ロシア

ロシア

日本とロシアには文化的な共通点が多い

まず、日本とロシアには文化的な共通点が多いです。
日本とロシアは国境を海で接する隣国であり、古代から通じて、良く似た衣装を着て踊り、良く似た言語を使います。
日本語は格助詞を言葉の語尾につけますが、同様にロシア語も格変化を語尾につけて表現します。よって、キリル文字であるという違いはありますが、同じように話します。
ロシア語には造格や前置格がありますが、これも日本語の前置詞と良く似ています。
ロシアはソ連という共産主義国を作りましたが、大東亜共栄圏という理想が大日本帝国にもありました。
何より、僕はロシアが好きです。ドイツ再統一が僕の生まれた時期と重なるのと同様、同時期のロシアのペレストロイカも、僕の生まれた時期と重なります。
ロシアと日本はとても良く似ていると思います。
最近は、日本のアニメなどのオタク文化がロシア人の間で流行っています。オタクとかコスプレとかドウジンという言葉は、ロシアでとても流行しています。彼らは日本のアニメのキャラクターを「テンシ」と呼びます。ツイッターなどでこうした言葉を検索すれば、ロシアでどれほど日本のオタク文化が流行っているのかが分かります。
海外で特に人気のあるアニメは、クレヨンしんちゃんセーラームーンなどですが、一部にはスタジオジブリNARUTOのようなファンが居て、彼らは自国のテレビで日本のアニメを見て好きになり、そのまま日本の同人誌を日本に訪れて買ってファンになります。また、アジアの後進国では巨人の星なども人気であり、同様に自国のテレビで日本のアニメを見てファンになります。

ロシアは良い国

このロシア史を見ると、ロシアは悪い国であるかのように思われるかもしれませんが、ロシアは良い国です。
正しいことしかしない、公正な国です。みんなのことを本当に思いやる、「きちんと人民のことを愛する」良い国です。平和な社会秩序を重んじる、平等な権利のある社会的な国です。人々は、発展してユートピアになれば楽になる、と教えられて働いています。集団農場は、そもそも、人民のことを楽にしたくて始まったのです。ソ連は、自発的な共有と手助けを社会制度にし、誰もが人々のことを手助けすることを最優先に社会を構築しています。自立した社会で、人々は貧しくても幸福に生きています。指導者はきちんと計画的に考えて、正しい社会を築いています。ロシアには未来のビジョンがあります。計画的に経済を築くことで、普通の民主主義国家にはできないことをやります。ゼロからものを築くのは、ロシアの計画経済でしかできません。
それこそ、ロシアには宇宙ロケットの技術もありますし、オリンピックでも強い国です。
ソビエトは、悪い部分ばかりがクローズアップされる可哀想な国ですが、良い面もあって、公正で正しい経済を目指して世界を変える計画経済の平等をやろうとしいた国は、ソビエトしかありません。ソビエト一国だけが、そのような正しく賢い善良な国でした。もっと、その良い面や正しい面を見た方が良いと思います。似ているのは、世界の警察をやっていた昔のグレートなアメリカ合衆国ぐらいです。そもそも、昔は、そうした「世界全体を良くする正しい国」が好きな人が、どこにでも多かったのですが、それはアメリカとソ連という2つの超大国がそれぞれ別の道で世界を良くしたいと努力していたからです。世界の平和は、ソ連によって成り立っていました。今の世界は、経済学者の言うG0の時代になっています。みんな、自分勝手で、自分の国しか考えない「自国ファースト」な国が増えました。それが必ずしも悪いわけではありませんが、ソ連が無くなったせいで白人が強くなり、イギリスやフランスも自国のことしか考えなくなりました。昔のような超大国の「リーダーシップ」というものが無くなって、自由になった代わり、この世界を束ねる「首長」が居なくなりました。それが今の、この世界です。

計画経済・社会所有・平等分配

ソ連型の社会主義モデルは、「計画経済」「社会所有」「平等分配」です。
共産主義を提唱したカール・マルクスは、資本と資本主義社会の問題を明らかにしても、理想の社会主義がどういうものかという「モデル」は示しませんでした。
革命家レーニンも、「プロレタリアによる独裁」などを唱え、資本主義による帝国主義に危機感を表しましたが、実際の国のモデルについては「ソビエト体制」などをベースにしただけです。
スターリン毛沢東は、自らの手で、資本主義の金や市場に頼らない、独自の共産主義のモデルを作る必要がありました。
そこで、スターリンがとったのが、「計画経済」「社会所有」「平等分配」です。
まず、当時の革命後のソ連というのは、ほとんど無血(犠牲者は出したもののボリシェビキ側が出しただけ)のロシア革命を終えて、右翼から全権をソビエトに移しますが、資本主義の会社を国営化し、農民からは農作物を強制的に徴収しました。
ネップ政策でいくらか自由な農作物を作ることが許されましたが、外国からの反革命圧力もあって、レーニンが死去し、スターリンになった後は、食べ物や工業製品を作ることよりも、「軍事力と兵器」を作ることが優先されます。
そうしたソ連の社会で、内政経済としてとられたのが、計画経済・社会所有・平等分配のモデルです。計画的に農作物や工業製品を作り、私的所有権を禁止して社会所有とし、平等分配で「みんなのものをみんなに与える」ということが理想とされました。
ですが、資本主義の市場経済に比べて、このモデルはとても劣ったものでした。計画経済ではなかなかものが生産されません。スターリン共産党がいくら正しい道を示しても、強制的に平等な労働をしていた労働者は、従う意味もなければ、働く意味もありませんでした。スターリンが死去し、フルシチョフやブレジネフの時代になると、ソ連は「完全な遅れた国」となって、「末期症状」の状態を呈します。ゴルバチョフペレストロイカを行うことでソ連を改革しようとしましたが、ドイツが再統一されたこともあり、時代の流れには逆らえず、ソ連は消滅して資本主義のロシア連邦となりました。
これが、「ソ連の失敗の歴史」です。実際の苦労や苦しみは、全て末端の農民や労働者に押し付けられました。ものは十分に無く、社会も遅れ、働く意欲も無く、逮捕や殺戮ばかりが起きた、知性と心のない、まったく駄目な国でした。

新しい社会のモデル

最近、この世界は「自由」の世界になっている。そして、この自由とは、「弱肉強食」である。
自由なルールと資本の下で、強いものが勝ち、弱いものが負ける。それだけの馬鹿な自由な世界になっているのである。
そして、この世界をどう、自由から変えていけば良いか。
僕が考えたのは、「上部構造」と「下部構造」のモデルである。マルクスの言っていたこととは違うかもしれないが、僕の指す「上部構造」とは、「決まり・法・ルール」を表す。そして、僕の指す「下部構造」とは、「共同体・組織・社会」を表す。
そして、法律やルールでは、それぞれが「どのようにするか」を規定し、共同体・組織では、それぞれが「何をするか」を規定する。
その上で、正しい法と共同体を作る。そうすることで、権利が守られ、全員は自由なままに平等になるだろう。それが、「新しい社会のモデル」になる。

自由な労働と安定した収入のバランス

労働を自由にし、自由に働き口を求めて、自由な報いを得られるようにすべきだと、民主主義ではよく言われる。
だが、これは無意味だ。なぜなら、自由にすればするほど、安定しなくなる。いつ収入が途絶えるか分からなくなるのである。
新しい社会では、こうした自由な労働のやり方はとらない。逆に、きちんと安定した収入を全員に与える。平等に与えなければ、分配の意味が無い。だが、これをするあまり、ソ連は失敗した。誰も働かなくなってものが生産できなくなった。
それなら、バランスが必要である。全てはバランスであり、「クビになる危機感」というのもある意味では必要だろう。

社会主義独裁国家になる理由

ソ連東ドイツ・東欧などの社会主義国家が、独裁国家になった理由はなぜか。それは、「資産の再分配を行うために、強い独裁権力が必要だったから」です。
マルクス経済学の言う、資産の再分配と生産手段の共有を行うためには、資本家や金持ちから資産を没収し、生産手段を奪う必要があります。
そのため、資産を強制的に徴収するために、「強い独裁権力」が必要だったのです。
また、レーニンの唱える「ソビエト体制の国」を作るためには、帝国や資本主義の国の仕組みを抜本的に変える必要があります。そのために、独りの指導者に国の政治や経済の改修と計画を委ねる必要があったのです。
ですが、権力をふるうためには、民衆を説得するための「正当性」が必要です。スターリンは、そのために、「レーニンの党」であることを利用し、レーニン崇拝を強制しました。スターリンプロパガンダを広く流して、国民に共産主義の思想を押し付け、革命に反対するもの全員を処罰し、また、裏切り者を処罰するように人民たちに強制しました。
平等な経済と格差是正を成り立たせるためには、強権的な力が必要だったのです。
スターリンは、さらに、外国からの干渉にも対抗しようとしました。アメリカや英国・フランスなどに介入されないように、軍事力を強化し、さからうものや裏切るもの全てを逮捕し、政敵を徹底的に粛清したのです。
結果、ソ連や東欧諸国は、軍事主義の独裁政権となって、逮捕者と犠牲者をたくさん出しました。社会主義はそもそも、独裁権力にならざるを得ないのです。
ただし、左翼政権全てが軍事主義の独裁者になるかというと、そうではありません。中道左派社会民主党政権などは、ドイツなどでも政権を担ったことがありますが、彼らは税金を富裕層にかけることで、平等な福祉政策を行います。もし、現代の日本で左翼政策をやるのだとしたら、そうした「税金による平等」が中心になるでしょう。ですが、この税金による格差是正は、経済政策の中でもっとも嫌われる政策です。頑張って成功しているものの富を、失敗者や弱者に分配するのであれば、金を儲けるために頑張る意味が無くなり、働く意味そのものを失わせます。これはソ連のような社会主義でも同じで、平等は「意欲の低下と社会の停滞」を生み出します。社会主義国家が末期症状に陥って失敗したのは、そうした理由です。

みんなのものという理想

社会所有は、主人と奴隷を殺し合いにするだけの思想ではなく、「みんなのもの」という理想があります。
カール・マルクスは、科学的共産主義の中で、生産手段を共有することで資本主義社会の矛盾を正そうとしましたが、それ以前から社会所有という考え方は歴史上に存在し、ルソーやヘーゲルも所有権の撤廃に触れています。
結局のところみんなのものとは何なのか。僕は、特に三つの理由があると思います。まず、全てのものに所有権を見出すことのむなしさです。地球は、宇宙は、星は、そして太陽や月は誰のものなのか、全てのものに値段をつけて誰かのものにすることが、いかに愚かであり、社会を間違ったものにしているのか、ということです。
社会は、それら自然環境と同様に、みんなのものです。一握りの王や権力者、貴族階級や大金持ちのものになってはいけません。みんなのものは、社会所有にして、平等でなければいけないのです。
もうひとつが、新しい社会と発展の在り方です。特に、労働スタイルの進歩と、工場を中心とした産業革命以来の近代化によって、労働のやり方も、工場型の生産方式も変わっていきました。そうした変化に、従来の貨幣経済は激変を経験し、さまざまな矛盾と歪みを生み出しました。平等な労働の在り方を求める上で、工場はみんなのものにする、農業もみんなで行う(集団農場)などが唱えられました。
最後に、ロシアがやろうとしたのは、「金のない社会によって、新しい経済と社会の在り方を作る」というものです。スターリンは、独自の「全体主義様式」という芸術を生み出しました。その評価はどうあれ、ソ連は全く資本主義とは違う国を目指して、計画経済と平等分配を中心とする、「もっと優れたユートピア」を作り、「善き発展」を行おうとしたのです。
ソ連は弱者を救うと同時に、強い国を目指して軍事力を強化しました。ヨーロッパやアメリカなどは、こうしたソ連の「軍事的な側面」を高らかに主張しますが、これをアメリカと日本に置き換えて考えてみましょう。アメリカにとってもっとも怖いのは、日本がキリスト教よりも優れた弱者救済の宗教・哲学思想を作って、アメリカよりも賢い文化圏になりながら、アメリカと対抗できるぐらい、強い軍事力を持って世界を征服することです。そう、ソ連はそれをやりたかっただけにすぎません。最強の軍事力を持つと同時に、ユダヤ教のような新しい弱者救済の思想を作り上げることで、「最高の文化圏」になることを目指したのが、ソ連という国でした。
ソ連社会主義経済は失敗しましたが、僕はカール・マルクスの思想自体が失敗であるとは思いません。疎外や搾取、歴史の必然、生産手段の共有などに始まるマルクスの思想は、今の日本の経済や社会を的確に言い表しています。このまま地球は環境破壊によって滅びるでしょう。もし、アメリカの方がソ連よりも早く崩壊していれば、環境破壊も起きなかったのかもしれません。マルクスをもう一度やれとは言いませんが、民主主義の金による経済には限界が来ています。たくさんの科学技術が発展はしましたが、その多くが裏目にでて、結果100年もせずに地球は滅びたのです。共産主義者が言うように、もう一度、古代の時代に戻って村社会をやる必要がでてくるかもしれません。最後のこの星で、人々は何を夢見るでしょうか。後悔と絶望と犠牲ばかりの星にはならないでほしいと願っています。
最後に、共産主義を平等の思想だと思っている人が多いですが、実際は平等の思想ではありません。スターリン全体主義の平等な経済を作ろうとしたあまりに、平等な格差のない社会という側面ばかりがクローズアップされましたが、実際のマルクスの大本の思想は、「努力の質と量に応じて必要なものを分配する」という経済思想です。よって、ソ連はもっと、自由になればよかったのです。僕は、「自由な社会主義」というものが実現できるはずではないかと思います。
また、僕が感じるに、ロシアはあまりに権力というものを否定しすぎました。もっと、権力を平等にした上で、知恵を使って上手く使えばよかったのです。たとえば、全員を公務員にして、評議会で決めるようにすれば、もし権力がそこにあるのなら、それは「平等な何でもできる権力」になるはずです。また、産業を国営化した上で、人々の労働や往来を自由にすれば、どんな仕事でも自由に就けるようになるはずです。同時に、公務員と国営化によって、失業者は生まれなくなるでしょう。最初から必要なものを与えることで、人々に「正しい生活」を与えることもできます。たとえば、書籍や音楽などを無料で与えることで、誰もが正しい生活が送れるようになるでしょう。町を社会所有にすることで、町を多様にし、個性のある芸術様式を持った町が生まれるはずです。ロシアには、そうした「知恵のある自由」という発想が欠けていました。もっと汗だけではなく知恵を出して、国民の喜ぶような「社会主義の自由政策」を行えばよかったのです。
それこそ、社会主義の計画経済が、資本主義よりも安定してものをたくさん作れないのはおかしいのです。普通、自由に作った方が、いつどれだけ値上がりし、いつどれだけ不足するかはあやふやで、いつでも同じ生活をすることは難しいはずなのに、社会主義の経済ではいつもものが不足し、満足に作れませんでした。消費だけではなく、労働についても、資本主義では、いつクビになって失業するか、いつ会社が倒産したり買収されたりするかは分かりません。社会主義では労働するモチベーションが無いとよく言われますが、それは労働しなければものが買えない「労働者階級」にのみ適用される話であり、金持ちなどは労働などしなくてもいくらでもものが買えるのにかかわらず、「良い役職に就ける」という理由で誰よりも働いて価値を生産しています。こうした経済の「資本主義的な考え方」は多くが間違っており、ソ連というひとつのモデルだけを見て社会主義を判断するのではなく、「非ロシア型の社会主義国」というものを、描く理由でもあり、また必要とする理由でもあるのです。
ロシアの共産主義者プロレタリア独裁、すなわち無産階級の独裁を主張したが、これは単にレーニンのような賢い人間に独裁してほしい、というだけではなく、昔から、独裁者が平等にすると良い国になるからである。
ただし、あまりロシアに傾倒しすぎない方が良い。ロシアは本当におかしな国である。最近の経済学では、むしろ、市場経済の優位性が説かれることが多い。市場経済では、必要に応じてものを作って売るために、どんな田舎でもガソリンが十分に手に入るとよく言われる。市場経済を採用した資本主義国では、ありとあらゆる「金儲けのチャンス」があれば、どこにでもものがあふれるのである。ロシアの経済は、一見正しく見えて、本当は完全に間違っている。これが、世界の常識、「共産主義は失敗に終わった」である。そう、一見馬鹿に見えて市場経済はとても賢くて優れている。人々は豊かになって、王のような生活ができるようになったのは、市場経済の優位性のおかげである。最近のロシア、特にプーチンなどはそれに気付いている。社会主義者帝国主義者市場経済をやると、成功する。それが、ドイツや日本、そして中国などの繁栄の秘密である。市場経済は、とても優れた「自動化された魔法のお鍋」である。

金儲けからの脱却は果たしてできるのか

僕は、ソ連の問題とは、「金儲けからの脱却は果たしてできるのか」ということだと思います。
金儲けをやめること、金儲け以外の方法で経済を成り立たせることは、果たしてできるでしょうか。
資本主義の政治経済では、全て、「金」がなければできず、「金」に基づいて経済が行われます。
国家予算は「財源」がなければ実現できず、自動車産業のような屋台骨の産業は、たとえ「環境破壊の問題」があったとしても、国民が反対するため「無くすことができない」のです。
ソビエトは、全ての会社を国営化し、計画経済を行いましたが、ここで言えるのは「きちんと国民が働かない」という問題で、ソ連はこれに対して「きちんと働かないものは処罰する」という「強制労働」を行いました。
ですが、僕は「処罰」というやり方ではなく、「もっと違ったやり方」があったのではないかと思います。
地球が環境破壊の危機に瀕していても、一向に金儲けをやめる気配はありません。ですが、資本主義の論理では環境問題は解決しません。どうにかして、金儲け以外の経済政策を考えなければ、金儲けのままでは解決することはできないと思います。