何でみんな頑張っているのだろう

自分はなぜ頑張っていないのだろう

実際、僕の疑問とは、
「何でみんな頑張っているのだろう、
自分はなぜ頑張っていないのだろう」ということである。
なんで、みんな頑張っているのか、
なぜそれに比べて、自分が頑張っていないのか、
分からない。
今日は、藤井聡太王位戦先勝を知って、
ネットでコメントなんかを見ていたが、
やはりすごいことのようである。
みんな、なんでそんなに頑張っているのだろう。
それに比べて、なぜ自分は頑張っていないのだろう。
YouTubeでは、miwaやあいみょんを聴いていたが、
なんであんなに頑張って音楽活動をやっているのか、
分からない。
自分は、何も頑張っていない。
デザインはその場しのぎ、執筆は口からでまかせ、
教室は何も努力せず通うだけ、やることは音楽を聴くだけ、
このような人間は、「地上に存在している意味がない」。

リーナスの記事を読んでいた

ZDNetのリーナスの記事を読んでいたが、
カーネルはつまらない分野のようである。
低水準レイヤーのCプログラミングはつまらないし、
近代的なOSの基本は、
60年代に培われた技術であり、
高齢化が進んでいる、
といったようなことを読んだ。
Linuxカーネルの開発は退屈であるとのこと。
僕は結局、Linuxカーネルなんか開発できないだろう。
そうすると、「僕が何かをする意味があるのか」という問題である。
結局、何もしていないだけをそこまでやっている。
文章なんか、もう書くことなんかない。
何一つ残っていないが、身に付いたものはひとつもない。

昔はブラウザが作りたかっただけ

はっきり言って、昔の自分が愚劣で最悪なのである。
ブラウザやネットゲームを作りたかっただけで、
無意味に日本のゲーム業界に騙されたと言った方がいい。
あんな風に考えて、何かができるわけがない。
昔の日本には期待できない。
大人には馬鹿しかいない。

やりなさいと言われるとできるというだけ

実際、僕は分かっていない。
みんな、「やりなさい」と言われたことをやっている。
僕は、そういうことをやりたくない。
だから、僕には何もできない。

どっかのいい環境にいけばいいのは分からない

どっかのいい環境にいけばいいのだろう。
だが、僕は分かっていない。
そんな環境は、僕にはないからである。
この世界でいろんなことを知りたい、やりたい、できたいなら、
どこかにいくのを目指せばいいかというと、
本当はそうでもない。
自分で藤井聡太やリーナスみたいにできるのが理想だが、
そのためには越えていく必要がある。
最初の境界線を越えるために必要なのは夢と好奇心だが、
僕にはそういうものがない。

何かがほしいなら、それなりの努力が必要

そう、何かがほしいなら、それなりの努力が必要だね。
きちんと努力しなければ、必要なものは手にできない。
もっと勉強、あるのみ。
もっと、勉強することが好きになりたい。
そうなれば、きっとまだまだ新しい知識を吸収できる。

パソコンはつまらないし、デザインは馬鹿らしい

ただ、僕が思うに、
パソコンの勉強はつまらないし、デザインの勉強は馬鹿らしい、
ということがある。
ピアノや英会話について言えば、一部の才能がある人間にしかできない。
結局、大学の勉強なんか、大学に行かずしてできるわけがない。

何かのせいにしよう

そう、全部何かのせいにして、
何も考えずにやることができたらいい。
Javaをやって、やりまくって、
それが僕の目指しているものとたとえ違っても、
その道は面白く、賢い。

プログラミングは文書に目を通せばたぶんできる

プログラミングについて言えば、
文書に目を通してしまえばたぶんできる。
Pythonチュートリアルは、適当に読み流せばできる。
ただ、自分で作るとなった時に、簡単にはできないものである。

結局、なんにもできないだけ

ただ、結局、なんにもできないだけ。
ネットの人工知能の解説を見ていると、
難しくて、常人には理解できない。
僕はパソコンには向いていないのだろう。

パソコンは、つまらなかった

パソコンは、つまらなかった。
昔見ていた「パソコンのかっこよさ」は幻想だった。
今、パソコンを見ると、何も面白く見えない。
みんな、パソコンに騙されていた。

大学の勉強なんかつまらない

大学の勉強はつまらない。
数式を読みたいと思えない。
歴史や社会科も、読みたいと思えない。

人間もつまらない

人間もつまらない。
愛したい人もいないし、関わりたい人もいない。
こんな人類しかいないなら、ひとりで生きた方がマシだ。

できることをもっと思い出せ

できることを、もっと思い出せ。
少なくても、何かあるはずだ。
とりあえず、Illustratorの基本的な使い方は分かるし、
イラストは描けないが、なんとかパスは引ける。
それから、Photoshopの写真補正は少しずつ上手くなってきている。
あるいは、レイアウトは得意になった。
ピアノも、五線譜は昔より読めるようになった。
右手と左手の弾き方も分かる。
英語も、いくらか聞き取れる。
パソコンも、いくらか本は読んだ。
歴史や哲学も、基本的なことは知っている。

最近のパソコンはつまらない

最近のパソコンはつまらない。
Firebaseなんかまったく分からない。
パソコンの勉強も、開発も、できるように見えない。
やりたくもない。

JavaScriptをやればいい

結局、JavaScriptをやればいい。
そのうち、やろうと思う。
ただ、Vue.jsは何かがつまらない。
今までのパソコンのやり方より、
抽象的な数学的論理に近いせいで、
頭の固くなった僕にはできない。

結局、つまらないってこと

結局、つまらないっていうことである。
何をやるのもつまらない。

僕の問題は、考え方が凝り固まっていること

良く分かった。
僕の問題は、考え方が凝り固まっていることである。
旧来の固い考え方をするのが悪い。
もっと、たとえばC言語のような考え方をせず、
Vue.jsのような考え方をすればいい。
全体を全て知ってしまうのではなく、
「こんな時にこうしてほしい」という風に考えれば、
きちんと「人間らしくできる」ようになる。

いつを考えればいい

そういうわけで、「いつ」を考えればいいのである。
いつどんなことをしているか、
どういうときにどういう状況になるか、
ということを考えずに分かっているのが間違っている。

ブルエンを聴いて分かった

今、YouTubeでブルエンを聴いて分かった。
「僕は僕の好きな僕でいい」ということ。
分かった。
こんなものは必要ない。

必要な考え方

実際、必要なのは、
正しく考えること。
自分の今までの人生を正しいと信じること。
そして、問題を解決することよりも、
問題そのものが何であるかを考えることだ。