作家・デザイナー。以前の名は「わたしの名はフレイ」でした。

優しい世界、教育、フレイ党

優しさ

僕は、新しい世界に必要なのは、
「優しさ」ではないかと思う。
誰のことも否定せず、
決して間違っていると言わない。
人々の努力を愚かとも言わない。
優しさこそが、この世界を救う。
自由でも、平等でもない、
思いやりと優しさが、この世界を救うのだ。

全ての人間が正しい

僕は、あえて言う。
全ての人間が正しい。
誰もが、その誰かから見れば、
正しいことをしている。
その人間の考え方から見れば、
その人間がそう考えるのは当たり前である。
その誰かのことを、他の誰かが、
どうして間違っていると言えようか。
誰かのことを間違っていると言う権利は、
その人本人を除いて、誰にもないのである。
だが、人間はその個人だけで、
ひとりで生きることはできない。
だから、誰にとっても公平で、
平等な法律とルールを決めなければならない。

リベラル

リベラルは間違っていない。
誰かひとりだけが権利を独占するのは、
おかしい。
みんな同じ人間なのだから、
自分の権利は、自分と同じように、
全ての人に、万人に、
同じ権利が同じように認められなければならない。

リベラルかつ保守

僕が思うに、正しいのは、
リベラルかつ保守である。
すなわち、法と権利だけを平等にして、
あとは全部自由にする。
社会形成など、集団で関わる必要があるところは、
全部平等にし、
個人が自由に選択できる部分は、
最大限、どんな選択も自由にする。
これが、正しい民主主義社会だ。
だからといって、民主主義以外の活動については、
その人間や政党の自由を尊重する。

需要と供給

金融政策については、
需要と供給だけ考えれば何とかなる。
輸入した額よりも、輸出した額を大きくし、
希少価値や多く売れるものを、たくさん作れば良い。
難しくない。
ミクロ経済学マクロ経済学は、
専門用語が多いから賢く見えるだけで、
実際は社会のことを普通に考えているだけだ。
ルイ14世に仕えたコルベールのような、
王の政策と与えられた任務を遂行する、
きちんとした宰相が居れば、
経済はきちんと動く。

他人を頼ることも必要

自分で経済をしないのはおかしいと
言われるかもしれないが、
こんなに馬鹿な経済政策をするくらいなら、
コルベールにやらせた方がマシだ。
まともで正しい平等な経済学者を選んで、
互いに意見を交わして決めればいい。
ガブリエルの言う通り、
他人を頼ることも必要だ。

神のように賢い国を

自分は、国のことまで全部やろうとするのではなく、
自分のできることをすればいい。
僕は、神のように美しい文学作品を作ったり、
神のように賢いキャラクターを作るのが得意だ。
そういう、「誰にも分からない領域」を行うのが得意だ。
経済政策なんか、池上彰に任せておいて、
自分は神のように美しい、賢い社会を作ればいいのである。

いじめを撤廃する

僕が社会政策を行うのであれば、
まず、いじめを撤廃する。
そのために、僕はコミュニティへの参加を自由にする。
いじめられている子供が、
いじめられるために学校に通わなければならないのはおかしい。
僕はあえて、「学校に通わなくてもいい」と言う。
そのために制度を整え、
不登校やひきこもりになっても、
社会がその後の人生を支援する社会を作る。

Linuxオープンソースの推進

また、僕は金儲け中心主義を改める。
「金儲けだけがすべてじゃない」と僕は言う。
そのために、僕はMicrosoft製品ではなく、
Linuxの利用を推進する。
単にLinuxの利用を推進するだけではなく
Linuxの技術的要素についての研究・教育を行い、
簡単にオープンソースの開発に参加できるような、
そうした「新しい技術教育」を行う。
「日本こそが世界で最も進んだ
オープンソースコミュニティ地域である」と
言われるようにする。

学校では試験勉強よりも作品作りを

また、学校では、試験勉強よりも作品作りを重視する。
たとえば、自然科学のような分野であっても、
既存の学問知識を学ぶだけではなく、
自ら「アイディアや発想を作る」ことを重視し、
大学受験でも、みなに評価される優れた論文を
作ることのできる人間を合格対象にする。
試験勉強自体は続けるが、
「ただ覚えることよりも、覚えた知識を使って、
自分なりにオリジナルな研究のできる人間」を
育てることに重点を置く。

教えるべきは知識よりも考え方

また、学校の教育において、
僕は、教えるべきは知識よりも考え方であると思う。
知識偏重の今の教育を改め、
考え方や世界観をベースとした、
「そのことを本当に理解し、習得するための、
エンパワーメントを与える教育環境」を重視し、
リベラルアーツ教育を行う。
フレイは、子供たちが
「できるようになる喜び」を得て、
エンパワーメント、すなわち自らの力を自らつけることで、
子供たちが成長し、正しい大人になることを、
「教育の目的」であるとする。
そのために、学校は「子供たちが力をつけることを支援する」。
学校は子供を賢くさせる機関ではなく、
子供が自ら賢くなる機関となる。

フレイに経済を期待するな

フレイは、このような教育政策を行うが、
フレイに経済のことは期待しないでほしい。
フレイに自由経済はできない。
そもそも、フレイは自由主義者ではない。
フレイは自由主義経済の考え方そのものを好まない。

法律帝国主義

フレイは、民主主義のやり方を好まない。
選挙による代議員の選抜では、
多数決で多数派が勝ってしまう。
それでは、少数派の意見は通らない。
フレイは、「法律帝国主義」を行う。
すなわち、法律の中に、
一般的な政治家のやること全てを決める。
政治家はこの法律に従ってのみ、
全ての活動を許される。
あるいは、政治家そのものはもう必要ない。
なぜなら、この法律はレベルに分かれており、
「永久法」「思想法」「実現法」そして「事業法」に分かれ、
永久法は永遠に変わらないし、
思想法は全ての考えられるあらゆる思想における考え方を述べる。
必要なのは従来政治家が行っていた実現法だが、
政治家という個人が実現するのではなく、
法律が「政治家の代わりとなって全てを適切に行う」。
事業法は、それら3つの法律に基づき、
役所で役人が自由に決められるが、
間違ったことが起きないように、
重要な政策について、法に基づいた国民投票自体は行う。

フレイ党

そう、わたしたちはここに、「フレイ党」を宣言する。
名前自体は何でも構わない。
ガンダーラ党」でも、「在導党」でも、好きに呼んでもらっていい。
フレイ党の綱領はひとつ、
「フレイの意見は尊重するが、
フレイに盲目的に従うだけではなく、
自分の力でフレイと同じぐらい、考えられる人間たちによる、
理想と信念を同じにするグループ」である。

民法と左翼法

まあ、こんな感じだが、
「結局実際は何をやるのか」が見えてこない。
たとえば、自民党民進党という政党や政治家は必要ない。
必要なのは「自由民主主義法」や「左翼改革法」であり、
国民がそれらの法律に投票することで、
それらの法律が自動的に政治家の代わりをする。
よって、自民法が選ばれれば自民法の通りに法案が作られ、
左翼法が選ばれれば左翼法の通りに法案が作られる。
法案を作るのは国民投票だが、
実際は事業法に基づき、ほとんどを役所が肩代わりする。
つまり、国民の思想を常に役所が把握し、
民法を支持する国民が多くなれば自動的に自民法が選ばれ、
左翼法を支持する国民が多くなれば自動的に左翼法が選ばれる。
政治家は必要ない。
また、管理を簡単にするために、
今の自分の思想が別の思想に変わった人間は、
速やかに役所に申請しなければならない。

役所の仕事はコンピュータがほぼ自動で行う

このような立法システムを作ることで、
役所の仕事は楽になる。
なぜなら、やるべきことのほとんどが自動で決まるため、
コンピュータシステムで自動処理することができる。
コンピュータの「行政プログラム」が、
国民のさまざまな意見の変化をシステム管理者が入力するだけで、
すぐに「このような行政を行いなさい」と、
自動で出力してくれる。
そこには事細かな人間の行う手順が出力されるが、
ほとんどは人間ではなくコンピュータが行う。
人間の手が入らないため、行政は公平かつ効率的になり、
今まで目のむけられていなかった少数派や弱者のサービスも、
きちんと行われるようになる。
公務員という存在は必要でなくなり、
教師と警察だけが存続し、
他の全ては自由が許されると同時に、
社会のほとんどが全て繋がった上で、
プログラムによって行われる。
工場は人間よりもはるかに優れた
精密な処理のできるロボットが行い、
農業は水耕栽培、すなわち土ではなく、
リン酸・カリ・窒素の含まれた
水によって野菜を作る方式による、
コンピュータ制御での自動栽培を行い、
スマートシティによって、
移動・運搬などはロボットタクシーが行う。
人々は乗り物型のドローンによって空を飛び、
VRのネットゲームで仮想現実で人々との交流を楽しむ。

このような世界は最悪だ

多くの国民は、このような世界を素晴らしいと言う。
フレイ様が作った賢い国と言う。
人は、「何もしなくていい世界」と言い、
そもそも何かのために労働することが必要だった昔の時代を
無意味な社会だったと言う。
だが、フレイ本人はまさに言う。
「このような世界は最悪だ。」と。
そう、生きる意味を失った人類は、
ロビタと同じように集団自殺するだろう。
何一つしない世界で、
生まれてから死ぬまで、ただ退屈に時間を潰すだけである。
このような「人生の無駄使い・無意味な人類の使い捨て」を、
わたしは好まなかった。

このまま行けば、結局メガロポリス

そう、このまま行けば、
結局人類はメガロポリスになる。
すなわち、コンピュータ制御の地下都市を作って
みんなでそこに暮らすようになる。
だが、それは「Bエンディング」である。
もっといいAエンディングは、
最高の楽園を誰かが作る、ということである。
イエス・キリストは、Aエンディングからやってきた、
「神の作る天国の到来」を伝える神である。
そう、キリストは未来において天国を作った人間である。
バッドエンディングはひとつあって、
それは19年後に世界が酸素の欠乏によって
滅びる世界である。
そして、僕たちはメガロポリスの未来から、
この世界を救うためにやってきた、
愛の使者である。

未来は3つある

そう、ドイツの独裁者ヒトラーは、
バッドエンディングからやってきた、
崩壊したとしてもこの世界を
最低限何とかさせるための悪魔の王である。
今この世界に居るほとんどの人は、
Bエンディングからやってきた、
メガロポリスが大嫌いな人々である。
人々はメガロポリスしか知らないから、
大嫌いなメガロポリスのやり方を好んでいる。
だが、ここにフレイが居る。
フレイはAエンディングからやってきた、
この世界を最高の楽園にする神である。

サタンが悪い

要するに、サタンが悪いのである。
僕がここまで生きてきた全ては、
「サタンの人生」である。
サタンには何もできない。
一見賢く見えて、世界を滅亡させる、
それがサタンの目指している、
バッドエンディングの未来である。

サタンの特徴

サタンのような人間の特徴は、
「無表情で何も感じなくなる」ということ。
サタンを信じると、
何も表情に出さなくなり、
一見普通の表情に見えて、
どんなことも表に出さなくなって
自分で抱え込むことすらせず、
どうでもいいと受け流すだけになる。
また、世界に対して何も感じなくなり、
喜びや嘲笑は感じても、
思いやりを見出さなくなり、
人々と触れ合わなくなる。
そう、これが
「インターネットとコンピュータの目指した社会」である。
そう、まさにFreeBSDLinuxが、
サタンのデーモン君だったのである。
世界を裏で支配する魔王のようなサタンではない。
人々を幼児化させ、廃人にする、子供のサタンである。

神を信じよ

天の神を信じなさい。
神の言葉を「素晴らしい言葉」だと信じれば、
それであなたは地球の未来を
バッドエンディングからA・Bエンディングに導いている。
神を信じなさい。
神は間違っていない。
人々に対する高慢なアピールしかしない、
無責任で最悪の人間でも、
神は世界を救ってくれる。
サタンを信じるな。
サタンは地球の未来を、
AエンディングからB・バッドエンディングに導いている。

ゲームで宗教はキモい

しかしながら、これでは地球をゲームだと思っているだけである。
ゲームで宗教はキモい。
この世界に終末など起きるはずがない。
そう、そう考える人間が、普通の人間だ。
しかしながら、そうした普通の人間は間違っていない。
なぜなら、サタンを信じる人間は煉獄に堕ちているからである。

Aエンディングに行くのは難しすぎる

人々が神が嫌いなのは、
Aエンディングに行くことは難しすぎて、
「ほとんど不可能」だからである。
フレイを見るがいい。
今のフレイがここまで賢者の聖域に達しても、
まだ、新しい方向へとレベルアップする。
このような人間は少ない。
だから、サタンはそんなに悪い未来じゃないと、
みんな普通に受け入れている。
だが、サタンに注意すべきなのは、
「この世界のままで煉獄に堕ちる」からである。
サタンに傾倒すると、地上のままで地獄に堕ちる。
自ら解決不可能な地獄を作り出す。
なぜそうなるか。
それは、フレイを信じるがあまり、
フレイと同じ病気になっている。
そう、サタンを信じる人間は、
良心と良識がもしあったとすれば、
そのまま神を信じる人間になる。
そうした人間は、Aエンディングに行く。
そう、「サタンが神を信じる」、
ほとんど、それでしか、
Aエンディングに行くことはできない。
本当は、「エンディング」という言葉を使うのはおかしい。
聖書の言うように、
「神を信じるものは天国に逝く」と言うべきである。