フランス

日本は文明開化で、フランスは文明化

僕は、日本とフランスには歴史上の共通点が多いと思います。それは、フランス革命明治維新の関係です。
フランスで生まれた、民主主義の革命は、腐れきったブルボン朝の王朝を倒し、人権宣言と三権分立を中心とした、先進国家を作りました。
日本では、遅れに遅れた江戸幕府明治維新の田舎侍が倒して、フランスと同等の「文明開化」を行いました。
この文明開化は、ヨーロッパのまねをする「脱亜入欧」でした。そう、日本は自ら、自分の文化を棄ててヨーロッパの文化を取り入れました。
同時に、フランス革命とその後の二度の革命後のフランスは、アフリカなどに植民地を作り、「文明化」を行いました。彼らは、アフリカの文化を奪ってフランスの文化を押し付けました。
僕は、ここに「文明開化」と「文明化」の共通点があると思います。彼らはヨーロッパの文明が優れていると信じていたのです。
その理由は、文化的にかっこいい、というだけではありません。社会制度や憲法、そして議会の在り方などについて、彼らは本気になって考え、その結果産業革命などの技術も後押しになり、彼らは最高の文明化を果たしたのです。火付け役はイギリスですが、その後の文化政策では、フランスが国連などを通じて多くの「近代文明」の構築の努力をしたと僕は思っています。フランスの歴史と日本の歴史は、同じです。

民主主義と法の支配の先駆け

フランスは、「民主主義」と「法の支配」の先駆けとして知られます。
元をたどればローマ帝国の法にさかのぼる「法律の支配」ですが、イギリスやフランスは近代国家として先んじて民主主義の革命が起き、「人の支配」ではなく「法の支配」をしたさきがけとして有名です。
特に、フランスは人権宣言やナポレオンによるナポレオン法典など、「王が支配する絶対君主制ではなく、民衆の法律が支配する国」を作りました。
こうした法の支配の精神は、日本など他の民主主義の国家のモデルとなっています。ドイツやソ連のような「独裁国家」ではない、というところが、重要な点です。彼らは民主主義のふりをした独裁主義であり、フランスやアメリカのように、法律で支配せず、王や書記長が独裁して支配しようとしました。

フランス革命はヨーロッパ思想史でもっとも重要な出来事

また、フランス革命は、ヨーロッパ思想史でもっとも重要な出来事です。
それは、カントやヘーゲルに代表される、「近代哲学思想」を「歴史と社会において体現」する出来事だからです。
フランスやドイツでは、カントやヘーゲルのように、「環境や社会が自分を受動的に作るのではなく、自分が環境や社会を主体的に作るのだ」という、「近代思想」を生み出しました。
ドイツでは、自らに「理性を使う自由」があり、その理性は「主体的な世界との関わり」から進歩し、その全てにおいて「人間の側が世界を作るのだ」という「理性に基づく自由」という思想があるのです。
そして、この自由の体現が、まさに「フランス革命」なのです。
明治維新を経験した日本人は、どうしてもフランス革命の「文明化」の側面ばかりを見てしまいますが、社会的な進歩だけではなく、「思想としてのドイツの体現があったのだ」と考えることが、フランス近代史を考える上で、またドイツの近代哲学史を考える上で、必要ではないでしょうか。

フランス史

フランス史

フランスは、さまざまな王朝があった。
メロヴィング朝カロリング朝カペー朝ヴァロワ朝ブルボン朝
フランス革命が起き(第一共和政)、ナポレオンが皇帝になった(第一帝政)。
ナポレオンが没落すると、ブルボン朝の王政が復活した(復古王政など)。
再び二度、革命が起き(第二共和政)、ナポレオン三世の帝政となった(第二帝政)。
その後、共和政に移行した(第三共和政)。
第二次世界大戦では、一時的にドイツに負け、ヴィシー政権が発足したが、自由フランスが連合国について、何とか勝利した。
第四共和政、大統領の権限を強化した第五共和政に移行し、EUを形成している。

フランス史その2

フランス史
先史・古代・中世。
先史時代、ケルト時代、ローマ帝国による支配ののちに
メロヴィング朝フランク王国が設立し、ピピンカロリング朝を開いた。
カール大帝が西ヨーロッパの基礎を築いた。
フランク王国はのちに分裂して、フランス地域では西フランク王国が支配した。
カペーがカペー朝を開いて、フランク王国は消滅した。
フランスは封建国家となり、諸侯および中小領主の分立割拠が進んだ。
城を拠点とする領主権力の確立によって、領地ごとの小主権国家が分立した。
カペー朝が断絶すると、イギリス国王がヴァロワ朝を認めず、百年戦争になった。
フランスはルイ11世からフランソワ1世にかけて、ヴァロワ朝が王権の拡大に努めた。
ルネサンス文化が花開いた。
近世。
アンリ4世によってブルボン朝が開かれ、ルイ13世と続き、
ルイ14世によって絶対王政が繁栄した。
近代。
フランス革命でナポレオンが帝位についた(第一帝政)。その後に、ブルボン朝が復帰した。
さらに七月革命二月革命が起きた。大統領選挙では、ルイ・ナポレオンが当選し、
ナポレオン3世として帝位についた(第二帝政)。
現代。
第三共和政となったフランスで、第一次世界大戦がはじまり、勝利した。
第二次世界大戦では、ドイツ軍に占領され、ヴィシー政権第四共和政となった。
しかし、ドゴールとレジスタンスによってパリは解放された。
ドゴールによって第五共和政が始まり、現代のフランスとなった。

フランス革命

人間の自由と平等は、人間の生まれながらに持っている、自然の権利だ。
ヴォルテールモンテスキュー、ルソー、そして皇帝になったナポレオンは、そういう良い社会を近代で作りたかった。
逆に、ルイ14世は、朕は国家なり、と言うほどの、絶対的な王政をしていた。
また、マリー・アントワネットは、パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない、といったことを言った。
それら王侯貴族は、フランス革命で、ギロチンで処刑された。
勝った革命政権は、恐怖政治の末に、ナポレオンが台頭して皇帝になった。
ナポレオンは、フランスを支配するだけでは飽き足らず、ヨーロッパ全土を征服しようとした。
ナポレオンが言うのは、フランスの戦争目的は、フランス革命の精神をヨーロッパ各国に広めるためだと言う。
そして、イギリスやプロイセンなどと戦って、最終的にはロシアに負けた。
ナポレオンは、ベートーヴェンが英雄と言う交響曲を作るぐらい熱狂的に支持されたが、ベートーヴェンが皇帝に本当になったことに失望するぐらい、落胆も多かった。
モンテスキューヴォルテールは、イギリスの議会制民主主義を参考にしながら、三権分立などを作った。フランス革命期の啓蒙的な思想家だった。日本の民主主義も、この時の考え方を基に作られている。

人権宣言と民主主義の祖国

以下は【史料】フランス人権宣言(1789年)全文 | 世界史Ⅱ | 比較ジェンダー史研究会より抜粋。

第1条(自由・権利の平等): 人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。
第2条(政治的結合の目的と権利の種類): すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。
第3条(国民主権): すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。
第4条(自由の定義・権利行使の限界): 自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。
第16条(権利の保障と権力分立): 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。

ナポレオン

ナポレオンは、フランス革命を成功させてフランス革命後の恐怖政治などの混乱の中で台頭すると、民主的投票で皇帝についた。
皇帝についたナポレオンは、フランスへの対抗として軍事的介入をしようとしていたフランス以外の王国と戦争し、ドイツなどヨーロッパ各地の国へと侵略戦争を始め、ナポレオンの帝国の領土や属国とし、自分の親族をそれぞれの王位につけさせた。だが、ロシアに敗北した。
これは、ナチス・ドイツヒトラーがフランスなどを一時的に占領したが、ソ連に敗北したのと良く似ている。
ナポレオンは、フランスの戦争の目的を「フランス革命の精神をヨーロッパ中に広めるため」だと言っている。だが、僕はきっとフランス王国だけではなく、他の王国も革命と同じように倒したかったのではないかと思う。

植民地政策

フランスは、イギリスなどと同様に海外へと進出し、各国を植民地にして奴隷にし、プランテーションのように、集団で農地を作り、その成果を奪うことで、搾取と世界分割によって世界中を植民地にした。
フランスは、これを「文明化」であると言っている。フランスやイギリスなどの文明先進国が、他の文明的でない国に対して文明を与えてやる、という、お仕着せがましいご都合主義だ。
ドイツとともにアメリカ・イギリス・フランス・ソ連などの国と戦った日本は、持たざる国と説明されることも多いが、大東亜共栄圏というアジアの共同体的帝国を作ろうとしたが、アメリカは日本を倒してこれを防ぎ、日本を民主主義国家にした。
フランスはアフリカの多くの国を植民地にしたが、ほとんどの国は1960年代に独立した。
だが、アメリカはソ連との対立から戦後の冷戦構造を生んだ。ソ連がそうした植民地や世界分割へのアンチテーゼとして、世界政府の平等を目指した。ソ連は当初からスターリンが一国社会主義を受け入れ、たくさんの権力闘争や犯罪的な政策を行ったが、一方では平等という理想を守る国でもあった。
共産主義国家が経済的に行き詰まり、破綻すると、ソ連は崩壊し、東西に分割されていたドイツも再統一した。ソ連よりも、逆にアメリカの方が、自由な理想を守る国家となった。それに対してイスラム圏が台頭し、今またヨーロッパ・アメリカの右翼が復活しようとしている。日本や中国は戦後の復興から経済成長を成し遂げ、アジアはヨーロッパと十分に対抗できるぐらい経済力をつけてきている。
ちなみに、日本は明治維新を経験したが、これはフランスの文明化の理想と繋がるところがある。日本が見ても、当時のフランスやイギリスの文化は、とても文明的だった。日本人は、自らの文化と体制を棄てて、「イギリスを模倣する革命」を起こした。これが明治維新であり、日本は自分から「文明化」を選択したのである。そういうわけで、フランスの考えることも日本と良く似ている。フランスは、アフリカやアジアやアメリカ大陸の植民地を、日本とは逆にトップダウンの立場で「文明化」させたかったのではないかと思う。そして、ある意味、自らの自由な意志で「文明国家」を選択した日本には、日本にしか分からないアイデンティティのあり方があると思う。世界を文明化させたかったフランスと、同じ立場でそれが議論出来たら良いと思う。

フランス語

フランス語は、ヨーロッパのフランスや、過去にフランスに植民地化されていたアフリカの諸国や島、あるいはカナダのケベック州など一部で話されている言語です。
僕が思うに、フランス語には、二つの特徴があると思います。
1.ヨーロッパ諸語において、もっとも難しい言語のひとつで、同時に、もっとも個性と独自のルールのある言語。
2.たくさんの文献に恵まれた言語。
まず、1から見ていくと、僕はフランス語はドイツ語と並んで、ヨーロッパ諸語の中でもっとも難しい言語だと思います。
それは、フランス語における「独自ルールの多さ」と「文法的要素の種類の多さ」があると思うからです。
フランス語は、
・動詞の活用形が多い。
・名詞と性が男性・女性に分かれる。
・冠詞が前置詞や格、あるいは複数形と結びつく。
・言葉と言葉がくっついて別の言葉になったり、続く発音になったりする。また、発音しない文字が多い。
・独自のルール(たとえばde, à, enの使い分けや、代名動詞seからvous vous appelezへの変化など)が多い。
ということが言えます。これらは、英語などの「簡単な言語」には見られないものもあります。
また、ドイツ語と比較すると、ドイツ語は古い言語であり、日本語のような言語に近いところがありますが、フランス語はラテン語由来のロマンス諸語であり、新しい言語で、日本語とも違います。
こうした意味で、僕はフランス語を「ヨーロッパ諸語の中でもっとも難しい言語」であると思います。
また、フランス語について言えるのは、「文献の多さ」です。確かにラテン語やドイツ語の文献も多いですが、フランス語も負けじと多いです。哲学書ならデカルトがありますし、現代哲学ならサルトルなどがあります。文学はユーゴーサンテグジュペリなどがあります。
そして、フランス語は「とても面白い言語」であると思います。それは、飾りがやけに大きく、「話していると面白い」からです。また、発音がかっこいいと言うのがあります。初学者にとっては醜く感じられるかもしれませんが、フランス料理のメニュー名だと思うと、そのかっこよさが良く分かります。
日本人にとって、「英語も難しいのに、フランス語なんかできるわけがない」と思われるかもしれません。確かに、英語の単語でも分からないのに、フランス語の単語など恐れ多いと思うことが多いかもしれません。ですが、日本人が英語ができないのは、「カタカナ発音と高校教育の文法英語に慣れすぎている」からです。何も前提条件や前提知識の要らないフランス語は、学びたくても障害の多い英語に比べて、純粋に学びやすく面白い言語です。