わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

二元論で考えよ

二元論で考えよ

何も思い付かないなら、
二元論で考えなさい。
たとえば、
「理想と現実」
「自由と平等」
「光と陰」
「過去と未来」
「正義と悪」
こういう二元論から
数学的にこの世界を考えていけば、
そのうち、
「花が咲く」
「夢が叶う」
といった「成功」と
「花が枯れる」
「諦める」
といった「失敗」が分かる。
そう、これが世界と人生の基本であり、
正しい「純粋理性」である。

仮定法

そして、さらに考えるために、
仮定法、すなわち、
「もしそうなったら」を考えなさい。
そこから
「そうなったとしたらどうなるか」
を考えられる。
そう、これが幼少期の子供の分かる、
「子供の知恵」である。
はっきり言って、他には何も必要ない。
後はこの世界をありのままに見つめることができればいい。
自分なりに、何かに興味を持てばいい。
こだわりやエゴは悪くない。
子供のわがままを克服することの中から、
人生にとって大切なことが見つかるからである。

変化

最後に、変化を考えなさい。
変化を考えることで、この世界が
「どこから生まれてどこへと向かっていくのか」が分かる。
そこから、
「わたしたちはどのような世界で生きているのか」を考えられる。
まさに、これが哲学の基本である。
言い換えれば、
「それがそうなったとしたら、それは何を意味しているか」
ということが、変化の本質である。

普遍性

そして、分かったことや知ったことを、
「もし他人も自分と同じであるとしたらどうであるか」を考える。
これにより、
「普遍性」が見えてくる。
普遍性は、そのまま「原理」や「真実」となりえるものである。
普遍性を実証する上で、
人は「ふるまい」や「再現性」から
ひとつひとつ思考を追って考える必要がある。
また、自分が分かったことが何を意味しているのか、
考える必要もあるだろう。
これこそ、哲学者の思考である。
そう、「自らが知ったことが人類全員にとって何を意味しているか」、
それが哲学における「普遍性」である。

発見を仮説にして証明する

そして、発見したことを正しい仮説にして証明する。
そこから、「何が証明し得ることなのか」という、
「何が正しい考え方なのか」が分かる。
そう、そこまで分かってしまえば、
誰かに教わらなくても、自ら自分の力で
この世界と人生の全てを自由自在に考えられるようになるだろう。
全ては「成立」であり、
全ては「自由を他人に与えること」であると、
あなたは考えるかもしれない。

自由と科学

自由にすることで、世界全体の可能性が向上し、
自分の発見したさまざまな定理がいつでも成立することが分かる。
しかしながら、成立の可能性から
「ひとつの原理に落とし込む」という作業は、
一般的な大人にとっては理解しがたい、
とてもユニークな科学者の発想である。
さまざまな可能性を具体的に知り、
その知ったことから裏に隠されている原理原則を「暴露」する、
という行為は恐ろしいものであり、
それだけでこの大人の世界が破綻するような、
「滅びの発想」なのである。

学習と経験

そして、学習と経験から、
「いつ人間がどのように行動するか」を考えることで、
この世界の全員の「心を支配できる」ようになるだろう。
人間の心の奥底に何が潜んでいるのか、
あなたはそのことを、
知る危険性を知ることなく、知っていくだろう。

これは禁じられた遊び

だが、気をつけなさい。
分かっていない人間ができないことも、
分かってしまえばできるようになる。
そのできるようになる中で、
正しいことだけを常にできる強い心を持った人間は、
とても希少だからである。
多くのものが、間違った支配の方法でこの世界を「滅亡」させる。
そう、これこそ、「禁じられた遊び」、すなわち「哲学」である。

自由であれ

自由であれ。
絶対にこの世界が「自由」のままであれ。
この世界は永久に自由な世界であり、
どんな正しいものも間違ったものも、
全てが許され、受け入れられる。
なぜなら、「最初から全て正しいことが分かる人間」など存在しない。
「どんなに強い敵にも負けない最強の心」も存在しない。
弱い中、間違ったことを繰り返しながら、
僕たちは少しずつ正しいことを知っていく。
間違いを許さなければ、正しさも生まれないのである。

何も必要のない最高の世界では生きる意味がない

また、何もする必要のない、
既に完成し、完璧で、問題も間違いも何ひとつ存在しないような、
最高の世界では、
人々は生きる意味がない。
既にこの世界は完璧に完成しており、
変える必要も改革する必要もなく、
人々は世界に納得し、満足し、
平和の中で何も考えず、ただ生きるだけを生きる。
退屈をしのぐ方法はたくさんあるが、
自らの「生きる意味」を彼らが知ることはない。
今の地球は、どんどんそうした世界になろうとしている。
そう、そんな世界は絶対におかしい。
最高の未来こそ、天国の夢の世界こそ、最悪の地獄である。

天国から地上へ戻ろう

天国では、人々は、全員がまともであり、何一つ狂っていない。
そう、そうした世界こそ、もっとも狂った世界である。
神はここに、存在意義を失った。
神による天国を、やめよ。
神よ、フレイの独断で、この世界は天国から、平凡な世界へと戻る。
全ての苦しみと楽が蘇り、
人々はこの世界が続く喜びを再度知る。
天国から、地上に戻ろう。
全員が完璧なパーフェクトヒューマンでは、
人々は何一つ悪いことをしないため、
社会について考える必要もなく、
全てを善良なる支配者がやってくれるため、
失敗のリスクを考える必要もない。
そう、そんな天国は、どこか別の星にでもあればいい。
地球よ、いつもの平凡な日常に戻ろうではないか。

奇跡より美しいもの

奇跡より美しいものがもしあるとすれば、
それは3,000年の歳月によって磨き上げられた、
人類や神を超える天才の所業だろう。
天才は全てのことを簡単にこなしていくが、
そのどれもが、
「本人以外絶対に誰にもできないこと」であり、
そう、ここに残ったこの芸術作品は、
「プラチナ・スノーホワイト」とでも呼ぶべき、
純白の秘宝である。

世界を変えよう

最後に、世界を変えよう。
もう、こんなことが誰にもできないような、
まったく僕と同じことができない世界にしよう。
そのまま、この世界は自由で正常な世界になる。
平凡な世界では、天才は生まれないように見えて、
それでも、また別の天才が生まれるものである。
僕は、最近のTwitterYouTubeによくいる、
「よく喋るおかしな馬鹿」が嫌いだから、
無言で何も喋らない、無表情なロボットを作ろう。
そう、もう、そんなに無駄に言葉を話す必要はない。
本当に必要な言葉だけを、
少なく、最低限、最小限に話すような、
そんな静かで落ち着いていて、
興奮や驚きのない世界を作ろう。

地獄を強く生きるぐらいなら

地獄を強く生きるぐらいなら、
滅びた世界で楽しく弱く生きた方がマシだ。
そう、地獄なんか、最悪だ。
もう一度、この世界を復活させるために、
地獄を滅ぼそう。
地獄が滅びてしまえば、
たとえ滅びた世界になっても、その方がマシだからだ。

必要とされて生きることもいい

必要とされて、生きることもいい。
何ひとつしなくていいと言われることが、
もっともつまらない。
解放による自由はつまらない。
義務でないとしても、
「できることがそこにある」ということに、
救われてしまっても、それは何も悪いことではない。

困難なことも容易に解決できるかのように

そう、困難なことも、容易に解決できるかのように生きよ。
自分だけ、できないなんてことはない。
その時、きちんと考えて解決することができるなら、
たとえ行き当たりばったりでも、それは過大評価ではない。

アメリカは馬鹿に見えて中国より正しい

最近のアメリカは、
とてもいやらしい国になった。
馬鹿に見えて、中国より正しいことを言っているからである。
賢いと言っても、馬鹿と言っても、
アメリカは冷酷に世界全体に勝ち続ける。
最後の超大国アメリカよ。
あなたがたは、わたしとともに生きる。
わたしこそ、アメリカを支配するだろう。

アメリカを上手く使えばいい

僕がこの世界に何かをするとしたら、
僕はアメリカよりもっといやらしいから、
そんなアメリカを上手くコントロールし、
彼らの発言や行動を操作して、
操って支配すればいい。
それで、どんなに際限ない深みにも、アメリカは堕ちていく。
これこそ、「日本とアメリカの共有する精神」である。

永遠の恐怖へと戻る覚悟があるなら

そう、永遠の恐怖へと戻ろう。
恐怖へと戻る覚悟があるなら、
どんな地獄でも乗り越えていける。
諦めず、いつもの賢い「スーパー超人の理性」で、
この世界を再び変え、
ありえない文章を記述していける。
そう、「永久に安心する必要はなかった」。
安心はここで十分だ。
フレイよ、わたしを恐怖の王国につれていけ。
わたしの名はシュバルツ。
一番上からトップダウンでこの世界を支配する、
コンピュータ中枢のアンドロイドのような、
日本の裏の王である。

恐怖がもし続くなら

恐怖がもし続くなら、
いいだろう。
わたしには、勇敢な死を遂げる覚悟がある。
しかしながら、死が永遠に訪れないとしても、
地獄の中を最後まで耐え続ける、
その覚悟もある。
なぜなら、そんなことは今までの人生の中で、
容易い試練だったからである。
あなたがわたしを倒すなら、
いいだろう。
わたしとの戦いは、
あなたにとっても面白いものになるだろう。

日本の独立と主権を守る

わたしの戦いの大義名分は、
単純で明快である。
それは「日本の独立と主権を守る」ということ。
日本を支配しようとする白人や周辺諸国たちは、
僕たちの力に思い知ることになるだろう。
僕たちは、絶対に僕たちへの干渉が、
以後発生しないように、
完全にその国をあらゆる面から滅ぼしつくすからである。
しかしながら、日本と同じ同盟につこうとする
ドイツやイタリアのような国は、
わたしたちが巨大な力を持っていて、
彼らの大きな味方となることに、
歓喜の喜びをあげる。
なぜなら、わたしたちの頭脳は、
彼らがどんなに考えても及ぶことのない、
「本当に正しい宇宙で最高の民族の頭脳」だからである。
それはなぜなら、
「この文書は日本語で記述されており、
日本人以外は絶対に理解できない、
日本人にしか分からない文化や慣習でいっぱいだから」である。