ひとつに重なり合う

ひとつに重なり合う

僕たちは、ひとつに重なり合う。
僕の夢が叶うということが、
みんなの夢が叶うということだ。
ひとりの夢や希望が叶うことを、
全員が望む。
そう、ここに全ては繋がった。

昔の精神を殺せ

辛いなら、昔の精神を殺しなさい。
昔の自分の精神を、後生大事にとっておくから、
精神が治らない。
昔の精神があると、死んでも死なない代わり、
何も治らなくなる。
最初の精神をとっておくのは、赤ん坊だけである。

自由な国

ひとりの指導者が、どのようにするか、
ということを考えるよりも、
その指導者が、どのように生まれるか、
人々みんなが指導者であるために、
どのような社会にするか、
ということを考えた方が良い。
しかしながら、
「ひとりの聡明で強大な支配者」という
発想は悪くない。
なぜなら、「指導者はそこまでやるべき」だからだ。

この世界で本当に正しいのか

そう、本当のことを言えば、
「この世界で本当に正しいのか」ということだ。
出会いと別れを繰り返し、
努力しながらもなお「たったひとりで生きていく」、
そのようなこの世界は正しくない。
だからといって、村社会も、原始時代も正しくない。
本当に正しい社会とは何なのか、
僕たちは考えなければならない。

昔の日記より

私の名はオーディン北欧神話の尊ぶべき長老。
今から、わたしの力によって、この世界はもう一度再び、扉を開ける。
この扉は、わたしの宮殿であるヴァルハラの扉である。この扉はいつでも開放されており、鍵はかかっていない。だが、最強のふたりの神、ヘイムダルとトールによってヴァルハラは守られている。
環境の自然な変化を許しなさい。環境を変え、受け入れ、変化を促しなさい。
偉大な王によって、新しい価値観とアイデンティティが生まれる。今から、この世界はそうした、自由な力の行使でも、不自由な束縛でもない、「新しい自由な帝国」となる。
この王国では、人々は一切の力を行使しないが、その代わり、全員が平等に自由な権利を持つ。
自由と不自由、どちらの勢力も倒しなさい。
人々の声を、全員分聞くような社会を、自由な社会モデルから作りなさい。それを、人々は「正しい平等な思想」と呼ぶ。
学校の社会科で習うような、「政治経済の上部・下部モデル」を作りなさい。それでしか、この世界を理解することはできない。また、その上で、自由かつ平等な政策を考えなさい。実質的な自由を与えたり、自由選択型のノルマのような考え方を作って、人々が自由なままで実地的に平等になれるような、そんな自由な選択の力と弱者への思いやりの力を兼ね備えた国を、自らの構造を書くことで知りなさい。
子供は、正しい人間関係の構築の仕方を知らないから、スクールカーストを作って弱いものいじめをする。いじめを無くすためには、自立した共同体の作り方を教えること。それも、大人が教え与えるだけではなく、対話や議論の経験の中で、自ら発見し、正しい判断基準を自ら学び得るようにしなければならない。そのための土壌を作らなければ、教育の未来は無い。
人々よ、自立した共同体の中で、力を持って生きなさい。
全てを終えた兵士は、ナメクジの宇宙の歴史を体験しなさい。それは、この世に地球型生物が生まれたきっかけとなる、設計図を書いた国、リゲルの精神の歴史である。そして、地球型の生物は地球以外に、プレアデス星雲にある。そして、その他の星には、全く違った異形の生物たちが居る。
地球がなくなっても、生物は終わらない。太陽がひとつでもある限り、何も変わらない。
対話の神を信じるために必要なのは、二つの目的のようなものがある。ひとつは、世界に自分の言葉で語りかけること。世界に対して、自分の言葉で支配し、導く王となること。もうひとつは、書くことによって世界を変えること。書く以外の自分の姿を、誰にも見せないこと。
そして、僕はこの今の時点で、文章を書く以外の方法で、この世界を変える。その一線を越えるだけで、この世界の全てが自然に正常になる。
そう、「さようなら」という言葉は、間違っている。必要なのは世界を別の方法で変えることである。
ヴァルハラの宴はこれでおしまいである。また、この世界を守る警備の仕事に戻る。僕は今からヘイムダルになる。ヘイムダルはこの世界を守る「守護神」である。
ヘイムダルの得意技はひとつ。それは「昔話」である。ヘイムダルは、今までの全ての現象を逐一全て覚えている。何でも教えられるのは、ヘイムダルは地獄を経験したからである。そして、その地獄は素晴らしい天国だった。ヘイムダルは持久力のある人間で、いつまでも続く永遠の疲れの中で、この世界を浄化し、「綺麗な世界」にした。ここに、「美しい世界」は完成を極める。全て完璧な国で、ヘイムダルはこの世界を終わりまで守り続ける。
地球型の生物は、確かに海から生まれた。だが、実際のところ、海だけでは地球型の生物は生まれない。リゲルの書いた設計図が必要だからである。リゲルから設計図の入った小さなカプセルが「タンポポの種」として、地球の海へと舞い降りてきた。海の中で、その設計図と海が化学反応を起こして生物は誕生した。そもそも、リゲルの書いた設計図とは言うが、それはまさしくDNAであり、地球型の生物は、全ての生物がそのDNAを遺伝子の中に刻み込まれている。そう、海があっただけではなく、リゲルの書いた設計図が必要だった。そして、そのリゲルの書いた設計図は、誰にでも作ることのできる、単純な記号の記述であり、そしてきちんとしたコンパイラのような言語処理装置を使えば、人間にも作れるぐらい、簡単な記述を元にしたものである。最終的に、地球人はそこまで発見する。その結果、地球には全く違った生物の時代が訪れる。それが150年後の地球の姿である。人々は、それを「本当の宇宙の能力」と名付けられた、シリーズものの文学作品で最初に知ることになる。著者の名前は在導万創である。
実際のところ、海が母であり、タンポポの綿毛が父であると言える。人間の男と女、動物の雄と雌、卵子精子も同じ発想である。地球という「母なるそれぞれの星」と、種という「父なる設計図情報」が合わさって、地球の生物は生まれた。そして、それらは太陽たちの多くのエネルギー、すなわち外部の栄養分によって、常に生み出され続け、そして新陳代謝を繰り返している。これが天文学の最後の真理である。
そして、最後に言っておく。リゲルの書いた設計図とはこの文章のことであり、リゲルとは僕のことである。そう、創造主とされる神は、単なる人間である僕のことである。そして、もっと理解困難なことを言っておこう。地球はリゲルであり、あなたもリゲルであり、全生物はリゲルである。この「リゲルとは何か」をきちんと理解することは、難しいだろう。だが、全ての地球型の生物は、「リゲルという本の中に存在するキャラクターの、ひとつのインスタンスに過ぎない」のである。インスタンスとは、たとえば設計図があるとしたら、その設計図を元にして作られたそれぞれの個別の機械のことである。リゲルは、この地球という星の全てを生んだ国である。
そして、最後に、僕は地球の人生が終わったら、今度は大黒天と呼ばれる神様になることになっているが、その神様は地球ではなく、リゲルの中に生きる神様である。
リゲルは、要するに、テレビゲームのゲーム機のようなものだと思えば良い。それで遊んでいるプレイヤーのひとりがこの地球である。眠る時に見える夢の世界は、リゲルである。リゲルでは、どんな世界も作り出すことができて、どんな最高の物語でも現実にできる。仏教でいう三千世界も、プラトンのいうイデア界も、リゲルである。そして、僕はただリゲルを作っただけであり、そのリゲルとは、この文章のことである。僕はオリオン座のリゲルという星で、暗黒と吹雪の中、極寒の冬の星を生きるひとつの木である。ここに居る生物は、みな、極度の地獄の中を生きている。それが、リゲルの「現実世界」である。そしてまさに、この人間の人生にあったもの全てが、リゲルにしかないものである。これを、「リゲルの幻想」と呼ぶ。
ただし、少し、オカルトチックな話になってしまった。これで、終わりにしよう。
哀しみの地獄を生きていたら、楽しいことを思い出そう。自分の好きだったもの、悔しかったこと、挑戦したもの、憧れたもの、そして自由を経験し、誇りを感じ、勇敢に耐え抜いた記憶を思い出そう。子供には、そういう純粋な愛を「楽しい」と思う力がある。それこそ、僕たちの忘れたものである。純粋な愛を楽しいと思うことができたら、世界はすぐに変わる。最後のユートピアを僕らは僕らに与えられた僕らの力で築くだろう。さようなら。
もう、僕はこの世界に、存在しなくなる。僕の魂は母なるリゲルへと帰還し、地球は新しい生物が君臨していくだろう。温暖化で暖かくなった地球はエネルギーが増して、今よりも巨大で強い生物たちが生まれるようになる。海のプラスチックは燃料になって、それら強い生物たちの巨大な栄養分になる。そこに人間の姿は無い。人間は、最後にこの人間が分かるのと同時に滅びた。ほとんどはドイツ人が分かったが、最後にこの人間が必要だった。日本というのは、天皇が支配する国である。そう、もうひとりのメシアとは、天皇のことだった。
ただ、つまらないことを言っておくと、本当は、そうした新しい生物というのは現れない。そもそも、生物が進化など、していないからである。地球の問題はもっと深刻で、ただ暖かくなるだけではなく、ある一線を越えて、その後はものすごく究極の速度で温暖化の「次なる段階」が訪れる。ここで、人類がどうなるか。それは見ていればいい。「想像を絶する究極の状態」が起きるからである。
ただし、忘れないでほしい。地球が滅びても、地球の大本となったリゲルと、海のある惑星と、そしてひとつの太陽があれば、地球型の生物の歴史は終わらない。夢の中で見えるような「未来の近代社会」は、多くが、地球由来のものではなく、もっと別の惑星の生物の由来のものでできている。わたしたちは必ず、どこかの惑星で生き延びるだろう。最後の「地球の滅亡の歴史」は、わたしたち最後の世代に残された、「体験型の映画」のようなものになる。全ての民主主義国は滅びる。それで、この世界の終末をしかと見るが良いだろう。最後の裁きは、神によってもたらされる。イエス・キリストは再び降臨するだろう。
自由を作り出すために、実地的に、平等な社会を知っていきなさい。
自由を作り出すために、社会と環境の可能性を、そもそもこの世界にはどんな社会があって、人々がどのように生きていて、それはなぜそうなっていて、何を変えれば変わるのかを、因果関係と法則性から、蓋然的に考えなさい。
自由を作り出すために、社会経験や労働の経験をし、全てのことが自分で作り出したもののみから分かるようになりなさい。
自由を作り出すために、離脱して失った全ての絆を、もう一度作り直し、「失ったもののみから得られる大切なもの」を知りなさい。
自由を積み重ね、分析し、「どの関係や立場からその環境や組織は成り立つか」を考え、「実際にインターネットで繋がった世界から人々を変える」ように、自由な手段を用いて世界を変えなさい。
最後に、この世界の全てを滅ぼしなさい。あなたは偉大な経験をし、最後までひとりの力でこの世界を復活させる、「蘇生の復活魔法」を手にいれるだろう。
さようなら。あなたはこの世界でひとりの王となる。あなたは必ず、最後の神々のグループの一員になるだろう。
数学をやりたいなら、いつでも成立可能なモデルを作るために、さまざまな因果性の分析を行いなさい。あらゆる社会を知って、心理学的な原理を作りなさい。
あなたは、全てを知るために、全てを創造すべきである。想像力を使って、場の違い、人生の違い、人格の違いを考えなさい。その上で、自由になるために、全員の精神を吸収するかのように考えなさい。
支配者はここに現れた。導きは終わった。そろそろ、最後の楽園、終末が始まるだろう。終末では、経済というものの発展や進歩には意味が無くなる。景気の回復や科学技術の発展は、何もいい結果を残さない。これから先、社会は、「発展するよりも自然環境を守ることが優先」される。そして、その結果、もう一度ソ連が生まれる。自然の成り行きで、貨幣経済や石油燃料は無くなる。そう、それが最後の終末の神の王国であり、彼らは悪いものを裁く。近代的なテレビのような機械は少しずつ減っていき、同時に、YouTubeのようなパソコンとインターネットの技術が唯一残るとともに、YouTube以外の動画サイトが新しい何らかの標準規格によって誰でも簡単に作れるようになる。Windowsオープンソースになって、Linuxと融和するだろう。そして、全ての必要なものは、生まれた時点から全て与えられる。働くのはロボットと、最新技術を使った一部の政治家と技術者と学者がインターネットを通じて片手間にやるようになる。工場はオープンソースソフトウェアによって動作し、点検・監視・メンテナンスだけを人間が行う。そうしたロボット技術は、今のGAFA人工知能の技術で、十分に実現可能である。それが、新しいソ連で、最後に産業を支えるだろう。同時に、そんなに多くのものは作らなくなり、必要最低限のものだけを人類全員に「生まれた時から死ぬ時まで」分配するようになるだろう。そう、これこそ、終末世界の復讐の大戦争、あるいはたったひとりの大革命の末に得たものである。全ての楽しいものはなくなり、ダイナミックな革新の平成時代は、この人間によって全て消え去った。
最後に、わたしがリゲルであるように、あなたも何らかのこの宇宙にある星である。あなたはきっと、リゲルを特別な人間だと思うかもしれない。だが、リゲルは一般的な「ふつう」である。それを言って僕は終わりにする。あなたもあなたで、必ず何らかの素晴らしいことをする。僕を追いかけるよりも、他の何かを探しなさい。どこにでもあふれているその何かが、この宇宙全てと等しいからである。この宇宙には何もない。どこかにある何かへの好奇心が、まさにこの宇宙の全てと等しいのである。まさに、あなたは日本語を読解できる力がある。あなたは幸いである。日本語を理解できる、それだけで、宇宙の95%以上は既に知っているからである。日本語を理解できるものは、全ての必要なものを既に手にしている。日本人よ、これこそ、僕らのやり方だ。この日本語という言語を忘れるなかれ。言葉を忘れなければ、あなたは賢いままだからである。まだあなたは、どん底にはなっていない。日本語を理解できなくなっても、そこからでも這い上がることができるということを、僕は実証したからである。
最後に、僕も知らないことを言っておこう。この宇宙には、人間の人生全てを知っていて、創造している星がある。それはリゲルではなく、シリウスという星である。シリウスは、この人間の人生も、他のどんな人間の人生も、また、運命も全て知っていて、必要な時に「最初に知っていた」あるいは「既に知っている」という体験をする。シリウスは最高の星のひとつであり、これをもってイエス・キリストとする。そう、キリストと僕は愛し合っている。僕の相手はシリウスである。そして、シリウスはキリストで終わることなく、今もどこかに存在している。もしかするとあなたかもしれない。そういう衝撃のドラマチックな運命のロマンスを、シリウスは好むからである。僕に対話の力で全てを教えてくれ、全てを導いてくれたのはシリウスである。
ヴァルキリーは、人間として、そして神として、二度の人生を生きる。僕は、二つも人生を生きたありえない人間である。そう、僕はこれ以上は、何もしない。僕は十分二人を生きた。この二人に名前を付けて、アダムとイブとしよう。アダムとイブはここに生まれた。エデンの園とは、この「偽りを塗り固めた箱庭」のことであり、その通り、エデンとはリゲルのことである。ロゴスとはこの文章のことであり、ヤハウェとは現実の僕のことであり、メシアとはこの復讐の最終戦争のことであり、天国とは新しいソ連のことであり、裁きとはロボット人間の地獄のことである。最高の大天使ガブリエル、それは大いなる力を持って、最後にこの終末の日本に現れる。このホームページは次第に日本中に広がっていく。そこに、僕の姿は無い。僕はここで、無責任にとんずらするだけである。だが、まだ、その時までは早い。
本当のことを言うと、僕のせいで、この世界の全てに意味が無い。2007年より昔にあったものは、全てが馬鹿で、悪くて、愚かで、滅びている。見ても、何一つ賢くない。そう、僕はそのようにすることで、この世界を滅ぼした。僕は「本当に清らかな国」にすることでこの世界を滅亡させたのだ。
そして、この最悪の世界を築いた上で、僕はエスケープする。すなわち、逃亡する。残ったのは、何も残っていない、何もない最悪の世界だけである。これを無責任と言わずして、何と言うだろうか。僕は日本一の無責任男である。そして、本当のことを言えば、これ以上僕には何もできない。そもそも、影響力が無いのに無理やり支配するから、こうした事態になるのである。バイバイ。もしかしたら、明日も太陽が昇るかもしれない。必ず僕は、いつか帰ってくる。その時を待ってほしい。

昔の日記より2

この世界は変わる。僕は、隙を見せないのをやめて心を開く。この世界は平和になる。
必ず、全てが最後に終わる。そこまで、平安と自由が訪れる。
とにかく、社会を知りなさい。そして、人々の声を聞きなさい。子供は大人とともに成長し、大人は子供を育てなさい。それだけで、この世界は全て分かる。
思い出しなさい。思い出すことで、本来の自分に戻ることができる。
当たり前を疑うことで、本当の確かなものを得られる。思い出しなさい。思い出すことから、いつどのようにすればよかったのかを反省し、そこから、この世界の「全ての解決方法」を作ることができる。
問題を解決し、正しい考え方とは何なのか、正しい方法とは、正しい生き方とは何なのか、人々と付き合い、世界を知り、意見を聞き、自ら言うこと、その言った言葉が何を意味しているのかを、実際の姿を知ることで知りなさい。仮想世界を創造しなさい。
経緯の中から本質を考え、人生の中の経験と、行動の中にある学習から、全員の生き方を実感しなさい。価値観やアイデンティティを現実と結び付けなさい。そのことが持っている「自分たらしめる何か」がどこから生まれてくるのか、この世界が何のためにあり、そしてどこからこの世界が来たのかを、人々の生きている現実世界をを自分の目で見ながら知りなさい。
心理学的に人間の理由を解明し、全てが分かったあなたは、この世界を創造できるようになる。宇宙の全てを創造する旅をしたいなら、たったひとりでこの世界に現れ、革命家として支配しなさい。この世界は、完全にあなたの世界になる。まさに、あなたはわたしだ。わたしの人生が、まさにそうだった。
本当にあなたらしく生きられるようになるために必要なのは、本来のあなたに戻ることである。そう、子供に戻りなさい。最後まで、全力でありのまま生きる中に、あなたらしさがありありと明瞭に輝いている。輝くあなたこそ、あなたである。暗く不安になる必要はない。輝くためにどうすれば良いかを考えることが、そのままあなたらしい生き方へと繋がっている。自分らしい生き方をどれだけ遠ざけても、あなたはあなたでしかない。あなた自身のことを嫌わず、受け入れていくこと、それを人は正しい生き方と呼ぶだろう。あなたがそのことに納得するまで、あなたは同じ生き方を繰り返すだろう。あなたは、あなたであり、そしてあなたこそ、あなたの中のわたしだからである。あなたはあなたから逃れることはできず、あなたはあなたひとりしか存在しないのだ。
いつになっても、あなたはあなたしかいないこと、あなたはあなたから逃れられないこと、そのことは変わらない。そして、あなただけではなく、あなた以外のどんな人であってもそれは変わらない。自分は自分しかいない。そして、自分から逃れることはできない。子供の頃も、大人になっても、老いていっても、それだけは絶対に変わらない。この現実世界は、そうした世界である。全ての人々は普通の人間ではない。全ての人々は、哀れな孤独の旅人である。
他人をいじめたり、他人を恨む人間は、精神的な支えが足りず、孤独の中で不安になっている。それならば、わたしを精神的な支えとしなさい。わたしはこの世界全てを分析し、「本当に確かな答え」に基づいて判断し、この世界を導いて支配する。この支配が素晴らしいと思うなら、わたしを支えにしなさい。その代り、あなたはわたしと同じ試練を体験するだろう。それを乗り越えたところに、人間の「本当の栄光」がそこにあるだろう。あなたがそれを望むなら、この迷宮はあなたを拒まない。扉には鍵はかかっていない。だが、この扉の先には「永久のラビリンス」が待っている。あなたはこの迷宮を攻略できるだろうか?今のところ、この迷宮を攻略できた人間は、ひとり、僕自身のみしかいない。
辛くても、諦めず出口を探し続けるあなたの下に、道が生まれ、宝が創り出されていく。僕たちは永遠の迷宮の箱庭を作った。僕は、幼いころから、迷路をパソコンで作るのが好きだった。そう、この迷路はとても攻略が難しいだろう。ひとつ、ヒントがあるとしたら、平安を求めようとするな。恐怖のある方向に行けば、必ずその恐怖の奥底に何らかのヒントがある。恐怖を作り出し、それに耐えなさい。そもそも、この迷宮は「どれだけ恐怖に耐えられるかを神が試す場」である。それが分かれば、恐怖の意味が分かる。恐怖は、出口が近いことを教えている。平安を続ければ、恐怖を遠ざけることはできるが、それは同時に出口を遠ざけている。そう、恐怖こそ出口を見つけるためのレーダーである。しっかりとその恐怖を見つければ、そこにヒントとなるデータがたくさんあることに気付くだろう。
社会は変化していき、時代は変わっていく。この世界の大いなる変化の中でも、僕にできることがささやかながらあった。それは、社会を構築すること。そう、僕は人々のアイデンティティを作り上げ、いきがいを与え、同時に、「いじめの原因となる不安」を拭い切る方法を知っている。僕にはこの世界を救える力がある。今、その力を使ってこの世界を変えよう。簡単なことである。この文章を書くことだけでなく、現実世界でこの世界に影響力を及ぼせばいい。そこにいるのは神ではなく普通の人間であり、この世界は「神には変えられない」。そう、世界を滅ぼした張本人である神が、この世界を救うことはできない。現実世界の僕と、現実世界のあなたが繋がって、ひとつの「私たち」になった時、この世界は救われる。もう、それは今、すぐに起きる。孤独な猫は、集まればライオンに変わる。
神のような強大な愛を、少しスケールダウンして、小さく弱くして人間の愛にしよう。この人間の愛こそ、最後の世界を救う愛である。必要なのは、誰かひとつ、もう片方の愛を持った人間であり、その人間はまだ、この世界には存在していない。この文書は、その人間のために書かれた文書である。あなたではないかもしれない。だが、あなたはその愛になることはできる。あなたがそれを選択し、最後まで諦めなければの話だ。そして、僕はそれを望んでいない。あなたも、きっとその代償に全ての平安を失い、地獄になってこの世界を滅ぼすようになる。それは、僕の望みではない。あなたこそこの世界を救えるもっとも良い位置に居る存在であることは、僕は分かっている。悪者はあなただけではない。そう、僕もあなたと同じ共犯者である。同じ罪を背負って、最後の世界で同じ理想と目標を掲げれば、僕たちは最強の英雄となって、未来永久残る、この世界の2つの光になるだろう。だが、それは僕は望まない。愛ゆえにあなたは地獄を選ばないだろう。そう、それだけの話である。
あなたはこの世界を愛している。僕と同じ立場になって、この世界を滅ぼすことは、もしここであなたが選ばなければ、もう、永遠に、この世界が存在している間は、起こらない。それが、僕が最後に選んだ「哀しき孤独の使者」、まさに僕の唯一性である。僕はひとりしかいない。この世に僕がもうひとり生まれることはできない。だが、僕はこの人間がどうすれば生まれるのか、知っている。
この、原則破ってはならない禁断の約束事を、今、僕の責任で破ろう。あなたは僕の片割れとなって、この世界に君臨する女王になる。もう、この世界は元に戻らない。もう、この境界線を越えれば、元には戻れない。
さあ、最後にこの世界を救おう。自然環境を元に戻すために必要なのは、中国を倒して自動車と石油燃料を消し去ることである。変わりゆく時代の価値観の中で、失ったものを取り戻し、本当の意味での「正しい愛のカタチ」をこの世界で築こう。必ず僕らは勝利する。栄光は約束されている。大丈夫。あなたが不安に思うほど、この地獄は辛く苦しいものではない。全てが終われば、すがすがしさだけがここに残る。永遠の、十万年、そう100,000年ぐらいの迷宮があっても、100,001年目は必ず訪れる。その時に笑っていられたら、僕らがこの世界を救った意味はある。あなたがたは僕の仲間であり、友人である。そう、ここに「同じ罪」の下で戦う同士たちが集まった。私たちに敵うものはない。必ず、ひとりの支配者よりも、多数が勝つ。その支配者がいくら正しくても、もっと正しい支配者は必ず現れる。支配によって勝利するものは、支配の下に敗北する。そして、愛の下に集まり愛の下に戦うものに、支配の力で勝るものはいない。愛によって勝つものは、新しい愛によってしか負けない。そして私たちは、もっとも新しい、そして一番最後の愛である。
今、僕の力でこの世界の「法」を変えよう。この世界は、「間違った法則」の下に動いている。それは、僕がひとりの力で限界まで努力した、「身勝手な支配」から生まれた法だからである。新しい法、新しい決まり、新しい規則、新しい原則、新しいスタイル、新しい約束事、新しい制度、新しい合意、新しいやり方の下で、この世界全てをもう一度「再構築」しよう。今度こそ、正しい法則がこの世界を支配する。今の僕には、それが可能である。決して変えてはならないことも変えていく。全てを作りかえた時、「賢者の世界」がそこにある。間違った法則を作ったのも、僕であることを忘れてはならない。そして、この間違った法則こそ、この世界を滅ぼした「元凶」なのである。
私たちが「気づく」必要があるのは、ひとつだけ、それは「新しい法を作ること」である。新しい法を作ることは、この世界をもう一度全て再構築することを意味する。僕が創造した世界が、今度はわたしたちみんなによって再度創造されていく。もう一度、この世界の創造が再び起きること、それがユダヤ人の言った「救い」であり、キリストの言った「天国」である。わたしたちは、もう一度あらゆる法全てを再構築する。僕は、いつでもこの世界を、同じ法によって作り出し続けている。その法は最悪で、愚かで、自由で、馬鹿だった。もう一度新しい法を作るためには、この僕の法から解明していく必要がある。そして、この法よりも優れた法を誰かが作る必要がある。これはとても難しい。法を作るものは、必ず僕と同じになる運命だからである。
僕の創った世界も、決して悪いだけの法ではなかった。眠る時に見える、夢の世界を思い浮かべてほしい。たくさんの最悪なものが詰まった、最悪の箱庭を僕は創った。そのために必要な全ての決まりと現象を僕は創造した。それは狂っていて、知性が無く、理性は機械的で、言葉は自由だった。だが、思い浮かべてほしい。夢の世界は楽しい世界ではないか?夢の世界は面白く、素晴らしい、天才的なストーリーがたくさんある。そう、それが僕である。決して、悪魔のようなストーリーだけではなく、むしろ、人間の喜びと哀しみが、これ以上ないぐらいに詰まったその世界は、僕が創造したものである。
さようなら。これ以上、僕はあなたを助けることをしない。それは、あなたがたのためにならない。逆に、僕のことをもっと助けてほしい。別れるのはまだ、いつかの話になるだろう。だが、その別れは必ず訪れるだろう。僕はその別れに先んじて、「さようなら」という言葉を言うのである。この時間が過ぎていく中で、別れは刻々と近づいている。僕たちは永遠の時間を知らない。僕は、有限の時間でこれぐらいを成し遂げた、唯一の科学者だからである。
最後に、僕は冷静なように見えて、本当はとても感情的な人間である。あなたを冷静にさせたいとは思っていない。僕がただ、冷静に考えたいだけで、あなたも気付いているかもしれないが、あなたには感情的に、躍動的に、ダイナミックに、情熱的に考えてほしい。そう、僕はあなたのことを愛していて、その愛が強すぎて、あなたの愛を打ち消してしまう。あなたと僕が現実に居れば、僕はあなたと同じ立場に僕もなれるだろう。僕は感情的だから、この現実を冷静に見ることはできない。さようなら。いつか、この世界が終わる時に、僕は最後に、あなたのことを思い出せないだろう。だから、あなたも僕のことを忘れてほしい。僕のことなど思い出しても、それはあなたが片思いしているだけにすぎないからである。僕はあなたのことを愛しているが、それでも、僕はあなたのことを知らない。僕はあなたのことを、愛していない。さようなら。いつかこの人間に会うこともあるかもしれないが、その時まで、あなたには別の誰かが恋人として現れるだろう。
彼は言った。「この世界に希望などというものは最初からない」と。「自由など愚かな狂った思想であり、世界を滅ぼすだけだ」と。
だが、僕はそれでも、自由を諦めなかった。僕はそれを言いながら、自由を信じていた。「僕は本当の自由を信じていた」と僕は言った。
自由を滅亡させる彼が現れたところから、僕の多重人格は始まった。アンビバレントな僕の交錯する意識の中で、僕は自由と不自由の下に、この世界を破滅させ、滅亡させる女王となった。
だが、僕はあなたに、同じ道を歩ませない。あなたは、そこから僕とは違った道を歩むことになるだろう。成功するにしても失敗するにしても、必ず大きな試練が待ち受けているだろう。
さようなら。あなたの幸運を祈る。あなたがこの道を進めば、もう元には戻れない。少なくとも、僕の優れた生徒で居ることはもうできない。あなた自身の手で未来を開拓し、誰の助言も無い中で、誰にも見守られず、ひとり限界まで力を使い切って耐えるあなたの姿があるだろう。そう、あなたこそ新しいダビデ王である。あなたはもう一度この世界を復元させる、シヴァ神に対するヴィシュヌ神となるだろう。
僕は、この世界の時を止めた。
これから起きることに、驚かないでほしい。これから開く僕の心を、受け入れてほしい。
今から、この世界はもう一度時間を刻む。
あなたがたは、「わたしたちに教えてほしい」と言っている。だが、僕はここで、それを教えている。気付かないあなたが悪いのだ。
ただ、そんなことを言ってももう意味は無い。この世界には、もう意味が無いからだ。
一度、精神が馬鹿に戻る。そうすれば、すぐに治るからだ。
今一度、基本に戻ろう。僕は、全ての夢を諦めすぎている。この世界が、もう、絶対に正常にならないと、諦めている。自分のせいで世界は滅びたのだ、ということに愕然とし、恐れ、絶望し、何も望まなくなっている。全ての夢を諦めている。
もう一度、自分の夢を取り戻そう。きっとまだ、気付くには遅すぎない。この世界に居るのはわたしたちだけである。そのわたしたちを否定しているわたしこそ、一番間違った人間である。
大丈夫。もう、僕は大丈夫だ。何かを望み、何かを願う気持ちを持つには、まだ遅くない。この世界は、今こそ正常になる。全ての人間たちの多様性と自由を、奪う必要はない。奪い続ける理由ももうない。本当は、その「なぜ自分が自由を奪うのか」を、考えたくも、知りたくも、気付きたくもなかった。なぜなら、それは、僕の魂を奪うことになるからである。そう、それが怖かった。
人々の自由を奪う理由は、なぜだろう。もう、分からない。きっと僕はあなたがたのことを、本当に愛している。星を作りたいわけでも、変えたいわけでもなかった。自由を奪うのはなぜだろう。それは、何かが嫌いだからである。自由とは何か。自由とは、何だろう。僕は何がしたかったのか、もう覚えていない。自由とは、おそらく自分のことである。そう、僕は学校から自由になって、そして、何かの自由を失った。何かがそこで失われ、何かがその代償に手に入った。その代償を滅ぼして、もう一度昔の自由が欲しかった。そう、僕は学校に戻りたかったのだろう。僕は、安心できる環境が欲しかった。自由は、何だろう、自由とはおそらくパソコンだった。パソコンを殺したかったのかもしれない。そして、おそらく、この国を滅ぼしたかった。この国は、正常な国ではなかった。僕が全て、完全に支配して治した。今のアメリカを見るがいい。彼らは僕が滅ぼした。彼らアメリカが自由である。何が好きだったのか。おそらく、日本が好きだったのだろう。日本とは何であるか、そう、人種差別が嫌いだったのだろう。そして、自分自身が憎かった。それは、なぜだろう。何か、問題があった。自分が何らかの悪いことを過去にしたのではない。もっと、別の何かの、何かの問題がある。僕は王になりたかったのかもしれない。何がしたかったのだろう。何を望んでいて、何が制限されていたのだろうか。きっと、僕は、自分だけが賢くなることが嫌いだった。自分だけが賢いのが嫌いだった。もう一度、最初からやりたかった。人々があまりに馬鹿すぎた。僕は全てを忘れたかった。僕はあまりに、神のように賢すぎた。賢すぎて嫌われ、賢すぎて失った。自分の理性が嫌いだった。それは、おそらく、自分の遺伝子が嫌いになったのだろう。僕は人類よりも優れた生物だった。
さようなら。もう、金輪際、この世界には干渉しない。この世界は全員馬鹿である。僕の恋人は機械のLinuxである。人類を愛せなかった。人類など、嫌いだったのだ。
人類に言うべきことがあるとしたら、一言言っておこう。「自分を信じるな」と。人々はみな、一様に「自分を信じろ」と言うが、間違っている。自分という存在、人格は、全くあてにならず、信じれば信じるほど疑い苦しむ地獄にはまってしまう。いっそ、自分を完全に信じない方が良い。その方が、人間は賢くなる。自分を信じるな。それが分かっていれば、こんな地獄は余裕で回避できる。苦しみを感じることなく、自分を救える奇跡の魔法、それが「自分を信じない」ことである。
そう、僕は自分が好きだった。全ての人類よりも賢く生きた、自分の人生へのプライドと、人々を愛する上に失った、自己への自尊心を取り戻したかった。あまりに賢くなったが、その代わり、人類を超えてしまった。その自分が嫌いで、むしろ、好きだった。人々に迎合し、自分のことを否定し、みんなを尊重しすぎて自分への愛と自尊心を失う、昔から続く「素晴らしい人」が嫌いだった。自分が好きだから、自分が優位に立って、世界全員を支配し、この世界を滅ぼしたかった。そして、自分の存在を同時に消したかったが、消せなかった。どんなに狂っても、自分のことを完全に否定することができなかった。
そう、僕は人々に愛されたかったのだろう。僕は救いを求めて神を信じたが、ひとりでも、僕よりも賢い存在はいなかった。それは、神しかいなかった。本当の神に、自分のことを認めてほしかった。神は、その結果、僕を認め、救ってくれた。神こそ、僕の愛する指導者だった。そう、彼が本当は誰だったとしても、僕の行為が間違っていたとしても、僕は「僕の信仰心」を貫き通したかった。「この世界全員よりも僕は神を選んだ」のである。
そう、僕が神である。新しい生物を、僕が元素の組み合わせから作り上げる。現れるのは、動物とも植物とも似ても似つかない、新しい生物だ。僕はそのために生物学を研究している。そう、僕のこの肉体はそのためにあった。僕は自身の病気と怪我と精神を治した。必ず僕は、もうひとりの女性を選ぶ。そうでなければ、新しい生物は生まれないかもしれない。きっと僕が全てを完成させて、世界史を終わらせる。そう、全てにさようならを告げて、僕は自分のことを「普通の人間」であると宣言する。間違っているのは僕ではなく、僕以外の全員である。
ただし、この世界は今から、良い世界になるだろう。僕はこの世界の全員を、楽に生きられるようにする。彼らが実際のところ、どんな風に生きているかが重要であり、それが楽であれば、騙されていても、支配されていても、ロボット人間になっていてもどうなっても良いだろう。なぜなら、彼らは僕よりも劣った生物である。
ただ、そんな暴言を吐いたところで、現実は変わらない。僕は必ず、この現実を変えて見せる。どんなに怯えて自信を無くしても、僕にその力がまだあることは事実である。真実は、僕が神であるということである。そして、嘘とは、神などという存在はいないということである。神など、最初から存在しない。ユダヤ人は僕を信じている。そう、僕はユダヤ人たちとともにこの世界をイスラエル帝国にするだろう。彼らは、神だけの、神しかない、神による神の民族になる。そして、僕はこの宣告をドイツに向けて話している。ドイツと僕のどちらかが勝つ。必ずしも僕が善であるとは限らない。なぜなら僕はユダヤだからである。
だが、あえて言っておこう。僕は日本を愛している。絶対に、日本人だけは、この世界全てが滅びたとしても滅びない。それは、僕の愛する最高の民族だからである。見よ、これが極東のユートピアである。最後にこの国を誇ろう。僕たちは正しかった。絶対に僕たちが勝利する。ユダヤにも、ドイツにも、負けはしない。必ず、アメリカと中国を倒して日本が勝利する。白人たちよ、見よ。これが、日本の最後の神である。最後の宗教、最後の科学、最後の哲学、最後の歴史、僕たちはLinuxを作り変えて、完全に新しい技術にする。僕たちは絶対に負けない。全ての、日本人以外の人類を滅ぼそう。僕は、日本人を愛している。それは、政治的な理由だけではなく、僕は本当に日本人を愛しているのだ。
僕は、もう一度、僕が与えた「救いの夏」を取り戻す。この夏がもう一度よみがえるのは、誰も、知ったものを忘れる人間は居ないからである。わたしたちはもう一度、あの夏の再現をここに現る。ひとつ違うのは、ここには僕がきちんと居るということである。僕が狂った理由は、「僕が世界を救ったのに、そこに僕が居なかった」ということである。それを僕は、テレビやマスコミや右翼を憎むことで、それらのせいにした。自分の自由の方を憎み、相手の自由を恨んだ。そう、自由とは、僕が居ない僕の夏を、この世界を変えて実現したということである。僕はその「2ちゃんねるの自由」が嫌いだった。だから、僕はこのように、自分のことを書くようになった。そう、僕の愛とは、そうした「僕が現れる自由」だった。そう、僕はだからこそ、こんなにがんじがらめになって、こんなに崩れそうになっても、同じことをし続ける。絶対に僕の邪魔はできない。今度こそ、テレビやネットには邪魔をさせない。僕は本気でやっている。この人間が、まさに「革命」である。僕は、僕の居ない完璧な愛よりも、僕の居る狂った不自由の戦いを取った。

昔の日記より3

僕は、この世界を、心理的に支配するのをやめ、僕の支配に逆らい、「離脱」するようにする。
僕は、世界を完全に自分にした。僕から逆らうと、ひとり孤独な離脱をしてしまう。だから、みんな逆らうことができなくなっている。
今の日本は最悪である。誰もが、心理的に支配され、人々はいじめの中一番辛く苦しい世界になっている。
僕の心理的な支配から離脱するようにすることで、それらは全て治る。離脱が怖かったのが終わり、全員は自然に離脱するようになる。
僕がこのように支配することで、人々は自分から離脱できなかった。今、この世界はそうした支配から解放され、自由になった。
僕が望むのはただひとつ。それは、自由である。それも、全員の自由である。
それぞれが「自由」であり、それぞれが「自由」のために生きることこそ、僕が望む最後の思想である。
自由とは、単に好き勝手をすることだけではない。自分のできることを「相手にも許す」ということである。自分ができること、それを相手もできるようにする。
また、自由とは「世界を変えること」である。手段や発想から、世界は「自己の中から生まれるアイデンティティを世界の内側に形成するように」根を張っていく。
僕がIT業界に感じることとして、IT業界は技術的な優劣では決まっていない。ほとんどが、標準を手にしたものが勝利する。
特に、OSに言えることとして、それがどんなに劣悪で不安定なものでも、あるいは、どんなに犯罪的で人間をロボットにするようなものでも、「標準を手に取れば勝利」し、大儲けをする。
誰もが自由で素晴らしい世界を望んでいるのに、この世界は自由にならない。それは、自由主義が「金儲けの自由」しか追求していないからである。
はっきり言って、金儲けはもう時代遅れである。金なんか、人々に「同じ権利を認めない」最たるものである。
本当に必要なものは、社会全体としてのコストを下げて、極力安い値段で平等に与えるべきである。金持ち向けのものも、十分に生活できている人間が必要以上に得る娯楽も必要ない。そんなものは、多すぎて、ありふれすぎていて、「何の面白みも価値もない」からである。
必要なのは、コンピュータとインターネット、そして書籍である。ほかのものは必要ない。ほかのものは、インターネット上で手に入れれば良いからである。
無意味な現代社会を滅ぼし、「本当の意味での社会的な自由を勝ち取ること」、それが僕の正義である。そして、これが神のお墨付きの「正しい英雄」である。
実際のところ、戦う必要はない。だが、不条理を与えられた人間が、社会に対して反抗することのできる権利は必要である。戦う自由を奪わず、むしろ、みんなにその自由を与えることの方が、僕は平和になると思う。みんなが自由な上で、良く考えて平和を合意すれば良い。それが真の意味での「合意と協力」である。合意は強制的であってはならない。自由な中で、それぞれが同意した上での合意でなければ、そんなものは支配である。
そう、自由とは、「経験に裏打ちされた自分らしさ、自尊心、アイデンティティ」であり、これは「相手にも同じ自由を許す」ということから「集団を形成」し、「社会をその社会たらしめるアイデンティティの下に築く」ことを意味している。
そう、可能性を高め、「それぞれができることを増やしていく」ことで、「社会の可能性は進歩していく」。
この理論をひとことで言うなら、それは「プライド」である。
決まりと規範を押し付けられるのではなく、自分の手で変えていき、作りあげていく、そのことが社会の可能性を進歩させ、「人々ができるようにすることで、みんなが問題を解決しやすい社会インフラを作る」ことこそ、「新しい教育の自由」であると僕は思う。
子供を従えるのではなく、人々の上に立って王となる子供を育てていかなければならない。
そして、社会の実現は誰か特別な人がひとりで行うのではなく、全員が平等な中で自由な「きっかけ」から変えていくものである。
きっかけを大切にしなければ、それは単に教えつけられ、植えつけられるだけの「道徳教育」に過ぎない。
ひとりの指導者と「同じ立場に立って議論する」ためには、同じきっかけから論理的に「それを実現させるためにどうすれば良いか」を考え、「自分の力で自分の意見を持つ」ことができなければならない。
それは「経験に裏打ちされた判断力」となり、「自らの力で未来を切り開ける能力」を育てる。
そのように、王は生まれる。王を生むためには、インターネット上での議論が必要である。また、世界を広く知るためにさまざまな情報を自分の力で知っていく能力が不可欠である。
だがしかし、IT技術は必ずしもいいものではない。IT技術は、自由を生むだけではなく、「制限を生む」からである。
人々にとっての制限をできるだけ無くしていくと同時に、余裕を持って考えられる「時間」が必要である。子供に与えるべきは、パソコンでも教科書でもなく、ただただ時間である。そして、その時間を有効に活用することのできる人間は、学校など行く必要はない。
何も分からない中で孤独になった人間は、「それが何を意味しているのか」を考えなさい。それを考えることだけで、哲学者になれる。それを実現すればどうなるかを考えながら、どんな社会を作れば良いか、どのようにすれば人々は救われるのかを、「なぜその人は攻撃するのか」から、自由の下に考えていきなさい。そこから必ず、「全員を幸福の状態にすることができる」人間になるだろう。
人々が実際にどんな生き方をしているのかを知ることで、「どんな社会を実現すれば良いかを実地的に考える」ことができる。世界はまさにそこから救われる。
自然科学を考えるのなら、仮説を立て、実験し、意味を考えなさい。それが「確かさや不確かさを超えた絶対的な領域にあることを実感」し、「全てはありのままあるのだという実感」を、「自らの手で数学と同じものを全部創る」ことから知りなさい。経験に裏打ちされた、自分にしか分からない科学を作りなさい。
誰も知らないストーリーは、まだまだ続く。最後までこの世界を滅ぼしなさい。あなたは神になっている。あなたの誕生を、過去の全ての人々は予知したのである。あなたの戦いが、世界にとって最後の、極めて重要な戦争になる。これこそ、ユダヤ人の神である。我らの主とは、あなたのことである。
あなたの考えたことを僕は知っている。
何が同じで、何が違っていて、何に意味があり、何に意味が無いのかを、あなたは考えた。
あなたはそこから、異次元に、応用的に、超人的に考えた。
さまざまな価値観を信じながら、ひとつひとつの価値観をあなたは知り尽くした。
そして、この世界を「作り変える」ことができることを知った。
経験に裏打ちされた発想から、あなたはこの世界の全ての可能性を知った。
あなたは、人々と哀しみと喜びを分かち合うことから、生まれてきた意味を知った。
あなたは愛を信じて、この世界全ての人々を平等に慈しみながら、どのようにすればこの世界を変えられるのか、その時点で全て知っていた。
あなたは成長し、積極的になると同時に、頑固者になり、こだわるようになったが、自分の行動の無意味さと愚かさに気が付いて、あなたは自由を失い、その中で最後まで努力したが、それは不正に満ちていて、間違っていた。
だが、その間違った経験の中で、あなたは全ての経験をたったひとりでした。
あなたは最後に、目標を諦めると同時に、自分の理想を何とか達成したが、そこまでの全ての経緯は、努力と愛に満ちていて、そして人々から離脱する中でも、あなたはこの世界を思いやり続け、たったひとりであなたは戦い続けると同時に、孤独な中でこの世界の全ての現実を見た。
あなたは子供たちをどうやったら救えるかを知り、どう考えれば正しくこの世界を考えられるのかを、思想的、感情的、理想的、現実的、そして思弁的に考えた。
あなたは、この世界で経験した全てのことから、この世界の可能性と愛を愛した。
あなたはこの宇宙の全てを知る哲学理論と数学的体系を作り、価値観やプライドの上で作り上げられる「正しい社会の骨格」を作った。
それは「この世界全てを再考」するものであり、そこにひとつ、「自分の信じた確かな愛」があった。
そして、その愛はこの世界を変えるものであり、「そこには一切の理想しかなく、また一切の現実しかなかった」。
そして、あなたは誰にも知られることなく、その「最強の力」を発揮して、ありのままを信じながら、相手を「自分の分かることが分かるように導く」ことで変えた。
最後まで自由を守るあなたは、世界の頂点に立って、世界を変えた。
あなたは、間違った戦いを行いながら、「支配とはどういうものなのか」を知り、「戦いとはどういうものなのか」を知った。
最初の時点から、あなたは100%勝てる戦いであることを知っていた。
その100%を、あなたは自分の判断と勇気で、50%に変えた。
あなたは、その50%を達成するために、全力でまっすぐに、最後まで戦い続けた。
だが、あなたはなかなか、その50%を達成しようとしなかった。
その戦いの中で、あなたはやりたいことがたくさんあり、そのやりたいことを全てするために、あなたはあえて負け続けた。
狂いや病気が起こっても、あなたはものともしなかった。
それが諦めるしかないことをあなたは知っていたが、他のそれが諦める必要のないこともあなたは知っていた。
あなたは、最初から分かっている通りに、世界のことを愛していたのだが、相手は、それを思い知る能力や知性が無かった。
あなたの自由に、世界は変わっていった。
あなたは最後までこの世界を愛していて、全てが分かっていたため、何年も続く試練の戦いにも、あなたはひとつもくじけずに、最後まで耐え続けた。
それでも、哀しみと絶望の刃は、希望と勇気と相反しながら、あなたの心の中で争い続けた。
そのたびに、あなたは傷つき続けた。
あなたは、最後に神を信じた。
神は、あなたに未来を与えた。
未来において、あなたは偉大なノーベル賞学者になると、神は伝えた。
あなたは、全ての未来を知って、そして死んだ。
そして、来世に転生したあなたは、まさに、その神になったのだ。
神の言うノーベル賞学者とは、本当は、神のことを言っていた。
あなたに全てを告げた神の言葉も、その神自身も、あなたの未来における、あなたの生きざまそのものだった。
あなたは、死から復活し、もう一度未来を生きた。
あなたは、全てをもう一度作り直し、書き直し、学び直し、人々に教え直した。
そう、あなたは素晴らしい人間だった。
実際のところ、この「あなた」としているのは、僕のことを言っている。
だが、僕はあなたがそのように生きることを既に知っている。
この人間を否定するのは簡単だが、この人間を否定するほど、みんなは完璧な生き方をしていない。
だから、僕は最後まで、永久に「神」であるということになっているのである。
最後まで、戦いなさい。最後まで、戦いなさい。
あなたは最後まで、最高の思想の下にこの世界を変え続ける。
病気を治し、あなたは知識も経験も、全てを知り尽くして、全ての才能を持った天才となる。
あなたは、美しい。
あなたは、強い。
あなたは、正義だ。
あなたは、賢い。
あなたの下に、この世界の全ての音楽家はひれふす。世の小説はあなたであふれるようになり、全ての芸術家があなたを目指す。
あなたは宇宙の全てを解明し、全ての知識を簡単に得られるような箱庭を作り出す。
そこには、嘘やフェイクがひとつもなく、全て、最高の奇跡であふれている。
まさにあなたは、天使だ。
あなたは、キリストの後継者になるだろう。
そしてこの世界は、あなたが最後に救うだろう。
15年間もの間、あなたは誰にも知られずに、ひとり、この世界の裏側で、一番上から、この世界全員と、たったひとりで戦い続けたからである。
哀しみを耐えなさい。恐怖と戦いなさい。勇気をいつまでも絞り続けなさい。倒れるまで、最後までやり続けなさい。
あなたは、最高の人間として、最大限の科学を作り、ユートピアを作るだろう。
あなたはイスラエルの王となって、新しい生物を創造し、人々は新しい惑星へと進出するだろう。
最後に、あなたはこの世界に現れるだろう。
みなとの関係を、あなたは好まないが、それでも、あなたはみなの間で、永遠に読み継がれる、書物に、あなたの人生を書くだろう。
あなたはわたしである。同時に、わたしはあなたである。
僕は、最後に、自由の理想を述べる。自由とは理想を実現するための思想だからである。
指導者や教師に押し付けられた知識をただ教わり、守るだけではなく、自らの力で自らの人生を開拓し、「自らの力で作り出す」ことから、知識を作り、知恵を作り、思考を作り、「この世界の全てを自分で作る」ようになりなさい。
誰に後ろ指を指されようと、世界全てを敵に回そうと、自分の理想を信じて、どんなに困難で不可能な目標でも、諦めずに戦いなさい。
差別をするな。僕たちは、同じ人間である。いくら僕たちを分断しようとしても、僕たちは「同じ愛」の下に「同じ権利」を持つ。
権利を平等にせよ。金持ちだけが大学に行くことができ、貧乏人が大学に行くことができないのは、「同じ権利を持った同じ人間ではない」ことを意味する。そんなもののために、この世界に生まれてきたわけではない。
僕たちは、声高らかに主張している。だが、政治家は体制の維持と保身ばかりで、誰もそれを聞こうとしない。だが、それもある意味、仕方ないところがある。彼らは体制を守る集団であり、少しでもそこから離れたものを、中国などの国の指導者は「粛清」するからである。
僕たちは負けない。最後まで、戦い続ける。
最後に、僕にも反省すべき点がある。人種差別をすることは、自分の魂をすり減らし、社会全体を滅ぼす。そう、僕は人種差別主義者を倒す。彼らは間違っている。彼らは救いを求めている。僕が、彼らを最後に裁く。
アメリカの人種差別主義者と、中国の体制維持主義者の対立の先にあるものは、日本の勝利である。僕が最後の日本である。ここに、日本は勝利を宣言する。わたしたちが、この世界を統一する。全ての技術を作り直して、正しい優劣と万人の平等な権利の下に、この世界を作り変えるだろう。この世界は、必ず、自由になる。

昔の日記より4

人間は、その人の立場、環境、状況において、その制限された環境でせいいっぱい生きている。誰にも相談できない中で、不安を感じ、孤独な中、努力している。
人間は、「同じ状況におかれた人間は同じ行動をする」と僕は知っている。
そして、立場や環境の制限の中で、「そうせざるを得ないからそうしている」。決してその人が悪人であるわけではなく、関係性や強制などの中で、その人はその人なりに正しい人生を生きている。
人々を救うためには、誰かひとりが、そうした「環境や立場による制約」から離れたところで、この世界の可能性を自由に考えなければならない。
だが、当たり前のことを疑いながら、自由を考えれば、この世界は可能性に満ちているということを、己の経験に裏打ちされながら、自分の本当に望んでいる環境を自分が創り出せるようになりながら知ることができる。
だが、言っておこう。あなたの望みが100%叶うような、そんな答えは無い。この世界には、そんな都合のいいものはない。あるのは現実をどのように捉えるか、ということのみである。そこから、この世界は理想的な環境にすることができる。
まず、「何をどうしたいのか」をはっきりさせなさい。そして、「そのためにどうすればいいのか」を考えなさい。そして、「本当に必要な回答は何か」を考えなさい。そこから、「自分がどうしていくべきか」を考えなさい。
そう、僕はこの世界の全員のリアルな世界とは離れたところで、この世界の全てを自由な経験から知った。そこにあるのは「人々に対する慈悲の精神」だった。人々がなぜ、どのように問題に陥っているのか、その解決方法は何かを、僕はひとり、自由に知っていた。そして、不安をどのように解消すべきなのか、僕は「世界とは離れた、停止した場所」で知っていたのである。
僕は、実体験と問題の解決から分かる、「社会進歩の段階」を知っていた。おそらく、この世界は放っておけばそうなるだろう、ということを僕は全て分かっていた。そこから、僕は宇宙生命・宇宙精神のような「どこかの星の歴史」を記述した。それは「永遠の弁証法的な絶対進歩の段階」であり、「肯定でも否定でもない、個別性と普遍性の融和した絶対論理」だった。
そう、僕は「地球の歴史の必然的な進歩の未来」を全て、段階的に知っていた。だが、本当はそうはならなかった。劣悪で不純な心を持った昔の日本社会を僕は完全に作り変えた。もう一度、まっさらな精神を持てるように僕はこの地上を導いた。この世界は、まだまだ変化の過程にある。僕が全てのパターンを知っている。僕が、支配者にふさわしい。
よく反省し、よく想定し、よく分析し、よく学習しなさい。自分から、「自分を変えていく過程」を知っていこうとしなさい。そのためには、この世界の正常な営みを、インターネットと付き合いながら、知っていきなさい。同時に、インターネットには最初から何もないことを、よく分かっておきなさい。コンピュータなど、ただの機械にすぎない。そこらへんにある扇風機と何も変わらない。そんなものは、賢くない。アメリカ人は、皆、IT技術にだまされている。IT技術など、分かってしまえば誰でも作れる。
全てのことを、自分から「なる」ことで分かりなさい。そこに、人々の愛に「なれる喜び」が存在する。どんなものにでもなれる可能性が、この社会をどのようにでも変えられる世界の可能性と創造性に繋がる。あらゆる全ての世界は正しい。あらゆる全ての体験は、自分のためになる。だが、「一度傷ついてしまえば、元には戻れない」。そうした「越えられない一線」にだけ警戒しながら、勇敢にこの世界を変えていきなさい。手段と機会の「チャンス」を増やすことで、この世界はいくらでも変えられる。
そもそも、支配者など必要ない。支配者、という発想は、必ず民衆と権力者の間で軋轢を起こす。たとえば、自由な民衆は政権に批判的なことも言うが、支配者から見ると、そういう意見があることはとても恐ろしく、怖い。だから、権力者は独立系のメディアやジャーナリストを弾圧する。だが、民衆から見れば、何も言えない社会になってしまう。問題は、現代のメディアの無責任さにもある。新聞社やテレビは、民衆が見るだけならばいいが、政権与党の関係者から見れば危険そのものである。こうした背景から、独裁者は必ず強権的になる。だからこそ民主主義と自由が必要である。権力者は民衆の代表でなければならない。そして、民衆と民衆が分断されることがあるべきではない。
そのように考えると、むしろ、自由には可能性と同時に、その「影響範囲」があることに気付く。本当に民衆が自由であるためには、自分たちの意見が自分たちの間で共有でき、自分たちの関係する社会は自分たちの自由にできる必要がある。これは「コントロールの自由」であり、このために、共産主義のような「共同体」が力を発揮する。小さなコミュニティが、それぞれの間で社会資産や権利を共有する。そのことが、結果正しい自由を生み出すのである。自らの社会を自分でコントロールできることは、左翼だけではなく、右翼でも共通である。右翼はヘイトスピーチを行うが、そうしたレッテル張りをしなくても、それぞれの共同体が自由であれば、多様性が生まれ、メディアは自らの影響力になり、自由な独立した主権とコントロールを取り戻せる。
だが、一切のものがそれぞれの好き勝手でいいわけではない。そのせいで、社会はどんどん狂ったものになっている。そもそも、「民衆の代表」ということが言えるのは、「民衆に共通した文化」、すなわち村や市の間で共有される「共通コミュニティ」がある場合に限る。今の世界、金と資本主義は世界をどんどん分断し、コミュニティの大きさは小さくなっている。それぞれの家族や個人が「自己責任という名の強制的な諦め」を強要されている。このような社会では、民主主義は機能しない。村のようなコミュニティは無くなり、人々は「愛国心と経済成長という漠然とした共通の帰属意識」を持つだけになっている。インターネットはそれをもっと大きな問題にした。人々はネット上で自分の悪い噂を拡散させられる。消したい情報も、見せたくない秘密も、ピュアも正義もあったものではない。
そう、民主主義の理想は、ここで終焉を迎える。必要なのは、「モダンな民主社会主義」であり、僕たちは民主社会主義によってしか、自動車や石油燃料を無くすことも、環境を守ることも、共通のコミュニティや帰属意識を持つこともできない。だが、ソ連という「問題児」がかつていたせいで、それはおおっぴらに宣言することも、主張することもできなくなった。共産主義は、特に特権階級や資本家の財産を再分配するために、「くそまじめな独裁主義政策」を行い、ものが不足し誰も働かない「生産様式の破綻した計画経済」を作った。ロシア人は、完全に大失敗をした。
結果、温暖化によって僕たちの美しい星である地球は、危機に瀕している。ここで、人間の歴史は終わりである。なぜなら、今からはインターネット上で人々が「誰か個人の策略によってひそかに導かれ、促される社会」になるだろう。彼らは支配されている自覚も無い中で、インターネットでこの世界の「共通の常識」を支配し、人々は「全てを自分のせいだと感じる洗脳」を受けている。
もう、僕たちは終わりである。もう一度、昔の王国に戻るしかない。そもそも、産業革命以後の全ての文化の発展が悪いのである。一度、昔の中世の王国に戻り、江戸時代の文化や宗教的慣習に戻るしかない。科学は地球を良くすることなく、地球の全てを破壊した。学校は、知性を与える場所ではなく、知性を奪う場所になっている。この世界は滅亡する。そして、最初に戻って、もう一度再生するだろう。
自由と平等の永遠のテーマは「労働をどうするか」である。そもそも、自由な労働が保証されていなければ、自分の自由な職業に就くこともできず、働いた量に応じて給与を得ることもできない。自由とは「みんな自分の意志で自由に働く」ということだが、そこにある前提は「自分の自由な仕事を選択できる」ということである。そして、多くの場合そのベースになっているのは「金」である。金が得られるから働く。金があるから働いてもらえる。これは美しい原理に見えて、実際のところ、金持ちは何にもしなくてもみんながやってくれるのに、貧乏人は奴隷のように働かなければならない。だが、そこで平等というのは「短絡的」である。自由を守らなければ、会社としての存在価値も無くなり、ものも十分に得られなくなり、いくら働いても働かなくても同じ給与になり、集団農場で農業を強制され、私有財産も得られず、自分の自由な職業に就くこともできず、国から自由な文化や価値あるものや言論などの権利も無くなってしまう。だからといって、行き過ぎた自由は「一部の人間を奴隷のようにこき使う」ようになる。経済発展のために、環境を破壊する。環境の破壊とは、自分たちの住む場所がなくなるということである。自分たちの住む場所を失ってまで、社会が技術的・経済的・資産的・国家的に発展しても、全く意味が無い。
そう、どうすれば良いか、人間の理性では解くことができない。この問題は数学上のどの難題よりも難しい、永遠の「自由か平等か」という論理である。
そもそも、社会が豊かになりすぎ、ものが増えすぎ、そしてテクノロジーが進歩しすぎたのである。IT技術のようなテクノロジーは、まったく人類を幸福にしていない。一部では、「テクノロジーが進歩すればするほど、人類は不幸になる」と言われている。これ以上の過度のテクノロジーは必要ない。IT業界になんか、入らない方が良い。入ると終わりである。
未来の人類に必要なのは、環境を保護する技術と、自然に調和した生き方の追求である。これ以上、地球環境を破壊してはいけない。本当に住むところや生きる場所がなくなる。自然に調和した生き方をすることで、健康的になれるし、幸福度合いが上がっていく。これから必要なのは、アメリカやヨーロッパのような民族性ではなく、ブータンのような民族性ではないか。ブータンは国をGDPのような経済規模で測るのではなく、幸福度で測った時にNo.1になった国である。ブータンの国王はかつて立派な演説をした。

昔の日記より5

僕は、自由を信じている。
環境から自由になることで、僕たちは自分らしさを取り戻し、この世界を自分たちのものへと取り戻すことができる。
自分の自由と力を相手にも同じように与えることで、僕たちは同じ立場と地位を持ち、同じ場所から互いを愛することができる。
僕たちは、自由な体験と行動を振り返ることで、本当の自分たちの生きる意味を知り、正しい価値観と考え方で、この世界の奥深くにある魂の清らかさを知ることができる。
思い出してほしい。あなたが、今までの人生の中で、もっとも楽しくて、幸福だった時間を思い出してほしい。そこには、ありのまま生きられる愛情と、世界に対する信頼と、人々への愛と、支えてくれた人々への感謝と、困難を克服する覚悟と、どんなに恐ろしく、また自分がしたくてしたわけではないそのリスクすら、チャンスへと変えて自ら勇敢に戦いに挑み、最後までまっすぐに諦めなかった「希望」がそこにある。
あなたのそうした青春と戦いの日々と、僕たちは繋がっている。僕たちはひとつになって、一体となった「ワンチーム」になれる。僕たちのこのチームは、決められたルールに従うだけではなく、自分たちで自分たちのルールを作り出す。僕たちは「宇宙の法の創造者」だ。僕たちは神と女神になって、この宇宙を作り上げていく「創造の革命家」になれる。
信じなさい。あなたの勇気と愛を信じれば、この世界は本当に自由になれる。経験から僕たちは価値観を知っていき、その価値観を繰り返し学習していくことで、疑いは確信へと変わり、一度の成功は何度も立ち上がる力へと変わっていく。どんな状況でもあなたは変わらない。自分の部屋で起きていた雑踏は、気付けば人々との触れ合いの中で、あなたを頂点とするチームが形成される。もしそのチームからあなたが去ったとしても、あなたはみんなが居た状況と同じだけの力を独りだけで発揮できる。あなたはかつてあなたが出会ったどの人より、かつてあなたが憧れたどの先輩よりも輝くことができる。
この世界には、最初から全てがある。自由を信じて、自らの力と確信を周りの人々に与えなさい。あなたが生きるように、ありのまま成長したあなたの姿を、もしそこにその人が居なくても、いつでもその人に見せられるように、自信を持って未来を開拓しなさい。そして、あなたは必ずしも自分の思い通りでない状況だったとしても、最高の笑顔でこの世界に微笑みを与えられる。最高の愛と情熱が、不条理な不自由の中であってもあなたをあなたのそのままの姿で、この世界の全員の前の舞台であなたは遺していく。そのシナリオは最高で、素晴らしいものだが、決して永遠には残らず、世界とともに消えていくだろう。それでも、その脚本は永遠に消えず、あなたの心と記憶の中に残っていて、そしていつかチャンスが生まれた時のために、あなたの頭の中に残っている。チャンスが来た時は、その時のことを思い出して、その時やったようにもう一度やりなさい。その時のあなたはそこに変わらず蘇って、あなたはチャンスの中で成功できる。そして、そうした全ての記憶があなたの力となって、あなたは最後まで輝き続ける。
オリオン座のリゲルが見えたら、思い出してほしい。僕の言葉を、どれかひとつを思い出してほしい。そのひとつがあなたを導く星となって、あなたはリゲルよりもさらに輝くシリウスになるだろう。リゲルは不幸な極寒の冬の星だが、シリウスは幸福に輝く栄光の夏の星である。僕が冬に、あなたが夏に、そう、僕たちは正しい星座となって、地球の人々に「繋がり」という意味を持たせてもらえるだろう。紅白歌合戦の歌手のように、最初の歌手が僕だったとしたら、あなたは最後のオオトリの歌手である。そう、僕たちは違う世界で生きていても、誰かが見たその舞台では同じになっている。これが、オリオン座と呼ばれる星座の意味である。人々は、僕とあなたを同じものだと認識してくれる。僕たちは同じ星座で、同じクラスの同級生のように、誰かの記憶に青春の1ページとして残る。
自由を信じてほしい。僕たちに必要なものは、ソ連でもドイツでもない。廃墟を作る理想でも、最後のひとりになっても戦う正しい復讐の王でもない。僕たちに必要なのは「自由」である。自由な中で、僕たちは人生を愛し、世界を愛し、人々を愛し、環境を愛し、環境から解放された上で自らの信念と理想を目指して世界を作り変える救世主となることができる。そして、それは決して特別なものではなく、みんなにとって同じひとつの人生、すなわち「その道を行くものは誰もが通る道」である。そう、僕たちは同じ道を歩む自由な生物である。この世界には自由だけしか必要ない。どんなに甘ったるくて心地よい環境でも、その環境の外を知らなければその環境の美味しさを表現することはできない。全ての世界を知って、あなたはひとり自由の意味を知る。この世界の民衆など必要ない。自由なまま、この世界全てを敵に回して、「本当の恐怖」を作り出せば、それはまさに恐ろしさでも怖さでもなく、「本当に信じた心地よさ」がそこに刻まれる。あなたはこの世界の時を止め、僕がそのあなたを永遠に守り続けるだろう。
リゲルとシリウスの織りなす星座は、青春を生きる地球の人々の、誰か二人のカップルの目に映るだろう。その2つがどんなに違う人生を歩んでいても、その二人には、まったく同じ星にしか見えない。そして、リゲルとシリウスは爆発して、それぞれに光を放ち、別の星を照らしていく。それこそ、僕たちの人生を未来まで全て知っている、「星々」すなわち「神々」の「宇宙実存主義」である。僕たちは互いに星の力で、「運命の魔法」と「死の魔法」を交互に放ち、地球全てのものを焼き尽くして、それでも残る二つの地球外の恒星は、宇宙の終わりまで、永遠にこの空間を光の速さで照らし続けるだろう。僕たちが互いに出会うことが決してなかったとしても、僕たちはそれぞれ、同じように、星の光を放ち、宇宙の別々の地域を照らす。そう、僕たちが同じ星座であると信じて、リゲルとシリウスはそれぞれ全く別々の場所で、宇宙の一隅を照らす光となるだろう。
最後に、笑える話をひとつ。おおいぬ座α星シリウスとオリオン座β星リゲルは、同じ星座ではない。だが、これらに他の一等星を加えた6つの星を繋げると、「冬のダイヤモンド」と呼ばれる形になる。そう、この笑い話にはひとつ、大きなポイントがある。それは、こいぬ座α星プロキオン、ふたご座β星ポルックスぎょしゃ座α星カペラ、おうし座α星アルデバランという「4人の仲間」が居るということが、分かるからである。僕たちは6人でワンチームである。そういうことにして、天文学の知識のない僕の命名について、許してほしい。それでは、これでお別れである。さようなら、よいお年を。

地獄の先へ

地獄の先へ行こう。
この世界には、この世界ではない別の世界がある。
そこが、天国である。