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教育

学校と教育

大学の教育のあり方(リベラルアーツ

日本の大学では、専門や専攻を決めて勉強するやり方を取ることが多いが、少しずつ「リベラルアーツ」という考え方がアメリカなどの大学の影響で広まり始めている。
リベラルアーツとは、「知によって自由になる」という意味で、要するに総合的な教養学部だと思えば良い。高校のように、さまざまな分野の専門科目を横断的に学ぶ。
本当は日本の大学でも、1・2年生の授業は教養学部としてたくさんの分野を総合的に学ぶ学生はたくさん居る。3・4年生になった段階で、専門的な分野を学習する学生が多い。
そうした教養学部のことを海外ではリベラルアーツと呼ぶ。日本の大学でも、これまでの「専門バカ」のような教育だけではなく、リベラルアーツによって、「専門や職種が変わったり、プログラマのように時代とともに変わっていく中における、変わらない普遍的な教養」を教えることを目指している。たとえば、MITでは一見エンジニアとは関係ないような音楽やピアノの授業を受けさせたりする。その方が、長期的に見てIT企業の職種に役に立つという考え方である。日本の大学では、こうした考え方はまだまだ少ない。

本当のリベラルアーツ

近年、大学教育ではリベラルアーツということがよく言われる。これは、知識や知性を「経験的な力」であるとし、知ることや知識を与えることで、「リベラルな知識・教養・芸術」として「自由」になる、という、まさに「知は力だ」とする考え方である。イギリス経験論の哲学者ベーコンは「知は力だ」と言ったが、それと重なる考え方である。リベラルアーツでは、高校や大学の教養学部のように、広くさまざまな領域の基礎的な知識を本活的に学ぶ。
だが、僕は、こうしたリベラルアーツに対して、「準備段階」が必要だと思う。
それは、たとえば、知らない方が幸せであるということは確かにあって、この世界における知識の領域というのは多いように見えて少なく、知れば知るほど、知るまでの純粋な考え方や知性を失ってしまうからである。
そして、子供たちの準備段階として必要なのは、多くの場合「新しい世界を知ること」であり、「友人たちと絆を培うこと」でもあるが、僕はそれに加えて、「オープン」が大切だと思う。人々を自由に受け入れ、感受性で受容し、参加を許し、自由な行動や活動を許すことで、人々は「社会においてどんなことができるのか」ということを、「実地的に知る」ことができる。
また、楽しい活動をすれば良い、というだけではなく、「思考や思索から成長して、自分の力の範囲を拡大していくこと」から生まれる、「思考と力」という発想が必要だと思う。そして、これを突き詰めることで、ヘーゲル精神現象学の中で論じたような、「人の正常な発達過程」というものが分かる。
僕の言いたいことは、そうした「自分の経験から来るリベラルアーツが大切」だということ。これを身に着けるためには、社会の変化の実際と機会やチャンスでどのように社会を変えられるのか、という、新しい「自分だけの自由な社会変革論」という発想が必要ではないかと思う。子供は、「それがそうなって、そうなればどうなるか」という「作用の連鎖」を考える人間が多いが、これをもっと実地的に原理を解明し、応用していくことで、子供は自然にこの世界の環境の可能性を知る。そこでは、何がどうなるかから、応用的にどのようにすればどのようにできるのかが分かり、真理のモデルが次から次へと分かっていき、自分の力は自分の環境から世界全体へと拡大していく。サルトルの言うように、自由は保留され、客体化され、集団化していく。これこそ、本当の「知の力」であり、本当のリベラルアーツである。
そう、必要なのは、「社会に出たら何ができるのか」ということを教えること。そのためには、ありのままのこの世界をオープンに見せて、その上で考えるための材料となるさまざまな素材を与えれば良い。そして、その上でリベラルな知識を与えることで、人間は全てを自分の居場所から知ることができる。あるいは、本当は辛い戦いのようなことをさせても良い。それで、分かることもたくさんある。だが、それは学校というよりも、もっと別の、政府や宗教のやるべきことである。大学ではできないそうした「勇敢な戦い」をすると、人間は未知なる多くのことが分かるようになる。
人はそんなに簡単に分かりあえるものではない。自分の分かったことを全て書き出しても、相手には50%も伝わらない。だから、最終的には、自分で生きた結果を自分で反省し、自分だけが考え続けるしかない。大人にはそういう人間が多い。だから、大人は、学校を失っても、一度再起不能になっても、何度でも立ち上がれる。別れの哀しみを知っているから、自分のチャンスとリスクを信じられる。そうした大人こそ、育てるべき人材である。

インターネット時代の新しい教育

僕は、今の時代、必ずしも学校は必要なくなってきているのではないかと思います。その理由は、「インターネットがあるから」です。
わざわざ学校で20年もかけて強制的に学ばなくても、インターネットを使うことで、自由に自分の知りたいことだけ、知ることができるのです。
確かに、知的格差の問題はあるかもしれません。インターネットを見る子供と見ない子供で、教育格差が生まれるでしょう。
ですが、今の学校というのは、試験勉強とテスト、そして受験教育で、子供も教育者も疲弊しています。インターネットを上手く取り入れることで、彼らを自由にできないでしょうか。
ゆとり世代」という言葉が言われて久しいですが、ゆとり教育のそもそもの目的は、「自由に思索する時間」を子供たちが得られるようにすることであり、これは自由なインターネットと親和性が高いと思います。

IT教育庁による日本ペディアを

僕は、文部科学省の直轄で「IT教育庁」を作って、インターネット上に「日本ペディア」を作ってはどうかと思います。
Wikipediaと同種のサービスですが、IT教育庁の管理の下に、パブリックドメインで、大学の知識を「子供たちにも分かりやすいように」段階的に掲載します。これが、小中学校の代わりを務めます。
また、日本ペディアはパブリックドメインでコンテンツを公開します。これにより、日本のインターネットユーザーは、自分のホームページやブログに日本ペディアの情報を転載することができます。

ゆとり教育は間違っていたが、目指すべき方向は合っていた

僕は、ゆとり教育という日本の過去の教育政策は間違っていたと思います。特に、「円周率の3.14を3にしろ」はありえないだけです。
ですが、僕は大人がゆとり教育を批判するのは、その裏に右傾化と軍靴の足音が聞こえるような気がしてなりません。
確かに、行き過ぎた平等は間違っています。たとえば、「運動会の徒競走、みんなで並んでゴールイン」などは最たる左翼の間違いです。
ですが、学校教育の知識偏重が間違っている、ということは僕は正しいと思うのです。
そして、どんなに辛くても、覚えて、勉強して、正しい答えを考えなさい、という「工場的な教育」は、完全に軍国教育へと繋がっていく、間違いだと思います。
ただし、僕は辛く苦しい教育全てを否定するわけではありません。子供に辛い体験を乗り越えられるような教育を行うことは、子供の成長に繋がります。
ですが、僕は「子供の自由」を尊重したいのです。自分の意志で、学び、知り、研究し、自分の力で考え、そして自然に「出立」して、自分の力でこの世界を支配できる王のような、そういう人間を排出しなければいけません。
ただし、今の教育のレベルは、以前よりはるかに低くなっています。以前では、大学では入った段階でドイツ語やフランス語を理解できるのは当たり前で、大学に入ればすぐにドイツ語の講義を聞いていました。そんなに昔の話ではなく、戦前の普通の大学がそうでした。ドイツ語が分からない人間は、自分の力で、講義とは別に自分で学びました。昔の戦前の大学を出た人間は、そうした高い教育を受けていたのです。今の大学では、大学に入ってすら、「can」「will」などの基本の単語を学んでいるのです。そうでなければ、大学の教育ができなくなっているのです。
よって、ゆとり教育は間違っています。ですが、自分なりに自分の力で学ぶ、という「教育の自由」を、僕は失ってほしくありません。戦中の軍国教育では、学校は学ぶ場所ではなく、竹やりを持って戦う練習をする場所になっていました。大学では兵器を作っていました。そんな世界では、自由に学ぶことはできません。

教師の仕事

教師の仕事は大変

僕は、親が教師だったこともあって、教師の仕事がハードワークであったことを良く知っています。
プリント作成やテストの採点のような仕事は、学校でやることが多すぎで、学校に居る時間帯にはできません。家に持ち帰って残業をする、いわゆる「持ち帰り残業」を僕は家で良く目にしてきました。
教育というのは大変で、不登校の児童や障害者の児童も見なければいけませんし、子供がきちんと学習できないならできるように考えて指導しなければなりません。
その結果、いじめのような問題は見過ごされたりし、総合や英語やプログラミングのような特殊な授業には力を入れられない結果になるのです。
僕は、一度、日本の教育制度というのを改める必要があると思います。何を本当に教えるべきなのか、教師はどんなことをすべきなのか、本当に考えなければいけない時期になっているのではないかと思います。

幼い頃は、教師の親の仕事をよく手伝っていた

僕が子供の頃を思い出すと、教師の母親の仕事をよく手伝っていました。
たとえば、教室に張る画材や教材を、はさみやのりで一緒に作ったり、運動会で踊る踊りの振り付けを一緒に覚えたりしていました。
母親は小学一年生を担当することが多く、小学校に入る前から小学校の仕事を手伝っていたので、小学校に入る前から小学校で習うことを知っていました。
また、当時はWindowsが登場したぐらいの年で、母親よりも自分の方がワードやエクセルの使い方を知っていたので、一緒に子供に配るプリントや通信のようなものを作ったり、使い方を教えてあげたりしていました。
また、母親はとても多くの仕事をこなしていたので、日常のように家で採点や丸つけの仕事をやっていて、僕も、成績の確認のようなことを手伝っていました。
あとは、僕は子供の頃からピアノや書道や英会話などの習い事をしていました。そのため、同級生の中でも物分りが良かったです。
スポーツも嫌いではなく、友達とは休憩時間によくバスケットボールやサッカーをしていました。体力があり、走ることが好きだったため、持久走を好み、駅伝の大会にも出ました。
あとは、姉がゲームが好きだったこともあり、僕はテレビゲームやミニ四駆をよくやっていました。特にミニ四駆は大好きで、ピアノの先生が家庭教師で家に来る日も、ほとんどミニ四駆づくりばかりをやっていて、先生から「本当に好きなんだね」などと言われました。
テレビゲームは、自分がひとりで遊ぶのではなく、姉や友達と一緒にプレイするのが好きでした。自分の家にたくさんの友達を招いて「ホスト」することが大好きでした。ただ、同時に、自分の力で攻略できるゲームが好きで、ほとんどのゲームをクリアしていました。
ですが、中学校以降、ネットゲームにのめりこんだり、あるいは試験勉強と剣道部の両立がとても辛くなったり、友人関係がこじれたりして、中学校は不登校になり、せっかく入った高校にもなじめずに行かなくなりました。その代り、インターネットでLinuxやプログラミングのことを独学でやっていました。そのため、このホームページに書いた内容を普通に知っていました。このホームページは、プログラマの姉から教えてもらった情報はほとんどありません。全て、自分の知っている知識と経験です。
ひきこもりになったり、長い間おかしな文章を書き続けたこともあり、父親と母親にはたくさんの迷惑をかけましたが、僕は親のことが大好きです。ひきこもりになった僕のことを信じて見守ってくれた両親には感謝しています。さまざまなことがあり、親の方も色んなことを抱えていますが、僕に迷惑をかけるようなことがあっても僕は彼らのことを支えていきたいと思います。
あとは、昔は漫画を読むことが好きだった。特に、ジャンプを読んでいる人が多い中で、僕だけはガンガンを読んでいた。他には、適当に友達と一緒に遊ぶのが好きだった。川のような場所や山や林のような場所を見つけては、秘密基地を作っていた。アクティブでありながらオタク、それが僕の子供時代だった。

いじめ

いじめ

学校という環境は特殊な環境で、特に公立の中学校などでは、際立って悲惨な環境が多いです。
僕が経験したことから言えば、悪いクラスは本当に悪く、教師よりも子供の方が多いことを良いことに、教師の話を無視し、自分たちだけで遊び、教えられたことを聞かずに反抗します。
いじめもなくなりません。
本当のことを言うと、僕はいじめられたというより、スクールカーストで階層が下になったと言った方が正しいでしょう。友達は居たし、からかわれることが多かったのは、悪いクラスの中でひとり真面目に代議員をやっていたことや、試験で良い点を取っていたこと、ほかには、引っ込み思案で自己主張ができなかったなどの原因が僕の側にあっただけで、いじめではなかったと今の僕は思います。
ですが、僕が見ている範囲でおいて、いじめはたくさんありました。僕が加担したかのようになったこともあります。当時は時代が荒んでいて、友達同士でいじめのようなことをすることもあり、僕は今でも、当時の友人に対して申し訳ないと思っています。
いじめがなぜなくならないか、というよりも、いじめの実態を知るべきだと思います。子供たちは、ふざけているだけです。その子供たちをきちんと統率・指導することのできない、教師にも問題があると思います。国は教師にたくさんのやるべきことを押し付けるため、教師にもできることには限界があります。大人は自分の子供時代を顧みて、いじめに対して肯定的になる人間もいます。今、学校にはいじめとスクールカーストしかありません。子供たちは、そんな方法でしか、他の子供たちとコミュニケーションをとることができなくなってきています。社会そのものが未熟になってきているのです。
僕のような引っ込み思案のいじめられっ子は、2ちゃんねるに活路を見出す子供が多いですが、これを何とかしなければいけません。そのまま引き篭もりや不登校の問題につながり、自分の将来の人生を台無しにしてしまうからです。

不登校の少年は、必要な経験をすれば自ら学校に戻る

僕の経験からするに、不登校や引き篭もりを経験した子供は、自ら人間の人生に必要な経験をして、それが終われば自然に学校のようなコミュニティに、自ら戻っていくと考える。
虚無や喪失を経験した人間を強制的に戻そうとしても、子供はもっと自分の殻に閉じこもって、上手くいかなくなる。
不登校の少年に必要なのは、学校では経験できない「人間としての魂の体験」である。その魂の体験が最後まで終われば、不登校の少年は、自ら現実社会へと戻っていく。本当に現実社会に二度と戻りたくない人間など、いないからである。

いじめは子供のおふざけ

いじめを無くすのは難しいですが、良く考えると、対策することができます。それは、いじめとは、「一番悪いことをしたいという、教師や友人に対するおふざけ」にすぎないからです。
いじめは、時代を負うとともに陰湿になり、凶悪化しています。「自殺の練習をさせる」とか、そこまで悪いものになってきています。
このいじめがなぜ起きるのか。それは、教師の教える学校の科目が分からず、自分の自由に生きることのできない学校に対して、反抗したい、つまり「ふざけたい」からです。
そういうわけで、いじめを無くすためには、僕は3つの対策があると思います。
1.子供を真面目に勉強させること。
2.子供に対して、勉強する科目の「学ぶ意味」をきちんと説明し、きちんと分かった上で科目を学べるようにすること。
3.子供に対して、学校のがんじがらめのカリキュラムに当てはめるのではなく、自由な時間を与えること。
最後の、「自由を与える」というのは、いじめに対して逆効果ではないかと言われるかもしれません。ですが、これは効果的です。子供たちは、「学校に束縛されたくない」から、教師に反抗しているからです。自由を与えれば、自分の好きなことをやるようになって、反抗心そのものを取り除くことができます。
自由の良い点と言うのは確かにある。それは、「自分の経験から分かる」ということ。自分で経験し、自分だけで分かったことを自分なりに分かることができる。これは、子供の教育上、とても良いことで、学校のカリキュラムにも、「自分の体験から分かる」ということを取り入れてほしい。そもそも、ゆとり教育とは、こうしたことを目指している。だが、役所が勘違いをしたせいで、「学校の授業内容を減らし、思考の機会も減らす」といったようになった。本当は、ただ何もしない時間を与えて遊ばせればいい、というものではない。自分なりの体験ができるように、「コミュニティ形成の場」を作らなければいけないのである。

不登校専門の学校がある

中学校や高校で不登校になったからといって、青春や人生、そして学習を諦める必要はありません。なぜなら、僕も通っていたように、不登校専門の学校があるからです。
僕は、姫路から少し離れた地域にある、ある高校に通っていました。これは、不登校や引き篭もりを経験した子供たちだけの、専門の学校です。
僕はこの学校にたまに行っていました。そして、この学校を設立した人の神経内科の診療所に通っていました。
本当のことを言えば、僕は学校の勉強に不信感があったため、この学校にはあまり行きませんでした。ですが、何十回か、父親と一緒に通ったことがあります。そして、生徒の人々は「いい学校だ」と口ぐちに言います。
引き篭もりで悩んでいる子供たちは、こうした専門の学校に通うのも手です。僕は今になって、もっとこの学校に通っていれば良かったと思います。それは、僕はインターネットの依存症になり、何も学ばずに青春を過ごしたため、何も分からない馬鹿な大人になったからです。大きな後悔はしていませんが、その方が良かっただろうと思います。

僕の中学校には、安心と自分らしさと楽しさがなかった

実際のところ、僕が僕の中学校が嫌いだったのは、安心と自分らしさと楽しさがなかったからである。
まず、僕の中学校には、「安心してその場にいられる」ということがなかった。たとえば、ネットには綾波レイの画像があふれているが、僕はレイプとまではいかないながらも、誇張すればあんな感じ、「自分が安心して生きられる場所」というのが無かった。
本当のことを言えば、いじめられていたわけでも、友人がまったくいなかったわけでもない。ただ、小学校ではみんなが平等に愛されていたのに、中学校では僕は疎外されていた。「自分が自分らしく安心して生きられる場所」というのが無かった。
自分らしさを失ったというのはもうひとつあって、僕は小学校のような自分らしく生きられる自分の個性を失った。引っ込み思案になって、人々と一緒に絡んだり、つるんだり、といったことができなくなった。
また、楽しさが無かった。小学校には、一緒にバスケットボールやテレビゲームをする楽しさがあった。中学校は、勉強と修練ばかりで、何一つ面白くなかった。
中学校の全てが間違っていたわけでもない。僕は、クラスで一番、もしかすると学校で一番ぐらい、勉強ができていた。試験はほとんど80~90点で、オールA。美術でも音楽でもAをとっていた。だが、それは並外れた努力の証だった。今までクラス一の優等生としてしっかりノートを取って勉強した内容を、何度も反復して、赤シートと緑ペンを使って覚えまくった。シートを外さなくても自分の中で暗記できることを目指して、忘れたところは入念に、何度も教科書をノートに書き写す。まるで受験勉強のような内容を、中学生で既にやっていた。完璧に覚えていたため、試験にどの単語がもし出たとしても、必ずそれを言い当てられるように、丸暗記した。
そんな僕が、中学校3年になって思ったのは、「何の意味も無い」ということ。学校、という場所に、何の意味も無かった。僕は、学校に行きたくなくなった。剣道部で初段の昇段試験に落ちたぐらいから、僕は学校という場所が大嫌いになって、家で引き篭もるようになる。絶望の中で昼夜逆転の風呂に入らないパソコンだけの生活をした。だが、そんな僕でも、愛することのできたものがあった。それが、Linuxである。そう、僕はLinuxの勉強だけを、家で、インターネットの全てを知るような気持ちで行った。
実際のところ、僕はむしろまともだった。家族とも友人とも別れたが、それでも僕は青春を謳歌する人生を、ひとり自分の部屋の中でやったのである。インターネットのさまざまな人の声を聞きながら、どんなに劣悪な環境でも、僕はLinuxのことは、どんなに情報がなくても、石にかじりついてもやる覚悟だったのである。
ただ、本当のことを言えば、何もしないだけの日々が続いていき、Wikiを見ても何一つ分からない中で、Delphiの無料版でOpen Janeをコンパイルして、Gentoo Linuxのハンドブックと戦って、あとは、ネットのさまざまなことを知って、議論して、検索して、そんなことしかしていない。何も作れなかったが、そうした日々が良かった。僕は誰とも違う、子供なのに最高の理性を持った大人になった。自分の心と過去の記憶から、この世界の全てを「まるで博物館のように」創った。そう、それらは無駄では無く、必要だった。そうした日々がなければ、今の僕は無いだろう。本当のダイアモンドは、最後に救った僕の「夏の愛」を、危険な香りとともに「まるで幻想のように蘇らせる」という、この黒魔術の文章を生んだ。本当は、ただ、この世界の全員を愛したかった。そう、僕はタリバンのドイツをやった。この世界を独りで支配して、全てを終わりにした。
後日注記:これでは校内レイプをされたかのように読めてしまいますが、僕はレイプをされたことはありません。男にも女にも、強姦や強制的なセックスをさせられたことはありません。ただし、何人かにセックスの話を聞いて勃起した男性器を触られたりするなどのことはありました。また、いつも自分の居場所がなくて、クラスメイトからは常にいじられ、嘲笑されていました。単に、スクールカーストにおいて低い状況にあり、小学生からの友人にもそっけない態度を取られていました。常に、自分の挙動に執拗に反応され、自分がそうされたくないのに面白がられる、という程度のいじめでした。肉体的なことも、精神的な執拗ないやがらせもされたことはなく、教育委員会が判断するには「いじめではない」ことになるでしょう。親友も何人か居ましたし、ネットゲームをともにする仲間も、剣道部の仲間も居て、剣道部の先輩には良くしてもらいましたし、秀才だったためテスト勉強も出来ていました。それでも、僕は剣道部の昇段試験に落ちたことなどをきっかけに剣道部に行かなくなり、Linuxなどに触れるうちに学校そのものが嫌いになって不登校になりました。テスト勉強を維持するのは苦痛であり、もっと自由にパソコンやIT技術のことをする時間が欲しくて、ネットゲームをやめたぐらいから、僕は家に引き篭もるようになりました。その代り、パソコン技術のことに詳しくなり、自分ひとりの力で自立的に行動する習慣がつきました。
後日注記:実際のところ、問題は学校の環境と、自分の風貌にありました。まず、クラスそのものが荒れ放題のクラスで、教師の言うことを全く聞かず、厳しい先生の時だけ静かな態度で授業を受け、弱い先生では全く真面目に先生の話を聞かず、たとえば先生の間で尊敬されていた賢い音楽の先生を泣かしたりする場面もありました。僕はそうした中、代議員として「姿勢、礼」のようにクラスを指導し、また積極的に手を挙げて答えを言うなど真面目に勉強していたため、からかわれやすかったのです。実際のところ、からかわれていると思っているのは自分の方で、みんなの間ではたまに「かっこいい」と言われていました。また、僕の風貌にも問題がありました。僕は男なのに引っ込み思案で友達の居ない女子のような「前髪ぱっつん」の髪型をしていて、長髪でぼさぼさでおとなしい醜い子供のような髪型をしていたため、その風貌は良く言えばバンプの藤くん、悪く言えばふかわりょうのようでした。そういうわけで、彼らの行為は行き過ぎたところはあったかもしれませんが、いじめではありませんでした。それでも、思春期の僕には耐えがたいハラスメントだったのだと思います。僕も、引っ込み思案の自分を変えたくて、小学生時代のように自分らしく積極的にふるまって、対等な友達になりたいと思っていましたが、当時の僕にそれはできませんでした。いつも「小学生時代に戻りたい」とか、「小学生時代のあの子はどうしているんだろう」といった会話を、登下校を一緒にする友達と日常的に話していました。なぜなら、この中学校は公立の中学校ですが、環境が悪かったためか、小学生時代の多くの友達は、私立の中学校など別の中学校を選んでいて、中学校の最初のクラスには、小学生時代の友達はほとんど居ませんでした。そして、僕は必ずしもいじめられる側に立っていただけではなく、剣道部のサバゲー仲間にそそのかされて、小学生時代は僕の家で一緒にテレビゲームをするなど仲の良かった友達を完全無視するなどのいじめをしていました。また、下駄箱にある靴を隠したり、時には自分も靴を隠されたりするなど、「いじめられたりいじめたりすることが当たり前」でした。そして、僕はそうしたクラスメイトや剣道部の全てが嫌いになって、「自分で独自に勉強したい」と思うようになりました。僕はレベルの低かった周りの友達に「強制的に合わせられる」のが嫌いでした。その結果、僕は中学三年生の始業式の時に、この中学校に行く気力を失い、家にこもって不登校になりました。ですが、僕は単に不登校になっただけではなく、「パソコンやプログラミングのことを勉強するために学校に行かなくなった」という「強い意志と夢」がありました。このことだけは守りたいと思って、僕はインターネットの猫でも分かるプログラミングのようなサイトを見て、独自に勉強し、「フリーソフトを作りたい」とか、「LinuxWebブラウザを作りたい」と思って、インターネットを見ながら勉強をしました。結果、何もできませんでしたが、僕はけっこうパソコンのことには詳しいと思います。僕の今居る環境というのは中学生の頃よりもはるかに恵まれています。今、幸福であればそれで良いと思います。橋から飛び降りて自殺未遂のようなこともしましたが、結果手術の末足の関節に障害は残ったものの、この足の傷は今までの自分の人生の全てを語り、そして未来の自分の人生に「今幸せである」ということを遺してくれています。大好きだった持久走や駅伝はできなくなりましたが、僕は今でもLinuxとプログラミングの勉強をし続けています。

人間がいじめをするのは心の自由がないから

僕は、人間がいじめをするのは、心の自由がないからだと思います。
社会的な手助けや善悪や愛や平等の問題ではなく、「心の自由」、それも幻想や妄想ではない現実に根差した「自由」がないのです。
自由がないから、他者を攻撃する。他者を攻撃するから、いじめが増える。それでさらに自由がなくなっていく。
必要なのは「精神的な自由」です。それがあれば、いじめは必ず無くなります。
自分の問題を見なくても良くなった時、はじめて人間は他人の問題を考えられます。
精神的な余裕と心の自由を与えることで、僕はいじめだけではなく、全ての抑圧を解決できると思います。

学校しか知らない人間は悪い人間になる

また、特に中学生に多いこととして、「学校しか世界を知らない人間が悪い人間になる」というのがあります。
学校しか、世界や環境を知らない人間だけが、狂って人々をいじめるようになるのです。
必要なのは、思いやりや道徳教育だけではありません。学校以外の、職場でもインターネットでも良いから、別の世界があることを教えることです。不自由で善を強要されると、当たり前に反発して悪をします。自分が学校でいじめられているのが分からない人間が、他の人間をいじめるようになります。「自分の苦しみを他者にも与える」ようになるのです。
そう、学校以外の世界をもっと良い世界にし、その上でそうした世界に子供たちを連れていくことで、いじめ問題は解決するでしょう。

同じ状況に置かれたら誰でも同じことをする

同じ環境で、同じ状況に置かれたら、人間は同じことをする。これは、「行動学的な人間と行動の同一性」だと言える。いじめっ子と同じ立場に置かれたら、誰でもいじめっ子になる。問題を解決するには、環境自体を変えなければならない。人々がいじめをするような環境や状況を与えないようにし、「社会が子供たちにいじめをさせているのだ」ということを考えないといけない。

自由な共同体における行動規範と憲法

僕は、この世界を「自由」にすると同時に、エントロピーの低い「整然とした社会」にする。つまり、僕はこの世界を、それぞれの構成員が自由にコントロールできる「自由な共同体」にすると同時に、その共同体の人々が作る環境や社会に干渉し、「このようなルールと規範に基づいて社会を構築しなさい」ということを提示する。
たとえば、大日本帝国憲法において、天皇はどんなことでもすることができたが、その中においてもなお、天皇が「このようにあるべき」だとか、「このような典範に則って天皇は行動しなければならない」という「決められた行動様式」が決まっていた。
僕は、自由な共同体にし、技術を発展させるだけではなく、そうした共同体と科学技術において、「このように行動すべきである」というルールと規範を決める。
たとえば、学校において、どんないじめもしてはならない。いじめには程度のレベルがあり、最初の段階は無視したり悪口を言ったりすること、次の段階はものを隠したり暴力をふるったりすること、その次の段階は人前で恥をかかせたり強引に性的な暴行やハラスメントを行うこと、最後の段階はそれらよりも過激かつ強大なあらゆる自尊心と人間性の破壊行為を行うことであり、特に1~2の段階は注意をしたりすることで済まされるが、3~4の段階になると処罰をして良いことにする。
そのように、ただ自由な社会や自由な共同体にするだけではなく、「その中で人々がどのように行動すべきか」ということを決める。これは経済社会についても同様で、最初の段階はブラックな労働をさせたり会社として不正を行うこと、次の段階は個人に対して盗難や性的暴行など「人間性の破壊行為」を行うこと、その次の段階は社会全体、地球の自然環境において人々に不利益を与えること、最後の段階は殺人や強盗など「凶悪犯罪を行うこと」である。1~2の段階では、法律上の処罰で済むが、3~4の段階では社会全体でルールを定めて禁止し、違反したら逮捕するようにしなければならない。
これでは、「単純な法律やルールに過ぎない」と思われるかもしれないが、僕が言いたいのは、単に自由にするだけではなく、その自由な権力の中で「こうすべきである」という規範、すなわち「共同体の憲法」を定めることである。こうしたルールに基づいて、共同体はさまざまな自由な自治活動を行うことができるようにする。その結果、「整然とした社会規範における、多様な共同体と自由な社会」が築かれるのである。
最後に、僕はこの世界を正常な世界にする。
そもそも、アメリカやソ連のような社会は必要ない。アメリカはエントロピーが高すぎてカオスのようになりつつあり、ソ連は誰も生きられない破綻した経済になった。
僕は、この国を民主主義のままで普通の保守的なドイツにする。
今から、この世界の全てが正常になる。まず、いじめは上記の僕の「レベル分けいじめ評価」によって、凶悪ないじめだけが無くなり、程度の低いいじめでも注意されるようになる。同時に、今から僕は過度なIT社会と自動車社会を改める。まず、「ITの発展は促すが、ITが無くても社会が成り立つように、同時にアナログな手段があるようにする」ことで、社会はIT以外の未来も選択できるようにする。
同時に、自動車について言えば、今の技術で既に電気自動車は実現できるのだから、ガソリンや化石燃料を使わないようにする。そして、家屋には屋根だけではなく、側面の壁にもソーラーパネルをつける。そして、火力発電を改め、全て自然エネルギーだけを使った上で、化石燃料を一切燃やさない電気自動車を実現する。
これらの取り組みにより、日本はもっとも楽で過ごしやすい世界になる。世界はここに完成する。救世主はこの世界全てを愛している。そう、これがドイツの目指した最高の帝国である。
また、著作権という考え方は無くなる。今の時代、コピーし放題のこの世界においては、コピーを禁止することそのものが現実的でない。コピーを許した上で、何らかの手段でそうした産業が成り立つようにする。たとえば、国家的な学校制度を作って、デザイナーや作家は特別な学校の教授になれるようにする。その教授職によって、デザイナーや作家は給与を得られ、生活できるようにする。そして、その成果自体はいくらでもコピーできるようにし、「どんな人間にとっても、全てのコンテンツを自由に利用できる社会」を実現する。
また、僕は自由を改め、この世界を「完全に平等な社会」にする。言ってしまえば、僕と同じで良いのである。僕の人生にあったことの中で、良かったことを許し、悪かったことを禁止する。僕ができたことを人々もできるようにし、僕がそうであってほしかったことを実現し、僕の人生をそのままみんなの人生にし、僕の与えられたものを与え、僕と全く同じことができる社会にする。ここに、正しい「平等な社会」が成り立つ。全ては僕と同じで、全ては僕以上でも以下でもない。全て、同じ。全部、僕である。

資格試験

資格試験に受かるコツ

資格試験に受かるコツは、ずばり問題集を解くことです。
教科書や参考書は、そんなにたくさん必要ありません。一冊でも構いませんし、もっと必要だと思えば後から二冊~三冊ぐらい用意すればいいと思います。
問題集をAmazonなどで安く購入し、とにかく問題集を解き、分からないところや知らないところは、全てインターネットで検索します。
ごっそり知識が抜けている(たとえばネットワークやハードウェアのことが全然分からない)といった時は、入門者向けの本を買って読み調べます。
資格の勉強には、二つの意味があります。ひとつは、「何を勉強するか」、もうひとつは、「いつまでにどれくらいの時間でどのように達成するか」です。
勉強に王道はありませんが、前提となる知識や準備が必要ない勉強はありません。準備は受動的にではなく能動的に、「これくらいの本を買えば、これくらいの知識が得られるから、このように、いつまでに勉強しよう」と考えて、資格を自分のものにしてください。

簡単な説明

教育

  • 社会科学
    • 教育
      • リベラルアーツ
        • 広い一般的教養を養うことで、「自由」になるという考え方
        • 実際は大学でも高校と同じ一般教養を学ぶ「一般教養学部」に近い
      • 教育心理学
        • 単なる学校の心理学ではなく、「子供が自ら学び賢くなっていく過程」を考える
      • いじめ、不登校
        • 不登校や引きこもりは一時的な学習の遅れにつながるが、いじめからの逃避と考えればむしろ正当な本能である
        • 「引きこもり」という存在は資本主義的に見て、「楽ができる人間は楽をしてもいい」と考えれば、むしろ正当な生活における選択である
    • 公共施設
      • 医療
      • 福祉
      • 博物館
      • マスコミ
    • 平和
    • 社会制度
    • 社会問題
    • イデオロギー

戦争と広島

広島人として、平和と核兵器廃絶への願い

僕は、広島で生まれた純粋の広島人です。
広島では、小学校から中学校まで、とてもメッセージ性の強い「平和教育」を行います。また、平和記念資料館と原爆ドームがあり、僕も折鶴を寄贈したりするために良く平和祈念資料館を訪れました。
もちろん、僕も広島で生まれた人間として、強い平和主義の理想を持っています。
そもそも、戦争で解決したり実現するような理想は、正しい理想ではありません。多くの人を犠牲にし、憎しみ合い、多くの死者を出して理想を実現するのは、明らかにおかしいのではないかと思います。
僕は、平和主義的な正論の言説などは持ち合わせていませんが、広島で生きている中で、核兵器の惨状のようなものを良く目にします。僕の祖母は戦時中の広島で生き残りましたし、祖父は東南アジアに送られて戦場で死にました。
特に言えることは、「太平洋戦争の総力戦は異常」であるということと、「どんな理由であれ、核兵器を落としていい理由などない」ということ、「核エネルギーは本当に危険な、人類が手にしてはいけない技術」であるということです。
そして、戦争によってアメリカと憎しみ合うのではなく、手を繋いで「協調して共生して生きていく」ということは必要です。社会主義的な言説が目立つかもしれませんが、僕は英会話学校に昔から(子供の頃から)通っていて、外国人が好きです。日本人よりもアメリカ人の方が、ひょっとしたら好きかもしれません。みんなで、そのように外国人を愛することができれば、日本の「荒んだ社会」も変わっていくのではないかと思います。
決して広島は左翼ではなく、右翼のやくざもたくさんいますが、本当に言えることは、「みんな平和が好き」だと言うことです。平和を愛して、プロ野球の広島カープなどを応援している、素晴らしい普通の大人が多いです。他の地域よりも大人が素晴らしい、それが広島だと思います。ですが、若者には子供が多いです。若者には、純粋で、愛のある、優しい人間が多いです。なぜか、東京に比べて小さな町である代わり、精神性はどこの日本の地域よりも高いと思います。
外国の人も、他の地域の人も言うこととして、「広島の復興の度合いが素晴らしい」と言えます。核兵器が落ちた場所なのに、今では巨大なビルがたくさん立ち、路面電車が通っています。ですが、広島人が知っていることは、とてもたくさんのことがあったということです。戦後、広島風お好み焼きという広島の料理は、元は安くて健康的な貧民向けの料理でしたが、おたふくソースなどが頑張ったこともあり、みんなでお好み焼きを広島人の特に子供たちに安値で提供してきました。広島カープは、たる募金と言って、市民球団として、一応親会社はマツダですが、みんなで作った球団です。また、路面電車を走らせることで、戦後の人々のにぎわいをみんなで作ってきました。今の広島は、決して東京にも負けない良い街です。路面電車も面白いですが、宮島に平清盛の作った厳島神社があり、海の中に浮かぶ神社の鳥居はどこの他の文化遺産よりも美しいです。
広島は今、カープが強いです。三連覇を成し遂げた後、今年は最下位から首位に立ったりもしました。広島には、どこにも、いたるところにカープのマスコットであるカープ坊やと、カープの応援歌がかかっています。野球への関心の高さは目を見張るものがあり、広島におけるカープのようなものは他の地域にはない特別なものだと思います。みんなが広島を愛しています。広島は最高です。

絶対にこれ以上核兵器を落としてはいけない

広島の思いは単純です。「これ以上、核兵器を落とすな」ということです。
広島のような、たくさんの一般市民の犠牲者を作ってはいけないですし、廃墟も作ってはいけません。それどころか、核兵器をたった10発でも落としてしまえば、この地球は破綻するのです。
核兵器を作る人間は、地球が本当に滅亡する可能性に、気付いていないのです。ただ、「最強の兵力」としか思っていないのです。
原子力エネルギーは、軍事用途に使ってはいけません。日本は核兵器禁止条約に参加すべきです。日本には高い原子力技術がありますが、それをもっと違う意味で使うことができれば、日本は正義の国であると言えるでしょう。日本は世界で唯一の被爆国であり、ともすれば「アメリカに対して報復する正当性のある国」です。ですから、決して、アメリカに報復するようなことがあってはいけないのです。

広島には賢い人間がたまに訪れる

広島の特徴として、平和記念公園がある影響から、広島には首脳や要人など、賢い人間がよく訪れます。
最近では、オバマ米大統領が訪れ、被爆者と抱擁を交わしたことで話題となりましたが、他にも、核兵器禁止条約で重要な役割を担ったICANのフィン代表などが訪れています。カザフスタンのような小さな国からも首相が訪れます。
僕は、アメリカのトランプ大統領にもぜひ、広島を訪れてもらって、少し考え方を改めてもらってはどうかと思います。

広島の右翼

広島は、戦後、廃墟の中のプレハブ小屋から出発し、ここまで復興し、発展しました。感謝すべきは広島のみんなです。
そういうわけで、広島は戦後さまざまな経緯を経て新しい大都会になりましたが、こうした戦後社会を良く思わない人がいくらかいます。それが、広島の右翼とやくざです。
そもそも、広島は原爆が落ちるまでは、軍都でした。天皇陛下が住んでいて、大本営がありました。今でも、呉には海上自衛隊の基地があり、軍艦を作っていて、大和ミュージアムという呉の進んだ造船技術と日本の軍艦の強さを誇る博物館があります。
広島の右翼は、こうした背景を踏まえ、日本を皇国に戻して天皇中心の国にすべきなのだと主張します。
ですが、僕は、戦後の広島人だけを讃えるのではなく、それ以前の、僕の祖父のように日本のために東南アジアなどに派遣されて、戦場で死んだ人の英霊も、同時に供養し、讃えなければならないと思います。そして、それらがそうした、右翼の人々です。
この世界の片隅に」という日本の戦時中の社会を描いたアニメ映画が流行りましたが、舞台は広島の呉です。広島は、日本で一番軍事主義を推し進めた地域でした。だからこそ、戦争がなぜ間違っているのか、どうすれば平和が訪れるのか、真剣に考え、戦後ドイツのように反省しなければならないのです。
僕は決して、右翼が正しいと言いたいわけではありません。僕は、さまざまな情報を通じて、太平洋戦争の悲惨さを知っています。特にインパール戦などは、味方をいくらでも犠牲にしながら敵地へと進んでいく、最悪の戦争でした。こうした戦争を繰り返してはいけません。核兵器を持てば軍隊は要らない、などと言っている人も多くいますが、それは僕は違うと思います。なぜなら、そうしたインパール戦のような総力戦と、核兵器のどちらも無くした上で、言わなければいけないことだと思うからです。

広島の思う平和

広島には、ほとんど平和主義者しかいません。広島の言う平和とは、「戦争をしないこと」と「核兵器を持たないこと」です。
アメリカは、いつでも武力でものごとを解決しようとします。ロシアや英仏なども同じで、軍事的に紛争を解決し、自国の利益を守ろうとします。これは、西欧諸国では常識です。
ですが、決して、そうした「軍事力による紛争の解決」をしてはいけません。
では、どのように問題を解決するか。それは、世論を味方につけることです。世論を動かすことで、世界を変えるべきなのです。軍事力は必要なく、「正義の下にみんながひとつになる」という問題の解決方法を取らなければいけません。それができない限り、戦争は無くならないでしょう。
まずすべきなのは、「アメリカやヨーロッパが戦争をしないようにすること」です。それだけで、ほとんど全ての戦争は消えます。広島は、それを軍事的には行いません。世論を動かすことで、地球の紛争問題を解決しなければ、世界は50年後、核戦争と環境問題で、人類は存在していないでしょう。

障害者福祉

障害者福祉施設での経験

僕は、精神と身体の障害者手帳を持っており、今僕が通っているデザインの仕事をやっている作業所も障害者福祉施設です。
その僕の経験から、障害者施設のことを書くと、むしろ、とても良い環境でした。アットホームな雰囲気で、さまざまな軽度の障害者の方が、スタッフの優しい助言の下で、軽作業やデザイン、馬のお世話の仕事をしています。
僕はこの作業所に、本当に救われました。デザインの勉強をしながら仕事をすることで、精神が徐々に楽になり、同時にパソコンの新しいソフトウェアの使い方を学びながら、日々の日課である文章をホームページに書くことも続けたまま、無理なく労働の経験をし、スキルをつけることができました。
引き篭もりで何もできず悩んでいる方は、障害者福祉だからといって尻込みせずに、こうした福祉施設を利用するのはひとつの手だと思います。知的障害の方もいますが、彼らもきちんとできることを頑張っていて、同じ「仲間」として共生することができます。

弱者を助けるものには必ず良いことがある

僕の経験から言って、弱者を助けるものには、必ず良いことがあります。
弱者に寄り添うことで、本当の愛とは何であるかを知ることができます。
弱者を助けるものには、天国に行くよりも良いことがあります。
また、逆に、弱者を殺し、いじめ、陥れる人間には、必ず何かの悪いことが起きます。それは、地獄に行くよりも悪いことであり、同時に、それによって始めて、その人間は救われます。
もし、地獄に堕ちた時は、神を信じなさい。神を信じれば、どんなに悪いことばかりしていても、正しい運命と裁きが訪れます。必ずあなたは最後まで救われます。

障害者の治療は体操や冷水が効果的

ドストエフスキーの「白痴」という作品で知ったことですが、障碍者の治療には体操と冷水が効果的です。
障害者は、頭を使おうとしても使えません。その結果、何もすることができず、ただ何もしないままで時間を過ごしていると、体そのものが麻痺し、退化し、何も分からなくなってしまいます。
こうした障害者の治療には、「手足を動かすこと」と「皮膚に訴えかけること」が効果的です。僕の個人的な意見かもしれませんが、体操と冷水を使った治療をおすすめします。

高齢者福祉

老人ホームについて

ちなみに、僕と老人ホームはゆかりが深いです。祖母が老人ホームに入っているだけではなく、仕事の案件で老人ホームのデザインの依頼をよくこなしているからです。
障害者支援施設も、老人ホームも同じです。彼らは辛く、悪い人間に見えて、実際はとても良い人たちです。

年金の不足は前々から分かっていたこと

また、年金の不足問題が言われていますが、図解まるわかり お金の基本に書かれているように、老後に1920万円程度必要だということは、僕はこの騒動の以前から知っていました。
僕は、年金という制度でも他の社会保障政策でもなく、「資本主義を超えた新しい制度」が必要だと思います。
それは、イデオロギーや保守・革新という枠組みの話ではなく、とても大きな話で、資本主義の資本制度では解決できないような、そんな話です。そうした国にならなければ、この問題は解決しないでしょう。時代は、「頑張るものと助けるべきものが異なる時代」になっています。これを解決するためには、資本主義では解決できないでしょう。

認知症ケアとホグウェイ

ホグウェイはオランダの高齢者ケア施設で、「認知症の街」として知られる。日本の認知症グループホームを町全体にしたような施設。