戦後時代

戦後

戦後、日本は平和国家として、ものを作って売ることから、独自の文化追従的、モノマネ的な経済成長をした。賢かった。ジャパニーズミラクル、ジャパンアズナンバーワンなどと言われた。経済規模はアメリカに次ぐ第二位になった。
そのうち、バブル崩壊とともに終わった。最近では、経済規模は中国に負けたが、今でも世界有数の経済力のある国として、威張って良い存在になっている。それに、平和憲法のせいで、70年間一度も戦争をしていない。

戦後と経済成長

戦後は、アメリカのGHQによる平和憲法が裁定され、日本は軍隊を持たない「自衛隊の国」になって、アメリカの軍事力に頼りながら、経済成長を行った。
日本人は、「頑張る心」があった。戦後の何もない社会で、人々はアメリカやヨーロッパの製品に学び、独自の模倣と改良を加えて、「海外に自分たちが作った製品を売る」ことで儲けた。
日本製品はとても品質が良く、また値段が安かったため、多くの国で受け入れられた。
そして、日本は経済成長をした。とても豊かで、ジャパニーズミラクルとか、ジャパンアズナンバーワンなどとアメリカなどでも評価され、株価は右肩上がりに上がった。
だが、それが永遠に続くわけも無く、バブル崩壊とともに「鬱屈した時代」が到来した。
ただし、日本の技術力は衰えたわけではない。大発展した日本の科学技術は、今の平成の社会においても大きな力となっている。ノーベル賞受賞者も多数輩出しながら、日本の企業は、時にアメリカやドイツすら上回るような「最高の技術力」を持っている。資源がなく、食料自給率も少なく、また他のアジアの国のように人件費も安いわけではない国であるため、日本人は科学技術と製品の品質で勝つことしか出来ない。逆に言えば、日本人はそれで勝てるだけのとても高度な超一流の技術力を持っている。
技術だけではなく、インフラの生活水準も高く、豊かで、また安全である。女性が夜、一人で歩いていても、危なくない国は日本ぐらいしか存在しないだろう。水道の水がそのまま飲める国も、日本ぐらいだけだ。
日本の豊かさの特徴として、イギリスのような「軍事的圧力」で強くなったわけでも、イスラム圏のように「石油エネルギー」で豊かになったわけでもなく、「みんなが頑張って科学技術を磨いて、みんなで頑張って豊かになった国」であるということが挙げられる。戦後の日本には、何にも無かった。敗戦したことで人々は希望を失った。だが、日本は滅亡しなかった。みんなで頑張って、西洋の技術を模倣し、さまざまな工夫を重ね、安く買って高く売る、単純だが難しいそうした考え方のもとで、自動車からウォークマンまで、世界を驚かせる製品を作り、そしてその株価の上がり方は世界中を本当に驚愕させた。日本がイチバンだ。アメリカに嫌われているとはいうが、バック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくるマーティ・マクフライ役のマイケル・J・フォックスのように、日本車や日本の文化が好きな人間はアメリカにも多い。日本の製品が一番良いと言う。アメリカには、日本が好きな人間が多い。悪い国には見えない。だが、多くの国に「モノマネ猿」として嫌われていることは確かだ。
上の記述で大東亜共栄圏など、少し右翼的なことを書いたが、左翼的なことといえば、日本人は平和憲法によって「軍隊を持たない国」になった。だが、これはある意味、「それならなんで自衛隊があるの」という、子供でも分かる矛盾を生んでいる。日本には、自衛隊という「自衛権を行使する兵隊」が居る。だが、それは軍隊ではない。最低限、日本を守るための自衛集団であり、軍隊ではないと言っている。日本の民衆は、ここで二分される。本当に自衛隊を無くすべきだという左翼と、自衛隊という軍隊を正式に認める憲法に変えるべきだという右翼に分かれる。だが、こうした理想論をきちんとやっている、出来る、ということが日本の優れた民主主義の点だ。ロシアなら、既に戦争の時代に戻っているはずだ。

経済成長の背景

戦後の会社員がやったことは単純である。それは、外国の製品を1つ購入し、分解して中身の仕組みを探り、どうすればこのような機械が作れるかを考え、元の製品と同じものを作って、もう一度作り直し、今度は「元の製品よりも品質の高いものを作る」ことができたら、それを大量生産できるような仕組みを作り出して、それを元の製品よりも安く、高品質に作って、外国に売る、ということである。
これをやったのが、今のSONYや松下のような大企業である。
そして、今の日本経済は、「輸入した額よりも輸出した額の方が大きいならば儲かる」という「貿易差額主義」によって成り立っている。農作物のようなものを安く輸入して、工業製品のようなものを高く輸出する。このことによって、日本は農業よりも工業の方が出来る国になった。工業だけを見ても、材料や素材のようなものを安く仕入れて、完成した製品を高く売る。これだけで、日本企業の株価は右肩上がりに上がっていった。人々はそうした「高度成長期」を満喫し、それがバブルと呼ばれて弾けるまで、成長し続けることを疑う人間は居なかった。
何より、当時の世界経済が、自動車の大量生産を始めとする、「人類はどこまでも進歩するかのような幻想」を生み出していた。日本は自動車だけではなく、テレビやウォークマンなどを作った。テレビは映像を遠くで見れるという「ありえない機械」だった。カメラも、絵の具でも筆でもなく「人間の形相をそのままに写し取れる機械」をして、最初は「魂が吸い取られるのではないか」と恐怖されたが、その後完全に定着した。そもそも、日本は明治維新の頃から、「アメリカやイギリスを見習って、自分たちで同じものをもっと優れた形で作り出す」という「文明開化の魂」のようなところがあった。それが、ただ平等な社会主義経済の反省として、歩合制と安い賃金で工場労働者を働かせて儲けている、中国などと違うところだろう。

昔の日本の生活

また、冷蔵庫や炊飯器などが生まれる以前は、日本人は洗濯板と川や井戸の水で洗濯し、まきをたいて火を起こして風呂に入り、米は釜で炊くのが普通でした。質素な和服を着て、食べ物は少しのごはんの他にキュウリや白菜の漬物や自家製の味噌などを作り、いろりで芋煮をするのが御馳走でした。客人が来る時は芋煮会でした。(ちなみに、キュウリは夏に採れ、白菜は冬に採れるため、キュウリと白菜を漬物にして米と味噌を保存すれば、一年中生きられる。)
水は井戸から自分で汲んで運び、火はまきから自分で起こしました。農業用の水路は川から村の村長がひきました。また肥料は人間が出した人糞をくみ取り式の便所から肥だめに溜めて使いました。農業用の工具や生活のための衣服は男や女が自分で作り、家は村のみんなで木造あるいは稲わら式の家屋を作りました。
また、何も取れず餓死することも多く、今の日本人では考えられないほど、人々が死ぬことが当たり前でした。水木しげるも、「昔は人間がよく死んでいた。どこでも死んでいた」と言っています。そうした「死が身近」であったゆえに、「戦争で国のために死ぬことは理想である」と考える人も多かったのです。
また、機械はありませんでしたが、動物が身近で、馬で移動し、牛で畑や田んぼの耕作を行い、犬や猫にも単なるペット以上の役割が与えられていました。今で言うように、ペットとして犬や猫を飼う、ということは当時はできませんでした。
子供の遊びなど、誰も考えませんでしたが、その代わり、相撲やカルタのように多くの誰でもできる遊びがありました。
また、藍染めのような染物や、陶器や磁器のような職人芸は、技術と経験を持った職人にしかできませんでしたが、それがそのまま町や村の伝統工芸品となり、地域の産業を支えました。町にはそれぞれの目的によって必ず何かの得意分野があり、それは多くの場合林業や漁業や畜産業などでした。
日常生活でもっともよく活躍するのは、炭でした。炭がなければ、食べ物を調理することも、暖を取ることもできません。
また、夜は本当に暗くなり、そのためろうそくとマッチがかかせません。
ですが、本当のことを言うと、比較的早くから電球やランプはありましたし、ガスコンロや水道・キッチンは比較的早くから、田舎にも見られました。今の時代、キャンプやアウトドアをするのであれば、ランプやガスコンロは必須アイテムです。逆に、そうしたものが無い場所を「ド田舎」と言いました。
また、時計は振り子式で、よく時間が狂ったため、たまに合わせる必要がありました。ラジオが生まれたぐらいからは、振り子時計の時間を直すための専用のラジオ放送がありました。
また、学校では悪いことをする悪がきはたくさん居ましたが、いじめは少なかったと思います。それは、当時知識や能力を得る手段が学校しかなく、教科書しか文字を読める対象が無く、またごく少数のエリートしか賢い人間が居なかったため、みんな学者や医者や政治家や官僚を目指して真面目に勉強していたからです。当時はサラリーマンが憧れの職業でした。
また、昔の日本には悪い人間が多かったです。町には八百屋や魚屋や豆腐屋のようなまともな店舗だけではなく、決まっておかしな店舗があって、中に入ると中国やインドのような怪しいものを売っていたり、あるいは本当にやくざやチンドン屋や闇屋や闇市のようなものもあり、大きなデパートや百貨店にはとても買えそうもない高価なものが売っていて、「ここから先は上流階級、ここから後は下流階級」のように分かれていたのです。
また、今でいうよりも町と町の間の距離が遠くて、電車に乗って別の町に行くのは就職したり結婚するのと同じくらいの感覚でした。
IT産業やIBMの大型コンピュータのオペレータなどは、上の上の上、とても希少なエリートで、東京大学を出た成功者だけが就ける、最高の仕事でした。
今でも、アフリカや太平洋の島国などではそれが普通です。むしろ、スマホなどのIT技術流入した分だけ、おかしな発展と進歩を生んでいて、さらに悪くなっている、ということの方が多いと思います。
そうした日本の昔が、高度成長期とバブルによって一変し、クラブで遊び踊るバブリーな女がイメージとしては固定化されていますが、どんどん日本に金が入り、何でもできるかのような錯覚を得ましたが、それは本当に錯覚だった、ということが思い知らされたのです。そうした時代の動きもあって、「金と力と女がすべて」のような人間が増えたのだと思います。そうした点は、中国やインドも同じで、どんどん贅沢かつ大量消費指向になっていますが、彼らもいつか「幻想を見ていたのだ」ということに気が付くでしょう。
また、昔の日本は、都心部と田舎ではまったく違っていて、東京のような都心部ではそうしたバブリーな人々がたくさんいて、逆に秋田や鹿児島のような田舎では前述したド田舎の農業社会を生きていたりもします。また、京都や大阪では、東京でも田舎でもない、独自の伝統的な社会あるいは開放的な社会を作っていて、そうした全てが今の日本社会の源流になっています。また、東京が必ずしも良い社会だったわけでは全くなく、駅前で物乞いをするホームレスなどもいて、また当時はフォークソングが流行ったりしていたことから、路上でパフォーマンスをするストリートミュージシャンなどもいて、「せっかく東京に来たのに、華の都はこんなにひどいところなのか。田舎に帰って牛を飼った方がマシだ」と思う上京した田舎ものが多数いました。
後日注記:昔の日本の生活は、「あるものはなんでも全て使う」というところがある。使えるものは全部使い、食べられるものは全部食べる。糞でも、動物でも、道具でも同じ。全てが必要であり、全ては「もったいないから使う」。それが古来からの日本の文化である。

日本は家電製品と自動車を作るのが得意

日本は、家電製品と自動車を作るのが得意な国です。
これは、ただ単に日本が技術ができる、というだけではありません。軍需産業からの転用ではありますが、戦後、何も無くなった日本は、アメリカやイギリスの機械を真似して作って売るぐらいしかできませんでした。
そう、日本は国策として「パクリ経済戦略」を行い、結果、科学技術の発展した国になったのです。
同時に、そうした日本には、必然的に海外から投資が集まります。バブル経済の時代、日本の景気は右肩上がりで、何もかもが良かったです。昔は、電気式の冷蔵庫すらなく、冷蔵庫には氷屋が毎日持ってきてくれる「巨大な氷」を入れるのが当たり前でしたが、どんどん文明的な技術は向上していきました。
特に民衆を喜ばせたのが、テレビです。テレビによって、力道山の空手チョップが遠隔地から見れるようになった時が、日本の最高の時代でした。その後、カメラ、ラジオ、クーラー、冷蔵庫、洗濯機、電話、あるいはカラーテレビのように、どんどん日本は発展し、景気は上がりまくっていました。
ですが、バブル崩壊とともに、そうした景気が「バブルだったのだ」ということが分かりました。不動産を購入して地価の値上がりで儲けていた人々は、まるで嘘のように景気が後退し、日本は平成時代になりました。平成の世界、いじめや個人攻撃が増えていき、漫画やアニメも昔の「ヒーロー」だったものが、「暴力表現」に変わっていきました。オタクは迫害され、チンピラは社会の風土を乱していきました。
確かに、日本の技術はものまね猿にすぎません。ですが、そのものまね猿を世界で最初にやった、ということが重要なのです。韓国や中国や東南アジアで建設される工場と流出する技術は、やっていることは確かに日本と同じですが、「日本と同じことをやる」ということそのものに限界があります。日本はそうしたものの創始者です。日本のモデルは他の国にも応用できるでしょうが、日本自体はもっと別のレベル、ひとつ高いレベルで、アジアを導いています。そのため、中国製品は何年経っても粗悪なままです。日本製品は高品質で、なお安いのです。

経済成長と日本のものづくり

経済成長と日本のものづくりについて言えるのは、「日本人はものを作るのが一番性に合っている」ということ。
日本は、モノを作って売ることで、アメリカなどにSONYトヨタの工業製品を売って、そのための資材やエネルギーを外国から輸入し、貿易差額で儲けるということをした。
だが、実際のところ、それは帝国の軍需産業をそのまま、民間の平和的な技術に転用しただけである。
ただし、言えることは、現実のところ、日本はモノづくりの方が、人殺しのための戦争や争いをすることよりも、性に合っているということである。
日本はそもそも、帝国として世界全体を征服し、支配する、ということには向いていない。日本は極東の島国である。それも、長い間鎖国をしていて、それが明治維新で開国、富国強兵政策をとってその次の瞬間に、すぐにアメリカと戦争して、それですぐに負けたのである。
太平洋戦争は、開国後、少し焦りすぎたのである。力をつけて先進国になるつもりが、力をつける前の段階ですぐに戦争になって、そこで完全に負けて崩壊したのである。
だが、その後のモノづくりをベースにした、ある意味「賭け」のような形で、しかしながら「全力」で「経済成長」をしていたその姿は、世界から見てもかっこよかった。日本車を壊すアメリカ人もいたが、そんな中でも「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた。
そう、日本は、モノづくりの方が性に合っている。ものを作って、文化を築く、文明を高める、という発想に長けている。戦いとか軍事力とか、そういうものは日本の「島国気質」には合わないのである。

平成は独自のダイナミックな文化が栄えた良い時代だった

日本人は、平成を「暗くて鬱屈し、暴力と寂しさしかない虚無的な時代」だと思っている人が多いです。
ですが、実際の平成時代を青春時代に体験した僕のような人間は、むしろ、独自のダイナミックで動的な文化が栄えた、良い時代だったと思います。
僕は、平成時代の人間として、ドラえもんやちびまるこちゃんのようなアニメを見て育ちました。渥美清(車寅次郎、通称寅さん)と倍賞千恵子(さくら)の男はつらいよマイケル・J・フォックス(マーティ・マクフライ)とクリストファー・ロイド(エメット・ブラウン、通称ドク博士)のバックトゥザフューチャーのような日本やアメリカの映画を見て育ちました。幼いことからファミコンがあり、コンピュータと触れて育ちました。
また、テレビゲーム全盛期でありながら、音楽はSMAPモーニング娘。などを聴き、テレビを見て育ち、青春時代はWindows 2000のようなマイクロソフトのOSを使いながら、メールやホームページや匿名掲示板が中心だったインターネットを見て育ちました。
当時は、そもそもが、世界が鬱屈であると同時に、「世界は変わらなければならない」という時代でした。ソ連が崩壊し、ドイツは再統一し、中国は改革開放政策を行い、「社会主義はもう終わったものである」とされながら、IT技術が盛んで、人々はWindows 95の登場とともに、「パソコンを使うことそのものが楽しい」時代でした。
平成は素晴らしい時代でした。何もかもが、馬鹿になりながらも、世界を変えようとした「創造性」があり、また、人々は左翼のように暴力的な表現が増えていきながら、「世界みんなで連帯しよう」といった「協力と思いやりの理想」がありました。
平成は、技術的には成熟し、不可能なことがほとんど何でもできるようになった時代でもあり、人々はバックトゥザフューチャーの時代のように「空飛ぶ自動車が生まれる」なんて幻想を持たなくなりました。既に、必要なものは全て出そろったのです。また、手塚治虫藤子不二雄のような偉大な作家が亡くなり、渥美清も死に、どんどん賢い人間が居なくなって、社会全体はつまらない社会になっていきましたが、それでも賢い人間はたくさんいて、世代交代が進んだかのように見えました。今のような「J-POPの死」ではなく、宇多田ヒカル浜崎あゆみのようなさまざまなポップ歌手が居ました。若返りが進んだかのように見えると同時に、「最近の若者はなっとらん」という大人がたくさん増えました。
それから、社会主義の理想やフェミニズム環境保護主義者が馬鹿にされる時代でした。人々の間で、ソ連はもう終わったものであり、中年だった団塊の世代を若い30代は新自由主義者となって批判しました。彼ら新自由主義者は、市場原理を信じて、左翼の経済を否定しました。同時に、平等な左翼はそのごろまだたくさん存在していたため、右翼から「小学校の徒競走ではみんなで並んでゴールイン」と比喩されました。
本当に、良い時代でした。アメリカは今のように、ポピュリズムが台頭しておらず、Windowsを作った国であるという認識が強かったです。また、ビートルズスターウォーズなどの影響で、アメリカやイギリスは賢い国に見えました。同時に、イギリスやフランスは既に古い国であるかのように言われ、「日本が一番過ごしやすい良い国である」と人々は言い、「日本に生まれてよかった」と人々は話しました。同時に、平和ではありましたが、少し上の年代は「平和ボケ」と言って、平和であることが馬鹿であるかのように言われていたのもこの時代です。また、「ゆとり世代」という言葉が生まれ、「円周率を3.14ではなく3にしろ」といったゆとり教育が誰からも嫌われ、嘲笑された時代でした。漫画やアニメ、ゲームといったオタクが増えると同時に、「童貞はキモい」と言われて不良やギャルから批判されることが多かったのもこの時代です。人々の価値観は金と権力とセックスしかありませんでした。
後日注記:当時オタクが不良から「童貞はキモい」と言われていたのは、社会不適合者はセックスで抑圧すれば簡単に支配できるからです。みんなでオタクを綾波レイやお兄ちゃんと妹とのセックスに統一する、そうした社会全員による迫害を、平成のオタクは受けていたのです。

平成以後のオタクとIT文化

戦後のテレビを中心とする文化は、漫画やアニメ、そしてゲーム機やロックンロールの音楽を生みだした。
テレビゲームやWindowsのようなIT技術、テレビアニメなどの普及とともに、人々の間で「オタク文化」が流行する。オタク文化サブカルチャー文化であり、「子供のようなホビー文化を大人たちが愛する」という文化である。
最近は外国人にこの「オタク文化」が人気で、特にロシア人・アメリカ人・フランス人などに、セーラームーンとか、スタジオジブリとか、アニメ文化が好まれている。日本は文化的にも世界に受け入れられている。また、中国人には医療の薬剤や家電の製品が人気で、「爆買い」と呼ばれる現象が起きている。誰がどう考えても、日本が一番製品の質が良くて、国の治安も良く、また文化的にとてもたくさんの独自のものがある。日本の独自性は外国人にウケている。世界の中で、宇宙人のように突出して文化が違う国は、日本だけだ。そして、その上で賢いことが出来ているのは、ありえないのが日本人だ。
日本の活躍は、スポーツにも及ぶ。大谷翔平は投打において活躍し、メジャーリーグのファンを魅了している。また、フィギュアスケート羽生結弦選手は、怪我からの復活で金メダル連覇に輝いた。日本人は決して遅れていない。今の日本は新しい天才も生まれており、スポーツではないが、藤井聡太は連勝記録の後、とても早いスピードで七段に昇進した。日本人は決して、日本人だけを愛する国ではなく、相撲では白鵬だけではなく栃ノ心など、外国人力士も活躍し、人々は応援している。
日本の民主主義は世界で一番平和で、同時に人々を豊かに出来る「賢い経済集団」だ。だから、政治家を悪く言うのは本当は良くない。だが、日本の政治は「事なかれ主義」で、何もしようとしない。与党は全員保守で、野党は何一つ出来ない。民主党政権は、事業仕分け以外何もしなかった。それは、アメリカでも同じで、オバマは何も核兵器なんか無くせなかった。日本もアメリカも右翼になってきてはいるが、日本はアメリカのように馬鹿にはなっていない。安倍政権も、きちんと賢いアベノミクスという政策が出来ている。強行採決は問題だが、アベノミクス政策が国民に評価されていることもまた事実だ。

今からの世界は、日本以外の国が全員馬鹿になる

僕が考えるに、「今からの世界は、日本以外の国が全員馬鹿になる」と思います。
日本だけ、ありえないほど、社会的に見ても科学技術的に見ても、はるか先まで到達し、見渡すことができるぐらい、完全に進んでいます。
これもひとえに、日本史のおかげです。日本には、この宇宙の中にある全てのものがあります。あらゆる全てが融和した国で、日本は社会主義以外の全てを経験しました。
そして、この最後の日本に、僕のような「愛」を付け足すことで、日本だけが、「魂の安らぎが得られる国」になるのです。
気付いている人も居るかもしれませんが、僕は支配して導くことで、日本を宇宙の「星の歴史」に変えました。日本には、ナメクジから神に至るまでの全ての歴史があります。全て、僕がひとりで行いました。その前提にあったのは、「全員を許し、一番高いところから愛する自由」です。この自由こそ、日本を新しい星にした原動力です。
日本以外の国は、全部の国が原始人のままです。たとえは悪いかもしれませんが、猿がいくら人間にたてついても、ただの猿です。日本にはそうした猿は勝てません。猿というよりは、神の操作するロボット人間のようなものです。日本は一歩進んだ生物になったのです。
実際のところ、きちんとした技術があるのは、アメリカと日本とヨーロッパだけです。アジアの国は、いくら頑張っても日本の劣化コピーです。それは技術的レベルが低いだけではありません。どんなに技術を奪っても、歴史的な社会に根差した文化までは盗めません。日本にはそうした文化があります。アメリカは技術的に進んでいるかもしれませんが、社会的には日本よりも下です。彼らがSNSいじめをするのは、銃の乱射事件や麻薬の密売と変わりません。最後に勝つのは、日本とイギリスとフランスとドイツです。そして、それらの国の中でも、日本は抜きんでた集団になります。イギリスやフランスは、悪いことをして稼ぐことしかできません。ドイツは世界中を騙しているだけです。良いことをして社会を進歩させることができるのは、世界中で日本だけです。技術力だけではない、「日本民族の力」が、日本に神を生んだのです。