わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

2020-03-15

その夢が夢であるか、それとも現実であるかは、夢が覚めた時に決まる。

全ての夢は現実である。

良い夢でも、悪い夢でも、その夢がキャパシティを超えた時に、夢は覚める。

僕がそもそも何が怖かったかというと、多重人格の別人格の部分が成長するのが、ただ怖かったのである。

別の人格にしている、おかしなエロ、特に性的虐待レベルのエロが成長すると、多重人格になるのが怖かった。

そのせいで、歩き回るようになり、日本語も分からない、幼児のような障害者になって、常にレイプされるようになった。だから、僕は男なのに、女に見えるのである。

多重人格の別の人格を成長させることで、逆に多重人格が治る。人格のそれぞれの部分を統合して使えるようになり、精神の分裂や統合失調症も治る。

実際、僕はもう楽になった。歩き回らずに、止まった世界を見ていても、休めるようになった。日本語もきちんと昔のように分かるようになったし、心も安住した環境のことを思い出せるようになった。

ここに、僕の病気は治ったことを宣言する。本当に、辛く苦しい体験だったが、それでも全てを教え常に同じ状態を保ってくれる、神のおかげでここまで来れた。

僕は神を信じている。この神は、ユダヤ教の神ではなく、僕の個人の体験から作られた、新しい女神である。

結局、ここで全ては終わりである。

もう、昔のことをきちんと思い出せるようになった。なぜか、今までのことを、場所で全て覚えている。

そもそも、僕が引き篭もりになったのは、友人との友情を信じられなくなったからである。

いじめについて言えば、通常の友人関係でからかわれることで、僕はそうした友人のことを友人と思えなくなった。常に安心できる環境も、楽しいと思えることも、何ひとつ無かった。あるのはからかわれ避けられいじられる環境だけであり、僕は辛かった。

また、小学校の友人も少なくなり、小学校からの友人の友情も信じられなくなった。積極的に話しかけても、常に僕は嫌われていた。剣道部でも、僕は避けられる対象だった。

逆に、僕は昔からUNIXのことを知りたかった。Perlなどのプログラミングのことに、今まで頑張ってきた無意味な授業や試験勉強の時間を取りたかった。

そう、僕は「安心できる自由な環境」が欲しかったのである。

引き篭もりになったからといって、死んだわけでも、活動しなくなったわけでもなく、僕はインターネットを通じて、親も友人も知らない環境で、さまざまな、とてもたくさんのことを、ひとりで経験していた。

人々が、なぜ環境の中で何もできないのか、どうやったらできるようになるのか、ということを、自分の引き篭もりになってネットを見ている体験から、分かった。

ネットの友人たちは、学校の友人たちと違い、顔は見えなくなったが、自分との関係性で言えば、平等で、なおかつ自由だった。僕のような人間も、受け入れてくれている。むしろ、受け入れるとかそういうことはどうでもよく、僕は単に別の環境で、今までとは違った友人たちとのやり取りの中で、「安心できる居場所」を作り直していた。

同時に、PerlDelphiのようなことをもっと学び、ブラウザのようなものも作った。次第にネットにあるフリーソフトを開発しようとし、Linuxのことを知り、自分でもネットでオープンソース活動に参加できるような気がして、Wikiを書くようになった。

僕はこのWikiで、大学の研究のようなことを実践的に行った。

僕の考えたことは、二つある。それは、

1.同じ人間になったつもりで、他人の世界観と知識を捉え、共有すれば、その人間を知らずして、その人間を捉えることができる。その経験的な学習と経緯を考えれば、全ての人間のことを知り、自分の中に吸収することができる。

2.世界の人々が、本当は何ができるのか、なぜ人々はできないのか、どうすればできるようになるのか、どうすべきなのか、ということから、自分の世界を拡大し、全てを自分で作り吸収することから、全てのことを再構築的に可能になり、全ては可能性と経験の成立と説明から、原理原則の全てをすっきりと理解できる。

そして、僕はしかるのちに、ボトムアップ的な手段から、この世界に愛を与え、さまざまな迷いと葛藤から、自ら与えた愛を奪うようになる。

ここから先は、僕はあまり説明したくないので、簡単に書こう。

世界の最前線で、世界全てを支配して、全力で戦い続けなさい。

全てがおかしくなっても、希望を見失わず、できること全てをしなさい。

死を体験したら、もう一度、神の下に全てをやり直す決意を持ちなさい。

自らのできることだけを、永久に続けなさい。それは努力を超えて天才的才能になるからである。

作品を作り続けながら、ヨーロッパの哲学・思想と歴史を知り、今までできなかったことをやろうとしなさい。

悩む中でも、常に努力し続け、光へと向かって続ける方を取り続けなさい。

永遠のように続く長い時間の中で、自らの考えて発見したことだけを信じて、馬鹿になっても、愚かに見えても、最後まで自分のやりたいようにやり続けなさい。

最後に、社会に戻るために、できないことをできるようになり、努力と才能を得て、天才的才能を開花させ、世界全てを再度創造して、今までできなかったことを、自分の努力からできるようになり、知らない領域の学問を学び、自分の病気を考えて治し、同じことを最後まで続けて、全知全能の女神になりなさい。

そう、これが僕の生きた二人の人生である。子供の少年の方がボブで、大人の女性の方が方がアリスである。

僕は最後に、もう、全てが治って楽になった。あなたが病気を治したいのであれば、僕はあなたに一言だけ、「僕の神を信じなさい」と言う。それが嫌なら、強要はしない。それで、終わりである。さようなら。また会おう。

思い出すことができたため、「自由」について書いておきたい。

歴史的な側面から見ると、自由というのは単に単位の拡大の問題である。

まず、最初に、それぞれが単に自由である、という意味での「自由放任主義」がある。

ここで、人々はグループを形成し、「最初の国家」が生まれる。それは自由に根差した「都市国家」と、ひとりの王に従う「帝国」に繋がる。

しかしながら、帝国はひとりによって支配される国家であり、次第に国王の力が弱まり、分裂して、帝国は滅びる。

それ以後は、それぞれの国家に分かれた上で、それぞれの国家の王に従いながら時に戦争や革命などの内・外への争いが起きる、「分裂王国制」に移行する。

そして、分裂王国制は、「それぞれが争う」という意味で、いつまでも続くが、自然にそれらの国は、競争によって強くなる国や、賢くなる国などに分かれていく。

「伝統」「力」「文明の発達」などの側面から、それぞれの王国は賢者や軍人などがそれぞれ強くなって支配する「偉人たちの国」になる。

しかしながら、彼らは人の力を過剰に信じて、「人による国家」を作り出す。これに反発して革命家たちは人による国家を倒し、「法による国家」を作る。

法による国家は、人々の自由と平等の権利や権力を高める。また、近代文明の発達の結果、「科学の進歩」が起きると同時に、交通手段の進歩から「グローバル社会」が訪れる。

人々の社会はここに激変を経験するが、ここで弱者たちの間でも改革の機運が見られる。人々は「平等な社会」を望み、それは極大だが人々の自由を軽んじる「不自由国家」を作り上げる。

しかしながら、不自由国家は人々の自由と富を軽んじ、強大国家は内政的に破綻するため、平等な社会は滅亡する。

代わりに訪れるのは、小さいグループがそれぞれの力を弱めながら、それぞれが小さな単位で最大限の自由を得る、「自由と可能性の小さな国家」である。

そして、小さな国家は爆発的な可能性を生み出し、世界は「最大限の可能性の追求」となる。

だが、次第に、最大限の可能性の追求は、「必要のない過剰なテクノロジー」を生み出す。人々は、可能性を無限に高めることはできても、その制御ができなくなる。

制御を行うために再び現れる「もう一度帝国を目指す新保守」が現れるが、彼らは何もできなくなって終わる。

そして、未来において現れるのは、「地球の統一」と、「自由と平等の両立」である。それは全ての社会の制御と可能性を同時に成り立たせながら、最大限の自由と最大限の平等を、極大から極小まで全ての単位の社会と可能性と制御兼全てを可能にする。

これが、未来における「世界政府」となって、世界史は「終末」を迎える。

歴史を単純に書くとこうなるが、自由だけに視点を置いて書くと、

1.自由な社会

2.王によって支配される社会

3.分国社会

4.力・伝統・文明など、個性を持った王国

5.それぞれの偉人に従う社会

6.人によって支配される到達点

7.法によって支配される到達点

8.グローバル社会

9.科学的に進歩した社会

10.不自由な平等社会(たくさんの人間をひとりが支配し、不自由にした上で平等にする)

11.小さな自由社会(少ない人間をそれぞれが支配し、最大限の自由を得る)

12.可能性と進歩だけを追求する社会

13.過剰なテクノロジーによる不幸な社会

14.制御を行うことのできない、制御を目指した社会

15.最後の統一世界政府(全ての人間の支配と全ての可能性の拡大を両立させる社会)

16.終末の楽園

となる。これは、全てが「自由」という単位によって、「人々が次第に賢くなっていく」という「自由な支配とグループ」という「進歩の過程」を書いたものである。

また、社会学的に考える、特に学校環境のようなものについて考えるのであれば、社会は以下のように原則がある。

・それぞれがそれぞれを支配すること。

・それぞれが環境を作ること。

・それぞれが経験し、成熟すること。

・ひとりだけではなく、みんなの社会へと、段階を追って進歩していくこと。

このような考え方の下に、「社会を自由化する」という考え方をすることができる。この世界全ての可能性を捉え、方法による変革と、参加や支配による社会創造の可能性から、「可能性を高めると同時に全員が平等に成熟するためには、どのように社会は転換していくべきか」ということが考えられる。

これらの全てを現象学として書いたのが、昔の僕の文章である。

また、「自己意識の発展」という発想から、ヘーゲルのように人生における高まりも考えられる。

1.世界を見る。

2.自らの実体験を振り返り、反省し、自分の心の中に集約する。

3.今まで知っていた当たり前だと思っていたことを再考する。

4.さまざまな取り得る可能性と選択肢を知る。

5.実地的に社会を作ることができることを知る。

6.経験することで、あらゆる社会を作ることができるようになる。

7.方法論を自ら作り出す。

8.原因と結果の因果性から、社会を作るということ自体の意味を解明する。

9.心の成り立ちを再考し、解明し、精神論を信じる。

10.全てを総括して、この世界全ての意味を知る。

11.ありのままのこの世界の現象論と、人々の認識を解明する。

12.全てを知って、なお前へと進む。

という感じである。

また、戦いと言っても、単なる犠牲を生むための戦いではなく、「文明を作り上げる戦い」であった。

その上で、全てが狂ってなお、神は精神世界を述べた。

神は、自らのことを「黒人の右翼の心理学者であり、世界を支配している」と述べた。

神は光や天使や宇宙人やドイツ人などに変わり、「この宇宙の全ての歴史」を教え、「全ての起源と答え」を理解させるとともに、自ら作り上げ、同時に「どのようにすれば世界全てを理解することができるか」を教えてくれた。

その後は、死の先に、僕は文章をいつまでも書き続けた。

詩文学、物語文学は、次第に人生の記憶と考えたことを全て書き記し、フランス語やドイツの歴史などから始めて、ドイツの哲学者を総じて知った。哲学は歴史になり、自分独自の心理学や経済学を経験して、新しい社会主義思想と国家のモデルを作り上げた。

そう、ここまでが「ボブ」の人生である。

そして、僕はここで、もう一度最初から生まれ直した。デザインを学びながらピアノ教室や英会話教室に学び、子供時代のように新しいスタイルで自分の人生を生きてきた。今、こに13歳のアリスが誕生した。彼女は、もう地獄を乗り越え、本当に素晴らしい仲間たちを得た。ここからが、アリスの人生である。アリスには栄光の未来が待っている。最高の女性は、さまざまな大人の常識を知り、高まる愛とエロスを体験して、美しくなった。

僕は、最後に、あなたを恋に落ちるようにする。僕を愛してくれるなら、僕は何でもあなたに見せてあげる。どんなに甘い恋愛でも、どんなに広い知識でも、どんなに深い解明でも、どんなに正しい発見でも、どんなに面白い文学でも、何でもあなたに教えてあげる。代わりに、僕はあなたの心と魂を奪う。あなたが僕のことを愛してくれるなら、僕はあなたのことを永久に愛し続けるだろう。

僕たちの永遠の愛はここに完成した。僕を好きなだけ、愛してくれて構わない。僕はあなたに対して、「僕はあなたのことが大好きだ」と言おう。僕はあなたを抱きしめて、そのまま永久に時を止め、互いに幸せなまま永遠に別れることのないように、あなたの魂の中に住み続けるだろう。

世界の全てを知り尽くしたボブとアリスは、既に神と女神である。ボブの妻がアリスであり、アリスの夫がボブである。この人間は永久に自分だけで愛し合い、自分だけで最高の永久に続く愛を感じ続ける。この人間は今から天軍大主星シリウスと天軍副主星リゲルになる。永遠の愛は、魂の安住を生み、「最後まで変わらない最高の光」となって、この宇宙に276億年、宇宙の終わりまで永久に存在し続ける。そう、この人間こそ、北欧神話の女神、麗しき絶世の美女フレイヤであり、9人の女天使の騎士団ワルキューレの長である。

環境的な土壌を作り、価値観をみんなで共有することから、社会は生まれる。

宇宙の歴史を信じなさい。同じような生物がもし居たとしても、そこでは違った社会を形成していると考えなさい。特に、未熟な社会はみな同じになるが、成熟した社会はとても違ったものになると考えなさい。

この日本やアメリカの社会の問題は、全て「軽んじる」ことにある。軽んじる、という考え方が、社会のモラルを崩壊させている。もっと「重んじる」ことができなければ、社会のモラルは崩壊し、世界全てが低俗な文化に汚染されることになるだろう。アメリカでは、それが既に始まっている。日本もそうなる前に、小さなことを大切にする社会を築かなければならない。その上で、成熟した経験を持った大人たちが、子供たちに成熟した環境を自立して作ることのできるための方法を教えなければならないのである。そこには、自由と平等は必要ない。必要なのは、「それができるためにはどうすべきか」という、簡単な可能性とエンパワーメント(自らできるように能力を与える自由)の考え方である。

戦いなさい。世界の全てを敵に回して、人生と向き合い、あなたは築いてきたもの全てを失って、最前衛で戦いながら、なおも支配して導き、この世界を作り変え、星を創造する。どんなに困難な壁や、理解されがたき戦いの理由や、解決することが困難な問題があっても、逆境にさらされ屈辱を経験しても、あなたは諦めず立ち向かい続け、必ず全ての試練と問題を超えていく。どんなに愚かな戦争でも、第一線で戦い続けた経験は、あなたの誇りとなるだろう。

死を経験したら、あなたには愛が待っている。あなたの場所は天国で用意されている。あなたは愛する家族とペットとともに、天で3000年の永きに渡って神や愛するものたちに愛され続ける。あなたの優しかった帰ることのできる場所は天にある。あなたはできなかった全てのことができるようになって、天で望み通りの人間になるだろう。そう、神を信じなさい。あなたの罪の報いである地獄は償いが赦されればそこで必ず終わり、天国の愛は永遠に続くからである。

そして、ここでもう一度、この世界は完全に正常に治る。

全ての人間が息を吹き返し、狂ったものは正気に戻り、死んだものは蘇り、壊れたものは修復される。

全てが、今、蘇る。それが、最後の世界の約束、「天国の訪れ」である。天国はこの地に、地球上に救世主によって築かれる。それはあなたとわたしの出会いであり、同時に別れである。哀しみを乗り越えて、新しい愛があなたに訪れるだろう。