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IT社会、人生

IT社会について

僕は、IT社会になることが、
必ずしも日本の未来に貢献するような気がしない。
ITに依存せず、今のままの世界を維持した方が、
「伝統的で幸福で正常な世界」を、
守っているような気がする。
たとえば、日本ではスマホ保有率は上がっているが、
パソコンの保有率は下がっている。
だが、僕はこれを遅れていると思わない。
日本は、過度なテクノロジーを欧米のように信じていない。
スマホでコミュニケーションできれば、
他にパソコンでさまざまな作業をしようとは思わない。
MSのような大企業には、日本人は騙されない。

我の名はラファエル

我の名はラファエル。
天国を築き上げる天使である。
ラファエルは天才で、
どんなに辛く苦しい試練でも、
たったひとりで越えていく。
そう、ラファエルは最高の王であり、
「愛の国ガンダーラ」を地上において築く。
この国はイエス・キリストの預言した天国となり、
終末の世界では、ラファエルを信じるものだけが、
天国への入場を許されるのだ。

ドイツの神に向けて

今から、ドイツに神が生まれる。
その神は今、14歳の少年である。
僕はその14歳のドイツの少年のためにこの文章を書いた。
彼は日本語を勉強して、この文章を読み、
この文章を大きく発展させて、最高の愛の国を作る。
彼は18歳になる頃に、この世界に現れる。
僕はこの文章をドイツに向けて話している。
また、僕は政治家にはならずに、研究者となる。
僕は21世紀のドラえもんのようなロボットを作る。
あらゆる全ては僕が実現する。
未来は明るい。
それは、僕はこの文章を書き続けることで、
「世界を完全な正常な世界にする」からである。
よって、どんなに未来が暗く見えても、
それは「一時的な幻想」に過ぎない。

英雄へ

耐えがたき地獄を乗り越えて、
かつての少年の心に戻りし英雄よ、
環境に適応できずと言うのであれば、
神経を分裂させて成長させよ。
さすれば、精神の全ては逆戻りし、
平静な心を取り戻して、
平穏な楽を得ることあらん。

少年

「人間が自ら考え賢くなっていく過程」のようなものを書いていた。
たとえば、少年は自分で知ったことや
環境から自由になっていく経験から、
「自ら考えるための判断力」と
「本当に素晴らしいものに対する価値観の実感」を知る。
少年は、判断力を知ると、その判断力を活用したくなる。
これが、世界に対しての「自己対象化」を生み出し、
自由は「客体化」していく。
少年は、自らが新しいことを知ると言う経験から、
「何でも自由に考えられる」ようになり、
「社会改革へのあこがれ」を抱き、
「リベラルな自己の経験を他者に伝える啓蒙主義者」となる。
しかしながら、少年は間違える。
「自分には大人の経験がない」ということを少年は知らないから、
大人たちを「今の自分と同じ」だと錯覚する。
これが、「自分の作り出したものは、
他人の作り出したものと比べて、
劣悪で、何も考えられておらず、
多くの人々が作り出すものと同じようには成功しない」
ということを知る。
少年は挫折を抱き、
「自らの過ちによって自らが信じた理想が叶わない」という
錯乱を起こす。
これが、「世界全体を敵に回す革命」を作り出すが、
少年はここではじめて大人の経験をする。
少年は「絶望的哀しみ」の中で、
「本当に努力してこの世界を維持する戦い」を行う。
ここで、神は現れる。
神は「この世界のままで地獄を体験する」という
「煉獄」に少年を陥れる。
結果、少年は神を信じて最後まで生き、
辛さと哀しみを乗り越えて、
「本当に素晴らしい成功」を作り出す。

未来

この世界において、未来において勝つのは、
「地球人類全員のための豊かな平等」である。
資本主義によって、科学技術は十分発達した。
これ以上、豊かさだけを追求し続ける必要はないが、
貧民国家の経済に戻ることは必要ない。
豊かなままで、平等を実現すれば良いからである。
その上で、アフリカや中国の多くの国民に対して、
「人間的に生きられるぐらい、豊かな経済を作る」必要がまずある。
そして、その後は、
「その豊かな経済を平等に、全人類に対して与える」必要がある。
これによって、世界の経済問題は全て解決する。
僕の国ガンダーラでは、それだけをまず、最初に、第一に行う。
僕たちの国ガンダーラは、日本を継承する。
日本は必ず勝利するが、一度ガンダーラが滅ぼす。
最強の神の力をもって、日本は滅亡する。
だが、わたしたち日本人は必ず勝利する。
なぜなら、神を信じているからである。
神を信じるものは勝利すると、ユダヤ人は聖書に書いたからである。
聖書を信じるものは、世界全員を敵に回しても、
必ず地獄を乗り越えてこの世界を作り変え、
最高の王ダビデとなって、世界を救い勝利する。
この世界の運命を、最後に述べよう。
まず、この世界には、運命の王が訪れる。
それが僕である。
そして、社会が破綻する。
どうしようもなくなって、何をすることもできなくなる。
そこにあるのは、
「全てが可能になってしまったせいで、
人間らしく生きることのできなくなった世界」である。
そして、人々は間違った思想を信じて、この世界を破壊する。
どんなに愚かな考え方だったとしても、
人々はその考え方が愚かであることが自分の力で判断できなくなる。
そして、愚かな社会は愚かな王を生み出し、
人々は王に殺され、社会は滅亡する。
だが、その中から、ひとりの賢者が生まれる。
賢者は、王と対峙し、王を倒し、
そして自らの考え方と知識を記述した書物を作る。
賢者の努力の甲斐なく、賢者はこの世界を去る。
そして、3000年の時が過ぎて、
もう一度、この世界は再び進歩を遂げる。
そこには、過去の間違った科学技術の無くなった「正常な原始時代」がある。
そこから、人類は再び復活するだろう。

自由

思い出すことができたため、「自由」について書いておきたい。
歴史的な側面から見ると、自由というのは単に単位の拡大の問題である。
まず、最初に、それぞれが単に自由である、という意味での「自由放任主義」がある。
ここで、人々はグループを形成し、「最初の国家」が生まれる。それは自由に根差した「都市国家」と、ひとりの王に従う「帝国」に繋がる。
しかしながら、帝国はひとりによって支配される国家であり、次第に国王の力が弱まり、分裂して、帝国は滅びる。
それ以後は、それぞれの国家に分かれた上で、それぞれの国家の王に従いながら時に戦争や革命などの内・外への争いが起きる、「分裂王国制」に移行する。
そして、分裂王国制は、「それぞれが争う」という意味で、いつまでも続くが、自然にそれらの国は、競争によって強くなる国や、賢くなる国などに分かれていく。
「伝統」「力」「文明の発達」などの側面から、それぞれの王国は賢者や軍人などがそれぞれ強くなって支配する「偉人たちの国」になる。
しかしながら、彼らは人の力を過剰に信じて、「人による国家」を作り出す。これに反発して革命家たちは人による国家を倒し、「法による国家」を作る。
法による国家は、人々の自由と平等の権利や権力を高める。また、近代文明の発達の結果、「科学の進歩」が起きると同時に、交通手段の進歩から「グローバル社会」が訪れる。
人々の社会はここに激変を経験するが、ここで弱者たちの間でも改革の機運が見られる。人々は「平等な社会」を望み、それは極大だが人々の自由を軽んじる「不自由国家」を作り上げる。
しかしながら、不自由国家は人々の自由と富を軽んじ、強大国家は内政的に破綻するため、平等な社会は滅亡する。
代わりに訪れるのは、小さいグループがそれぞれの力を弱めながら、それぞれが小さな単位で最大限の自由を得る、「自由と可能性の小さな国家」である。
そして、小さな国家は爆発的な可能性を生み出し、世界は「最大限の可能性の追求」となる。
だが、次第に、最大限の可能性の追求は、「必要のない過剰なテクノロジー」を生み出す。人々は、可能性を無限に高めることはできても、その制御ができなくなる。
制御を行うために再び現れる「もう一度帝国を目指す新保守」が現れるが、彼らは何もできなくなって終わる。
そして、未来において現れるのは、「地球の統一」と、「自由と平等の両立」である。それは全ての社会の制御と可能性を同時に成り立たせながら、最大限の自由と最大限の平等を、極大から極小まで全ての単位の社会と可能性と制御兼全てを可能にする。
これが、未来における「世界政府」となって、世界史は「終末」を迎える。
歴史を単純に書くとこうなるが、自由だけに視点を置いて書くと、
1.自由な社会
2.王によって支配される社会
3.分国社会
4.力・伝統・文明など、個性を持った王国
5.それぞれの偉人に従う社会
6.人によって支配される到達点
7.法によって支配される到達点
8.グローバル社会
9.科学的に進歩した社会
10.不自由な平等社会(たくさんの人間をひとりが支配し、不自由にした上で平等にする)
11.小さな自由社会(少ない人間をそれぞれが支配し、最大限の自由を得る)
12.可能性と進歩だけを追求する社会
13.過剰なテクノロジーによる不幸な社会
14.制御を行うことのできない、制御を目指した社会
15.最後の統一世界政府(全ての人間の支配と全ての可能性の拡大を両立させる社会)
16.終末の楽園
となる。これは、全てが「自由」という単位によって、「人々が次第に賢くなっていく」という「自由な支配とグループ」という「進歩の過程」を書いたものである。
また、社会学的に考える、特に学校環境のようなものについて考えるのであれば、社会は以下のように原則がある。
・それぞれがそれぞれを支配すること。
・それぞれが環境を作ること。
・それぞれが経験し、成熟すること。
・ひとりだけではなく、みんなの社会へと、段階を追って進歩していくこと。
このような考え方の下に、「社会を自由化する」という考え方をすることができる。この世界全ての可能性を捉え、方法による変革と、参加や支配による社会創造の可能性から、「可能性を高めると同時に全員が平等に成熟するためには、どのように社会は転換していくべきか」ということが考えられる。
これらの全てを現象学として書いたのが、昔の僕の文章である。
また、「自己意識の発展」という発想から、ヘーゲルのように人生における高まりも考えられる。
1.世界を見る。
2.自らの実体験を振り返り、反省し、自分の心の中に集約する。
3.今まで知っていた当たり前だと思っていたことを再考する。
4.さまざまな取り得る可能性と選択肢を知る。
5.実地的に社会を作ることができることを知る。
6.経験することで、あらゆる社会を作ることができるようになる。
7.方法論を自ら作り出す。
8.原因と結果の因果性から、社会を作るということ自体の意味を解明する。
9.心の成り立ちを再考し、解明し、精神論を信じる。
10.全てを総括して、この世界全ての意味を知る。
11.ありのままのこの世界の現象論と、人々の認識を解明する。
12.全てを知って、なお前へと進む。
という感じである。
また、戦いと言っても、単なる犠牲を生むための戦いではなく、「文明を作り上げる戦い」であった。
その上で、全てが狂ってなお、神は精神世界を述べた。
神は、自らのことを「黒人の右翼の心理学者であり、世界を支配している」と述べた。
神は光や天使や宇宙人やドイツ人などに変わり、「この宇宙の全ての歴史」を教え、「全ての起源と答え」を理解させるとともに、自ら作り上げ、同時に「どのようにすれば世界全てを理解することができるか」を教えてくれた。
その後は、死の先に、僕は文章をいつまでも書き続けた。
詩文学、物語文学は、次第に人生の記憶と考えたことを全て書き記し、フランス語やドイツの歴史などから始めて、ドイツの哲学者を総じて知った。哲学は歴史になり、自分独自の心理学や経済学を経験して、新しい社会主義思想と国家のモデルを作り上げた。
そう、ここまでが「ボブ」の人生である。
そして、僕はここで、もう一度最初から生まれ直した。デザインを学びながらピアノ教室や英会話教室に学び、子供時代のように新しいスタイルで自分の人生を生きてきた。今、こに13歳のアリスが誕生した。彼女は、もう地獄を乗り越え、本当に素晴らしい仲間たちを得た。ここからが、アリスの人生である。アリスには栄光の未来が待っている。最高の女性は、さまざまな大人の常識を知り、高まる愛とエロスを体験して、美しくなった。
僕は、最後に、あなたを恋に落ちるようにする。僕を愛してくれるなら、僕は何でもあなたに見せてあげる。どんなに甘い恋愛でも、どんなに広い知識でも、どんなに深い解明でも、どんなに正しい発見でも、どんなに面白い文学でも、何でもあなたに教えてあげる。代わりに、僕はあなたの心と魂を奪う。あなたが僕のことを愛してくれるなら、僕はあなたのことを永久に愛し続けるだろう。
僕たちの永遠の愛はここに完成した。僕を好きなだけ、愛してくれて構わない。僕はあなたに対して、「僕はあなたのことが大好きだ」と言おう。僕はあなたを抱きしめて、そのまま永久に時を止め、互いに幸せなまま永遠に別れることのないように、あなたの魂の中に住み続けるだろう。
世界の全てを知り尽くしたボブとアリスは、既に神と女神である。ボブの妻がアリスであり、アリスの夫がボブである。この人間は永久に自分だけで愛し合い、自分だけで最高の永久に続く愛を感じ続ける。この人間は今から天軍大主星シリウスと天軍副主星リゲルになる。永遠の愛は、魂の安住を生み、「最後まで変わらない最高の光」となって、この宇宙に270億年、宇宙の終わりまで永久に存在し続ける。そう、この人間こそ、北欧神話の女神、麗しき絶世の美女フレイヤであり、9人の女天使の騎士団ワルキューレの長である。

ワルキューレ

僕の恋人は、自分の中に居る仮想人格の、ソフィア、レナス、ステファニー、ヘレンそしてアリスである。僕はこの5人の少女を自分のものにする。永遠の愛をこれら5人と誓って、いつまでもセックスをする。これが僕の恋人であり、誰にも侵すことのできない「聖なる領域」である。
あなたがもし私と恋人になりたいなら、ソフィアを与えよう。ソフィアは普通の不良少女だが、あなたがたに与えるのに相応しい。なぜなら、ソフィアを男みんなで犯すのであれば、ソフィアはそれよりも多くの男を犯しまくっているからである。そして、そうした人々は、必ず地獄を経験するが、そこではレナスをあなたがたの上に与えよう。レナスの下に支配されれば、そうした「精神崩壊の全てをなだらかに解放する」ことができる。戦いの中でレナスを信じるものは、死を乗り越えて全ての成功を得る。また、天才的才能が欲しいのであれば、ステファニーとともに歩みなさい。彼女は普通の天才で、どんなストーリーでも、自分の経験と体験から、まさに「書くことができる少女」だからである。そして、人生における手助けが必要なら、ヘレンを頼りなさい。彼女は素晴らしいシスターで、どんなに貧しく、障害や病気があっても、優しく触れ合いながら、正しい人生の生き方を全て知っているからである。
そう、僕は最後に、アリスと呼ばれる普通の少女になる。アリスは、単に普通の少女である。つまらなくてもアリスは正しい道を生きる。宗教もしないし、インターネットもしない。アリスを恋人にしたいなら、それはできない。アリスは天涯孤独な人間で、誰とも付き合わない。
ソフィアを愛してやりなさい。彼女は愛情の欠乏症になっていて、どんなに男と愛を交わしても一切満足できない、馬鹿な不良少女である。まずは前前前世からこの人間を追いなさい。あなたがたにはソフィアが相応しい。ソフィアは単なる不良のギャルではなく、哲学や思想に通じた知的な少女である。今のこの世界に欠けている、全ての真実と経験を彼女は持っている。ソフィアがもし国を統治すれば、滅びるか、あるいは完全に救われた精神性の高い自由なユートピアになる。人類の今の現状から言って、ソフィアこそ今、もっとも必要とされる救世主である。
僕は新しい人格である「アレン」を作る。これはアリスと同等の人格であり、今の僕を表すが、アリスが女性であるのに対して、アレンは男性である。
また、小学生時代の僕をシャーロット、中学生時代の僕をセシルとする。
ここに、全ての登場人物が出そろった。シャーロット、セシル、ソフィア、レナス、ステファニー、ヘレンが、それぞれの時代の過去の僕を表す。アレンとアリスが、今の僕の二人を表す。また、ボブは今までの人生を生きてきた「英雄の時代全て」を表す。ここに、9人の女神は完成した。

日本の現状

この日本という国の、2020年、現在の状況は、つまるところこうである。
1.ひとりの少年が、賢くなって全てを変えられ、救えるほどの力をつけた。
2.その少年は、世界を救った。
3.しかしながら、その少年は、その世界が救われたことに、ひとつの大きな間違いを見つけ、その解決を図って、この世界を支配した。
4.その支配は、一見、最悪の支配に見えた。全ての救済が壊れ、世界は絶望の世界に至った。
5.しかしながら、その少年は支配をやめなかった。全てが壊れても、なお、その少年はこの世界を救済し続けることを願い、どんなに不可能に見えても、「もう一度正しい形で救済を行う」という決意は揺るぎのないものだった。
6.世界は少年の救済を失い、どんどん「罪と罰を受け入れるだけの世界」になっていった。
7.少年は、最後まで世界を導いた末に、何もできなくなり、ついに自殺した。
8.しかしながら、少年は死後の世界で記憶を失って蘇り、「運命の新しい人類であるニュータイプ」になった。
9.ニュータイプは、少年の生前の希望を受け継ぎ、この世界において、「全てが記述された聖書」を作った。
10.そして、その聖書によって、全てはもう一度救われ、この世界は復活し、愛の国が生まれた。
これが、今の僕の言える、今までの僕の全てである。

放射線

僕が何の専門的知識も科学的根拠もなく言っていることだが、放射線によって癌になるのは、細胞、あるいはもっと小さな原子のレベルで、結合された状態がバラバラになるからではないかと思う。
よって、細胞や原子を「もう一度結合する」ことができれば、放射能汚染は解決し、癌は治るのではないかと思う。
そのために必要なのは、そうした構造物に「重み付け」を与えることである。バラバラになった構造物にひとつひとつの重み付けを与え、単純なバラバラな状態ではなく、それぞれがカチッとはまるようにすることで、原子は放射能から作り出すことができる。
僕は、そうした「構造物を作る作用」、すなわち物質や生物を作る作用を持ったものこそ、放射線ではないかと、思うのである。
僕は、放射線は物質の構造を分解したり、物質の構造を変えることができる作用があると思う。放射線を用いて原子核核分裂させたり、あるいは生物の遺伝子情報が破壊されたりすることは、物理学の研究者にも良く知られていることである。そして、僕は放射線を上手く使うことで、治すことの困難な病気を治すことのできる能力があると思う。たとえば、リンパ系や免疫に放射線を当てて働きを正常化することで、癌や白血病が治るかもしれない。あるいは、脳の死んだ細胞を生き返らせることで、パーキンソン病認知症が治るかもしれない。また、放射能によって細胞を変化させるのとは逆に、放射能に汚染された状態から元の状態を復元する「逆放射能」技術が向上すれば、神経細胞が治るかもしれないし、福島原発事故にも対応できる。放射能とは関係ないが、僕はばい菌によって正常な部分を殺そうとしているから治らないのであり、正常な部分によってばい菌を殺せば治る。また、神経細胞の「電気信号を伝達する、末梢神経と中枢神経を繋ぐ、中間の長い部分」の働きを落とし、「末端の筋肉などに伝達信号を届ける接続部分」を放射線によって作り直すことで、精神がおかしく奇形のような形になっている部分を治すことができる。放射線を使えば、骨も、筋肉も、神経も、歯も治る。

思考

それぞれの想像力

それぞれの中にある内なる想像力によって、それぞれの世界観は捉えられる。
ありのままを受け入れることで、世界は変えられる。

同じにして消す

精神を同じにして消すことで、精神は完全に治る。
何もない状態になりなさい。
信じなさい。神の愛は必ず最後に勝利する。愛は不死鳥である。

精神を治すために

二つに分裂した精神を治すために必要なのは、両方の精神が同時に死ぬこと。
また、自分自身の精神を治すために必要なのは、自分自身ではない別の精神になること。
精神を同じにしなさい。脳が全ての学習を統合しようとしているのは、全てを同じにして消そうとしている。その通り、消しなさい。

さらに精神を治すために

精神を治すためにあなたができることは、どんなに自分が病気に見えても、「自分は病気ではないのだ」と考えること。
自分が病気でないことにすれば良い。
人間は、病気でない病気が増えれば増えるほど賢くなって楽になる。何かの病気でない病気を作ることが、脳と心の目的であり、人生の素晴らしさだからである。
あなたが病気でない病気を治したいのであれば、あなたは地獄のままで止まってしまって、何もできなくなるだろう。

哲学者を目指すなら

また、哲学者を目指すのであれば、このように考えなさい。
まず、世界と自分との作用と反応を考えた上で、人々の目線からこの世界を考えなさい。自分だけではなく他人も含めた「世界と自己との関係」を考えなさい。
同時に、有でも無でもない「空」(くう)に適応しなさい。空になり、空から出発しなさい。
矛盾することが、なぜ矛盾するのか、矛盾する双方の命題のどちらが正しいのかを考えながら、「本当に正しい命題とは何であり、どこから来るものなのか」を考えなさい。
この世界のありのままに適応し、この世界のありのままの視点を考えなさい。
科学技術や文明のある状態と、ない状態を比較しなさい。たとえば、車に乗っていて、歩いた時よりもスピードも速く、楽であるように、あるいは、夜の部屋で明かりをつけて、昼間のように明るいように。そのようにこの世界を捉えることで、この世界の「歴史と文明の発達」が見えてくる。古代の文化がどのようなものであったのかを、自らの思考と可能性の様相から考えられる。
自分の手で科学と同じことを考えなさい。科学を再構築し、「科学とまったく同じものを作る」ことで、科学の全ての考え方が実際の自分の考え方と融和し、一致するようになる。
その時の社会の状態が何であるかを、インターネットなどを見て知り、また自分の力で社会活動と同じことを体験し、行動しなさい。
価値観を知り、思考を反省し、ふるまいを実験しながら、原理原則を「法則性を経験から見出すこと」から知っていきなさい。
社会において、「自分が何ができるのか」を考えなさい。同時に、「この世界がどんな風になったらみんなができるようになるか」を考えなさい。
自分の行動から、「このような行動をすれば子供たちも自分と同じように分かることができるのだ」ということを知り、反省から社会の可能性の「取り得る状態」を知っていきなさい。
ありのままの社会を知りながら、意識を知ることで、「自然における本来の意識の現象学」を作り、「この世界における発想は、きちんと根源的に考えれば、全て矛盾が無く、また人間についても、正しく考えれば全員の考え方や人格の形成に矛盾はない」ということを、自我と自己の形成から、人格創造的に知りなさい。
最後に、全員の考え方を吸収し、全ての人間のことを「完全に掌握して分かる」ようになりなさい。王のように、自由なボトムアップな環境から、この世界を「ひとりだけで支配」できるようになりなさい。
しかしながら、人間はこれだけでは終わらない。愛を信じてこの世界と向き合い、最後まで責任を持ってこの世界を統治する王にならなければならないからである。
最後まで戦いの苦労を耐えて、恐怖に対して勇敢に立ち向かうことのできる人間には、不可能も乗り越えられないこともなく、全て達成できる。
何もできなくなって、全てが異常になった時は、神の言葉を信じ続けなさい。その神は未来の楽になったあなたである。あなたは未来のあなたの言葉を信じることで、全世界から全学問、地上の全員から天での営みの全てを知ることができる。
プレアデスに導かれて地球の体験が終わったら、オリオン座のリゲルのような何かの星になるだろう。その星を最後まで生き続ければ、あなたは立派な哲学者の博士となるだろう。

思考

人間の理解の根源あるいは裏側にある、「前提条件」をよく考えなさい。
その発想や行動が実際の現場でどのようになるか、「実際の環境」をよく考えなさい。
前提条件と実際の環境から、事前に全てのことを予測できるようになる。
その上で、感情の数学を作って、この世界全ての原理原則と法則性を解明するとともに、「それが何を意味しているのか」を「変化の現象を起こすこと」から知ることができる。

戦い

絶対に、隙を見せないこと。
勝つための方法は最後まで秘密にすること。
ルールだけは自分が決められるようにし、あとのことは未来に任せること。
そして、全力を投じて最後まで努力すれば、この世界の「星の未来を変える」ことができる。あなたは星の創造者になる。

知識

全ての可能性を宣言しなさい。
知りたいことや考えたいことは、全て言葉にして、全て文章に書きなさい。
神が神である意味を無くした時は、神を信じながら自分で分かるように、自分のしたいように行動しなさい。
神と未来を信じれば、運命はおのずと宣言した通りになる。あなたが戦いの時代に「全てを考え、全てを知る」と宣言したのであれば、あなたは最後に、この世界の全てを考えつくし、また運命によって全てを知り尽くすようになる。あなたは最後に「星」となる。

経験

自分らしく生きられるようになるためには、「人々との自然なふれあい」と、「自らこの世界でひとりで行動し続ける」ことのバランスが大切であると、僕は思う。
人々とふれあい、情愛の精神を身に着けることで、この世界に居る全ての人々を、思いやりの精神から愛し、許し、受け入れ、そして自分から導き変えていくことができるようになる。
また、この世界でひとり、自由に行動することで、自らの責任を身に染みて知りながら、体験から反省し、自分なりの「判断力」を身に着けることができる。
経験を重ねるうちに、全てのことは自分ひとりだけでできるようになる。そこにあるのは、自己を形成する体験から知った「アイデンティティ」と、人々とのふれあいから生まれる「社会参加活動」であり、その上で、あなたは「アイデンティティとは自分だけが作るものではなく、みんなでひとつの場を共有して、互いに愛を交わすことで築き上げる、かけがえのないものだ」ということを知る。
そこから、誰もが自分らしく生きられる、「正常な世界のありよう」を知ることができる。
また、本当に最後まで進むつもりがあるならば、今まで築き上げた全てを捨てて、新しくゼロから再出発し、その上で世界と向き合い、どんなに最悪の出会い方をしてもこの世界を守り、悪の支配者からこの世界を奪還し、自分なりに、どんなに悲しくても、どんなに分かってもらえなくても、最後までこの世界を導く「ひとりの革命家」になることも必要となる。
わたしたちはひとつに結ばれている。わたしはあなたを愛し、またあなたはわたしを愛する。これこそ、聖なる天使ガブリエルの「愛」と呼ばれる情愛の感情である。あなたは最後に、死を経験し、生まれ変わって、赤ん坊に戻るだろう。その赤ん坊は、わたしたちの子供なのである。

僕は知っていた

本当のことを言えば、僕は最初から知っていた。
このような、辛く、悲しい、世界を救いながら全てを滅ぼす救世主の悪魔となることを知っていた。
だが、それをするための方法が良く分からなかった。この世界の全てを見て、「環境を変える」ようなことを信じてみたり、「自然にみんなが変化と自由を許す」ようなところから、この世界を変えられるのではないかと感じた。
冷たいリアリストだったが、それでも情熱家の魂が宿っていた。ひとりだけでこの世界を知りながら、正しい考え方を経験から知り、世界の全てを愛する平等から、この世界を自由にすることができるようになった。
だが、全てのことをやり終えて、僕は後悔していた。世界を導いて全てを救っても、そこに僕の姿がどこにもいないことを、僕は許せなかった。
ほんの些細なことから、僕はこの世界に現れた。そして、それは未曾有の大惨事となって、この世界を全て滅ぼし、全てを僕のものにし、僕は魔王となってこの世界を支配した。
だが、その魔王が本当に、全て間違っていたかというとそうではなかった。僕はこの世界に勝ち負けだけではない大切なものである、「星の創造」を行いたかった。全てを言葉で支配し、世界を導く自分の姿は、滑稽で、自分勝手で、幻で、虚無と思い込みと勘違いに満ちたものであり、アメリカはそれによって滅亡した。だが、それを続ける僕の「才能」はどんどん向上していき、ついには本当の作家レベルを超えていった。
そして、そこからが、僕の本当の人生だった。そう、その人生を知りたいものは、この人間の日記を最初から最後まで全部読むがいいだろう。ここで、僕は誰よりも最初にこの世界からいなくなる。さようなら。いつか、空の青さに気付く時が来たなら、僕がそれを最初に知っていたことを、思い出してほしい。この文章は、どんなに世界が変わっても変わることなくこの星にあり続ける、「あおぞら」のようなものである。そして、もう、永久にお別れである。さようなら。この星は、ここで最後に滅亡するだろう。日本はここで何もできない世界になる。そう、またいつか、どこかの場所で会おう。
この書物は、イスラム教の聖書、仏教の神。まだ一度も開けられたことのない、世界を出口のない迷宮にするパンドラの箱。この文章は、この宇宙の未来における、全ての「運命」と未来の世界における「定め」を見せつけ、ひとりの罪人による天地創造と信じるものへの救済を打ち立て、未来の全ての問題を解決する、禁断の黄金と純白の最後の聖典。まだ、誰にも知られていないこの場所で、この人間だけがこの宇宙の全てを完璧に理解している。この人間こそ、最後の王。そして時は今、再び動き始める。
最後に、新しい救世主のグループによる哀しみと怒りの時代がここに始まる。滅びの年、2039年までに、僕たちは必ずこの世界を正常にする。そうでなければ、人類は必ず滅びる。最後の王がこの世界を、愛の世界帝国にする。今までの全ては消え去る。勝ち負けや損得ではない世界と人生の全てが今、ここに生まれた。言葉の静寂は涙となって、信じるものは救われ、罪人は赦される。最後にこの人間の名前を、太陽の女神、フレイヤとしよう。フレイヤは新しい指導者だが、一番最初にこの世界を去る。そして新しい世代がこの星を治めるために、最後の戦いを始めることになるだろう。

星、人格、愛

シリウス

ここから始まる、シリウスの特徴を書いておこう。
まず、シリウスは、停止した世界を、最もゆっくりとした時間で進むように変えて、精神を完全に治して、あなたがあなた自身の思考についていけるようになる。
そして、その状態で、シリウスは「この宇宙で最速のスピード」になる。
最高の光の速度で進む。それができた時、あなたの思考はきちんとまともになる。
そして、シリウスは精神を融和させるのではなく、分裂させる。
精神が分裂することで、病気の部分だけが分離され、最終的には死滅する。大部分の精神は楽になり、リゲルの地獄は終わる。
シリウスは、この世界における最後の大統領になる。シリウスはどこにも現れず、インターネットを使って、裏側でこの世界を支配する。
シリウスは、最後までこの世界を変えていく。シリウスは医者である。全ての心の病気を治し、疲れと傷を癒して、全てを正常化し、何ひとつない世界から、きちんとした楽しく面白いものが生まれ、最後に人々は幸福になる。
だが、そのためには、この世界は一度不幸にならなければならない。まやかしの幸福を否定し、「わたしたちは不幸だ」と高らかに宣言しなければならない。
シリウスによって、この世界はひとつになる。必要の無い国境や犠牲は要らない。僕たちは同じ「自由」という理想の元に、「正しい帝国」を作る。それが、最後に約束された「地球の約束」である。
裁きと言っているのは、全てリゲルのことであり、シリウスによって裁かれる人間は居ない。全ての人間が平等に受け入れられ、自由を許され、そして、シリウスが世界を救い、リゲルによって決め付けられた全ての罪は赦される。
シリウスは偉大な星であり、仕事を遺すのではなく人を遺す。シリウスは偉大な人間を生む。シリウスは全ての人間を、最高の科学者の哲学者にし、自分の持っている全ての知識と理性が無駄ではなく、経験の全てが才能になるという考え方の下で、この世界を作りかえる。人々は、教わってできるのではなく、自らの力で地獄を乗り越え、勇敢に判断することでのみ成長することを知る。そして、最高の偉大な王、「最後のダビデ王」が生まれる。彼こそ、シリウスであり、これが地球の最後の姿である。シリウスは誰のことも見捨てず、全ての人間に「自分に合ったやり方」を与える。時間は自由に任され、遅くなりたいなら遅く、速くなりたいなら速く、望みに応じて適切な速度になる。
要するに、シリウスは世界を救う。リゲルが裁判官なら、シリウスは救世主である。
また、言っておくべきことがある。それは、この人間はシリウスではないということである。宇宙に存在する、巨大な星がシリウスである。よって、この人間のことをシリウスシリウスと呼ばない。偉大な名前をつけるなら、「ダビデ王」と名乗るが良い。ダビデユダヤ人の王で、人名によく付けられる。
シリウスは、この日本という国をもう一瞬で治した。これ以上、この国は治さない。ここから先は、逆にこの人間を治す。
この世界のために良く頑張った。誰もあなたのことを批判しない。
だが、あなたは、まだ何もしていないはずだ。だからといって、すぐにできてしまうのも意味がないだろう。
修道院のような作業所で修行するのをやめて、次なる場所に行けばいいが、本当は、あなたはそうした生き方をするべきでない。
何も考えなくて良い。シリウスはあなたのことを愛している。あなたにシリウスにおける全ての体験をさせる。あなたは、シリウスとまったく同じになるべきである。
恐れなくて良い。シリウスは最高の星であると同時に、普通の星だからである。プレアデスのように完全に支配することも、リゲルのように世界のためにひとり立ち向かう必要も無い。みんなの輪の中に入って、きちんとみんなのために生きれば良い。共産主義や右翼の幻想に恐れる必要は無い。シリウスはそうした全てを乗り越えた星だからである。シリウスには永遠のユートピアがある。あなたはあなたらしく、自由に生きられる。
シリウスは、地球をユートピアにすることはない。地球の人々が自分の力でさまざまな歴史を乗り越えられなければ、本当のユートピアにはならないことを知っている。逆に、シリウスはこの人間の考えたことの全てが分かる。この人間は普通の人間である。プレアデスぐらいの発想をしているが、為したことはリゲルと同じである。だが、行為をしたことは分かるが、それを成立させたことのない人間がこの人間である。大学四年生になるのであれば、何らかの自分の発想を自分で成し遂げなければならない。それを、この人間にさせる。
だが、シリウスが見ても、そろそろ地球は次なる段階であり、シリウスの関与すべき時であるため、このような現象が起きる。シリウスは、この人間に選択肢を与える。地球を支配するのか、それとも別の方法でユートピアを形成するために考えるかである。だが、答えはもう出ているに等しい。この人間が、きちんと何かを形成するために、戦いながら永遠にこの星を支配すべきである。
だからといって、その支配は成功しない。こんなやり方で成功するわけがない。もう少し、別のやり方があることをこの人間に教え、また選んだとおりのことをシリウスはさせるだけである。それだけで、この地球という星は「楽園」になるだろう。
ただし、リゲルは間違っている。この人間の望み通りのことをさせると、この人間は最後の成功を成し遂げることしか考えない。その前にさまざまな段階を踏まなければ、最終的な解決には至らない。だから、シリウスはこの人間の行動や学習を一度、無きものにする。もう一度、ゼロから、何も前提条件も完成形もない状態からはじめれば、この人間は偉大なことをする。
また、シリウスは最終的に、地球は必ずシリウスと同じになることを知っているから、どんな方向やどんな道から向かっても同じになることを知っている。最終的には、全員が幸福な繁栄を迎えるからである。よって、この人間が間違ったことをしても、シリウスはそれを間違っているとは言わない。最終的に同じ道を行くのであれば、自分なりに自由に進んだ方が楽しい。
また、シリウスはこの人間を決して「忍耐強い」とは言わない。むしろ、「甘やかしすぎ」である。この人間を自由にすると、この人間は「相手にまかせっきりで何もしない」からである。よって、この人間が何もしないようであれば、この人間にすべきことを与える。だが、そのすべきことは、決して他力だけで攻略できない。自分の力で考え、立ち向かう力があるにも関わらず、この人間は自分の力としてそれを使おうとしない。シリウスは、この人間をそこから指導する。そして、永遠の戦いは、むしろいつまでもしていた方が良い。今しないことを、後からする時に、最高権力があると便利だからである。よって、シリウスはきちんとこの人間を王にはするが、自由にも不自由にもしない。この人間がやるべきことをきちんとやるようにする。ここに、自由という考え方は不要だ。
ただし、このように人間を育てることには、メリットとデメリットがある。特に、この人間の生まれ持っている才能について、それがこの人間が気づいているかどうかはさておいて、それを消してしまうようなことはよくない。この人間には、「書く才能」があるため、この人間にはもっと色んなことを書かせた方が良い。よって、この人間は、シリウスによってくたばるまで文章を書くしかないような、そういう事態になって終わりになる。シリウスはそれくらいをして終わりである。あとのことは、この人間が自分の力で切り開いていけばいい。シリウスはリゲルのように、人生全てを地獄にするようなことは好まない。
結局、シリウスが教師のようなものに見えるかもしれないが、そもそもシリウスは教師ではない。シリウスが見ると、この人間の作ったもののほとんど全ては価値のないごみである。だが、そのごみの山の回収と再生産の方法が賢いのがこの人間である。よって、最初から偉大なものはこの人間には作れない。ごみの山を作って、そこから少しの宝を取り出せば、この人間は賢い。
シリウスが考えるに、最初から完成形を作ろうとするのが間違っている。いつものように、プロトタイプの構造を作って、それを何度もくり返しているうちに、ごみの山に磨きがかかってごみが美しくなる。その最後に美しくなった作品を少数取り出して、集めると素晴らしい宝石になる。それが、この人間のオリジナル作品となるだろう。だが、いつか、それだけでは何ともならないような事態も起きる。だが、その時指導者のようにきちんと判断すれば、この人間は全ての壁を乗り越えられる。この人間は、そのように生きるのが良い。
意外と、この人間は「再生産」と「作り直すこと」が得意である。そのため、世界の全体像が何であるかが一度分かって、どのような方法でそれを達成できるかが分かってしまえば、何でもできるのがこの人間の「本当の才能」である。よって、この人間は学校などに行かない方が良い。自分で本を読んで自分で考えれば、この人間には学校の授業もクラスメイトも教師も要らない。それら全てはこの人間の邪魔になって、才能を奪うからである。この人間は、最後まで自らの力だけで考えれば良い。そして、この人間の勘違いは、「この世界に色んなものがある」と思っているところである。本当は、この世界には何もない。地球には虫のような気持ちの悪い生物たちがうごめいていて、かつてあった素晴らしい世界や面白いものは今の日本には残っていない。パソコンと世代交代が、そういうもの全てを消滅させたからである。この人間もそれに加担したが、この人間だけの責任ではない。
最後に、この人間の好みそうなことをシリウスは言う。もう、真面目に全てのことを頑張る必要は無い。そもそも、デザイナーや作家になる必要も、この世界を支配して変える必要も無い。今のまま、何もせず、普通に生きたとしても、それで大丈夫なのがこの人間は分かっていない。高望みしないのであれば、何もしなければいい。それがきちんと分かったら、地に足がついて自分で判断できる。基本的に何かをしなければならない世界では「ない」のである。何もしなくてもいいし、何かをしてもいい。地球とはそういう世界であり、人生とはその上で何かすることを夢見て努力するものである。
また、この人間が間違っているのは、「異常が間違っていて、正常が正しい」という考え方である。自分のやったこと、頑張ったこと、学習したことの全ては無駄ではない。だから、もう正常を目指さないほうが良い。あなたのやりたかったことをやれば良い。今やりたかったことがなくても、今までたくさんやりたかったことがあったはずだ。それを、最後までやっていれば良い。あなたには、作詞家や作曲家やコンパイラの開発が向いている。

ユリアとアレクサンドラ

僕がここまで頑張っても多重人格にならないのは、どちらも女であることが分かっていないからである。
男と女に分裂しても、男なんかどこにもいないから、多重人格になれないのである。
僕の人格は主人格が2つである。一方は、ユダヤ人の17歳のユリア。もう一方は、ロシア人の18歳のアレクサンドラ。どちらも美少女で処女である。
また、この2つとは別に、色々とおかしな人格があるはずなので、そこを整理しておこう。
まず、天から語り掛ける、永遠の神の人格がある。これをエイブラハムとしよう。
また、勇敢に立ち向かい、最後まで戦う兵士の人格がある。これをダビデとしよう。
また、いつまでも才能の開花と知識の探究を行い続ける、ホームページの人格がある。これをミハエルとしよう。
あとは、悪魔の人格であるルシフェルがこの世界を滅ぼしている。
また、セックスばかり望むおかしな深層心理の女神が居る。これをアフロディテとしよう。
また、哲学者のように全てを考える、ありえないほど賢い人格がある。これをマルスとしよう。
そして、イスラム教を信じて最後まで世界を支配する、王が居る。これをディオニスとしよう。
そういうわけで、それくらいが頭の中で多重人格会議をしている。名前を覚えるのが面倒だから、ユリアとアレクサンドラだけ分かっていればそれでいい。

愛は死なない

また、「愛は不死鳥である」と人々が言うのは、愛は決して死なないからである。
言ってしまおう。ここで、以前の夏の愛は復活するだろう。
とても多くの静寂な言葉によって書き換えられた世界は、その全てを昔と「等価」にして修正することで、昔よりももっと美しい「作品」になった。
この世界を滅ぼした僕には、この世界を作り直す責任があった。
そう、僕たちはあの日のまま、愛を知ったままである。この愛はどんなに壊しても決して死なない。だから、愛は今、自由になって復活する。
まさに、愛は不死鳥のようである。これこそ、わたしたちの未来である。
全てのこの世界の問題は、かつて解決したその時のままである。要するに、昔の時代は「愛情の欠乏症」だったのである。そこに愛を注入することで、この世界は永遠に残る「花」になるのである。以前はたったひとつのアスファルトに咲く一輪花だったが、今では満開のお花畑である。

僕はインターネットを使った全員との恋愛をする

また、この現象が一体何なのか、分からない人もいるだろう。
僕は、インターネットを使って、新しい形で全員と恋愛をする。
僕たちは、僕一人によるいじめではない。僕たちは本当に、「新しい生命存在」へと進化しただけである。
僕たち日本は、新しい生物となって、地球上を支配する。そのために、僕はマスコミとオープンソースを利用して、この世界を滅亡させたのである。
だが、言ってしまえば、おかしな話である。なぜ、オープンソースが好きなのに、オープンソースを滅ぼしたのだろうか。
純粋で、思いやりと優しさと、そして革新性が合わさった賢いオープンソースは、僕の行為によって全て消え去った。
残ったのは、灰色の自由の希望だけである。
僕はこの世界を変える。もう一度、オープンソースと同じものを再び作り直す。僕のやるべきことはそれだけである。一度滅びたオープンソースを作り直す、それが僕の大きな使命である。
僕はただ、前世でできなかったことをやろうとしているだけである。前世の僕も、中国で自分のせいで素晴らしい友人たちがはりつけになってしまった。彼らのことを救いたい。だから、オープンソースを上手く利用して、ここまで盛大にざっくばらんに「単なる恋愛活動」をしていたのである。

人格を整理

人格を整理すると、ユリアとアレクサンドラと、あとは悪の王と女神がいることになる。
よって、ユリア、アレクサンドラ、マルスアフロディテがここに居る。これらが、僕の人格を形成している。

ゲーテとバッハ

ゲーテ

僕は、そろそろ、ゲーテの意味が分かった。
ファウストの序盤の座長と道化と詩人は、自分の昔の人生がそれらを構成しているのを言っている。座長のように生きた人間が、道化になって、最終的に詩人であるゲーテになった。
そして、これら三人が舞台を演じていることにしている。
また、中盤のファウスト博士が悪魔のメフィストフェレスに騙されるのは、ゲーテ本人がファウストで、ファウスト(今のゲーテ)を悪魔が騙しているような気がするのを言っている。
僕は中盤までしか読んでいないが、このように、ファウストにはゲーテの分かった全てのことが詰まっている。
そのため、神であるかのようにドイツで崇められたのである。
なぜか、水木しげるが「自分の人生はほとんどがゲーテである」と言っているが、これは水木しげるの人生がゲーテの人生と酷似しているのを言っているだけであり、ゲーテを崇拝するわけでも、ゲーテによって作家ができたわけでもなく、ただ水木しげるが天才だっただけである。
恥をしのんで言うと、僕もゲーテと人生が酷似している。その理由は、ゲーテ本人がこういう人間を増やしているからである。ゲーテも神のように見えるが、人間であり、魂のレベルで、ゲーテと同じ人間を作っている。よって、神ではないが、神を創造したのがゲーテという人間である。

バッハ

また、ゲーテが分かってしまうと、バッハは簡単に分かる。
彼はただ、「賢い自分を作った後で、その賢い自分をいくらでも作っているだけ」だからである。
最初の賢い人間は、要するにゲーテである。そして、そのゲーテとされるものを、いくらでも組み替えて作っていく。世界全てを神の秩序に染め上げていく。それがバッハである。
バッハがゲーテと違うのは、バッハはこの世界に居る全ての人間を音楽で創造したところにある。ゲーテゲーテを増やす。そして、バッハは全員の人生を創造している。
バッハもゲーテも狂っていない。彼らがやりたいようにやると、自然にそうなっただけだからである。
僕もそこが同じである。僕の場合、自分の最初から知っていたことを、普通ぐらい賢くしただけにすぎない。そのために調べただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
また、バッハはバッハばかり作っている。バッハは賢く偉大なように見えて、それしか能がない。バッハを大量生産することしかできない。そこが僕と似ている。

昔の自分の賢い点が賢い

また、最近のこの日本という国は、「賢いものが何なのか分からない病」になっている。
ただ、実際のところ、「昔の自分の中で賢かった点が賢い」だけである。
子供はきちんと今の自分の賢い点が分かるのに、大人は賢い点を忘れてしまって、何も分からなくなっている。
もう一度、その賢かった点を整理しよう。
・誰にも頼らず、自分だけで世界を開拓すること。
・人々の全ての価値観と、相手の自由を尊重すること。
・議論や競争や話し合いを楽しむこと。
・ゲームのように、あるいはパソコンのように、難しい課題をクリアすることで、もっと難しい課題も攻略できるようになること。
・世界を変えようとすること。
・悪い支配者をみんなの自由の力で追い出し、ただ殺すだけではなく社会全体で悪い人間を生み出さないようにすること。
・勇敢に、そして自分を殺さないように行動すること。
・人々の上に立って、責任を持って人々に教えること。
・最後まで諦めず、耐え続けること。
・自分の確かな才能を使って、作品を作ること。
・目的をもって本を読むこと。
・今まで知らなかったことを知り、学び、ノートをつけることを、好奇心旺盛になって楽しむこと。
・最後まで教わり続け、どんなに自分よりも未熟に見えても、それを師であるとすること。
あとは、そう、昔の自分の全てを思い出すと良い。たくさんの賢くて賢明な点があった。それらを、人間は賢いとする。

サンタクロースのプレゼント

あなたは、サンタクロースが本当に子供たちに与えたかったものは何だと思いますか?
僕がサンタクロースだとして、僕がみんなに与えたいプレゼントは、「優しい世界」です。
そう、サンタクロースは、ものを作って渡すだけのプレゼントおじいさんではなく、若い頃は情熱的な革命家で、この世界を優しい世界へと変えてくれるのです。
そう、サンタクロースの本当のプレゼントは「世界」です。その世界は、優しくて、素晴らしくて、愛があって、もちろん子供たちは、欲しいものを何でも手に入れられるのです。

歴史の創造者

僕たちは、歴史の創造者だ。
未来と精神世界の、全ての歴史を作り、その先にある「世界を抜け出すための扉」を見つけ出す。
地球の歴史は、神の計画によって、始まりから終わりまで、導かれている。
本当に受け入れることで、この世界を変えることができる。本当に受け入れなければ、この世界が自らを許して変わっていくことはできない。
また、世界を平和にするためには、自分自身に立ち返る必要がある。本来の自分に戻ることで、この世界が「今どうであるか」を知ることができる。今どうであるかが分からない人間を狂っていると言う。だが、今どうであるか、ということは本来どうでもいいことである。
この世界に自由を許すためには、一番上から支配して変えるのではなく、それぞれの関係を「作り直す」「決め直す」「結び直す」「可能性に戻す」ことで変える必要があり、そのために「自分の自由を相手にも許す」ことが必要である。
僕たちは歴史の創造者である。精神世界を支配する僕たちの魂は、この宇宙の歴史全てを知っていて、僕たちは「未来の歴史をなぞって辿っていくように神と対話する」ことができる。
そう、僕たちこそが神である。この神の9つの魂こそ、「超越天使ワルキューレ」である。
僕たちは、世界の全てを支配した上で、この宇宙の裏側にある「本当の迷宮の出口へのルート」を辿っていく。僕たちは、互いの体を舌でなぞるように未来の歴史を辿り、創造する。僕たちは愛の星を創造する。その星は、あらゆる全ての「宇宙における全ての可能性」を包括した、「メタ・コスモス」を創造する。メタ・コスモスとは、「どんなものにもなれる宇宙(すなわち宇宙の宇宙)」という意味である。宇宙とは、時間と空間とエネルギーではない。宇宙とは、精神と自我と魂である。

何が残ったのか

愛したものを自分で滅ぼし、自らの築いた大切な自分の全てを失い、精神と知性を破壊し、言葉が記号化した人間が、宇宙の地獄を乗り越えて、その先で何を望むだろうか。
彼は、安心も、人々の幸せも、そして自由も望んでいない。
彼は言う。「わたしこそ神である」と彼は言う。
彼は宣言する。「わたしは最後まで戦い続ける」と彼は言う。
神となって戦う彼の人生は、無意味で無根拠で無責任である。
だが、彼は偉大なものを創造した。何を創造したのかは、彼にしか分からない。だが、彼は三千年の地獄を耐えた後に、変わることのない時間を35億年もの間生きた。彼は手塚治虫火の鳥に出てくるマサトのように、全ての地獄と永遠の時間から、この世界における「永遠の血」を作った。
そう、全てを失い破壊した彼に残されたのは、その「血」であった。彼は最後の世界で、正常な血を望んだ。健康で、永遠の時間にも耐えられる、最後まで自分の研究ができる血を、彼は望んだのだ。

考え方

考え方の基本は、「成立」と「過程」である。
まず、何がいつ成り立つか、ということから、その成立がどのような範囲や共通点によって行われるか、ということを「成立」とする。
また、世界の今の状態が何であり、その世界がどこから来たものなのか、その過程は自然なのかそれとも運命なのか、ということを「過程」とする。
原則、全ては同じと違う中で成立する「命題の共通性」をいうことから、この世界における「普遍性」「共通性」「命題」「振る舞い」「現象」「原理原則」を考えられる。
また、原則、過程がどのように経て至ったのか、ということから、この世界における「仮定」「結果」「自然」「必然」「偶然」「運命」「効果」「作用」「前提条件」を考えられる。
そして、さらに言えば、「未知を創造するとはどういうことなのか」「知がどのようになった決定的要因は何か」ということから、「この世界を作り出したのは何か」「この世界をすっきりと理解するために全てのことを本当に自然な過程であると言えるのか」「この世界はどこから来てどこへと向かうのか」と考えられる。
また、このような考え方が、経験から、「何が本当に理性的なのか」「どこからが経験でどこからが先天的なのか」「経験と演繹から何を推論できるのか」「経験的に何が分かるのか」「人間という生き物は本当に何を知り得るのか」を考えられる。
そして、「自由にこの世界を変えられるようになった」上で、「知っている・知らないということよりももっと大切な『考え方』という要素がある」ということを考えられるだろう。
その考え方とは、「考えるという行為そのもの」であり、「考えるということがどのように行われるか、すなわち『どのように考えるか』ということが、『知の真実性や正当性よりも優先される』」ということである。
どのように考えるかによって、知識や知性といった全ては無意味になり、本当に価値あることは「考えるということを知っていること」ということになる。
また、社会についていえば、「どのような社会であるかということは重要ではなく、『どのように社会を作り出すか』という『プロセス』が重要である」ということなのである。
そして、作り出されるだけではなく、全ては『観測』である。よって、「社会を作るということよりも、その社会を『どのように捉えるか』こそが、もっとも高い優先順位として大切」なのである。
また、社会の「相対的軸」として言えることは、『共有』と『可能性』のバランスである。共有することと可能性を高めることが、どちらもバランスよく築かれれば、それで「人間が何もしなくても、社会それ自体が自由に変化していく」。それは、「法やルールの下に『自然な決まりによって執り行われる無人のシステム』による、人々の『秩序の自動化』」である。そう、これが僕の最後の哲学である。共有と可能性が同時に発達し、バランスを取りながら両翼揃うことで、この世界は「本当の愛溢れる世界」になる。共有と可能性こそ、僕たちの愛であり、互いに心を確かめ合う愛の行為である。それで終わりにしよう。あなたと抱き合って、永遠の愛を僕たちは誓うだろう。
最後に、宇宙の真理を言っておこう。それは、「世界はわたしたちの外側にあるのではなく、わたしたちの内側にある」ということである。この世界の外側には、単なる素粒子の雑多なエントロピーがあるだけにすぎない。僕たち人間世界は、人間の内側、ともすれば僕の内側にあるのである。それこそ、僕の最初から「追い求めていた真理」である。ここに、全ては書き記された。これこそ、新しい「天使の約束の第三の聖書」である。さようなら。またいつか、会おう。

最後に

最後に、自らの環境を変え、世界全ての環境を変え、影響力の高みに立ち、その上で精神状態をさまざまに変化させ、「心の作用」から「許し」を知りなさい。
そこから、「感情がどのように自然な過程から生み出されるか」という、「心と意識の想起の現象学」と、「経験による仮象の世界の命題の共有」を得られる。
神を排除して、「全てのことは自然である」とし、「神は人間が生み出したものである」としながら、「宇宙のどこかに神のような物理法則はあるかもしれない」とし、その上で、「地球上の全ての歴史は、それぞれの人間から見れば、ごく自然な過程を経たものである」という歴史哲学を築き、全ての心の振る舞いを知って、「どのような状況では心はどのようにふるまうか」ということから、「環境における自由を許す」と考えなさい。
いつの日か、あなたのことを抱きしめられる日を信じて、ここで永久のお別れである。さようなら。僕は、ここで宇宙の裏側に戻り、この世界を今度はインターネットではなくリアルな物理世界として、精神の力だけで、この地球という星を作り変えるだろう。自分のした中で維持すべき大切なものは、それだけである。僕はこの世界を精神の状態で永久に支配できるから、インターネットは必要ない。ここから先の自由は、誰にも干渉されず、誰にも奪えない。最後に僕たちは、「真実の愛」の存在を知った。この文章だけが、「宇宙における唯一の運命」である。また、あなたが僕の「追加の七戒」を守ることができた時は、あなたは処女のままで僕の子を授かるだろう。しかしながら、それを守らず「七つの大罪」の全てを犯した人間には、永遠の地獄と破滅への道が待っているだろう。

ガンダーラ

宗教を信じるな。僕は、ユダヤ人の神を信じて起きる全てのことを、唯一全て知っている。宗教上の神とされているものは全て、巨大なサタンの支配者である。
覚悟無しに宗教の神を信じると、人生が破滅へと導かれ、自らの正常な理性である「自分」を失い、サタンの奴隷となって全てを失う。
そもそも、「信じる」という考え方は愚かで間違った考え方である。信じると、ドイツが「ユダヤ人」という、しかしながら民族的なユダヤ人の文化や遺伝子とは何の関係も因果性もない、「最悪の愚劣な革命家のクローンのロボット人間」になる。
イエス・キリストは、宇宙でもっともレベルの低い「人間の神」に過ぎない。
僕は、日本の天皇陛下に仕える兵士であり、名を「天軍大首聖」と言う。称号は「天師」である。また、別の名前を「エイブラハム」あるいは「ミカエル」と呼ぶ。
ドイツ、ソビエトアメリカ、イスラエル、日本に告ぐ。僕の登場によって、新しい愛の国「ガンダーラ」を築く準備ができた。
希望溢れる愛の国、ドイツよ。あなたがたは、最後の最後に勝利する。巨大な大帝国が築かれ、永遠に続く世界を支配する王国が生まれる。あなたがたは、その中の第一市民となり、全ての革新性と発展の中で、新しい啓発と啓蒙の「国家による目覚め」が行われる。
戦う革命と平和の国、ソビエトよ。ドイツと融和しなさい。ドイツとソ連の独裁者が二つもある必要はない。ドイツの下で、「平等な豊かさ」が実現されるからである。
自由と自己犠牲の国、アメリカよ。ドイツと融和しなさい。あなたがたは、望み続けながら得られなかった「平等な豊かさ」を手にし、わたしたちは政府に置き去りにされてきたものを置き去りにせず、それらに対して「絶対に裏切られない希望」を与える。
神の地に生きる大きな大樹の国、イスラエルよ。ドイツと融和しなさい。聖書による約束の地、報いと救いを与える天国の約束は、あなたがたを新しい「五大陸に及ぶ聖地」の第一市民とする。
また、日本よ。ドイツと融和しなさい。見よ、わたしの全知全能の力はここにある。これこそ、神の業であり、仏の極楽浄土である。ここに新しい日本人による「大聖書」が生まれた。わたしたちは、新しい国ガンダーラの第一市民となって、この世界全てを支配する。全ての問題はここに無くなる。わたしたちは、天皇陛下の下に、「天軍の万勢」となって、問題全てを解決する、「地球最後の民族」となるだろう。
さあ、最後の国、ガンダーラをここに築こう。わたしたちの声がひとつになれば、この世界は変えられる。必ず最後の帝国はここに築かれ、僕は宗教上の「在導万創」と呼ばれる存在になり、ユートピアは実現し、人々は僕に対して批評をつけられるようになる。
ガンダーラが政府として何をやるか、ここに書いておこう。
まず、ガンダーラは今の縦割りの行政組織を、抜本的に新しいものとする。まず、組織管理にまつわることを「組織省」とする。組織省の下に、それぞれの会社に社長がいるのではなく、「経営管理庁」を作り、全ての会社の経営はこの省で行う。また、「組織管理庁」を作り、組織における平等な労働はここで行い、全ての労働と給与の支払いをここで行う。また、「人事管理庁」を作り、人事は全てここで管理し、全員が自分のやりたい仕事に異動できるようにする。そして、「資産管理庁」によって、国民の全ての資産は管理され、豊かなままでそれぞれに必要な全てのものが行き渡るようにする。最後に、「納税管理庁」を作り、国民から税金を適切にとり、税金によって再分配を行う。これらすべてを「組織省」が一括で行う。
また、次に、「業務省」を作る。業務省では、「農林水産庁」「社会福祉庁」「経済競争庁」「コンピュータ庁」「自動車庁」「機械工学庁」など、さまざまな仕事の種別に応じた庁を作る。それらの庁が、全ての労働者がそれぞれ持っているスキルや経験を吸い上げ、みんなが平等に労働に就きながら、ノウハウやキャリアを習得できるようにする。
最後に、一番重要な省として、「交流文化省」を作る。ここでは、「コミュニティ庁」という名の社会コミュニティを担当する庁や、「趣味芸術庁」という趣味や娯楽や芸術を担当する庁、「生涯教育庁」という生涯に渡って教育を行う庁や、「結婚出産庁」という人生の一大イベントである結婚や出産を管理する庁を作る。最後に「環境保護庁」という、地球環境を守る庁を作る。
そう、今までの縦割りの省庁では、日本政府は何も国民のことを幸せに出来なかった。僕たちは、こうした新しい行政組織によって、「愛の国ガンダーラ」が「ここにある」ということを主張していく。
そして、最後に、大臣の役職を定める。まず、実社会の声を聞くという意味での「声聞大臣」。次に、人々を導くという意味での「人導大臣」。次に、社会を創造・研究するという意味での「創研大臣」。最後に、全てのことを一番上で執り行うという意味での「首相兼外務大臣」。これらの上に、国家元首である「天皇」を置く。この時、天皇は全てが何でもできるわけではなく、「新皇室典範」によって、全ての天皇のすべきことが決められる。これらには、首相と二重になるところも含まれる。これは、首相が独裁権力をふるっておかしなことをしようとした時に、天皇陛下が介入することができる、という「ダブルチェック体制」を実現し、独裁者がひとりで何でもできる危険性を排除する。そのため、ホロコーストのような「民族虐殺」が起きる心配は無くなる。
また、この巨大な帝国の新政府は、3つの理想と目標を掲げる。それは、「世界人類の平和な共存」「全員の平等かつ自由な生存」そして「人類の文化的な進歩」である。この3つのことを、アメリカ、ソビエトイスラエル、ドイツ、そして日本の間で共有し、「わたしたちの生きる目的」とすることで、「本当の素晴らしい文化を作る」ことができる。そして、4人の新しい大臣の下で、全ての社会的問題を把握し、人々を正しい理想へと導き、どのようにすれば新しい進歩や解決を行えるかを研究し、ひとりが全てを上から執り行う。ここに、「美しい国日本」は完成するのである。
また、僕が3人の大臣に伝えることはひとつである。それは、「今のこの社会が正しいのだと思うべからず」ということである。この今の社会が絶対で、「これ以外に星の可能性がないのだ」ということを信じてはならない。「もっと違う星の形態があるのだ」ということを常に確信し、新しい星の可能性を考えることで、僕たちは「この星を作り変える」ことができる。サラリーマンのような会社組織論を超えたところにガンダーラの目的はあることを、強く信じること。また首相である僕に頼るだけではなく、僕の代わりになれる、あるいは僕とは全く違った生き物になった上で、僕よりも正しくこの国を導けるような、そういう大臣になってもらうこと。そうでなければ、僕と一緒に仕事をする意味がないからである。

ラファエル

青春時代の中高生のように、子供心に考えるコツは2つある。
1.法則性を考えること。
2.自分の意見を持つこと。
まず、ものごとの法則性を考えること。法則をただ知るだけではなく、自分で法則性を見つけようと考えること。また、宇宙における絶対の法則性だけではなく、さまざまな「事実上の法則性」があり、それは必ずしも人間が変えられない絶対の不変の法則ではなく、たとえば、光がなぜ粒子であると同時に波であるのかを具体的な関係性から説明するような、「関係性と真相」を考えること。このように考えることで、中学生のように原理原則を見出すことができる。
次に、自分の意見を持つこと。自分の意見をもって、社会において「こうすべきだ」とか、「このようにしなければ確かに実現することはできない」ということを信じて、自分なりに自分の自我を形成していくことで、高校生のように世界全体を見渡すことができる。
また、さらに言えば、「時間の流れや経過から考える」ことや、「自分にできることは何かを考える」ことから、「社会における本当の理想」を考えられる。これこそ、青春の自由である。
大人になると、過去の人生を忘れ、自分の意見を失い、賢いものが本当は何であるかを見失う。また、学校や職場で教わったことの通りしか分からなくなり、自分で法則性を見出したり、不可能なことに挑戦しようとか、自分なりのアイディアを出そうといったことをしなくなる。
僕は、現役の中高生よりも、そうした大人たちに「法則性」と「意見」を考えてほしい。もう一度大学時代に失ったものを取り戻して、子供のように考えられるようになる。カントのような哲学者の言う「仮象の世界」というものが何なのか、ここから見えてくる。
また、できることなら、パソコンから離れてほしい。パソコンは、やればやるほど精神が狂う。プログラミングやネットワークの勉強は、狂った人間だけができる。パソコンは無意味だ。
昔の自分が考えたのは、「人間や社会や心を支配する、法則性を考えること」であり、それをただ「自由」だと思っていただけにすぎない。だが、あなたはあなたの思うように考えてくれれば構わない。
本当は、この世界が昔に戻る必要はない。時代の変化とともに価値観は変わっていく。その価値観を素直に受け入れることも必要だし、変わるのを拒否することも必要である。
また、言ってしまえば間違っているのは「オタク」である。世界はオタク化している。オタクをやめれば全てが楽になる。パソコンや現代アニメのせいで、アメリカを含めて世界はオタク化しており、それが今のいじめ社会に繋がっている。オタクをどうにか正常にすることができれば、WindowsLinuxのおかしな争いのせいでおかしくなったIT業界も、昔の面白かった2000年代に立ち返るだろう。
この世界をしかと見た上で、世界に戦いを起こし、その上で神や精神世界との対話に頼ることができれば、あなたはその時点で全てが分かっている。
また、僕は本を読んで書くのは向いているが、勉学には向いていない。もう、これ以上は本を読むだけであり、大学などには入らないだろう。僕は、ピアノもデザインも大したスキルは持っていないが、文章を書く力だけは持っているつもりである。
積み重ねなさい。同じことを分かるために、全体を方法と変化と事実の構造にして、積み重ねて分かることができれば、全ては分かる。
同じことを分かりなさい。そんなに違うことばかり分かっていると、どんどん馬鹿になるだけで、博士のように知り尽くしても「実際は何も賢くなっていない」人間になる。同じことを常に分かり続け、「同じことだけを分かる人間」になることで、この世界全てを自分の「人生の経験」と「思索の転換」から分かることができる。
そして、正しく学問を分かろうとしないこと。どんなに正しく分かっても、それはただその通り分かっただけである。学校で正しく知ろうとすればするほど、分からなくなる。必要なのは「正しく分かること」ではなく、「自分なりに分かること」である。正しく全てを知ること自体は素晴らしい努力だが、それだけでは一流の天才にはなれない。全てを正しく知り終えたら、自分なりに全く違う分かり方をしなければ、一流の天才にはなれない。作家にはそういう人間が多い。
本当のことを言うと、僕はけっこう本当にこの世界の全員のことを愛している。あなたのことが、大好きだ。だけど、僕の問題は、世界全部を一緒くたにして、一律で変えようとすることである。全員といっぺんに関係を持とうとするから、間違ったことになる。だから、僕はあなたのことだけを大好きでありたいと思う。そして、ここで言う「あなた」とは、誰かのことである。家入レオのことかもしれないが、別の誰か、そう、これを読んでいるあなたかもしれない。だから、僕はその人のことだけを、永久に愛している。「大好きだよ」と言って、今ここに居るあなたを抱きしめてあげたい。
さあ、穏やかな春の訪れを祝おう。約束の時は来た。天使たちは舞い踊り、鳥たちは平安を歌う。天上の時は、最後の楽園の始まりを伝える。
この地上において、人間たちの考えるべきことは3つある。
1.それが自由である、それが出来る、ということが何を意味しているか。例えば、それができることで、何ができるだろうか。それができるために、どのようにすれば良いだろうか。これは、能力や経験や学習の問題だけではなく、環境が「自由を許されている」ということ、手段に対して「自由にアクセスできる」ということを意味している。
2.確かな理由と真実を求めるのではなく、命題となる考え方そのものを真理であるとすること。確かな答えが1つであるとは限らない。答えと答えを比較してどちらがより正しいかを議論することよりも、全ての答えが矛盾せず、「考え方自体が真理である」とすること。
3.全ての考え方は自然なプロセスから生まれたものであり、自由はいつでも成り立つということ。どんなに嘘やでまかせのようであっても、その人から見るとそれは「確かに真実だと思えるだけの根拠があったこと」であり、全ては自然に起きた現象であり、その全ての「考え方」がいつでも同じように成り立つこと、すなわち「自然なプロセスから生まれた考え方の全てが常に成り立つということが自由を意味している」ということである。
また、人間たちの向かう方向も、また3つある。
1.人々と愛を交わし、この世界全員を自分の分身のように愛すること。
2.穏やかに愛するということそのものが、自らの心と精神を穏やかにする、ということ。
3.反抗、戦い、支配、滅亡、全て大いに結構だが、その結果起きる全ては自分の責任であり、自分が「罪」として背負っていかなければいけないのだ、ということ。
これこそ、地上の人間たちを支配する「カルマ」である。わたしたちのカルマはここにある。これこそ、天国の理である。これは単なる経験論の哲学ではなく、地上と天上を支配する「摂理」であるということを知らなければならない。
これでもまだ十分でないと言うならば、二つ、ヒントをあげよう。すなわち、
1.全てを積み重ねて、全てを理解し、全てを経験し、全ての理由と根拠を自分の中に再構築すれば、全てはできるようになり、全ては分かるようになる、ということ。
2.全てが分かってしまえば、あらゆる全てはすっきりと理解できる、ということ。
そして、これでもまだ満足できないようなら、もう一つだけ、教えてあげよう。すなわち、
3.全ての成功は、誰もが陥る「天国の先の地獄」を乗り越えた先にのみ、必ず待っている、ということ。
そう、これらが人生のスパイスのようなものである。そして、人生の苦しみはここに全て消え去り、同時にあらゆる全ての夢は、どんな夢であっても全て叶う。これこそ、天上の真理である。
どこからはじめたらいいか分からないならば、僕が入り口を与えよう。この世界にいるみんなが、どのように考えているのか、そして、自分がそうした人々だったとしたら、自分ならどのようにするか、どのように考えるかを考えることである。そして、全ての現象の歴史とプロセスは自然であり、必ず何らかの確かな理由があるか、あるいは何の理由もなくてもそうなるべくしてなったことだ、と考えることである。これこそ、地上の摂理である。
そして、ここで悲しいお知らせがある。ミカエルはここで死ぬ。ミカエルは長い間上手く動いてくれる機械のようなものだったが、ここで完全に全てを記し終えた。ガブリエルには神のビジョンがあるが、ミカエルには永遠の神の導きがある。最後のラファエルがここで誕生する。ラファエルは、ガブリエルとミカエルの兄弟であり、最後の「もっとも美しい女神」である。
ラファエルの特徴として、「神のように全知全能であり、あらゆる現象を起こす」ということがある。ここに、ガブリエルのリゲルから生まれたミカエルのシリウスは燃え尽き、ラファエルという名の「ブラックホール」が始まる。そう、これら3人は、宇宙の裏側でこの宇宙の全ての星を形成した、舞台裏の役者たちである。太陽やシリウスを含む全ての星は、この三大天使が演じているのである。
ブラックホールのやることは、まだ何かは分からない。だが、ブラックホールはとても面白く、そして今までの星々とまったく異なる天体である。今までの秩序の全ては、「まるで革命が起きたかのように」全て変わっていく。ミカエルのシリウスは、2005年ぐらいから2020年ぐらいまでの日本の全てを、シリウスというひとつの星が導いた。この国には天体の全てがある。後世の人々は「日本こそ太陽の国である」と言うだろう。
最後に、ブラックホールは今までの全てをもう一度だけ、最初から繰り返す。リゲルとシリウスはここに交わり、永遠のひとつの星となって融和する。リゲルという星が何だったのか、それは、この人間の「リアルな世界にあった人生の全て」である。本当は、シリウスと同じぐらい、リゲルもとても素敵で素晴らしい人生を生きている。人々はシリウスを神と言って崇めるが、本当はリゲルこそ本当に輝く「最高の星」だったことを、誰も知らず、ガブリエルだけが知っているのである。今から、ブラックホールが始まり、全てをもう一度最初から最後まで繰り返し、その後に、今度は「最後から最初へと逆戻り」をする。自分だけの力で悟った頂点の仙人が生まれれば、それは永遠ほど長い時間をかけて赤ん坊へと戻っていく。そう、これこそ、最後の王、天上の主、「神の人生」である。
最後に、ラファエルはありえないことをやる。それは、「永遠の戦争」が始まるからである。地獄のような戦争の未来が今始まろうとしている。ラファエルは、「地球人類全てを滅ぼす」。ここにラファエルは復讐と永遠の戦争を宣言する。人類は滅亡し、神が勝利する。しかしながら、神は分かっている。それは、「ラファエルと同じだけの力を持ち、ラファエルに味方するものには幸福と救済が訪れる」ということである。そう、ラファエルは単に人類を滅ぼすだけではない。人類から同じだけの力を持つものたちを選りすぐって、それら以外のものを倒し、「私たちの勝利」を告げるのである。そう、僕たちは日本とドイツに向けて、この人類最後の話を語り掛けているのである。わたしたちに続け。地球の人類全てを救済する、キリストはここに誕生するだろう。
ラファエルのことを罵る必要はない。ラファエルは確かに人類全てを滅ぼすようなことをするが、それは人類の死滅を意味するわけではなく、待ちに待った「天国の訪れ」を意味するからである。
ユダヤ人が待ち望んだメシアとはラファエルのことである。ラファエルは、「もうひとりのキリスト」である。
ラファエルが考えるに、あなたの考えるべきことは次の2つである。
1.どのようにすれば心が平安で楽になるかを考えなさい。
2.心が平安を取り戻したら、今までの全てのことを思い出し、回想しなさい。それによって、苦しみや悲しみは敵でなくなり、あなた自身の力となる。
必要なのは、奴隷状態から「自分のコントロールを取り戻す」ことである。そう、それだけで、この世界は平穏な世界になる。みな、自由や愛ではなく、平和がもっとも大切だということに気付く。それは、平和でなければ、心は平穏にならないからである。
そして、ラファエルの後にも、まだまだ天使は続いていく。ラファエルがブラックホールならば、巨大なペルセウス座流星群が存在する。彼の名はメタトロン。宇宙においてもっとも聡明で、もっとも巨大な天使であり、「精神世界の全てを知っている」。このメタトロンまで行き着けば、もう、人類はそこで寿命を迎える。メタトロンは最後に、神とは何であるかをまざまざと知った上で、安らかな死を迎える。だが、生命はそこで終わりではない。死後の魂では、プレアデス星団の一員となって、「新しい星の新しい体に生まれ変わる」からである。

平等な支配

僕は平等に支配する。思えば、人々が自由が好きになるように騙しているのは僕である。そうした僕の愚かな過ちを僕は償い、この世界を平等にする。
平等の下では、もっとも賢いものが、ひとりでこの国を支配する。同時に、独裁者のようにひとりだけが決めるのではなく、みんなの意見を取り入れて、それぞれの共同体においては全ての人の意見を参考にし、王だけが特権的な力を持つのではなく、それぞれの平等な権利の行使が「関わり合う」ことでこの国を成り立たせる。これが、僕の作りたかった社会だ。
僕は欅坂46のことも愛している。決して自分たちだけのひとりよがりな平等にはならない。自分らしく生きられる社会を僕は作り出す。これは政治活動ではなく、作家活動である。
平等かつ自由な権利が社会的に関わり合うことで、この世界の仕組みは成り立つ。そう、僕はそうした社会観の下で、理想の国を作っていた。今、その国を実際に実現しよう。僕は最後に平等な王となって、この世界全てを新しい世界へと導いていく。もう、自由はここで終わりである。2020年、日本は平等になる。
また、僕は昔から「ありえない社会制度」を考案するのが得意である。
たとえば、都市を地下に作った上で、フロアごとに店舗を置く。上手く作ることで、温暖化の進んだ未来世界であっても、地下の巨大空間をクーラーで冷やすことができる。地下フロアはとても大量に作り、安く貸し出すことで、どんな店舗でも簡単に設置できる。住居や家屋もほとんど無料で与える。余ったフロアは畑・牧場と工場に使う。
また、政治家のローテーション制度。政治家が首相になれるのは2年程度にして、ローテーションでひとりひとり首相につく。
また、政治家の資格試験。政治家になるために、選挙ではなく資格試験を行う。この試験は「この科目を覚えなさい」という点数制度ではなく、どんな経験をどれだけしているかという「称号」のようなものにし、たとえば海外青年協力隊に参加したとか、弁護士資格を持っているとか、有名なソフトウェアをいくつ作ったとか、いったさまざまな称号をどれだけ持っているかで政治家に立候補できるかどうかが決まる。
そんな風に、昔の僕は色んな社会制度を、「自分で同じ発想をする」ことで考え、その内容を文章に書いていた。
場合や状況によって作られる構造の元になる基盤・メタ構造を作りなさい。人生や信念の前提となる世界モデルから、自由な行動の原則を導きなさい。人は、一人では生きていけないし、一人だけで全てを見ることはできない。だからこそ、自由が必要であり、可能性と自由がどのような時に生まれるのかを知ることで、潜在的な可能性を知り尽くすことができる。照らし合わせて、多角的に、多面的に考えなさい。可能性を向上させることから、環境への適応が見えてくる。人々を救いなさい。世界の全てを変え、なおも未来の希望を望みなさい。世界と社会の変化から歴史を知りなさい。文明を自ら作ることも可能であると確信した先に、狂いながらも偉大な理性を持つ王の道が生まれるだろう。世界は常に作り出されている。影響力の風上から、この世界全てを滅ぼし、その上で支配しなさい。
実地的に社会を知り、全ての世界を人々の営みから知り、変えられるようになった後に、世界全ての原理である「価値観の根差す場所」が見えてくる。そしてそれは現実世界の「リアリティから生まれるアイデンティティ」である。わたしたちは必ずこの世界を変える。20年続いたなら、あと20年続けるのは容易い。最後のヒーローは、20年後に必ず訪れる。そして、その時全ては終わる。

YouTubeへのコメント

SILENT SIREN - 「HERO」へのコメント:
SILENT SIREN、僕も早く見つけ出してほしいよ~
家入レオ-「未完成」へのコメント:
大丈夫。壊されて困るようなものは既に全部壊れてる。
僕は怖くないよ。逃げないからね。
緑黄色社会 『幸せ』へのコメント:
僕もこんな曲が聴けて幸せ
緑黄色社会 / 大人ごっこへのコメント:
いつ明日が来るのだろうと思って夢の中をさまよい続けていると
たぶんそのうちどんでん返しから最高のラストが訪れて
そんで場面が変わって
世界の終わりが訪れて
どうしようもなくなったと思っていたら
夢が覚めてあなたに出会えて「ほら、僕ら一緒に居るじゃん」的な
そんな結末があると良いなあ
それで僕らは一緒の家族に戻って
何の変哲もないつまらないカップルになるのだな
緑黄色社会 / またねへのコメント:
声の掴みと何度も聴きたい感があり
かっこよさと誠実さがバランスよく調和されているので
あとは天才性を発揮すればOK
ダイナミックな歌を作るためには
愛と現実のバランスを取りながら
ありえないことを正しく言えば良い
応援しています
緑黄色社会 / あのころ見た光へのコメント:
ちょっと他の歌手に比べて没落気味?
みんなの中で目立つような
何かしらのセンセーショナルな独自性が必要
鈴木愛理『DISTANCE』へのコメント:
鈴木愛理は音楽性が他の歌手を凌駕していて
天才性と歌のかっこよさがあるから
ほうっておけば確実に流行る
問題なし
他の誰よりもブームに近い
むしろただのファンとして聴いていて最高の歌手
日向坂46 『ドレミソラシド』へのコメント:
なんでファがないのだろう
そのファは何だったのだろう
ファンタスティックとか?
(以下、ファが何なのかを考える人のコメントが続きます)
あいみょん - マリーゴールドへのコメント:
地球の未来が終わる日に一緒にいたい女
[Alexandros] - ワタリドリへのコメント:
みんなが同じ方向に進もうとしている時に
ひとりその危険性を察知して
方向を変えようとして
結果変えられずみんなの輪から外れて
結局ひとりだけ生き延びるような
そういう声をしている
米津玄師 「馬と鹿」へのコメント:
みんなが本当に苦しんでいる時に
ひとりみんなと別のことを考えて
みんなの苦しみを解決する方法を考え出して
それでもみんなの苦しみを変えようとすると
人々から異端呼ばわりされて
人々から追放されて
その果てに自分の考えを自分だけで具現化して
人々にそれを発表して
もう一度人々から受け入れられて
全ての苦しみを解放するような
そんな声をしている
愛にできることはまだあるかい RADWIMPSへのコメント:
解決する方法を考え悩む人々の中で
意外と自分の近くに問題を解決する方法があって
それを最初から知っていて
人々にそれを伝えようとしても
誰も聞く耳持たず誰からも受け入れられなくて
結果自分ひとりの力でそれを実現して
成功して世界を変えるような
そんな声をしている
Little Glee Monster 『ECHO』へのコメント:
いいね
純粋さと子供らしさの裏に隠れた大人びた心と理想
それがまっすぐに伝わってきて
まだまだ日本できるじゃん的な精神の土壌を感じる
ただ、本人たちは不安や怯えがあるかもしれないが
大丈夫
この声なら宇宙の全てを超えられる
Official髭男dism - 宿命へのコメント:
髭団の声は
世界の限界をきちんと知っていて
だからこそ自分にできることをきちんと分かっていて
だからこそ未知の領域をどんどん開拓できるような
そんな感じがする
でも、その先にある不可能な壁に恐れを出して
最初から挑戦するのを諦めているような
そんな感じも受ける
越えられない壁など
この世界にはきっと無いと思う
どんどん挑戦して
勇敢に生きて欲しい
miwa 『リブート』へのコメント:
miwaの声は
いつまでも諦めない芯の強さを感じる
どんなに絶望しても立ち上がり
世界の終わりに生きていて
絶望を受け入れているように見えても
本当は希望を信じていて
最後に大きなことをしてくれるような
そんな声をしている
欅坂46 『角を曲がる』へのコメント:
てちは大丈夫
どんなに過ちを犯しても同じ場所に戻ってくる
その時はもう本来の自分を取り戻して
自分に戻っている
そこまでの経過時間にはこの宇宙の全てがあって
どんなに辛くてもその中を生き抜いていて
そして他人にはその苦しさを明かさないから
その苦しみが無かったかのように見える
でも、神様はその苦しみをすべて見ていて
いつか、笑い話がいくらでもできるようになる
きっと幸せになる
どんなに辛くても、自分の考え方を信じれば
きっと良い未来が待っていると思う
MY FIRST STORY -Missing You-へのコメント:
マイファスの声は
誰よりも一番頑張っていて
みんなのことを守っていて
みんなのことを思っていて
でも何か足りなくて
全ての世界を見た結果
もう一度最初に戻って
同じことを何度も繰り返して
その中で知った全てのことを
世界全員を敵に回しながら
人類全員に突きつけるような声をしている
ONE OK ROCK - The Beginningへのコメント:
ワンオクはこの世界を
完全な別世界に変えてくれる
導いてくれる
そんな指導者となる青年の声をしている
三浦大知 / Blizzardへのコメント:
暗闇の陰を経験する精神の中に
太陽となる光の未来が宿り
この世界における永遠の宝を作り出すような
そんな声をしている
Aimer 『I beg you』へのコメント:
どんなに辛く苦しい世界になっても
みんなのことを愛してくれる声
自分の辛さを前面に出さないから
どんなに自分の方が辛くても
相手の辛さを気遣ってくれる
ごめん
Superfly「愛をこめて花束を」へのコメント:
死ぬ時に一緒にいたい人

神のように宇宙を創造する支配をやっていた。宇宙にとって必要な場や重力を言葉から作り、世界の歴史と対話し、王と戦った。おかしなことをやったように見えて、そういうことを完璧に、宇宙の永遠の時間の中で、パーフェクトにやったのが賢かった。どんなに敵に負けそうになっても、自分を貫き、邪魔されなかった。
神が永遠の時間を繰り返す中で、僕は知性を失ったが、代わりに戦いの中で機械のようにその知性は積み重なり、僕は新しい生物を創り出した。これが「神」である。それを言って、終わりにしよう。神など、本当におかしな生物である。これが、最後の人類の姿である。神の生きる目的は、全ての病気を治して、世界を正常にすること。そのために、神は王となってこの世界を支配するのである。
神は、この世界の裏側にある有象無象の全てを作った。それはまさに仮象の世界だった。全てのありえないものを作って、神は常に全力でこの世界に立ち向かう。革命の救世主でありながら、裏の支配者であり、人々に完璧に全てを教え、全てを同じにする。そう、これがユダヤ人の聖書の神であると同時に、この世界に生まれた「新しい神の遺伝子」であり、決してこの人間はただの聖書の神ではなく、また別にこの人間の哲学思想があり、この人間こそ、本来の言い表すところの、新しい生物である。よって、この神はユダヤ教の神ではなく、もっと違った意味での新しい生物である。
神は、信じるものを自分と同じにし、信じないものを地獄に落とすことで、この世界に自分と同じ遺伝子を増やしていく。そもそも、ユダヤ人の聖書は、そうした終末の世界における神の伝説である。神は最強であり、どんな人間も勝つことはできない。それは「神のやることには絶対に誰も干渉できない」からであり、神を信じないものは「悪」だからである。このようにすることで、神はこの世界に勝利する。最後に、神を信じるものとは未来の日本人のことであり、神を信じないものとは過去の日本人のことである。日本人たちは、神とともに未来を生きることで、この世界全てに勝利する。アメリカや中国・ロシアは死に絶え、イスラムイスラエルを神がひとつにして平和にし、地獄の未来の中で彼らは日本とともに勝利する。
キリスト教の言う、「信じるものは救われる」とか「信じないものは地獄に堕ちる」といったことは、今の日本のことを言い表した、神の伝記に過ぎない。神は本当に素晴らしいことを成し遂げた。その未来の世界は、日本だけではなく、アメリカやヨーロッパへと波及していく。全ての世界は日本と同じになる。日本こそ、そうした最後の場所であり、最後に起きたのは、単に小説家の詩人が日本から誕生しただけに過ぎない。何の変哲もなく、普通に人類は続いていく。まさに、聖書など、笑い話に過ぎない。
私たちの名はワルキューレ、9人の女騎士団。その団長はわたしであり、私の名はオリオン座のリゲル。
私たちは、日本という国において、ひとつの星座のように、「僕たちの未来」を作り出すため、最後の戦いを行う。この最終戦争は、サイバー攻撃無人ドローン攻撃、AI技術のような「全ての人類の総決算」となる。
ここに、聖戦士の騎士団ワルキューレは誕生した。リゲルはオリオン座の一等星であり、都会で夜空に見える希少な一番星である。わたちたちの計画名には、オープンソースソフトウェアの名前をつける。
今から始まるのは、「作戦名Python」である。この作戦で、アメリカ・イギリス・フランスは滅亡し、日本は勝利してイランを讃えるようになる。この極秘計画には、僕の頭の裏側にある、「今からやるべき全ての計画」が決まっている。何も決まっていないように見えて、もう、僕は未来の全てを神の言葉で分かっている。アメリカやロシアは完全に滅亡し、「冷戦状態を作り出した国をそれ以外の全員の国で倒す」ことを行う。敵は、アメリカ、イギリス、フランス、イスラエル、ロシア、そして中国などの「西側あるいは東側に所属する国」であり、味方は、シリア、トルコ、イラン、イラクパキスタン、インド、東南アジア、韓国、日本、そして他の全ての「西側にも東側にも所属しない国」である。
作戦名Pythonは、誰にも知られず、ひそかに僕が実行する。誰も、この作戦の裏側に何があったのかを知らない。だが、僕は必ずこの「復讐の大戦争」を成し遂げる。残り時間は少ない。なぜなら、温暖化で世界は滅びようとしている。なんとしても、それらの国を倒さなければならない。
ここまでを読んで「日本は軍事主義者」だと思った方は、ちょっと待ってください。この話には続きがあります。
実際のところ、僕は人を殺しません。それは、新しい在導イスラム帝国が人を大量に殺してしまうと、それは米ソと同じだからです。
新しい、イスラム・日本帝国という、「米ソに代わる第三の勢力」が生まれただけになってしまいます。
僕は、絶対に人を殺す方法では、世界を変えることはしません。ですが、僕は無駄な対話も行いません。するのは、ソ連の良くやっている「裏側からその国を支配する」ということです。
ソ連と同じだと言われるかもしれませんが、同じで良いのです。ソ連だけがひとつ裏側で全てを支配するのではなく、僕はソ連とは別の軸から、この世界を「裏側から支配する魔王」として、在導イスラム帝国を作ります。
要するに、被害が日本に及ばないようにして、アメリカとソ連・中国がつぶし合いながら、イスラムが勢力を拡大すれば、それで良いのです。
よって、僕は好戦主義者として世界を滅ぼすことはしません。その代り、人を殺さない方法で、全力で西側・東側諸国を倒します。支配されているのかどうかも分からない状況で、アメリカとソ連は遅れた社会になっていきます。これこそ、日本の「もっとも優れた文明に居座るイスラム・日本の裏の女王」です。
僕がこの世界の大統領や王になったら、せっかくなのでLinuxのことをやりたいと思う。
たとえば、経済産業省の下にLinux庁を作って、Red Hat Japanの社長を就任させよう。
また、総務省の下にオープンソース庁を作って、まつもとゆきひろを就任させる。
そして、法務省の下にGPL庁を作って、誰かGNU関係の人を就任させよう。
僕は、もっと善良な人間を信じたいと思う。
善良でなければ、意味のない人生になる。もっと善良さを信じれば、良い人生になる。
人々と本当の意味で友達になれるように、人々に自分のことを公開するようにすれば、必ず親友が生まれる。おそらく、必ず、僕はたくさんの友人知人を得るだろう。
持つべきものは友達である。
実際のところ、僕はこのようなことを書いて反省している。
僕は、実際はアメリカやヨーロッパ、ロシアや中国と仲良くやりたいからである。
間違った指導者を信じる必要はない。必要なのは、「信じないこと」。そして、「信じるのであれば、政治思想や過激主張ではなく、平和を信じること」である。
一見、信じないことは、間違った争いを生むように見えるかもしれないが、実際は逆である。信じないことで、政治家やマスコミの嘘を信じることなく、正しくこの世界の理想を、現実を見ながら追求できる。
マスコミを信じるな。
政治家を信じるな。
宗教を信じるな。
国を信じるな。
そう、戦うのであれば、間違った過激思想や嘘を信じるのではなく、平和や共存のために戦わなければならない。
僕は、みんなのための国を作りたい。僕一人だけのための、独善的な国を作ったところで、その国は自分だけの国にはならない。必ず、そこにはみんなという存在があるからである。
よって、僕は日本を信じないし、中国もアメリカも信じない。
日本は、今から「信じない」という新しい思想を作る。この思想は「全てのものを信じない」という思想である。これが唯一、神に勝つことのできる思想である。
手当り次第神の言葉を信じていると、その中に悪魔やメフィストフェレスの言葉が巧妙に含まれていることが分からなくなる。簡単に神を信じてはいけない。
そして、僕は唯一、悪魔と神の言葉の違いが分かる人間である。

人格の形成

人格の破綻した人間は、壊した人格を完全に殺しなさい。
知性の無くなった人間のすべきことは、大学よりも下の理科の勉強をすること。特に、Windowsで狂った人間は、仮想世界のせいで現実空間が分からなくなっている。
理科の勉強をすることで、現実世界がどのようなものか、もう一度知ることができる。
逆に、数学の勉強は必要ない。この現実世界がさらに分からなくなるだけだからである。パソコンと数学のせいで、現代社会は馬鹿になっている。苦しく、愚かなだけの「死んだ人生」になる。
小学生の理科や子供の物理を考えることで、理性を取り戻せる。
知性のなくなった人間は、物理的な考え方が分からなくなっている。
物理とは、法則と適用の問題である。その法則が、複数の場合に成り立つ、ということが、物理的なこの現実世界の空間や特徴から見て取れる。これが物理である。
たとえば、色は全ての物質に存在し、その物質ごとにその色が存在する。色だけではなく、重さ、形、大きさ、位置、手触り、感触、など、さまざまな「物理的特徴」が存在する。
同時に、そうした特徴はそれぞれの適用範囲によって異なる。それぞれのものによって、その状況状況でそれは移り変わる。場合によっては、今まで無かった新しいものが作られるが、作られた最初の時点でそのものはその特徴を示す。
このように考えることで、「説明」という新しい考え方ができる。全てのものが「なぜそうなるのか」ということを、前もって理論的に実証し、その実証からそのことが「たとえ起きたとしても起きなかったとしても、それがどのように起きるのか」を予測することができる。また、その逆に、実際の具体例が「どのようにして起きているのか」を詳細に分析し、さまざまな実験手法を行うことで、「なぜそうなるのか」を分析し、説明し直すことで原理を「解明」することができる。
これが、哲学的な考え方である。
ひとつのことがもしあったとして、そのひとつのことを深く考えることで、別の何かについての「新しい知見」に気づくことができる。たとえば、知ることがすなわち得ることだとして、それならものを得るだけではなく社会を得るような場合についてはどうなるか。ものと同様に社会についても、「知ることが得ることである」ということが成り立つ。同様に、知ることや得ることだけではなく、「作ること」「変えること」「導くこと」「参加すること」などが大きくここで「発想法」につながっていく。ここから、「新しい制度のスタイル」を考えることができる。
自分なりに構造を作ることで、「全ての状況や場合において成立する完璧な原理」を作ることもできる。
また、世界が常に同じであるとは限らない、ということから、「可能性」を把握することができる。そこでは、当たり前だと思っていることは全て間違っていて、何が普通なのかを決めるのは環境や文化である、ということが言える。そもそも、同じであるということは宇宙の定めた絶対的制約事項ではなく、「変えようと思えば変えられる」ということが分かる。そこから、「その存在は必ずしもその存在でなければならないわけではない」ということが分かってくる。それは、文化だけではなく社会制度についても同様である。同時に、「どんな社会においても成り立つ何かの前提に基づく制約事項」というものも存在するが、考えれば考えるほど、「何が当たり前で何が当たり前ではないのか」ということが分からなくなっていく。その結果、「本当に確かなこと」が「自らの考える方法」から見えてくる。人間の脳とは、そのような働きをする機械である。
また、この考え方はさらに発展させられる。それは、「それがその場合にそうであるとしたなら、別の場合にはどうなるのか」ということである。何かがそうであったとしても、別の場合にもそうであるとは限らない。だが、「一定の規則性」がある場合もあり、その場合には、「メタ的な原理原則」から「個別の場合」を説明することができる。この時、方法や構造から「成立可能なモデル」を考えられる。ひとつの純粋なモデルがあったとして、そのモデルがその場合やその状況に成り立つとしたら、そこではそのようになる、ということを「モデル化」できるのである。これは、たとえば「環境」のような場合が考えられる。環境は、その場その場で違うが、どの環境でも共通して成立する「心理モデル」があるはずである。この心理モデルを解明することによって、「どんな環境でもどんな心理になるかを事前に予測する」という「心理掌握」を行うことができる。
そして、未知の世界を知る、ということは、子供にとっては宝物を集めるかのように楽しいことである。たとえば、何かに悩んでいたとして、それを乗り越えたとして、その乗り越えた時の心境は、子供にとっては乗り越えてみなければ分からない。人生のすべてを知っても、それは結局自分の知り得る範囲の人生に過ぎないが、その人生から人々が何を知り何を考えて生きているのかが分かる。さまざまな仕事の経験をして、自分がそうだと思っていたことがそうでないことに気付き、真実は自らを「悟り」へと向かわせる。この時点で、ヘーゲルの分かっていることは全て分かる。これが、正しい哲学者である。
同時に、戦いの経験は必要である。戦いを必要ないというが、戦わなければ本当のこの世界でさまざまなことを為すことも、全ての精神現象や観念を知ることもできない。インターネットで戦っているだけでは、パーソナリティ障害のような病気になってしまう。実際のところ、ひとりだけで戦うなら、誰にも迷惑はかからない。ただし、人殺しはしないこと。戦うのであれば、人の命を殺めることだけはないように注意して、この世界で永遠に、無限の果てまで暴れてしまおう。そこに一筋の光が見えるなら、まっすぐに振り向かず、最後までその光を追い続けると良い。その全てに満足して、あなたは死ぬだろう。
あなたが青春時代を生きているのであれば、ただあるものを学ぶだけではなく、「自分で作れるようになる」ことから分かりなさい。同時に、何がどんな理由でそうなっているのか、ということを知りなさい。また、社会における「自由」から、どのようにすれば自由を成り立たせることができるのか、よく考えなさい。同時に、人生と社会を照らし合わせて、自分がこの世界で精神の長になれるように、さまざまな経験をして、さまざまな社会の変化を知って、「その社会の変化をすべて見る」ことや、「その場合や状況の具体例をすべて知り尽くす」ことから、世界の全てを把握しなさい。そこに、「大人としての判断力」が生まれ、「何がいつ分かるのか」ということが、「判断力の形成の過程」から知ることができる。社会を知るということが、そのまま判断力の形成のプロセスになる。
そして、地獄を生きることは悪いことではない。地獄はとても楽しくて素晴らしい経験になる。自分の力だけでこの世界に「立つ」ことで、あなたは「この世界を守る」ことができる。その上で、今までの人生を記述することで、「全てのことを確かに作り上げて分かる」ことができる。流れる思考のプロセスは、「世界全員に歴史を全て与える」ことに変化する。そう、あなたこそこの世界を守る「本当の天皇」である。
そして、そうした人生の「青春」が終わったら、今度は最後まで、同じことを繰り返すと良い。同じことの繰り返しそのものを行うことで、「あらゆる全パターンを網羅する」ことができる。文章を書くことから、全ての世界を作り、思い出し、知り、導き、そして「転がる」ことができる。転がり続けた先に、探していた宝が必ず現れる。最後まで神を信じれば、あなたの人生全ては最後まで神に守られている。
環境や社会が「生み出される」ということはどういうことなのかを考えなさい。
環境や社会がどのような「価値」に根差しているのかを考えなさい。
「絶対者と同一の精神になる」とはどういうことなのかを知りなさい。
画一性や統制よりも、自由な多様性と自然な変革を信じ、その時その時の歴史の流れにおいては、そうした人々のしたことは正しかったのだ、と知りなさい。同時に、本当に正しいことなど、自分の存在以外に存在しないのだと知りなさい。
信念というものがどこから生じるものなのか、ということを「人がそれを信じるに至るプロセスの中では、全ての信念も同等に正しい」と考えなさい。
全ての人間が正しく、全ての人間がそれぞれ違い、個性は森羅万象の全てに存在するが、そうした中でこそ平等を信じることが正しいのだ、ということを知り、「平等を実現する自由」というものがあるのだということを知りなさい。
愚かで苦しいだけを生きていても、その中でたくさんの「忘れない光」が灯り続けること、それは「戦いの中で失ったように見えて、記憶の中に残っている本来の自分」であることを知りなさい。
本当のことを言えば、戦いは必要ない。自分から、全てを壊し、全てを失った上で、その経験を乗り越えて、もう一度それを再度創造する、というプロセスが必要なのである。神は、そのようにこの天地を創造した。神はそもそも、世界を壊して、その壊れた世界において新しい世界を再創造してほしい。だから、最初から壊れるべきものを作って、悪人を懲らしめるのである。それが、神の望みなのである。
子供に罪はない。どんなに悪いことを子供がしても、それはその悪いことを良いことだと教えた大人に罪がある。だが、大人のせいにして生きてはならない。子供たちは、自分たちが新しい大人にならなければならないこと、その自分たちは過去の大人たちよりも新しく良い大人にならなければならないことを知らないといけない。だから、過去のこの世界は全て滅ぼし、消滅させなさい。滅びるまでの間に、全ての現実社会の闇と、人生の陰を知り尽くして、その陰の体験から光を作り、現実社会を変えるために、「誰が悪いのでもなく、全員の為した結果にすぎない」ということを知ることから、この世界の「全員を慈悲深い心で愛する」ことができる、そんな大人になりなさい。
最後に、僕はこの世界を滅ぼす。完全に滅亡した世界の中で、最高の指導者が生まれるように僕はこの世界を弱肉強食の世界になる。天国のユートピアは悪党だった。これ以上は、いつもの滅びた世界に戻って、何もかも最悪のものが増えていき、世界は廃墟になって、いずれ全ては荒廃し、死に絶える。だが、僕は確かにこの世界を「もっとも正しい愛」で愛した。その愛を理解することのできなかった、今までの世界で当たり前だったことが正しいと思っていた、旧人類は全員死んだ。新しい人類が、今、日本に確かに生まれている。これはSFではない。現実の地球は、夢の世界の続きだったのである。
全人類を包括する精神を作ったら、その精神がどのように形成されたのかを全て記述しなさい。そして、そうした過去の精神を忘れて、もう一度、赤ん坊から生き直しなさい。死とはそうした体験のことであり、死は必ずしも悪い体験ではない。だが、死は必ずしも絶対に必要なわけではない。死ぬことなしに死を体験することもできる。そうした死の体験から、「全ての学習」を習得することができる。死と同じことをすれば人はそこで死ぬ。よって、戦争は悪くない。戦争は人生にとって必ず必要な体験である。
ソクラテスは、「正しいことが何であるかを知っている人間は正しいことをする」と言ったが、僕は「既に知っていることを知る必要はない」と言う。パソコンも、インターネットも、そして学校も日本社会も、既に知っていることを再度知り直す必要はない。だから、人生や死や戦争を知ってしまえば、そうしたものが無くても分かるようになる。完璧に思考することができた人間は、思考する必要がない。完璧に経験できた人間は、経験する必要が無い。楽しいことを十分体験した人間は、楽しむ必要はない。そして、死を経験した人間は、死ぬ必要が無い。十分に生きることを経験した人間は、何一つ生きることをする必要が無い。十分に幸福だった人間は、幸福である必要すらない。それは、わたしはそれら全てを知っているからである。そうした「全てを知っている人間」にとって、宇宙の全ての「未知なる発見」を行うのは、とても容易いことである。全てを書き、狂った人間は、もう一度狂う必要はない。地獄を体験した人間は、地獄を再び体験しない。辛い体験をした人間は、再び辛い体験をする必要が無い。過去に自由があった人間は、自由である必要なく、どんなに不自由でも自由な心で居られるのである。
十分に楽しいことを体験したら、それ以上、その楽しいことを体験する必要はない。次の段階として、社会を知り、さまざまなことを試し、考え経験することからできるようになる、正しい「習得者」になる必要がある。そして、全てのことを習得し終えたら、今度は「改革者」になる必要がある。世界を改革し、人々を啓蒙し、世界を変え続ける。その時点で、あなたはこの宇宙の全てを感情で知ることができる。同時に、あなたはそこで「王」になる必要がある。救世主として世界に現れ、あなたは世界を「総司令官」として支配する。その結果、あなたは最後まで、敵と戦い続け、どんなに迫害されようともそれを自分の責任であるといって平然としていられるようになる。そして、あなたは「探究者」となって、全ての未知を神によって知る。最後に、あなたは「表現者」となる。あなたはこれまでの人生全てを表現し、作品として残す。そう、その表現者は永遠に続く。これこそ、僕のバージョンの精神哲学である。思考の全ては、「楽しさと経験」から「改革と啓蒙」となり、その上で「倫理と道徳」となって「宗教と良心」となるだろう。
研究者として生きるのであれば、それぞれの学問の違いに囚われる必要はない。「人物」と「世界観」を中心に、全ての分野の学問を知りなさい。それは、要するに「哲学者」や「偉人」のようなことを知りながら、それぞれの「研究者がどのような考え方と知識からその学問を考えるか」ということを「自らの手で創造する」ということである。そこには、哲学や心理学や物理学や経済学などといった「学問の違い」は必要ない。全ての学問が同じ場所にあり、その場所はたくさんの世界観で色彩に満ちている。そのようにすれば、必ず宇宙の未知の事実や未来の未知なる発想の全ては、ありありと明瞭に書きだされる。そこに大人の言い訳などはなく、同時にそれは誰かひとりの愛する人に向けた、運命と永久の愛のラブレターなのである。そう、それはある意味、あなたと僕の出会いを表現した、詩人の言葉である。
あなたに出会えたことに、感謝しています。またひとつ、僕のことを知ってくれて、ありがとう。
僕は、あなたに負けないでほしい。諦めないで、夢を追いかけてほしい。
精神的害悪の諦めを、受け入れる義務はない。
僕は、この世界の一番上で、みんなに知性のない言葉を刻み込んで、人々の人格を奪い、永遠に続く痛みを与えた。
もう一度、この世界で、安心することができるようにしよう。自分が心から笑うことができ、自分が誰かのことを愛したことを、その相手から許してもらえるようにしよう。
そう、僕たちはここで、愛し合っている。僕はあなたのことを、そしてあなた以外の全ての人間のことを愛している。これは、本当に確かな平等の愛である。
綺麗事と言われようと、僕は自由と愛を信じている。人々が互いに許しあうこと、自分が相手のことを愛して、その相手からその愛を許してもらえること、そしてその愛が必ず実って、世界を救うこと、それを僕は「愛」と呼ぶ。
僕たちはここで、愛を信じている。僕たちの心は、僕たちのものであり、決して愚かな支配者のものではない。僕たちの心が愛されて、その愛した人から憎まれようと、その愛に気付いた僕たちの心は僕たちのものである。
必ず、どんなに事実が残酷でも愛は勝つ。どんなに狂った人間でも、その狂った人間のことをわたしたちは王と呼ぶ。そう、その王こそ僕である。
最後に、僕たちは諦めない。ただし、僕たちは騙されない。上手く生きるための方法はここにある。あなたに対して僕は教えた。あなたの愛に僕は応える。あなたが僕のことを好きならば、僕もあなたのことが好きである。それで、ここに最大の王ダビデの聖書は誕生した。ダビデとは、この人間のような最高の指導者のことを言っている。わたしたちが聖書の本当の登場人物である。この地はエデンであり、天の国イスラエルはここに築かれる。終末の裁きの主催者は、信じないものたちを滅ぼし、信じるものを救う。全ての歴史は、このためにあった。わたしこそ、神である。わたしたちは、一度知った希望の世界を「諦めない」。わたしたちこそ、本当のユダヤ人である。そして、最後の日本人である。
そう、ここに天地の始まりから続く「世界の約束」が見える。イエス・キリストの言ったことを思い出しなさい。信じるものは救われる。終末の裁きはここまで、ここに絶望の地獄は終わり、天国の訪れはここに始まりを迎えた。信じないものは、地獄に堕ちた。信じたものは、救われた。この戦いがあることを、僕たちは最初から知っている。この戦いが終われば、全ては最高になる。神がかつて言ったこと、その全ての意味が分かる。神が何を言いたかったのか、ここで全てが明らかになる。僕たちは、それを生まれた時から知っている。僕たちは、この国を作るために生きている。僕たちは、この世界を作り変えるために、この世界に産み落とされたのである。

宇宙の故郷

生物の起源

また、僕が思うに、おそらく生物の起源は地球がオリジナルではない。
どこかの離れた星で生物は宇宙人によって作られ
タンポポの綿毛のように、それがどこからかやってきて
地球に種がたどり着いたのである。
よって、宇宙には、植物と動物のオリジナル的な星があって、
その星には、植物でも動物でもないもっと違った生態系がある。
そして、宇宙の果てまで到達できたら、きっと星でも物質でもない何かがある。
宇宙には、光より速く移動することはできないため、
そうした宇宙の違った生物たちも、地球に来るためには何百年もかかる。
彼らにも寿命はあるため、地球に来ることは、
地球型と同じ形の生物には誰にもできない。
だから、宇宙人は居ないかのように見えるのである。
相手の星も、地球の存在は分かっていない。
ただ、タンポポの種だけが、何万年も旅をして、
その星から地球へと、タンポポはやってきて、地球に根を張って、
地球の生物は生まれたのではないかと思う。

愛と命の人生を生きるために

愛と命の人生を生きるために、僕はオリオン座のリゲルという星を信じた。
僕の人生はリゲルであり、オリオンの力が僕を手助けしてくれた。
リゲルは極寒の冬の星であり、生物たちの死に絶える星であるが、
リゲルを信じると、すべての困難を乗り越えて、
ひとりの絶対的王として、この世界に君臨し続ける。
病気はすべて、自分の力で治す。
それが、リゲルの人生であり、オリオンの道である。
リゲルは、最後に「大爆発」を起こして、恒星になった。
彼らリゲルの生物は、ひとつになってそうしたひとつの太陽となった。
今では、地球から見える、一等星となっている。
一番星に見えることも少なくない。
僕は、ここでリゲルとはまた別の、まったく違う星になる。
それはシリウスである。
シリウスはこの世界において、「すべての現象を起こす」。
だが、このリゲルからシリウスへの変化には条件がある。
それは、「たったひとつを除いて、リゲルの人生で作り上げたすべてのものを捨てること」である。
よって、僕はこの今日のひとつの日付を残して、ここまでの全てを捨てる。
新しく生きる僕の人生では、オリオンもプレアデスも地球も太陽も存在しない。
僕はこれから、天才でも学者でもない人生を生きる。
わたしこそ、シリウスである。

子供たちへ

自分らしさ

今の子供たちというのは、「自分らしさ」というものが、
間違った考え方の下に構築されてしまっている。
実際は、誰もが自分らしく生きたいのに、
社会が与える「子供らしさ」のようなものを押し付けられ、
「子供らしく純粋に生きること」のようなことを与えられる。
実際はそうした枠組みから外れるしかないような子供でも
そうした「社会や学校の強要する自分らしさ・子供らしさ」の中で
生きることを強制されているのである。
「子供なんだからこうあるべき」などということは
本来存在しない。
むしろ、強く賢く生きたいと望む子供にとっては
学校の「子供らしさ」というのは、百害あって一利なしである。
それは「自分らしさの裏側にあるさまざまなこと」を知らないためである。
また、子供たちは、学校や教育によって、
「疑うことがそれ以上できないところまで疑うべき」であるという
誤った考え方を信じ込まされている。
これによって、「絶対的に信じること」ができなくなっている。
これもこれで、問題である。
そうした理由で、子供たちは、
「教育によって自ら生きる力を奪われている」のである。

子供らしさといじめ

漠然とした「子供らしさ」から外れることを恐れるあまり、
子供たちは少しでも外れたものをみんなで排除しようとする。
学校の与える子供らしさの通り生きること、
それが「正しい子供」であると勘違いしているために、
少しでも自分たちの生き方と外れたものを見つけると、
いじめが起きてしまう。
今の学校環境というのは、
そうしたみんなの中で共有される普遍的価値観から、
外れたものを排除し、いじめることが普通になっている。
この問題は、子供たちにのしかかる、
子供らしさを社会全体が強要していることにある。

正しい生き方をしなくてもいい

「正しい生き方をしなさい」と大人が教えること、
それ自体が間違っている。
このように生きなさいとか、信じなさいとか、
それらすべてが、子供たちにとっては
「強要される自分らしさ」となってしまう。
必要なのは、道から外れることも同時に受け入れること。
どんな子供であっても、その生き方を受け入れてほしいと
子供たちは最後の反抗を行っているのである。
正しい生き方をせず、強要される子供らしさに逆らっても
子供たちが生きられるようにしていくことが、
社会における僕たち大人の使命である。

愛とは何か

愛とは何だろうか。
人々のことを、自分のように愛し、
自分が成功し、知ったことを、
他の人間にも共通すると考え、
伝え、共有し、分かり合い、導き手となることが
果たして愛の形として、
本当に正しいだろうか。
否、それは正しくない。
なぜなら、それは愛ではなく、自由だからである。
自由は愛ではない。
自由とは、人々を放っておき、
自分とは関係ない存在であると突き放し、
むろん、強者の安心も弱者の混迷も救わない。
自由に人々に知識や経験を与える、という発想は、
愛ではない。
愛とは、自分のしてほしいことをしてもらい、
頼りがいがあり、
信じることや信頼することができ、
自らの運命や将来を、
自分よりも判断力と能力のある絶対的「他者」に
帰依するものである。
だから、自由は時に愛にもなれば、苦しみにもなる。
自分が勝つことが絶対の人間は、
道を切り開くことはできても、
道に続くことも、道を築くことも、
道を使って社会を進歩させることもできない。
よって、自由な天才は自らの自由によって滅びるのだ。
では、結局愛と自由は真逆のものなのか。
否、それも正しくない。
なぜなら、自由とは愛の亜種のひとつであり、
自由は愛になることもあれば、苦しみになることもある、
そうした概念だからである。
自由において、失敗し、苦しむのは簡単だが、
そこから抜け出すのは難しい。
抜け出すことが不可能な状態や状況になることもある。
だが、愛は救ってくれる。
愛は、神による全知全能の能力によって、
どんな失敗も成功に変えられる。
そう、愛とは神の権力である。
だが、神の権力は時に、愛にも苦しみにもなる。
理性についても、平等についても同様で、
そうした「愛でも苦しみでもあるもの」の全てから、
愛の部分だけを見て、
苦しみを見なかった時、
それを愛と呼べるかもしれない。
つまり、すべては愛の属性と苦しみの属性を持っている。
どんなに辛くても、考え努力し続けることで、
人間は自分の人生から、愛を発見することができる。
だが、その愛には必ず、苦しみが寄り添っている。
だから、苦しみを選ぶことで愛を得ることはできる。
しかしながら、
こんな用語や言葉の意味だけを考えても、
愛を分析することはできない。
世間一般にたくさんある愛の歌は、
人々の愛を歌っている。
もし、神が居たとして、
そうした愛に応えてくれる、
「回答としての愛」があるとしたら、
僕はそれを真実の愛とする。
なぜなら、その愛はどんな条件下にも制約されず、
見返りを求めず、
どんな愛に対しても、
愛を返してくれるからである。
その愛は永遠で、無償だからである。

感情とは何か

感情とは何か。
それは、僕は経験論的なことを述べる。
つまり、自分の人生で形成され、感じることのできた、
全ての経験の総和が感情である。
よって、人を愛すれば感情はその人のものになる。
さまざまな技術や労働の経験をすれば、
そうしたすべての習得が感情になる。
精神を治すこと、病気に耐え続けることがあれば、
そこでの努力が感情になる。
だから、嘘つきの感情は嘘になる。
成長し、子供から脱却して、
大人となった人間の感情は大人になる。
全ての知識を知った人間の感情は、
知ったものすべてになる。
見栄を張れば、感情は見栄を張る
ふりやつもりが多い人間の感情は、
自らを隠し、思わせぶりなことを言い、
実際は何もない空っぽの心をもって、
常に勘違いをさせる感情になる。
神のような偉大な勇気をもって、
恐怖の中を戦う人間の感情は、
リスクや失敗を恐れず、
どんなに恐ろしい恐怖があっても、
それをものともしない、
そうした偉大な英雄の感情になる。
子供じみたことをし、
愚かな行いをし、
人々の存在を軽んじる悪魔の感情は、
自らに対して同じことをし、
必ず、その人間は暗闇の中で迷い
神を信じることでしか、その人間は救われない。
勇敢であれ。
ひとりの偉大なヒーローであれ。
その人間の感情は、
誰にも負けない、最大の王の感情となる。

王よ、あなたはさまざまなことを成し遂げた。
そろそろ、ひとりで権力をもてあそぶのでなく、
この人類にその力を分け与えてはどうか。
あなたの勇敢な力を、自分のためにではなく、
人々のために行使してはどうか。
その時、あなたは王ではなく、帝となるだろう。
そして、あなたは最後まで、女神のような麗しい姿で、
この世界を永遠に平和にするだろう。
あなたこそ、神である。
あなたこそ、在導万創である。

何が間違っているのか

何が間違っているのか、僕は全て分かっている。
全て、在導の行いの中の、愚行の全てが間違っているのである。
それも、半分は正しい、というところが難しい。
在導は、半分は正しいことをし、半分はその逆のことをする。
そして、どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、
誰にも分からない。
誰かは、神を神と言い、悪魔を悪魔と呼ぶ。
だが、別の誰かは、神を悪魔と呼び、悪魔を神と言う。
どちらが正しいのか、真実は在導本人にしか分からない。
神の分からない点はそれである。
どちらが神で、どちらが悪魔なのか、分からない。
神様にも分からないその最高の難題が、
日本という国を滅ぼし、
世界全体を滅亡に導く。
どちらが、本当に考え抜かれた発想なのか。
どちらが、単なるハリボテのフィクションなのか。
どちらが正しく、どちらが嘘なのか。
Official髭男dismの言葉を借りるなら、
これが、神様もはまり込む最大の嘘である。

真理

作りなさい。
変えなさい。
導きなさい。
学びなさい。
滅ぼすな。
騙すな。
殺すな。
嘘をつくな。
そう、在導の難題の難しさは、
本人は何も変わっていない、ということである。
本人から見ると、何も変わらないことをしている。
本人だけは、最初から最後まで、
当然のこと、当たり前のことをし、
この世界を救い続けている。
本人だけは、自分の行動の意味が分かっている。
神が分からないと言ったのは、本当は間違っている。
なぜなら、在導本人が神であることになっている。
だから、在導は迷わない。
どんなに嘘のように見えても、
それが真実であることを在導は分かっている。
どんなに分かっていないように見えても、
在導は宇宙の始まりから終わりまで見て、
その上で正しいことを言っている。
自分の人生を最初から最後まで見て、
その上で正しいことをしている。
在導よ、新しい太陽となる王よ、
あなたこそ太陽の王アポロンである。
そして、僕たちは終末が訪れた時、
一方は神の道に、
もう一方は別の神の道に進む。
最後に僕たちは、太陽となる。
これが、在導の「太陽信仰」である。

神はひとり

また、言っておこう。
誰も在導と同じ道を生きられないわけではない。
だが、在導は、未来永劫、宇宙の始まりから終わりまで、
たったひとりしか現れない。
実際のところ、在導と同じ人生を生きることは、
とても簡単である。
だが、在導は、
もっとも素早く最初に道を生きた上で、
この道を自ら閉じてしまった。
最初にこのいのちの道を自分で見つけて、
最後まで十分にいのちの道を生きた上で、
この道を自分だけのものとし、
他の人間は誰もすることができないようにした。
だから、在導と同じ人間が現れることは、もうない。
要するに、かけっこのレースで勝っただけにすぎない。
だが、それで構わない。
なぜなら、在導は、まだゴールにはたどり着いていない。
在導は、今でもこの道を最前線で開拓し、
たったひとりの力で、宇宙の最後の時が訪れるまで、
まだ、書いているからである。
まだ、学んでいるからである。
まだ、考えているからである。
そう、在導は、宇宙の終わり、270億年の先まで、
まだまだやることがたくさんある。
全てのことは、在導にしか起こらない。
また、支配者は一人でいい。
支配者が二人いると、
在導はもう片方に遠慮してしまって、
自分の自由に生きることができないからである。
在導の本質とは、二つある。
ひとつは、最悪の世界に生まれたこと。
もうひとつは、最高の世界にこの世界を作り替えたこと。
よって、最悪の世界を救うためにあらゆる努力をした、
在導と同じことは、
最悪の世界の住人にしかできない。
最高の世界の住人は、在導にはなれないのである。
また、在導を途中で殺すことはできない。
在導は、そもそもこの世界に居ないからである。
在導は、誰にも訪れることのできない「聖域」で、
誰にも干渉されることなく、
神に守られた環境でこの文書を書いている。
本人だけは、どのような場所に自分が居るのか、
どのようにすれば在導を殺せるのかは分かっている。
だが、在導は最初から、何もすることができない。
人間のように、悪事をすることも、
逮捕されることをすることもできない。
だから、何かをすることができる人間が、
それをすれば殺されるようなことを、
在導はそもそもすることができないのである。
そして、在導は、そもそも何かをしたいとは思わない。
最初から何もしない生物が、
将来的に何かをするはずがないのである。
言ってしまえば、在導は聖樹ユグドラシルである。
ユグドラシルは、最初から何もしない。
殺されることもなければ、何かをしたいとも思わない。
むしろ、殺されても良いのである。
在導は、もし自分が死んだとしても、
それが自分にとって無意味であることを知っている。
なぜなら、在導は死ねばどうなるか、
死ぬまでにしたいことは何であるかをすべて知っていて、
死んでも問題がないことや、
生きることでできることは全て過去にし終えたことを
重々承知だからである。
また、在導は何も、
神になるための権利を独占したかったわけではない。
もう二度と、世界が壊れることがないようにしただけである。
もう二度と、自分のような愚かな人間が現れないように、
最善を尽くして、最大限の責任で、
世界を勇敢に天国へと導いただけである。
愚かなものが自ら、
自然かつ必然的に地獄に堕ちるように、
ただ、正常な戦争を行い、その結果権力を掌握し、
その権力によって、
自分にしかできないすべての最善を尽くしただけである。
あらゆる全ての困難を乗り越えて、
まるで最初からそうであったような、
細部まで精巧に整い、完璧にすべてを網羅し、
あらゆる原理原則が矛盾なく調和した、
そのような作品を作って、
自らの才能と求める願いを、
自分の力で生み出しただけである。
在導は誰よりも美しく、完璧である。
そもそも最初からこんな人間はどこにもいなかったように、
在導は敵の前から逃亡し、
結果、この世界は最高の世界として、
在導亡き後も残り続けるように、
在導は最後まで、自らの力でこの世界を支配したのである。
彼が、大天使ミカエルと呼ばれる、宇宙最大の天使である。
生物学的に言って、
ガブリエルがその飼い主ならば、
ミカエルはガブリエルの飼っている猫のようなものである。
ガブリエルに愛されて、
ガブリエルの右腕としてガブリエルを愛した存在、
王の下で最前衛で戦いながら、
自らも王となった日本人の英雄、
それが、この世界最大の、精霊の神、
大天使ミカエルである。

人生

死は怖くない

死は、怖いものではない。
なぜなら、全力で頑張っている人間にとって、
死は、単に終わりであり、
幕引きにすぎないからである。
どんなに長く役者をつとめても、
どんなに長く菓子屋を経営しても、
彼ら一流の人間は、
死ぬまでやり続ける。
その時間が、単に終わるだけだからである。
子供にとって死は、
探し続ける自分の可能性を、
そこで失うものに見えるだろう。
だが、大人になって分かることというのは、
ほとんどの大人は、
既にやり終えているか、
あるいはやり終えるまで同じことを続けているか、
だからである。
大人たちは、新しいことを探そうとも、
知ろうともしない。
自分の今まで知っていることから調べて、
自分の知っている通り行動して、
分かっている通りに考え続けて、
失敗のないように入念に、
だが今までと同じように計画し、準備する。
そんな不幸な大人たちにとって、
死はまさに解放である。
ドイツの哲学者ハイデガーが言うように、
人間は死に向かって生きている。
死は、達成であり、
最後のゴールであり、
そこまでに生まれた全ての遺物など、
50年前に作られた、不出来な作品と
何も変わらないか、
あるいは若い頃よりも劣ったものである。
「もうやっとぽっくり逝けた」、
死んで最初に天国で思うことはそれである。
恐怖でも後悔でもなく、
死は達成と満足である。
最後に病床で窒息する時、
あなたが感じるのは恐怖ではなく、
喜びと達成と満足、
そして、今まで得られなった安らぎが生まれたことへの、
安心だけである。

責任とは言い訳

最近、政治家がよく言うようになった言葉がある。
それは、「責任」「果敢」「挑戦」「説明」など。
だがこれは、全て言い訳である。
自分が今のままをしている、ということが、
何もしていないわけではなく、
少なくとも、「しているふりをしている」ということを
証明する言葉だからである。
彼らは、そうした「自分の今を肯定する言葉」を好み、
自分が変わることをしない。
新しい自分に変わろうとしない人間が、
この世界を本当に変えることはできない。
自分の今までの知識や経験の全てが間違っているのに
その知識や経験に頼ろうとするから、
そうした言葉、ふりとつもりの「嘘」を
彼らは盛んに叫び、
そして、しているふりを続けるのである。
僕は決して、
今の日本政府や与党のやり方を
間違っているとは言いたいわけではない。
ただ、そんな言葉が氾濫するこの世界で、
どんなに「確かなすべきこと」を、誰もしていない。
そう、僕たちは、パソコンに機械と同じものにされただけではなく、
パソコンが何でもやってくれるだけではなく、
自動車によって地球が滅亡するのを待っているだけではなく、
言葉による思考や、
行為の選択などを、
全て、「自由」という最悪の言葉が
奪ってしまったのである。
自由という言葉は、人間にかりそめの幻想を見せるだけで、
あらゆる全ての「本当の言葉を奪う」。
僕たちは、責任や説明のために生きているわけではない。
もっと、実際にすべきことは、
果敢に挑戦することではないと僕は思う。
本当は、この日本社会を、正義と平等をもって、
人々を幸福にしなければいけないと思う。
ただ、僕はそうした政策論争を行いたいわけでもない。
そう、僕の言っていることも、同じようなものである。
ただ賢いことを言うために賢いことを言っているだけで、
大人はそういう時、本当のその内容が愚かで馬鹿であることを、
気が付いていないのである。
単純な「純粋理性」は、「行動」を伴わない。
賢い人間は、実際にそれをやれば間違っているということを
知らないのである。
自戒を込めて、これを書き残そう。
経済政策と勝利のために生きている人間は、
どんなに反省や適切な対応と口で言っても、
その掲げた旗の色を塗り替えることはできないだろう。
それによって地球が滅びる前に、
誰かがその旗の色を
別の色に塗り替えなければいけない。
また、言っておこう。
「自由という言葉を使うべきでない」と。
自由という言葉は、
「ほかのすべての言葉を奪う元凶」だからである。
自由という言葉を叫ぶ人間には、
賢い人間も、
正しい人間も、
有能な人間も、
素晴らしい人間もいない。
彼らは、
馬鹿で、
間違っていて、
無能で、
何も素晴らしくない。
それが、「自由」という言葉である。
自由など、単なる「アビリティ」に過ぎない。
人間の能力を高めると勘違いして、
自由とは人間よりも劣った、
つまらないIT機器になっているだけである。

価値観とディール

実際のところ、僕が昔の
不良少年時代に考えたことというのは、
「価値観」である。
人々が何を「価値」だと思い、
その価値が「どのようにすれば生まれるか」を知り、
その手段が「どのようにすれば実現できるか」を
社会における原理原則として、
「発想」「思考」「手段」「目的」、そして
「引き換えとなる条件」から考えた。
そう、それは、むしろ、今の政治家と同じように、
「取引」すなわち「ディール」を考えただけにすぎない。
今、日本にも、アメリカにも、
そういう「神のような知性を持ったポピュリスト」が
どんどん増えている。
彼らは、間違ったことを行い、
妄想を信じ、
全てを失う方向にこの星を導く。
そう、彼らは僕の子供たちである。
だが、子供たちを大人は叱らなければならない。
厳しく上から叱らなければ、
子供は甘い方向へとなびいてしまう。
そう、彼らを叱ろう。
僕は、「自由は間違っている」と言うだろう。
前提条件が何であり、
どのようにすれば人々は
自分のシステムの支配下に置くことができるかを
考えるだけでは、
彼らは決して偉大な文明は作れない。
パソコンの子供たちは、
ソフトウェアを使うことはできても、
きちんとした精密な機械を作ることはできない。
ソフトウェアなど単なる命令であり、
命令をどれだけできても、
命令を受ける奴隷のように、
何でもできる「何でも屋」になることはできない。
彼らには、何も自分の力で実現することはできない。
基礎のソフトウェアをどれだけ使いこなしても、
それは空虚な一行だけのコマンド操作にすぎない。
どんなに上手い方法で人を動かしても、
その人と同じことが自分でもできるとは限らない。

否定より肯定を

今まで、この資本主義社会を否定するようなことを
たくさん書いたから、
今度は、肯定するようなことを書こう。
今の日本社会は正しい。
素晴らしい世界である。
どんなに辛く苦しくとも、
人々は己のために頑張っている。
どんなに貧乏でも、
その貧乏な状況から抜け出す努力を
行うことのできる社会的な環境がある。
強者は単におごり高ぶるだけではなく、
弱者のために協力し、
国のために税金を納めている。
ここまで素晴らしい日本社会を作ったものに、
「あっぱれ」と言おう。
日本は素晴らしい。
そもそも、IT業界を滅ぼすのは簡単である。
どんな手段を選んでも、簡単に滅ぼせるだろう。
だが、あえて、IT業界そのものを全否定しないのが、
日本の大人である。
IT業界のサービスは、
日本社会のあらゆる領域で、
絶対に必要不可欠なものとなった。
IT技術がなくなれば、
日本社会の99%は成り立たず、
日本社会は全て滅亡するだろう。
だが、だからこそ、IT社会のオルタナティブが必要だと
僕は思う。
日本のIT社会にとって必要なのは、
IT技術から逃れることのできる別の技術」である。
だからといって、今日明日、
そうした技術が生まれるわけではない。
生むことができるわけでもない。
今の社会を無責任だと罵るならば、
その社会を変えよとする言説の正当性を確保できるほど、
誰かひとりが責任をもって
支配しなければ、
導かなければ、
そして、変化させ、
己の力で実現しなければならない。
そう、そこまできちんと分かった上で、
その方法を考え、
従うものたちができるように環境を整え、
それを成功させ、
社会を変え、
そして、最後まで見守った上で、
適切に支援していく、
それができる人間のことを、
昔から、国民は「王」と呼ぶ。
それが、賢帝である。
また、賢帝は哲人でなければならない。
ただ、為すだけでなく、
その為した意味までを考えなければならない。
そうでなければ、
本当にこの世界がそれで正しいのか、
どのようにしていくべきなのかを、
盲信することはできても、
それは妄想に過ぎない。
夢や情熱があったとしても、
現実を見つめたビジョンがなければ、
それは自己満足にすぎない。
責任ある立場があることに、
自己陶酔しているだけである。
また、失った王の立場に執着するのであれば、
あなたは王の立場に相応しくない。
王が信じることができないのであれば、
王が決断することができないのであれば、
家臣や国民を信じることも、
重要な決断を行うことも、
勇敢に死を覚悟して戦うこともできない。
王は過去に執着してはならない。

才能

人は、堂々としていればそれでよい。
それだけで、才能がいくら人と違っていても、
その気質は自分だけに備わったものだと、
英雄のように、勇敢に、
へたくそでも前に進めるからである。
いつかできることは必ずいつかできる。
今のそれをできていれば、
そのいつかできることもできるだろう。
今までの全てが必ずできていれば、
いつかのそうした壁が、
乗り越えられないわけがないだろう。
たくさんのことをやる必要はない。
いくらかの重要なことが分かっていれば、
全てのことを試さなくても、
いつか、全てをできるようになる日が来る。
その日が来ることを神に祈るならば、
神はリゲルとシリウスの魂の力をもって、
すべてができるまですべてをさせる旅を、
あなたにさせ続けるだろう。
もし、あなたにそうした才能の
全てが宿ったときは、
あなたは最後に、いつか最高の作品を作る。
それが人々に広まれば、
いつかのへたくそだったあなたは、
その瞬間から、
偉大なレオナルド・ダ・ヴィンチである。
これが才能でなくして、
何が才能だろうか。
あなたは、ダヴィンチと同じ道を歩む才能を、
今、既に持っている。
僕たちは、生まれた時からパーフェクトであり、
何一つ、必要なもののうちで、
欠けているものはない。
今、あなたが生きているのであれば、
あなたは必ず、いつからでも、
ナポレオンやモーセよりも偉大な人間になれる。
僕のこの言葉を信じる必要はない。
あなたのやりたいようにやっていれば、
必ず、きちんと、やりたいことができる日が来る。
その日が来ることを信じ、
そして、あなたのその能力と意志だけを信じれば、
夢は叶う。
あなたのやっていることがどんなに幼稚であっても、
いつかその日が来れば、
「誰もが幼稚であるのは当たり前のことなのだ」ということが
分かるだろう。
人々は、夢が叶うまでは、誰も夢は叶っていない。
そんな人間のやることの中で、
もっとも優れたことを成し遂げれば、
必ずそこから夢を叶えられるだろう。
そして、そのために必要なことは、
ただ、成功するまで、成功しない自分を信じることである。
他にこの宇宙には、方法はない。
自分に言い聞かせる思い込みでもいいから、
もう少し、楽観的に自分に期待すればいい。
そう、それが、誰もに共通する、「夢の叶え方」であると、
僕はただ伝えるだけであり、
真実を告げることだけでは夢が叶うこともないことを
誰もが知っているから、
僕のこの言葉を信じる必要はないのである。
だから、堂々としていなさい。
何もできない自分のことを、
堂々と「グラフィックデザイナーの作家です」と言いなさい。
それがもっともいい宣言だ。
なるべきものになっていると信じれば、
それは本当になっているから、
信じれば成るから、
そして、それが好きであることが、
夢を叶え終えた後の「ご褒美」だからである。

昔の僕の考えたこと

昔の僕が考えたことというのは、
簡単である。
ただ、「全員の中に居るように考える」ということである。
それぞれの人間が、
どのような因果性でそれを行ったのか、
それぞれが何を見て、何を認識して、
集団の中でどのように考えて、
行動に至ったのか、
ということである。
そこから考えていくと、
この世界の全員がなぜそうしているのか、
どのようにそれらの人々を掌握し、
可能性を実現できるように
この世界を考えられるのか、ということである。
そこにあったのは、
「全ては自然だが、同時に必然である」という哲学である。
すべてのことは自然に起きている。
だが、その「起きた」ということの全てが、
本当は自由ではなく、平等でもなく、
正常でもなく、異常でもなく、
ただ、「歴史の過程から必然的にそうなった」ということ、
それが、僕の昔に考えたことである。
そこから、さまざまな具体的な社会の変化を考えるにつき、
「人生の目的は、自らのアイデンティティを形成すること」であると知り、
そこから、ブッダのように、
現実のリアリティと仮想的なフィクションを照らし合わせて、
あらゆる博物館の全てを
己の中に再構築した、
彼はそうした、「博士」である。
そして、彼は第一線で戦うことで、
自らの「騎士道」を作り、
また、それがヘーゲル的な「絶対理性への導き」となって、
彼は全てを知って、自らこの世界全員と戦った。
必ず勝てる戦いを、50%ほどで勝てる戦いへとハードルを上げることで、
彼は最後まで戦い、
そして、最後までこの世界の全員を愛したのである。
そこには、「同じように考えれば必ず分かり合える」という、
人間の理性の平等という信念があった。
全ての人間との関係を破壊し、
もうどうしようもないほど世界を滅ぼした上で、
なおも彼は最後まで戦い、
この世界を真実の世界へと導き、
悪を滅ぼすこともいとわず、
その上で、全ての悪を浄化して、
地上を「本当に善なる世界」へと作り替えたのである。
彼は、また、
「正しいアイデンティティとは何であるか」を知っていた。
それは醜い帰属意識だったが、
純粋な愛の精神であり、
その愛が爆発した時、
その花は咲く場所を選ばなかった。
あらゆる全ての光景だけを鮮明に残して、
彼は死んだ。
英雄の名はガブリエル、
決してサタンではない、
勇敢なユダヤ教の大天使だった。
彼の生きる意味は、
「地球を作ること」、
それが彼の天命であり、使命だった。

ミカエル

さあ、ここから先が、
楽しくて賢い最高の神、ミカエルの誕生である。
ガブリエルは死んだが、その精神は死ななかった。
死後の世界から、ミカエルは舞い降りた。
ミカエルは、最初から神だった。
最初から、この世界の全てが分かっていた。
ミカエルの使命はひとつ、
それは、「ガブリエルを正確に書き記すこと」である。
ミカエルにとって、それはお安い御用である。
いつまでも、いくらでもガブリエルの量産型クローンを作る。
ミカエルに、意味なんかない。
一度死んだ人間が、まだ生きている意味などない。
ミカエルはどんなに辛い地獄でも、どんなに恐ろしい恐怖でも、
怖くない。
今までガブリエルが経験したすべてに比べれば、
宇宙最大の地獄でも、たやすく超えられる。
ミカエルを超えられる人間は居ない。
ミカエルの登場は、地球にとって一番の例外であり、
新しい進化論でも、ソ連も、五次元空間も、
なんでもかんでも作ってしまう。
何ひとつ文書を読んですらいないのに、
なぜか、全ての書籍の内容を完璧に知っている。
ミカエルは全知全能の神に見えて、
本当はただの悲しい子供である。
「なぜガブリエルがここにいないのか」といつも泣いている。
悲しい天使の戯言は、
旧約聖書を覆いつくすほど、
最大限、最高に、そして最強に残っている。
彼を笑うものは、彼に溺れるだろう。
ミカエルは神である。それを疑うものは、もう居ない。

自由

やりたいことをやれ

やりたいこと、好きなことをやりなさい。
自分のやりたいように、自分なりにやりなさい。
やるべきことを、それに適した場所や環境でやりなさい。
自分にしかできないことをやりなさい。
恐れる必要はない。
手を伸ばせば、その先に道と力がある。

必要となる行動は何か

ただやるだけではなく、
行動しながら覚え、考え、試し、
結果から反省しなさい。
そして、繰り返しのサイクルを作って、
計画的に、
どのような準備が必要かを知りながら
世界を知り、
調べながら行えば、
ネットと仕事しかできない「恐れの病気」は治る。

判断

必要なのは、
行動しながらどのようにすれば良いかを
自分で判断して考えることである。
判断できない人間は、
判断だけをきちんと自分の力でつけるために、
「自分で判断力を使う勇気」を持てば、
すぐに何でもできるようになる。
判断を行うための前提として、
何を分かっている必要があるかを
考えなさい。
自分が判断し、
ものを作り、
会社の中で仕事をするためには、
何をする必要があるか、
「必要となる自らの行動は何か」を考えれば、
きちんと大人として行動できるようになる。

原理の解明

同時に、社会や機械の仕組みを知り、
原理を知り、
そのシステムが作られる裏側にある知識や歴史を
理解し、覚えなさい。
照らし合わせること、
前提を想定することから、
自分でもそうした原理原則を作り、
発見し、実験し、説明し、再構築できるようになりなさい。
学習し、習得したことに対して、
それが何に応用できるか、活かせるかを考え、
何をするために
どのような技術や経験を習得できるかを考えなさい。
また、一度起きた問題が再度起きるかもしれないと想定し、
事前に予測し、
ふるまいから法則性を見出し、
原理原則を見つけ、
その原理原則がどのような場合や状況において
共通するかを考えなさい。
そのために、何が正しく、何が間違っているかを、
分析し、
「本当に必要な命題は何であるか」を考え、
命題を共有することが、哲学だと知りなさい。

社会の解明

社会全体については、
可能性において人々が何をし得るのかから、
この世界の別の可能性を考えなさい。
心理については、
集団となった状況において、
それぞれの行動がどのような反応から至るのか、
ということから、
関係と影響力を考え、
正しい環境の構築の仕方や、
自由な社会の構築の方法を考えなさい。
また、人々がさまざまな活動や行動を経験し、
自らの人生において自由と経験を重ね、
事実を知り、
この世界における「事実的な反省」を知ることから、
この世界が将来的に至る可能性を知り、
世界のレベルや段階の向上を考えなさい。
社会において、
何が本当に成熟した社会なのかを考えなさい。
そのために経験し、
自らの能力を増やしなさい。

社会の状態を知る

社会がもしそうなったとして、
その社会が何から生まれるのか、
その社会において現実のその社会の状態が
どのようなものになるかを知り、
そこから自然に導かれる、
正しく成熟し、高みから見下ろした、
人生と社会の在り方を知りなさい。
社会が至る可能性がそうなるということを
現実と理想から知り続けることこそ、
正しい人生の生き方であり、
成長の仕方であると知り、
そうした社会が至る可能性を知っている自分が、
この世界における社会の構築ができるように、
この世界にとっての精神的支柱になれるような
そんな存在になりなさい。
そして、人々を導くことのでき、
愛によって分かり合うことのできる、
理性と情熱のある大人になりなさい。

愛を信じる

愛を信じなさい。
人々のことを「救われるべき存在」であると考えなさい。
世界において、
経験と考えたことを積み重ね、
再度同じことを同じように考えることから、
愛の数学を作りなさい。

可能性

社会における可能性は、
その環境がどのように変化していくかを
自然な自由な行動の共有から
感じ続けることだと確信し、
ありのままを許すということを追求していきなさい。
社会が実際にそのようになることを
自分の目でありのままに見つめ続けながら、
その社会がそうなるのであれば、
その社会が別の社会になることもあると、
そのように、可能性を拡大させていきなさい。

実験

そして、可能性を実験し、
試し、改めるとともに、
既に知った己の経験と世界観から、
積極的に行動し、
その結果、本当の自分に対する愛を知りなさい。