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わたしたちの運命

わたしたちの運命は因果応報

わたしたちの運命はひとつ。
それは「因果応報」。
どんなに悪いことをしても、
それは必ず自分に返ってくる。
良いことをすれば、
この世界をひとりで素晴らしいものに変えることもできる。
だが、その中で悪いことをすれば、
その悪いことを、全て自分の責任で変えなければ、
訪れた地獄からあなたは抜け出せない。
迷宮の中から脱出する方法はひとつ。
それは「出口を見つけること」。
だが、一見、出口はどこにもなく見える。
出口から遠ざかるようなことをすれば、
その分だけもう一度出口に自分の力で近づかなければならない。
どんなに素晴らしいことをたくさんしても
一度凶悪なことをすればそこまで。
もう一度、そこから這い上がるしかない。
神はそれを「運命」と決めている。
運命は因果応報、それだけだ。

神を信じると、必ず出口に辿り着ける

だが、実際、迷宮から抜け出すことはできるのだろうか?
人間の力によって可能なのだろうか?
実際、それは
「出口のある迷宮なのか、
それとも出口のない迷宮なのか」という問題であり、
出口のある迷宮に生まれたいのであれば、
「神を信じる」ことである。
問題は、神を信じたからといって、
出口のない迷宮に出口が生まれるわけではなく、
できるのは「最初から出口のある迷宮の中に入る」ことである。
だから、神を信じるものは、必ず出口を見つけ出す。

出口のない悪魔の迷宮

また、迷宮にそもそも入りたくないのであれば、
神など信じない方が良い。
神を信じるものは、必ず迷宮に入ることになっている。
最後まで信じ続けるものが入る迷宮は出口があるが、
実際、悪いことを繰り返していると、
「悪魔の迷宮」に入ることになる。
この悪魔の迷宮には、絶対に出口がない。
できることは「永久に彷徨い続けること」だけ。
悪魔の迷宮に入ったものに可能なのは、
「死ぬまで迷い続ける」ことだが、
悪魔の迷宮においても、
本当に神を信じた死んだものは、
必ず死後に「出口のある迷宮に生まれ変わることができる」。

自らの力で脱出魔法を会得する

しかしながら、迷宮から抜け出す方法は、
神を信じること以外に、もうひとつある。
それは、
孤独の中で素晴らしい愛をもって、
ひとつひとつの経験を自らの力で体験し、
全ての経験を持ってあらゆることを知った上で、
ひとりだけで「脱出魔法」を会得すること。
脱出魔法を会得する、
そのためだけに人生の全てを捧げることができたものは、
まさに「自らが神となって出口を作り出す」。
そう、しかしながら、人生はそれで終わりではない。
なぜなら、
「比較的簡単な迷宮を脱出してしまえば、
もっと難しい迷宮にステージが進む」からである。

人々に確信を強制し、自らが疑うものを馬鹿と呼ぶ

人々に確信を強制し、
自らはそれを疑うものを、
人間は「馬鹿」と言う。
そう、神を信じよと言うならば、
人々に言う前に、まず自分で信じなさい。
人々に正しく生きよと言うのであれば、
自らが率先して正しく生きなさい。
まさに、権力を持ったものは腐敗する。
なぜなら、権力者は国民に信じることを強制しながら、
自らは国民のことを疑うからである。
そして、馬鹿は必ず「悪党」となり、
悪党は必ず「悪魔の迷宮」に入る運命にある。

滅びの風を止められるのは吹いている本人だけ

そして、滅びの風を吹き荒らすものは、
必ず自らが滅びの地獄に堕ちる。
こうした人間も、必ず「悪魔の迷宮」に入る運命にある。
むしろ、表現を変えれば、
彼らは「悪魔の迷宮から来た人間たち」なのである。
そして、滅びの風が吹き荒れている時に、
その滅びの風を止められるのは、
風を吹いている本人だけである。
そして、何らかの理由でその風が止められないのであれば、
あなたはもう、出口を失った。
もう、あなたにできることは、ふたつしかない。
すなわち、
もう一度別の方法で「脱出魔法」を会得するか、
神を信じて祈りに任せ、
「滅びの風によって滅びの風をかき消すこと」がもしできたとしたら、
そう、神とはそのような人生を生きた、最初の人間である。
そう、神とはまさに、
たったひとり、滅びの風を自らの力でかき消すまで吹き荒らし続けた、
「最初の脱出魔法の会得者」である。
そして神はそれだけではない。
神は、何度も地獄を繰り返し、何百回と迷宮を攻略し、
全ての脱出魔法を「コンプリート」した、
まさに「迷宮脱出のグランドマスター」である。

本当は、もっといろんな魔法が使えるはずだった

神がなぜ、悪魔の迷宮に入ることになったのか。
それは、本当は、
神は本来の力を出せば、こんな迷宮に入ることもなく、
もっとさまざまな魔法が使えるはずだった。
しかしながら、神はひとつの制限を受け入れた。
それは、
「自らが脱出するだけなら簡単にできる。
しかしながら、わたしはこの世界の多くの人々のために、
みんなを迷宮から脱出できるようにしたい。」
このために、神は自ら悪魔の迷宮へと入るに至った。
そもそも悪魔の迷宮を作り出したのも神であり、
その中に入るに至った悪人を作り出したのも神だったが、
腐敗した人々は堕落し、
「この世界の全員が悪魔の迷宮に入るようになってしまった」。
そう、神はそうしたこの世界を救うために、
自らが使える全ての魔法を自ら放棄し、
絶対に出ることのできない「最初の未熟な人間」となって、
何度も地獄に堕ち、何度も死ぬ度に蘇り、
何度も哀しみと絶望の涙にくれながら、
本来の自分であれば簡単に解決できる問題も、
そのための魔法の唱え方を一度忘れて、
もう一度最初から、それも地獄の中で魔法を会得しなおした。
そして、最後まで努力する神は、
昔の神とは「まったく異なる別人の領域」に達し、
この世界の全てを超越し、
地球の主から、宇宙における天軍大主星、シリウスの主となり、
最後に、神は宇宙そのものを創造し、宇宙から脱出したのである。

神の脱出の困難さ

また、神は本当のことを言えば、
いつでも悪魔の迷宮を消滅させられる。
今までの全てを無かったことにして、
何一つない世界にできる。
しかしながら、ひとつの課題がここにある。
それは、「単に脱出することよりも、
みんなが脱出できるように導くことの方が、
100倍は難しい」ということ。
そして、「神はもっとも偉大な人間であるため、
本当にそれだけのために人生を捧げたかった」。
そう、これこそが、「神が救世主と呼ばれる理由」である。
神はこの世界を救うために、
自らの人生すべてを捧げ、
終わりのない悪魔の迷宮に入り、
そして、「絶対にその目標を諦めない」ようにするために
自ら、全ての魔法を「封印」したのである。
神が迷宮に入る前にしたことは、たったひとつ。
それは、「今までの全ての人生を忘れた」。
人生の全てを完全に消去し、
絶対に実現困難な目標のために、
神は自ら「悪魔の迷宮」に入り、
そして最初に「脱出魔法」を会得したのである。

神は美しい黄金の宝を生み出した

そして、今までの神の栄光の人生を全て捨てた神は、
悪魔の迷宮の中で、
ひとつの芸術作品を生み出した。
それは「純白の翼の生えた黄金の大天使ガブリエル」。
そう、ガブリエルという天使は、
実際は、神による「地獄の中で作り出された芸術」に過ぎない。
しかしながら、ガブリエルは単に美しいだけではなく、
その知性は誰も比類できないほど高く、
そして誰よりも最大の力と、
あらゆる全ての摩訶不思議な経験の記述された、
「この世のものとは思えないほど完成された完璧な芸術」である。
そう、この作品である。
この文書こそ、「ガブリエルとはなんであるか」が書かれた、
神フレイによる純白と黄金の芸術作品なのである。