わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

2020-03-29

僕は、今から生物学の勉強がしたい。それは三つの意味がある。まず、「生き物や人間の体の仕組みを知りたい」ということ。次に「生物のたくさんの種の特徴を知りたい」ということ。そして、「バイオ技術は今から発展していく分野である」ということ。

僕が思うに、パソコン業界は、今からトヨタとNTTが行うスマートシティで、日本がGAFAに対抗する力を持てるかというと、難しいと思う。それは、日本産の技術が少なく、何をするにしてもアメリカ産の技術を使う必要があるからである。たとえば、OSでWindowsLinux以外を使ったり、人工知能Python以外の、たとえばRubyなどを使うことは難しいと思う。どうしても、アメリカの技術を使わざるを得ない。

アメリカのような技術が生まれる背景には、もちろん技術力もあるが、二つ意味があると思う。一つは、「やろうとしている情熱家に対して、投資家や協力者などの応援が付きやすい」ということ。これについては、ドイツのように歴史があるわけではなく、「新しいことを本気でやろうとしても、誰もそれを潰さず、みんなでやっていこうとする気概がある」と言えると思う。どんなに馬鹿な発想でも、投資家が投資をして成功に導くのである。これは「歴史がないからこそなせる業」である。

もう一つは、アメリカは「面白いことをみんなでやっていこうという情熱と、それができるだけの技術や能力が両立している」ということ。アメリカでは、面白いことを本当にやろうとする気概と、それができて儲かるという能力が両立して、左右のエンジンのようにバランスよくSun MicrosystemsAppleのような「スーパープログラマ」や「スーパー企業」を生み出す。生み出すだけではなく、それをリスペクトしながら越えていく「発想者に対するさらなる改善者と実現者」を作り出して、「職人コミュニティ」のような共同体文化を創り出すのである。

これが日本だと、エリートとそうでない人々が完全に分かれていて、エリートは権威にへつらうだけで何も自分からしようとせず、庶民には面白い発想があっても実現できない。そして、面白そうな基礎研究をやっていると「なんでそんなことをしているの」と事務系の人々から言われ、頑張っていれば頑張っているほど、研究者は邪魔者扱いされ、投資は得られないのである。

だが、日本には技術力も革新性も秀でた企業がたくさんあるため、中国やインドのような「本当に遅れていながら頑張っている国」に比べれば、まだまだ良い方であるし、頑張れば僕はGAFAのような「利用者に利用してもらうのではなく、利用者の方を利用するかのようなサービス」に対して、日本独自の「本当に素晴らしい製品やサービス」を作ることはできると思う。どんなに「応用をやれ、金を稼げ」と国や事務方が言っても、僕は基礎研究や金にならないオープン技術の進歩などは「日本にもできる」と思う。特に、最近のアメリカは、ツイッターFacebookなど、「最悪のソーシャルメディア」をどんどん作っているが、はっきり言ってアメリカは完全にダメである。僕が見ると、これは必然的に日本が勝つ。まさにSONYオープンソースBeOSのような革新的パーソナルOSを作ればいいのである。NEC人工知能用の新しいコンパイラを含めたオープンソースなライブラリを作ってもいい。日本は必ず勝てる。日本の潜在的能力は、アメリカやドイツを超えていると僕は思っている。

精神病についていうと、すべてのことをきちんとする必要はない。間違いや失敗が起きるのは、常ではなく、常に全てに問題があるかもしれないと考えるのではなく、「問題があった時にだけ、きちんと問題に対処できる」と考えれば、どんな精神病も治る。間違っているのは、「全部の場合や状況においてそれが起きるかもしれないと仮定すること」であり、正しいのは、「間違いや失敗の想定を局所化し、その場合だけを上手く対処できるようになること」である。これは精神病だけではなく、プログラミングの手法についても同じである。