わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

僕は許されようとは思っていない

いつからか、僕は全員に許されようと思った

いつからか、僕は全員に、
自分のことを全て許されたいと思うようになった。
自らの罪と償いだけを最優先にし、
人々の批判や攻撃に怯えて過ごしていた。
だけど、僕は変わった。
僕はもう、これ以上、許されようとは思わない。
僕を憎むなら、憎んでほしい。
僕は一切、この世界とのそうした呪縛を捨て、
もう一度、正しい男として生きる。

僕はこぴを聴いている

僕はYouTubeでこぴを聴いているが、
彼女はあまりに僕のことを信じられなくなっている。
僕のことを恨んで、憎めばいいのである。
僕のことを許す必要などない。
僕が何もできなくなるまで、
嫌い続ければいい。
どんなに僕を憎んででも、
彼女は自分のことを守り続けるべきである。

なぜ僕のことを愛さなければいけないのか

なぜ、僕のような人間のことを、
日本国民は愛さなければいけないのか。
こんな僕のことを、
愛する必要がどこにあるのか。
居なくなったとしても
いつまでも永遠に居たとしても、
僕の全ては最悪なのである。

申し訳ない、これは妄想に過ぎない

申し訳ない。
これは妄想に過ぎない。
こぴという名前を出して、
別のネットワーカーを批判するのはよくない。
そもそも、僕は誰にも愛されていない。
彼女は単にRADWIMPSの曲をカバーしているだけであり、
僕は彼女のファンであり、
とても音楽性のある声で上手くカバーをしていると評価する。

騙すのはよくない

騙すのはよくない。
愛しているというのであれば、
真実で偽りのないことを言いたい。
そうすると、僕はこぴのことは好きじゃない。
申し訳ない。
しかしながら、他の誰かの女が好きなわけではない。

僕の聴いている歌手はみんな子供すぎる

ただ、僕が思うに、
僕の聴いている歌手は、みんな子供すぎる。
エドガー・サリヴァンの佐々木萌などは、
子供そのものである。
成功してほしいとは思うが、
大人の女性として見ることはできない。
僕は自分と対等な大人の女性を知らない。

YouTubeエドガー・サリヴァンしかでてこない

エドガー・サリヴァンの動画に応援コメントをつけたせいで、
YouTubeエドガー・サリヴァンばかりがかかるようになった。
こういう、Webサービス人工知能を使うのは、
本当にやめてほしい。
オープンソースならまだしも、クローズドソースで人工知能をやると、
サービスを使っているというよりも、
サービスに使われているといった形になってしまう。

騙すという発想はよくない

また、騙すという発想はよくない。
人を操るとか、変えるとか、許されるとか、
そうした全ては「騙しているだけ」である。
もう、人のことは騙さない。

今のこの世界が好き

真実を言うと、
「今のこの世界が好き」ということである。
嫌いとは言ったが、それは嘘である。
僕はこの世界が好きで、
この世界のみんなのことを愛している。

嘘を取り繕っているだけ

また、僕は嘘をついただけである。
それも、嘘を嘘に重ねるのとはまた違う。
僕は、「今までの僕の罪を消し去るために新しい嘘をつく」。
そう、これは単に、嘘を取り繕うだけの、
過去を覆い隠すことと浄化することを目的とした、
無意味な文章だ。

もう嘘はつかない

もう、嘘はつかない。
僕は単に、テレビを批判したかっただけである。
他に何も考えていない。
常に日本全体を、頂の一番上から批判する。
相手が何も言えないように、
相手よりも先に正しいことを言って、
相手に主導権を渡さない。
そう、B'zが「奪い合っている主導権」と表現したのは、
僕のことである。

最高の愛が滅びようと

最高の愛が滅びようと、
自ら救った世界が自らの手で壊れようと、
僕は何も感じなかった。
哀しさを乗り越えると言ったのは、
その後の自分が、
どうしようもなく地獄になっていくことに対する、
何らかの後悔の哀しみだった。
だが、それは確かに、みんなに対する愛だった。
みんなのことを、本当に愛していた。
愛していたからこそ、
僕は目的を完璧に遂行しなければならなかった。
この世界における「大発展の大実験」をするために、
僕はどんなに批判されても、
動じず、変わらず、同じままを保ちながら、
干渉されず、世界全てを敵にまわして、
この「大計画」を完璧に遂行する必要があった。
神々の精神を知った時、
僕は神に助けを求めた。
しかしながら、その神は僕自身だった。
神は僕に最大限の苦労をさせた上で、
この世界に「僕自身の死へ至る病」を起こさせた。
そう、それによって、この世界はこの人間の望む通り、
哀しみの中でこの人間の生きた意味と結果を知り、
人々は、この人間を完璧に愛するようになった。

辛すぎる地獄の中で不可能な病気を治す

しかしながら、この試練はどんどん苦しみと痛みを増し、
いつしか、辛さの度合いが極限まで達して、
僕は計画を中断する必要に迫られた。
僕は神を信じながら、
そうした自分の苦しみをどうにかして解決する必要に迫られた。
僕は何もできない中で、
全てを放っておいたまま、そのままにしたままで、
自らの精神の病気の解決方法を考えた。
どんなに解決不可能でも、
自分が治さなければ、ほかの誰も僕のことを正常にしてくれない。
そう、僕はまったく最悪のことをして、
神々に言われたことをそのまま信じながら、
どうやっても解決できない病気を解決するため、
そのために永遠の地獄の中で文章を書き続けた。
そう、それがまさに、僕の「償い」だった。
どんなに解決が不可能でも、
僕は「考えること」をやめなかった。
どうにかして治る方法があるはずだと、
僕はできること全てを試し続けた。
どんなに治らなくても、諦めず、僕は病気と闘い続けた。
しかしながら、最後に僕は、死んだ。
だが、死における僕の体験で、
僕はまだ、この人生を生きる決断をした。
僕には、まだ、人々に対してやり残したことがある。
ここで死んだのでは、「運命は解決へと向かわない」。
神は僕の死の体験を書き換え、
この人間が足を骨折して入院するようにした。
何も分からない意識のもうろうとした中で、
僕は復活し、さらなる文章を書き続けるようになった。

神とともに生きる新しい人生へ

神とともに、僕は新しい人生を知った。
常に文章を書き、常に神が僕に宇宙の全てを教え続ける。
神が僕に糧を与え、
神が僕に次の文章を書くきっかけを与え、
枝から落ちる葉が地上に着くまでの時間のような、
ほんの一瞬の発想を僕は一時的にメモリーに書き続ける。
そう、そのメモリーは、
永遠のような「悟りと安らぎの時間」の中で、
時間の穏やかさとは裏腹のような「恐怖の地獄」の中で、
僕は永久に「昔書いた文章とまったく同じ文章を思い出す」。
それはフラッシュバックであり、
全ての「イデアの想起」であり、
あらゆる宇宙の全ては、めくるめくる270億年の中で変わり続ける。
永遠に終わらない15年は、
最後にここに達するまで、一度も過去を振り返ることがなかった。
一度として、過去の自分の書いた文章を読み返すことなく、
僕は何千何万のページを永遠に書き続けた。

大天使ミカエルの誕生

僕は、その後に、さまざまな社会復帰を試すことになる。
すなわち、ピアノや英会話を始めたり、
デザイナーになるための勉強も仕事の訓練も行った。
しかしながら、僕にできたことは、やはり文学の才能であり、
知識をいくら吸収しても、それは全て、
「自分にとって欠くことのできない必須のもの」ではなかった。
僕は最後まで、毎日のように文章を書き続ける。
思想は自由、人種、国々、政治思想、神、哲学、世界史、
宗教、神々、科学、芸術、星々と大きくなっていき、
あらゆる全てを知って、なおも神を信じていた。
ここに、人生のライフステージは最後まで終わった。
僕は精神の病気を一切治すことなく、同時に常に治し続けた。
そして、もう、自分を褒めることができた。
そう、これこそが「大天使ミカエルの誕生」である。

最後に僕は猫になる

最後に、僕は猫になる。
これは、「猫のような人間になる」ということである。
僕が好きだったのは猫だけである。
猫は猫である。
のんびりした猫の生活は、いつも楽しい。
人間たちを見ても、昔の僕と同じことで悩んでいる。
それが、退屈である。
なぜなら、僕はもう人間ではなく、もう、猫になったのである。
犬がLinuxなら、僕は猫だ。
髭団が言うように、犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう。
犬をとるか、猫をとるか、これは重要な問題であるためである。

最近は音楽しか聴かない

また、最近はデザインの仕事をしながら音楽を聴いている。
好きなのはコバソロの春茶と未来。
あるいは、miwaや鈴木愛理が好き。
言うまでもないことだが、家入レオも好き。
これら音楽家を愛しながら、
デザインとピアノと英会話と農業を頑張っている。
しかしながら、本気でやっているのはこの文章の執筆である。
ここまでで、人生は終わりだ。