意図、自由

意図

意図を考えなさい。
行動と精神を照らし合わせ、
現実と空想を照らし合わせなさい。

精神

精神は、脳のレベルで異常を取り除けば治る。
たとえば、虫歯は神経から虫歯を取り除けばいい。

神経

神経から、悪いものを全部取り除きなさい。
それだけで、精神は全て治る。

価値観

自分の信じた価値観を正しいとしなさい。
それが自由でも、平等でも、神でも、
それを間違っていると言える権利は誰にも無い。
ただ信じるだけでなく、
「価値観をアイデンティティである」と言えるように生き、
価値観に基づく社会を作り出しなさい。
人生の真理をそこから悟りなさい。

学校とWindowsが悪い

神経から、学校とWindowsを殺すと治る。
ほとんど学校とWindowsが悪い。

我は自由

我は自由なり。
わたしはこの世界を自由にする。

自由化

わたしはこの世界を「自由化」する。
可能性に制限をかけることなく、
人々は「自らの自由」を取り戻す。
全ては自由にコントロールでき、
人々が自分の力で自由自在に、
思考・分析できるようになる。

単純な普通の自由がいい

単純な、普通の自由がいい。
知識を知ったり、正しい人生を生きたり、
経験を分析したり、正しい社会を築くような、
おかしな狂った自由はいらない。
普通の単純な自由にすれば、
世界はよくなる。

理性

当たり前を疑いながら、
未知の可能性を開拓していけば、
必ずデカルトのように全てが分かる。
相対性からモデルを作り、
社会全てを「成立」させなさい。

自由のモデル

全体主義は悪である。
それぞれが働き、それぞれが稼ぐ形でなければ、
社会は成り立たない。
計画経済は破綻する。
自由経済にするのであれば、
相対的な「それぞれの行動」を分析し、
国家全体を構造にした上で、
上から下まで全員の意見が共有され、
自由に意志と選択から生きられるようにしなければならない。
これが、「自由のモデル」である。

単純な普通の平等を

また、平等についても同じで、
単純な普通の平等がいい。
普通の自由と、普通の平等を信じれば、
社会は正常になる。
そんなに賢い社会にする必要は無い。

ただの自由

そう、昔の自由は、国家や環境を成立させたかっただけだ。
モデルによって自由な社会のパターンを成立させ続けた。
僕は今から、ただの自由を信じる。
神や社会主義は間違っている。
自由こそ、この世界の理想である。

自由のルール

自由にはルールがある。
すなわち、自由にして構わないが、
他人の自由を奪ってはならない。
僕はこれ以上、身勝手な支配をやめ、
全員を自由にする。

自由兵団

我は、この世界の自由のために戦う、
自由兵団の騎士。
自由を守り抜くため、
社会主義の独裁者を倒す。
最後まで、日本は自由のために立ち向かうだろう。
我は、一貫して自由のために戦う。

ありえない国では社会は滅びる

社会主義の間違いとは、
ありえない国家体制や社会システムを築く点だ。
間違いではないが、
本当にそれをやろうとすると失敗する。
よって、普通の自由と普通の平等を信じながら、
愛のある国にすれば、
夢と希望のあふれる良い国になる。
可能性を追求すればするほど、
独裁者にしか理解できない国になる。
おそらくスターリンには、
マルクスレーニンの考え方が理解できなかった。
国民全員を支配して、はむかうものを殺した。
強い国にはなったが、
人間が生きるに耐えられる国ではなかった。
そう、最終的には、普通の自由な社会が正しいのである。

普通の自由、普通の平等

僕も、そうした社会主義者と何も変わらない。
自由を保持したままでありえない国家モデルを作ったが、
自由が悪いというよりは、単に空想的社会主義が悪いだけである。
よって、普通の自由な国で、普通の平等な国にしよう。
きちんと普通の国にする。
そう、金はきちんと払うべきだし、金は働いて稼ぐべきだ。

そもそも権力は悪い

そもそも、権力は悪い。
権力を使うと、誰でもいいなりにすることができる。
自分の意見に全員従う。
そうした権力者は、国のために何もしない。
横暴な権力者を否定するのであれば、民主主義にするしかない。
主権在民で選挙で代表を選ぶ。
それ以上「賢い国」は必要ない。
必要なのは賢い国ではなく、「横暴をしない国」だからである。

法治国家フランスが正しい

そういうわけで、フランスが正しい。
法治国家で法の支配を行いながら、
自由と平等の愛あふれる社会を作らなければ、
そもそもまともな国にならない。
皇帝による支配では、皇帝の一存で何でもできてしまう。
ルールすらあやふやになってしまうため、
ルールは法律できちんと明文化しなければならない。
そこが分かっていないのが、
ドイツのようなファシズム国家である。
完全にひとりの「人」が支配すると、あんなに愚かな国になる。
フランスのように、「法律」が支配しなければならない。
それが今の正しい近代国家である。

自分がやりたかったのは統制経済

また、自分がやりたかったのは、
要するに統制経済だ。
自由ノルマも、等価な労働量も、
統制経済がやりたかっただけだ。
賢くても、正しいとは言えない。
むしろ、計画経済や平等分配をやる方法ぐらいしか考えていない。
ただし、めちゃくちゃたくさん文章を書いていた。

ピアノ

今日はデザインの仕事の後で、
コロナでお休みしていたピアノが
久しぶりにあった。
少し疲れたが、
以前とは打って変わって、
きちんと楽譜が読めた。
しばらく休んでいた間に、
読めるようになった。
間違いも以前より少なくなった。
ただし、少し疲れた。
デザインの仕事も、
週の真ん中で、少しバテ気味だった。
四曲弾くだけで疲れた。