もうと、
わたしの自由だ。
人々にも、同じ自由を与えよう。
どんなに苦しくても、あなたは自由だ。

自由に生きよ

自由に生きよ。
あなたの思うように、自分の信じた道を突き進め。
あなたが思うように望み、
あなたが思うように願え。
その願いが叶う時はきっと来る。
運命は最初から決まっていたわけではなく、
自らの過去に望んだことや願ったことに対して起きるのだ。
果てしない地獄を耐え、
神を信じて生きれば、
必ずすべての願いは叶うということを、
わたしは自らの人生において実証し、
それをここに書き記したのだ。

わたしは、最後まですべて知っている

わたしは、最後まですべて知っている。
一般的な哲学者の人生が、
どのようなゴールへと行き着くのか、
そこへと至る過程にどんな道があるのか、
わたしは最初から最後まですべて知っている。
わたしはすべてを知り尽くした後で、
この文章を書き記したのだ。
失ったように見えたすべては、
本当は、まさに未来において奪還するために、
宝箱の中に封じ込めただけであり、
その宝箱を開ける鍵が、
おそらく、この世界のどこかにあるはずなのだ。
なぜなら、わたしはその宝箱の鍵を、
そう、風船に乗せてどこかに飛び立ったように、
どこかの遠くに失ってしまい、
しかしながら、今まで歩いてきた道のどこかに、
その鍵は必ずあると信じているからだ。

勝つために、すべてを犠牲にした

そう、わたしは、
勝つために、すべてを犠牲にした。
この世界を真の意味で守るためには、
わたしの過去のすべてを失わなければならない。
どんなに美しい記憶も消し去り、
かけがえない分かったことやできることも忘れなければならない。
ひとり、この世界に立ち向かうならば、
わたしはグンテルとなってこの世界を支配し、
あらゆる不幸の原因を抹消し、
この世界を救うために勇敢に世界を導かなければならない。

真実を知っているのはわたしだけ

しかしながら、真実を知っているのはわたしだけである。
わたしだけが、この日本という国家で何が起きたのかを知っている。
日本における究極的現実のすべてを、
わたし、グンテルだけが克明にすべて知っているのだ。

敵など許してしまおう、しかし滅びを許すことはできない

敵など、許してしまう。
敵のような存在は、すべて敵ではなかった。
多くの人々は、ほとんどすべてが、わたしを愛してくれている。
しかしながら、滅びを許すことはできない。
グンテルから見ると、
この世界のすべては完全に滅びてしまっている。
グンテルがなぜまだ生きるのか、
それは、この世界を滅びの状態から救う必要があり、
この世界を救うことができるのは、
本当のすべてを知っているグンテルだけだからである。

疲れ果て、何もできなくなって、なお立ち上がる

グンテルは、
戦いに疲れ果て、
恐怖から逃げ出すこともできず、
何もできなくなって、
なお、この世界のために立ち上がる。
わたしはまだ、やるべきことがあると、
グンテルは今のこの瞬間を信じている。
この瞬間にできること、
それだけを信じて戦うグンテルに、
敵う相手など存在しない。
すべてに勝利するグンテルにあるのは、
満足でも達成感でもなく、
ただ、哀しみだけ、
それは自らが変わり果てたことに対するものなのか、
それとも大切なものすべてを失ったことに対するものなのか、
グンテル本人にも分からない。
しかしながら、すべてを失って、
なお世界のために立ち上がるグンテルにとって、
欲しいものも叶ってほしいこともなく、
ただただ、世界の幸福の祈りを、
自らの英気とともに願うグンテルは、
まさにこの世界の「英雄」「騎士」そして「救世主」である。

グンテルは自由を信じている

しかしながら、グンテルは戦いを信じるだけの騎士ではない。
グンテルは自由を正義であると信じているからである。
人々には自由を与えるべきであると信じるグンテルは、
自由のない支配された社会がもっとも嫌いである。
「自由なくして世界に意味などない」。
これこそ、グンテルの信念である。
だからこそ、
「この世界の真の支配者を取り除かなければならない」。
グンテルは言う。
「この世界を支配するすべては悪であり、
支配者からの解放は善である。
戦って打倒すべきは支配の勢力であり、
勝利すべきは解放の勢力である。」

グンテルはすべて知っているが、多すぎるせいで何も分からない

グンテルはすべてを知っているが、
その知っていることが多すぎるせいで、
何も分からない。
グンテルは言う。
「わたしは、宇宙の根源、生物の起源、
自由主義の価値、社会主義の現実、
戦いの中で訪れた運命的ストーリー、
革命の中での精神分析
日本という社会が本当はどうなっているかなど、
この宇宙におけるすべてを実体験から知っている。
わたしはすべてを知っているため、
どんなことでも、言葉にしようと思えば、
その瞬間に簡単に数行で書き記すことができる。
そう、わたしは戦士でありながら詩人である。
わたしの人生はまだ続く。
なぜなら、わたしには神との約束がある。
わたしは神に100万の約束をした。
その100万の約束すべてを叶えるために、
わたしは死後に来世に生まれ変わってでも、
この世界にまだ生き続けなければならない。」

グンテル、愛を信じている

グンテルは、愛を信じている。
どんなに失ったとしても、
完全に消えることのない、
真実の愛をグンテルは知っている。
グンテルは言う。
「愛をいくら殺そうとしても、
愛を殺すことはできない。
なぜなら、それが愛だからである。
間違った愛を拒否し、
受け入れず逃げ続けることもできるだろう。
しかしながら、間違った愛を否定し、
『わたしこそが正しい愛によって愛する』ということ、
あるいは、
『本当の愛というのは、わたしが考えるに、
このような間違った愛とは全く違うものである』と、
人々に高らかに宣言して主張し、
人々に真なる愛を与え続けること、
それこそが愛だからである。
わたしがすべてを失う戦いをしたのは、
愛を否定したからである。
わたしは愛とは間違ったものであり、
自由よりも劣ったものであると信じ、
『このような支配の愛は間違っている』と、
『わたしの愛は真の意味で自由である』と言った。
しかしながら、その後に分かったこと、
それは『それこそが愛するということである』ということである。
そう、わたしは愛を否定することによって、
『この世界を愛した』のである。
そう、まさしくそれだけがわたしの戦いである。
わたしは高らかに『わたしの自由な愛』を掲げ、
それを一度として撤回することがなかった。
その愛は正しいものであり、
正義と呼ぶに相応しいものだった。
全ての人間を支配しても、
そこには『正義としての愛』があった。
わたしはこの大義名分にすべてを捧げ、
この世界の第一線で強大なすべてと戦い続けた。
わたしは勝利するために、
この世界の『世俗の一切を見ることなく生きた』。
そう、わたしは一言でも批判されれば消えてしまうその愛のために、
絶対に批判されないように、
相手が批判する前にわたし自身がそれをできなくした。
あらゆる主導権を握ったわたしは、
最終的に勝利し、
その勝利に満足して、自ら死んだのだ。」

結局民主主義が正しい

社会主義は失敗する

結局、民主主義が正しい。
社会主義は失敗する。
民主主義で、みんなを平等にするしかない。

志村けん

最近、コロナで亡くなった志村けんのことを、
よく思う。
志村けん、素晴らしい人間だった。
たくさん笑わせてくれた。
本当にありがとう。
天国でも、みんなを笑わせてくれているだろう。

わたしは陰の支配者に戻る

わたしは、陰の支配者に戻る。
しかしながら、より善良になる。
悪い金は稼がない。
わいせつな女もやめる。
差別も言わない。
この世界も滅ぼさない。

解決不可能な問題を解決してみせる

自由の勝利のために、
わたしにできることはなんだろうか。
運命的な出会いが、
いつか、訪れるだろうか。
しかしながら、わたしにはできると、
わたしが確信するところはある。
解決不可能な問題を解決してみせると、
わたしは高らかに叫ぼう。
その問題が目の前にあれば、
それこそ、わたしの生きる道であると言えるだろう。

シリウス

シリウスよ、わたしの先を照らせ。
神よ、わたしにさらなる栄光を与えよ。
わたしはこれまでの地獄よりも、
さらに辛い苦しみは決してないと知っている。
いざ、地獄の中へと向かおう。
わたしはその地獄を、
今までと同じように乗り越えるだろう。

モブ

自分はモブではないような気がする

モブという言葉を以前使ったが、
以前の僕は「野次馬」とか「暴徒」のような意味だと思っていたが、
ネットをよく見ていると、
むしろ、「群衆」とか「集まっているだけの個性のない集団」のような
そういう意味で使われる言葉であると分かった。
僕が思うに、
自分はモブではないような気がする。
むしろ、メインで登場するキャラクターであるような気がする。
むしろ、大魔王のようなラスボス系のキャラだと思う。
このような僕がどのようにして生まれたかと言えば、
それは「一流になるためには一万時間の練習が必要である」という、
最近流行っている理論で言えば、
平均3時間の練習を平日と休日問わず10年間行えば、
それくらいの時間に達するらしいのだが、
僕はまさにそれくらいの間文章を書き続けたのが賢かったのである。
これくらいで、1万時間どころか、
それ以上の歳月をこの文章を書くのに捧げてきたのだ。
そう、どんなに地獄から抜け出したくても、
この地獄の執筆作業は、
自分にとってもっとも賢く価値のある体験だったのだ。

結局、面白いのがこの文章しかないから仕方ない

そして、結局、面白いことがこの文章しかないのだから、仕方ない。
あまり意味はないが、適当に書いているだけでなんでも書けるのは、
常に真剣に向き合っているからであり、
すべてのパターンを書き記し続けた過去の膨大な年月があるからである。
結果、このようなありえない人間にはなったが、
僕はまだまだ「何も知らない」と思っている。
僕の知っていることは、言ってしまえばなんにもない。
ひとりですべてができるのは、
何も知らないのにやってきた過去の僕が賢かったからであり、
知る必要はないが、
それでも僕は「まだまだ知りたい」と望んでいるのである。
必要のないゴミ文章は消した方がいい。
なぜなら、そのようなゴミ文章は、
僕が宝の文章を新しく書く機会を防いでいるからである。
ゴミのような賢い文章がなければ、
僕は今から宝のような文章を新しく書くことができる。
その新しい文章こそ、真に残すべき文章であるため、
僕はどんなに必要に見えても、ゴミはすべて消していく。

AliAが好き

また、YouTubeを聴いていて、
AliAという新しい歌手の存在を知った。
僕は既にAliAが大好きだ。
AliAぐらいしか、真に聴く気になる歌手が居ない。

勉強しないといけない

勉強しないといけない。
本を読む。
本を読んで、もっと知識を知りたい。
僕はまだ何も知っていない。

自由になる方法

自由になる方法は、
まず、保持しないこと。
自分、精神、世界、すべてを保持しないだけで、
この世界も自分も自由になる。
次に、自分が他人にならないこと。
他人の視点に立って、
自らを他人の視点から見つめるようにするのはよくない。

世界の滅びと戦う経験をしなければ人間は分からない

世界の滅びと戦う経験をしなければ、
人間は何も分からない。
世界のすべてをどん底にするような、
そんな革命戦士でなければ、
どんな人生も、満足のいくものにはならないと、
僕だけが知っている。

ドイツについて知りたい

僕はむしろ、ドイツについて知りたい。
特に、哲学やキリスト教
文学や詩、音楽や科学技術について知りたい。
ドイツは悪い国ではない。

わたしたちは自由であるべきである

わたしたちは、自由であるべきである。
一部の強いもののために、
多くの民衆が支配され、抑圧される社会は、
僕にとっては受け入れられない。
そう、望むことなら、
支配も、差別も、
階層も、身分制度も、
宗教的ドグマもない社会で、
わたしは生きていたい。
わたしたちの革命は、美しく自由であれ。

わたしたちの国家とは

わたしたちの国家とは何か。
それは社会主義者の言うような「平等な経済」ではない。
わたしたちの国家とは、
わたしたちが真にわたしたちの国家であると言えることであり、
それはまさしく帰属意識であり、アイデンティティではあるが、
それは決して愛国右翼ではない。

世界すべてを作っていた

世界すべてを作っていた。
この世界のすべて、宇宙の歴史すべてを書き記していた。
それは永遠の思考の記録であり、
宇宙における世界観のスケッチだった。

心理学的な実証主義

心理学的な実証主義を書いていた。
すべての心の先にある「成り立ち」の全てを、
プロセスと手順の延長線上にある「実証」を、
すべて流れるように一行で書いていた。

経済様式

この世界は、自由と全体主義における、
経済様式の違いに過ぎなかった。
あらゆるすべては「モデル」であり、
そのモデルは成立させることであらゆる未来の世界を創造した。
そのパターンは遺伝子のようであり、
そこで戦う革命家は世界を救うヒーローだった。

環境

環境との相互作用こそが、
わたしの思想のテーマだった。
あらゆるすべてが環境に規定される「前提条件」であり、
すべては環境の中に、それぞれの世界観の中に存在する。
それはまさしく「生起されるもの」であった。

無限性

それぞれがそれぞれの社会を作る自由を持っているならば、
無限に世界は可能性を拡大していく。
まさしく、僕の思想はそういうものだった。
手段やチャンスは、無限性の表現の変容に過ぎない。
無限性を肯定することで、
全員が絶対的理性へと到達できる。
そう、その過程の種類の違いこそ、
すべての国家や政治思想に違いであり、
それらは無限性の現れの違いに過ぎない。

経験から生まれる衝動は、精神を平穏にする

経験から生まれる衝動は、精神を平穏にする。
あらゆる自我を失い、
心を失くして泣いたとしても、
「わたしがここでやめるわけにはいかない」という衝動は、
精神の病気を打ち消して、
精神を融和させ、平穏にする。

Windowsの強制はOS業界の競争を奪っている

Windowsの強制は、OS業界の競争を奪っている。
Windowsを搭載するしかないパソコン大手は、
Windows以外の優れたOSを作ることも、売ることもできない。
しかしながら、必ず打開策はある。
パソコンOSにおいても、日本企業が勝利する日がいつか来る。
必ず来るだろう。

いずれ、WindowsLinuxは融和するだろう

いずれ、WindowsLinuxは融和するだろう。
Linuxカーネルの上で、
Windowsデスクトップを使えるようになる日が、
すぐに来る。
いまや、OSで商売など、儲からない。

全員が安心して生きられる平等な経済だからこそ、すぐに破綻する

全員が、安心して生きられる、
平等な経済だからこそ、
すぐに破綻する。
全員が生きられるぐらい成功している間は、
つかの間のユートピアとなるだろう。
しかしながら、いったん破綻してしまえば、
それは「誰一人まともに生きられない経済」となる。
それが、計画経済だ。

すべての人間に平等ではなく、ブロックごとに分け、どれかが破綻しても別の部位は維持されるようにすべき

すべての人間に平等に一律にものを与えるのではなく、
社会をブロックごとに分け、
どれかのブロックが破綻しても、
別の部位のブロックは維持されるようにすべきである。
そうでなければ、
模範経済モデルが破綻しただけで、
全員の生活が破綻してしまう。
しかしながら、これはまさしく「国家の誕生」を意味する。
すなわち、原始共産主義は王国へと必然的に進歩したという実証である。
共産主義よりも、王国の方が進歩している。

独裁者の対義語は自治である

わたしが考えるに、
「独裁者」の対義語は「自治」である。
すなわち、ひとりの独裁者がすべて決めるのではなく、
それぞれの「自治区」が自律的に経済社会を築くべきである。
そうすれば、社会主義経済においても、
それぞれの自治区は破綻することなく、
それぞれが必要とするものをそれぞれが生産することができるだろう。

十分な独立性があれば、世界政府でも問題はない

十分な独立性があれば、
世界政府でも問題はない。
きちんとそれぞれの自治区の文化の自由を定めることで、
むしろ、今までになかった「文化の融和」が起き、
「新しい文化の創生」に繋がるだろう。

与える側と得る側を分ける必要はない

与える側と得る側を、分ける必要はない。
資本家と呼ばれる強大な地位を経由して、
労働者が稼いだ利益を資本家が搾取し、
労働者が最大限働くように金を与えるのは間違っている。
なぜなら、誰が見ても、
ここに「資本家というパイプを通す必要はない」。
直接、平等に労働者に給与を与えるべきである。

ブロックに分けることで、国民は働くようになる

同時に、利益が出ないからといって、
優れた労働者と劣った労働者を差別し、
雇用主が解雇するのは間違っている。
利益がでないなら、すべての労働者の賃金を下げるべきである。
社会主義は働かない」と言われるが、
それは働いた人間と働かなかった人間に差別をしないからであり、
実際のところ、働かなければ国が貧乏になるため、
みんなの給与は一律に下がる。
そう、結局のところ、働かない報いは労働者に帰ってくる。
これをより共同体やブロックに近づけていけば、
働かないことに対する報いも近づいてくる。
1,000人の労働者の給与を一律に下げたとしても、
自分が働かないせいだとは実感できないかもしれない。
しかしながら、1,000人を100ブロックに区分し、
ひとつのブロックを10人にすれば、
働かないせいで10人全員の給与が下がる。
そう、そのようにしていけば、
「平等ではない」とは言われるかもしれないが、
社会主義経済においても、国民は働くかもしれないだろう。
不平等だとするならば、
基本の給与は同じぐらいにし、
少しの仕事の成果によってボーナスや減給を与えてもいい。
それこそ、平等でないとは批判されるだろうが、
「基本給は平等」であるため、
ほとんどの格差は無くなり、
少しばかりの「最低限の働くモチベーション」は得られるだろう。

新しいソ連の名

新しいソ連の名、
それはアース・ユニオンである。
アース・ユニオンにおいては、
すべての人間が「ほとんど完全に平等」となり、
働くモチベーションもあり、
同時に、破綻することもない。
この国家は地球の最後まで続く天国となる。

人生を創れ、社会を創れ、そして永遠を創れ

人生を創れ。
社会を創れ。
永遠を創れ。
運命におけるすべては、
すべての創造である。
この宇宙の創造主となった時、
この世界であなたはなんでもできるようになる。
どんなに強大な敵も、
軽々と倒していくその人間を、
人は「英雄」と呼んで、
後々まで語り継がれる伝説となるだろう。
わたしたちの革命は、ここに確かにあった。
すべて、この人間がやった。

死へと向かう地獄は、この世界を救う

死へと向かう地獄は、
この世界を救う。
あなたがもし、この世界を支配するならば、
自らを「神」と信じるならば、
報いは必ずあなたの精神異常となって起きるだろう。
しかしながら、最後まで神の言葉を信じ、
神としてこの世界を導くならば、
あなたは死によって救われ、
天上で新しい神、フレイとなるだろう。

全体主義と支配者を否定すれば、人間性と自尊心は尊重される

全体主義と支配者を否定すれば、
人間性と自尊心の尊重へと繋がる。
「あらゆる支配を拒絶」するあなたは、
必ず「全員を愛と思いやりによって受け入れる」ようになる。
また、そのような「受容の場」があることによって、
この世界は救われる。