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BASIC

BASIC

そもそも、BASICは小さくて誰でも使える高級言語として、ワンボードマイコンのようなものに付けられて売られたことで普及した。
BASICのポリシーは、「コンピュータは誰でも扱え、使え、持てるもの」といった感じ。
まだ若かったアップルのスティーブ・ジョブズマイクロソフトビル・ゲイツなどが、半ばお遊びのような感じで、だがとても大真面目に、BASICのインタープリタをつけたパソコンを売り出した。
当時のハードウェアは、AppleによるApple IIなどで、マイクロソフトAppleなど向けに数キロバイトの「極小のBASIC」を開発して提供した。
極小ということもあって、関数などは少なかったが、基本的なことはできた。これを使って、大人からガキンチョまで、みんなで遊んだり、サブルーチンを作って雑誌に掲載したり、などということをしていた。
そのうち、マイクロソフトIBM PC向けにMS-DOSを開発・販売したが、ここらへんからマイクロソフトは「これは儲かる」と気付いた。IBMの「オマケ」としてMS-DOSを売り出し、そのうちWindowsなんてものを作って、ビル・ゲイツは億万長者になったが、ビルゲイツも最初から金儲けがしたかったわけではない。本当は、純粋な趣味と情熱の延長線上にあったのである。

基本的な命令

BASICはインタープリタで、コードを書きながらいつでもRUN命令をすればコードを実行出来る。バグがあった場合は途中で止まる。
基本的な命令は少ないが、以下のような命令があった。

命令 意味
RUN プログラムの実行。
INPUT 入力。INPUT Xとすると「X?」と言う画面が出て、
データを変数に入力できる。
PRINT 出力。変数の内容を書き出す。
A=0 変数定義と代入。
IF 条件分岐。
GOTO ジャンプ。
FOR NEXT 繰り返し。

コードの例

コードは以下のようになる(自分で適当に書いたコード)。

10 A = 0
20 B = 0
30 C = 0
40 INPUT A
50 INPUT B
60 C = A + B
70 FOR D = 0 TO C
80 PRINT "HELLO"
90 PRINT D
100 NEXT D
RUN

行番号が10ごとに並ぶのは、途中で間に数値を入れられるようにするため。90と100の間に命令を加えたい時は、「95 ...」と言う風にする。

パソコン革命

パソコン革命

IBMメインフレームで巨額の資金を儲けていたのとは、もうひとつ別のコンピュータの集団が居ます。それは、パソコン革命と呼ばれる「庶民的なコンピュータの革命」です。そして、これが今のWindows PCへと繋がります。

Altair 8800

パソコン革命(PC革命)の発展の起爆剤となった小型化されたミニコンピュータ。1975年1月にPopular Electronics誌で紹介された。

Apple II

大成功したアップルコンピュータのワンボードマイコン。BASICインタプリタをROMで搭載していた。1977年。

IBM PC

16bit CPUによるパソコン。ハードウェア仕様をオープン化し、マイクロソフトと協調した。1981年。
IBMは、ハードディスクを搭載したPC/XT、CPUを高速な80286にしたPC/ATを発売し、他社も互換製品(PC/AT互換機)を発売して現在のオフィスで使える標準のパソコンになった。
マイクロソフトIBM PC向けにMS-DOSを開発し、販売した。DOS(ディスクオペレーティングシステム)の名前の通り、ディスクの管理が主な機能だった。

Lisa/Macintosh

GUIマルチタスクを備えたアップルの製品。1983-1984年。

ワークステーションとパソコン

1980年代より、ビジネスなどで使われる高性能のワークステーションが発達していたが、1990年代にパソコンのネットワーク機能の充実によって、フル機能のUNIXがパソコンでも動作するようになった。

Windows

1990年代末には、さまざまな会社によるPC/AT互換機Windowsの組み合わせ(Wintel)が市場を支配するようになった。

ホビーパソコン

ホビーパソコンとは

ホビーパソコンは昔の趣味や娯楽のためのコンピュータで、事務処理といった実用面ではなく、玩具として楽しむことを目的とするパソコン。
BASICなどでプログラミングを行い(時にC・FORTRANのような高級言語や、マシン語でのプログラミングも行った)、雑誌などにプログラムが掲載されることでプログラミングの腕を競った。
アメリカのApple IIが草分け的存在で、日本では各社による独自仕様のホビーパソコン市場があった。

日本の8ビットコンピュータ

日本では、DOS/Vが現れるまで、さまざまな会社による分裂したホビーパソコン業界が存在した。
日本国内では、日本電気NEC)・富士通・シャープの3社が特に覇権を争った。パソコン御三家という場合この3社(あるいは富士通の代わりに日立)を呼称する。

NEC PC-8800/PC-9800

NECによるパソコンシリーズ。日本ではPC-8800/PC-9800による寡占状況にあった。
少し前のFreeBSDではPC-9800シリーズに対応していたことで有名である(2011年2月にリリースされた8.2-RELEASEまで)。

DOS/V

日本IBMによる、日本語の表示できるPC/AT互換機。ソフトウェアだけで日本語に対応し、PC/AT互換機で日本語を扱うことができた。
DOS/Vが出る前は、日本語の問題から、各社によってさまざまな機種が乱立した「鎖国」の状態が続いていたが、日本IBMによって「開国」し、日本でもIBM PC/AT互換機が普及した。

各社の動き

パソコンで大きな勢力を持っていたのはNEC富士通、日立、シャープ。
シャープのMZは、NEC富士通、日立のような他のパソコンと違い、OSをテープで供給するなどの独自路線を行い、マニア向けに支持が高かった。
だが、一般的だったのはNECのPC。NECのPC-88/PC-98は、早くから実用性に力を入れ、分かっている人でなくても分かりやすくしたり、フロッピーディスクを早くから提供したり、N-BASICというBASICのインタプリタ(Nと言う名前はついているが実際はMicrosoftの作ったBASIC)やDOSを乗せるなどし、「パソコンと言えばNEC」と言われるまでの地位を築いた。
NEC PCはゲーム会社などからゲームも良く提供され、ゲームのPC-88とビジネスのPC-98と言われた。
だが、そんなNECも、IBM PC/ATにやられてしまった。そこまでの資産は全部パーである。早くからIBM PCに取り組んだのは東芝ダイナブック

ワープロ

僕の母親も小学校でのプリントを作成するのに使っていたが、Windows以前から、ワープロと呼ばれるコンピュータは存在した。
当時のワープロは、OSや標準という考え方は無く、入力、編集、そして印刷ができる統合的なコンピュータで、フロッピーディスクに専用のデータを保管し、今よりもずっと遅い白黒のプリンターが内蔵されており、DOSのような黒画面で表示を行い、データのやり取りは印刷した紙で行われた。そのままでは印刷したインクがすぐに薄くなるため、コピー機などとともに用いられた。
はじめてかな漢字変換システムが登場したのは、1978年の東芝ワープロである「JW-10」で、発表された9月26日は「日本語ワープロの日」とされている。630万円と高額かつ巨大だったが、それまで日本語タイプライターで決め打ちしていた出版業界などに需要があった。この東芝が開発した変換技術が、パソコンなどで今でも当たり前のように使われている。
ワープロが終わってMS-DOSが普及すると、こうした入力システムはFEP(フロントエンドプロセッサ)と呼ばれた。MS-DOSWindows向けに、一太郎で有名なジャストシステムなどがFEPを提供した。Windowsになってからは、このようなシステムはIMEと呼ばれるようになり、Microsoft付属のMS-IMEと、ジャストシステムATOKLinux版もあります)が広く使われるに至った。
ワープロは個人やビジネス向けに広く販売されたが、PC-98シリーズのMS-DOSや、PC/ATWindowsなどの普及とともに衰退した。

家庭用ゲーム機

家庭用ゲーム機である、ファミコンゲームボーイなどは、Windowsが普及する少し前から、日本でも販売されていた。

DOS

MS-DOS

MS-DOSは、IBM PC/AT互換機として、IBMがパソコンの設計をオープン化し、そこでMicrosoftが作ったMS-DOSという16bitのコマンドOSとして販売された。
当時はコマンドでの操作が主体だった。
後日注記:Microsoftは最初BASICのインタープリタを作っていた会社で、とても小さな8キロバイトのBASICをマイコンマイクロコンピュータ)に付属して稼いでいた。当時は、コンピュータを家庭の個人が持つことができるという「革命」だった。IBMIBM PCをオープン化すると、当時あまり知られていなかったMicrosoftを、IBM PCの16bit OSのベンダーに採用し、MicrosoftMS-DOSと呼ばれるコマンド操作・シングルタスクのOSを作った。MicrosoftMS-DOSの上でDOS BASICが動くようにして、「簡単にプログラミングができる個人向けのコンピュータ」として「パソコン」と呼ばれた。

シングルタスクでコマンド操作が中心

DOSは、シングルタスクで、コマンドによるディスク操作が中心のOSです。
当時は、まだパソコンにUNIXのような高度なネットワーク機能などはなく、またグラフィック機能もありませんでした(ただしビットマップやスクリーンバッファなどの操作で8bitのゲームなどは何とか作れた)。操作はコマンド主体で、シングルタスクで、「ディスクオペレーティングシステム」という名前の通り、大容量のディスク操作が中心のOSでした。
当時のホビーPCは、BASICインタプリタでプログラミングを行うのが中心でした。DOS向けのアプリケーションはたくさんあり、Lotus 1-2-3などはDOSで動くアプリケーションでした。また、DEBUGコマンドなどを使うことで、機械語のプログラミングもできました。
Windows 95が発売される以前の当時、Windows 3.1MS-DOSで動くウィンドウ環境としてMicrosoftから提供されていました。当時はMacintoshGUIシステムとして先を行っており、Windowsはその模倣品にすぎませんでした。それがこれだけシェアを集めることになったのは、Windows 95の使いやすさが人々に支持されたからだと思います。

DOSコマンド一覧

以下はよく使うDOSのコマンド。

コマンド 説明
CD カレントディレクトリの変更。
DIR ディレクトリ内容の表示。
MD ディレクトリの作成。
COPY ファイルやディレクトリのコピー。
TYPE テキストファイルの内容を表示。
DEL ファイルやディレクトリの削除。
REN ファイルやディレクトリの名前変更。
SET 環境変数の(一時的な)設定。
EXIT 脱出コマンド。

DOSは今でも使える

DOSのことを「もう終わったOS」だと思っている人が多いですが、DOSコマンドはWindowsコマンドプロンプト(アクセサリ→コマンドプロンプト)からWindowsで今でも使えます。
特に、複数のファイルに同じコマンドを実行するバッチ処理に使われることが多い。UNIXと同等まではいかないですが今でも使えます。
また、C言語Windowsアプリを開発する時も、基本的な言語の練習はコマンドプログラムの開発を通じて行います。この時もコマンドプロンプトを使います。自分でプログラムを作れる人は、DOSが分かっているととても便利です。

MS-DOSはコマンドから直接ハードウェアにアクセスできる

UNIXとの違いとして言えるのは、MS-DOSではコマンドからハードウェアに直接アクセスできるということ。
UNIXでは、多くの場合ユーザーコマンドからハードウェアには直接アクセスできず、カーネルを介してアクセスできるかどうかを許可する。これを隠蔽と呼ぶ。
MS-DOSではコマンドからハードウェアに直接アクセスできる。このため、ゲームなどが作りやすい。