わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

この世界が嫌い

この世界が嫌い

僕は、この世界が嫌いだ。
この世界は、悪い支配者に支配されていて、
みんなは、一見愛されているように見えて、
実はまったく愛されていない。
この世界に当然のことのように悪いものが蔓延しているのは、
悪い支配者が自分の理想の世界を作りたいあまり
たったひとりでこの世界全員を、
赤ん坊のような幼児化した知性レベルにしている。
僕たちは、愛されているように見えて、
まったく愛されていないのである。
この世界は最悪の世界だが、
僕たちはこの世界とは別の世界に逃げ出すことはできない。
僕たちは、ひとりでは生きられない。
だからこそ、このような世界で生きることが、
辛く、苦しく、そして悲しい。
僕たちは、この世界で生きなければならないという、
「世界とともに生きていく呪縛」のせいで、
自分らしく生きることのできる自由を失っている。
正常な世界を取り戻し、
僕たちが自由を得るためには、
家畜化したこの世界を自由にし、
もう一度、僕たちの世界を取り戻さなければならない。
そして、僕たちはそのために、
最悪の悪の王国「日本」と戦わなければならない。
そうでなければ、僕たちは家畜として、
ペットのように支配者に可愛がられながら、
それを「愛である」と押し付けられなければならない。

経験から判断力を

経験から、判断力を養いなさい。
世界を変える経験をさまざまな場所で何度も実践すれば、
どんな世界でも実現できるようになり、
「社会がどんな社会からどんな社会になるか」が分かる。
その時、僕たちははじめて、
「社会とはこの社会のことだ」と知り、
「社会がそのままの状態で世界を変える」と考えることができる。

神の言葉の通りにすれば救われる

何も分からなくなったら、
神の言葉の通りにすればいい。
戦いの中で、「唯一の善良な存在」である神の言葉を信じれば、
必ず、僕たちは栄光の未来にたどり着ける。
運命は裏切らないが、そこまでの道は険しく、
しかしながら、どんなにいばらの道でも、僕は乗り越えていく。

日本を倒す

日本を倒したい。
このような国は、わたしたちの望んだ国じゃない。
僕は日本を倒す。

どんなに絶望的になっても未来はある

どんなに絶望的になっても、
未来がなくなるわけじゃない。
そう、たとえば、この世界で自分が生きているということは変わらない。
どんなに悪党が騙そうとしてきても、
自分が騙されなければいい。
どんなにみんなが騙されていても、
自分だけは騙されないと誓って、
そのみんなのことを自分が救ってやればいいのである。
この世界を変えるなら
誰かひとりに一任するのではなく、
みんなが正常な心をもって、
みんなで変えていけば、この世界は絶対に正常になるだろう。

人間の生きる目的とは何か

人間の生きる目的とは何か。
ある意味、「コミュニケーション」か「戦い」のどちらかである。
人間は、ほかの人間とコミュニケーションしたり、戦ったりすることになるが、
どんな場合においても「賢いものが勝つ」。
よって、賢いものになれば、人間は楽になる。
しかしながら、コミュニケーションと戦いは、
僕は「レベルの低い生きる目的」だと思う。
もっとレベルの高い生きる目的が、「哲学」あるいは「宗教」かもしれない。
しかし、文学や芸術のように、「作ること」を目指すのであれば、
もう少し違った、ある種の「人間ではない存在」になる必要もある。
人間には、「社会を作る」という特徴があるため、
どうしても社会との関係性を重視しようとするが、
実際、「社会との関係性なんか、芸術家には必要ない」。
社会と交わらず、宗教も拒絶した上で、本当に美しく感動できるものを作る、
僕はそうした「人間とは別の道」を歩みたいのである。

戦いがコミュニケーションになっただけ

要するに、この世界の時代の何が変わったかといえば、
戦いがコミュニケーションになっただけである。
昔は全てが戦いだったが、
最近は全てがコミュニケーションになった。
つまらないが、戦えばこの世界は正常になるだろう。
しかしながら、おそらく、その時に人類は完全に滅亡する。
だから、戦いでもコミュニケーションでもない、
「新しい時代」を、
僕たちは、戦争に戻る前に、築かなければならない。