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実現理解

実現理解

僕が今までやりたかったことを、
一言で表現すると、
「実現理解」である。
すなわち、
「何かを理解することで、何かを自由自在にできるようになる」
ということが、僕は好きだった。

英語の秘訣

昨日と今日は英会話学校に行ってきた。
英語のコツは2つ。
まず、「カジュアルな言語」だと考えること。
英語をカジュアルランゲージとして使うことで、
どんなことでもカジュアルに簡単に表現できる。
英語には、「フランス語やドイツ語のカジュアル版」という側面がある。
もうひとつは、
英語を流暢に話すためには、
日本語のように全ての音節をはっきりと相手に伝わるように話すのではなく、
多くの音節を自分ひとりだけで喋るように話すこと。
全ての音節を伝えようとするのではなく、
アクセントのある重要な部分だけを大きく発音し、
必要のない部分は自分だけで話すことで、
発音を滑らかにスピーディに話すことができる。

完璧に制御できるプログラム

僕は、プログラムやシステムのひとつの理想として、
「全ての機能や設定を完璧に制御することができる」
ようにするのはどうかと思う。
コマンドラインオプションや設定ファイルを豊富に用意し、
どんなことでも、考えられるありとあらゆる設定内容全てに
対応できるようなプログラムとすることで、
あらゆる部分を自分で制御することができる。
専用のプログラミング言語と設定言語を作ることも、
僕は良いと思う。

賢いもの以外は無視せよ

僕が思うに、賢いもの以外は無視した方が良い。
学校の勉強や、天才にしかできない芸術などは、
全て賢くない。
自分の今までの人生で知った、賢いことに比べれば、
大学の科目など全て考える必要のない、取るに足らないものだ。

理解と利用が賢い

何が賢いかを僕が考えるに、
「理解すること」と「使うこと」が賢いのである。
特に、前述したように、
何かを理解して、何かを自由自在に行うことは、
僕の目指したものである。
自由度の低いものや、単純作業、単に知識を知るだけの科目などは、
全て必要ない。

永遠の恐怖を受け入れよ

僕が思うに、この世界は今のままを永久に受け入れれば治る。
永遠の恐怖を受け入れなさい。
永遠の恐怖を受け入れるだけで、
脳の病気は治り、精神が浄化し、全てが正常になるからである。

発見と習得に必要なこと

大切なことは、
発見するのであれば、捉え方や過去の見方、意識を変えなさい。
さまざまなことに気付くことができれば、
自分の何が間違っているのか、どう考えれば正しいのかも見えてくる。
また、何かを習得するのであれば、
注意点は何であるかを考えなさい。
どんなことに気を付け、注意すべきかを知ること、考えることで、
きちんとそのことを正しく覚えることができる。

英語を聴くならインターネットラジオ

また、英語をたくさん聴きたいのであれば、
インターネットラジオをおすすめする。
アメリカやイギリスのラジオ放送がインターネットで聴ける。
サイトを知りたいなら、TuneIn Radioがおすすめである。

アメリカやヨーロッパのものは賢くない

結局のところ、アメリカやヨーロッパは賢くない。
アメリカは単にカジュアルな文化であり、
ドイツは知性のない戦いの文化である。
パソコンも語学も文学も、
賢いものはヨーロッパやアメリカには存在しない。
日本の文化にもっと注目した方が良い。

本の学校の教育は逆効果

しかしながら、日本は賢くない。
日本に今あるものの多くは、
学校で教えている内容そのままだ。
そして、学校は賢くない。
大学の内容を教えたいのに、
試験勉強や受験のための暗記になっている。
目的と手段が逆転し、
大人たちや先生は子供に賢いことを教えたいのに、
その賢いことを暗記科目であるかのように扱うのが学校であり、
それでは何も賢いことが分からなくなってしまう。
全員から賢いことを奪っている状況が、今の中学高校の勉強だ。

中国やインドはおかしい

また、だからといって、中国やインドは賢くない。
なぜなら、中国は独裁政権で、インドは不衛生だからである。
色んな世界にある、「実現理解」、
すなわち、「理解することで多くが自由自在にできること」があるとしたら、
僕はそれを賢いと言う。
だから、もし中国やインドの思想を学んだとしても、
それは思想についての教養や知識にはなるだろうが、
それを理解して信じたところで、何か役に立つことは何もできない。
逆に、開祖の教えを崇拝するあまり、
おかしな「関わりたくない人種」になるだろう。

フランス

良い国がもしあるとしたら、
それはフランスである。
フランスは優雅で伝統的でありながら、
革新的な新しさを持っている。
フランスについて勉強すると、
色んなことがスマートに分かるようになる。
さまざまなことを「できる」ことを重視し、
特に「賢いことが身につく」ことを重視するのはフランスである。

今のままを受け入れれば世界は治る

また、今のままを受け入れれば、世界は正常に治る。
世界を正常にするためには、
それしかない。
今のままを、永久に、そのままで受け入れることだ。

キャラクターでも作ればいい

僕が思うに、キャラクターでも作ればいい。
僕にはそれしかできない。
そんなに神のような賢いキャラクターは作らなくていい。
世界における「普遍的ルール」、たとえば魔法などを設定して、
それでどのような種別に属するか、
強さや性格などを決めてしまえば、
アニメっぽいキャラクターは作れる。
だが、僕はそうしたキャラクターは好まない。
そんなキャラクターは誰でも作れるからである。
僕は自らの人生をキャラクターにするが、
それが間違っている。
自らの人生が賢いわけがない。

音楽を聴くと、ふつうの人生が分かる

また、僕は音楽を聴くのが好きだ。
なぜなら、音楽を聴くと、「ふつうの人生」が分かる。
この「ふつう」とは、
単に一般的個人というだけではなく、
この世界における特別な「ふつう」という存在である。
音楽を聴いていると、
この「ふつう」が分かるのである。

シナリオはドラマチックに危機や救いを演出する

シナリオについて言えば、
ドラマチックにしながら危機や救いを演出すればいい。
人間関係のようなものを書いても良い。
簡単に言ってしまうと、
「そんなにやばいことが起きてしまう(しまった)」、
「どうにかして解決しないといけない」、
といったことを提示した上で、
面白くそれを「なんとこんな解決ができた」的に書いてしまえば、
冒険やアクションものがたりはできる。

演出の方が重要

実際、きちんとした作品を作るなら、
シナリオのプロットよりも演出の方が重要である。
ものがたりは、大枠だけ決まっていればそれでいいのであって、
演出は、たとえばドラえもんでもワンピースでも、
演出だけかっこよくすれば、めちゃくちゃかっこいい作品になる。
アニメも音楽も同じで、演出が一番大切ではないかと、
経験も何もない僕は言うのである。

作家は世界における出来事の支配者

僕が思うに、シナリオとは出来事である。
どんなハプニングが起きるのか、
ということを、作家は支配する。
どんな出来事を起こしてもいい。
また、作家について、理想の小説は、
「みんなの夢を形にする小説」であり、
その理由は、どんなに「現実では起きるわけのないこと」が、
作家の作品の中では起こせるからである。
まさに、どんな出来事を起こしてもいい。
歴史をすると作家ができると言われるのは、
舞台背景やでてくる時代のものに詳しくなるというのもあるが、
「どんな出来事がいつ起きるのか」が分かるからである。
しかしながら、僕はあえて、もうひとつの作家の条件を言う。
それは、「誰とも違ったありえない人生を生きること」である。
ありえない自分の人生がひとつ分かってしまえば、
そこから、人々がどのように生きるのか、
「この世界において自分の人生では何が起きたのか」を
知った上でシナリオを書くことができる。

良いシナリオは、それだけで終わらない

また、良いシナリオというのは、
「それだけで終わらない」ということである。
すなわち、単にそれだけで終わってしまうシナリオではなく、
「そのシナリオから次へと繋げていけるシナリオ」が良いのである。
起承転結と言うように、
何かのシナリオが起きたら、
次のシナリオでそれを承や転にもっていって、
最終的に結へと至る、
そのようにベースとなるシナリオから
面白いシナリオを派生させるということが
必要なのである。