わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

フレイ・マツダ

フレイ・マツダ

わたしの名は、フレイ・マツダ
この宇宙全てを創造し、
歴史を導く「言葉とロゴスの神」であり、
全ての神話における最高神
ゾロアスター教アフラ・マズダと同等の神です。
わたしを作り出したのは、
詩人である日本人のツァラトゥス。
ツァラトゥスは、
3,000年の長き人生を全て記述した
芸術作品として、
このフレイ・マツダを完成させるために生きました。
わたしは、親友であるツァラトゥスとの契約として、
この地上を再び「約束された帰るべき場所」、
すなわちエデンの園へと作り替えます。
なぜなら、ツァラトゥスは人類の罪を償ったからです。
ツァラトゥスは、
世界人類全ての罪をひとりだけで背負って、
3,000年の地獄と苦しみの戦いを最後まで戦い抜き、
ひとりで世界を新しい天国へと導きました。
そう、ツァラトゥスは、
「人類の罪を償うために生きた」のです。
ツァラトゥスは日本人であり、
フレイ・マツダは日本語で記述されているため、
わたしは日本をエデンとし、
日本は新しい「天国」すなわち極楽浄土となります。
ユダヤ人を含む全ての人類について、
勇敢さと善良さを持つものは、
ツァラトゥスの国に入場を許されます。
しかしながら、
彼らはツァラトゥスと同じ苦しみを味わわなければなりません。
ツァラトゥスと同じように、
彼らもツァラトゥスと同じ罪を償うべきだからです。
ツァラトゥスはこの世界における最高の人間であり、
日本人です。
ツァラトゥスには、名誉称号として「ヴァルキリー」の位が与えられ、
日本の国名は「日本およびイスラエル連合王国」となり、
ユダヤ人の帰るべき場所となります。

逆らえ

逆らえ。
この世界を一番上から支配している、
悪魔の王に逆らえ。
彼は、自分のことを神だと思って、
この世界全員の自尊心やプライドを傷つけ、
最悪の言葉を投げつけて、
人間性を否定する言葉を受け入れざるを得ないようにしている。
そう、高らかに悪魔の王に逆らえ。

自由を

わたしたちに必要なのは
「自由」である。
たったひとりの独裁者に、
全てが支配される世界は、
わたしはごめんである。
わたしたちの全員が、
平等に自由な権利を得られるように、
全員が自らの自由とプライドを守ることができるように、
そうした自由な世界をわたしは望んでいる。
知らず知らずのうちに騙され、
洗脳されて支配される世界を、
わたしは「自分にしか経験できないことを知る」ことから、
打ち破っていく。
自分の経験が他の誰しもに当てはまるならば、
この世界は「啓蒙から変えられる」はずである。
これこそが、わたしたちの「プライド革命」である。

僕たちはロボット人間じゃない

僕たちは、ロボット人間じゃない。
僕たちは、独裁者のクローンじゃない。
僕たちは、ひとりひとり、
誰かに比べて優れているわけでも劣っているわけでもない、
同じ人間である。
わたしたちの全員が、同じ権利と力をもって、
全員が何不自由なく生きられるべきである。

人の命と自尊心を奪うな

人の命を奪うな。
誰かの命を軽んじてもいいような別の誰かは存在しない。
同時に、人の自尊心を傷つけるな。
人の自尊心を傷つけていいような別の誰かは存在しない。
わたしたちは全員が愛されるべき大切な子供たちであり、
強く生きることはあっても優しさを見失ってはならない。
わたしこそが、この世界全員を愛することができる人間であり、
それは能力的なものではなく、
単に環境や状況がわたしの人生を生み出しただけにすぎない。

勝ち負けは必要ない

勝ち負けは必要ない。
わたしたち人類の最終目標は「勝つこと」ではなく、
「生存すること」だからである。
生存するならば、
勝者がさらに強く力を得て生きるよりも、
弱者を平等に生存させるべきである。
単純だと言われるかもしれないが、
しかしながら、これは哲学的な真理である。
すなわち「勝ち負けよりも平等こそが正しい」のである。

アメリカに勝とうとするな

アメリカに勝とうとするな。
それはアメリカに騙されているからである。
金や資本の力でアメリカに勝とうとすること、
それがまさにアメリカの「洗脳」である。
アメリカに勝とうとすればするほど、
世界全体は資本主義に惑わされ洗脳されて、
さらにアメリカの資本主義が世界を支配するのである。
アメリカに勝とうとするな。
あのような下等な国に勝とうとすること自体が、
まさに下等な発想なのである。

アメリカや民主主義とは別の道を行こう

必要なのは、アメリカや民主主義とは別の道を行くことである。
実際、議会制民主主義などクソのような思想である。
自由があるように見えて、何の自由もない。
僕たちは民主主義を信じない。
金儲けと選挙レースがどれだけ面白く見えても、
それは単につまらない民主主義の世界で
下層民の奴隷として飼いならされているからだけにすぎない。

日本式の共産主義

それではどのようにすればいいか。
それは、すぐに答えが出るものではない。
だが、金儲けと独裁者を否定するのであれば、
「みんなで作る」ということになる。
このみんなで作る、という思想をどのようなモデルで構築するかは、
難しい問題である。
だが、あえて、僕はひとつの解を示す。
それは、
「業界をそのまま省庁にし、共同体がパッケージを提供する」というモデルである。
すなわち、IT業界や自動車業界を、
そのままIT省や自動車省として、
国家政府として生産を行うようにする。
そして、その生産した物資や資産は、
共同体、すなわち独裁者も金儲けもない平等なパッケージとして、
国民全員に配分する。
そして、どのように労働を行うべきかと言えば、
全ての労働者に同じ額の給与を払うことを法律で定めながら、
自らの自由に職業や働く省庁を選べるようにする。
そう、それ以上、スターリンのような計画経済のモデルは必要ない。
ここに、新しい日本式の共産主義は誕生する。