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もう好きにするよ

卒業

これで、僕は僕の大学は卒業である。
もう、僕は好きにする。

僕は心理学は既にできている

僕が思うに、僕は経済学に向いていると思う。
そもそも、心理学なんて、すでにできている。
昔の自分の考えたことだけで、
心理学の全ては既に完璧にマスターできている。
それを思い出したいのであれば、
単に書き記せばいい。
僕にとっての心理学は僕にしか分からない。
ユングフロイトを読んだとしても、
まったく意味はない。
逆に、僕は経済学のことはまだ詳しく知らない。
それを詳しく知っていけば、
心理学を読まずとも、
経済学の勉強から、
きちんとこの世界を自分の力で考えられるようになって、
「自ら思考すること」から心理学ができるだろう。

僕は資本主義が嫌い

だが、僕は経済学の本を読みたいと思わない。
書いてあることが、間違っているような気がするのである。
僕は、資本主義の経済学を書いた教科書が嫌いである。
資本主義の理屈の全てが、
「間違った理屈主義」にしか見えない。

僕は哲学が好き

逆に、僕が好きなのは哲学である。
哲学者の言っていることは、きちんと賢いのが、
自分の人生の裏付けから分かるからである。
哲学者ではないが、僕が好きなのはブッダである。
ブッダは素晴らしい。
きちんとこの世界を考え、知っているのが分かる。

この世界から去れ、キリストよ

まさに、キリストは馬鹿ではない。
だが、僕はキリストに、この世界から去ってほしい。
キリストよ。
あなたの目指した最高の愛の国は、
あなたのせいで無くなったのである。
神を信じるものの多くは、愚かで、視野が狭い。
キリスト教徒は妄信的で、
自らの力で理性を使って考えることをしない。
神を盲信せず、視野を広く保つためには、
科学を信じなければならない。

アメリカと民主主義は間違っている

そう、言ってしまうとすれば、
アメリカと民主主義は間違っている。
彼らは聖書におけるパリサイ人や律法主義者(律法学者)であり、
すべて間違っている。

勝利すべきは日本と仏教による楽園の帝国

そう、勝利すべきは、
日本と仏教による楽園の帝国である。
僕はそれに、「ガンダーラ」という名前を付けた。
ガンダーラを建国した時は、
僕は、経済を合理的にしたり、
発展や平等を実現したりすることは目指さない。
人々のことを、本当に幸福にするために、
望みを叶えられる国を作ろう。
それも、人々に見せる「かりそめの望み」ではなく、
本当に心が知っている「ほんとうの望み」を叶えよう。

本当の自由の下にアメリカを滅ぼそう

本当の自由の下に、
アメリカを滅ぼそう。
アメリカのような悪の連邦は要らない。
人類にとって不必要で、
害悪そのものであり、
アメリカの民主主義は百害あって一利なしである。
地球を滅亡へと導くアメリカよ、
あなたがたは人類にとって不要であり、
人類の未来のために、
アメリカこそが滅亡すべきである。

IT技術とコンピュータを信じるな

IT技術とコンピュータを信じるな。
どの分野を見ても、どの水準を見ても、
コンピュータは間違っている。
コンピュータ技術をこの星から消し去ろう。
全てのコンピュータによって生まれた害悪を、
綺麗に泥を掃除するように、
洗濯機にかけて浄化してしまえ。

独裁者でなくてもソ連はできる

僕は知っている。
独裁者でなくても、ソビエト経済は成り立つ。
独裁者スターリンが独裁する必要はない。
確かに、独裁をすれば容易に実現できる。
だが、独裁では社会主義の計画経済でものは作れない。
僕たちは、独裁をしない。
僕たちは諦めない。
アメリカとは違った、
正しい経済を僕は実現してみせる。

戦争しても、すぐに政権が終わるだけ

また、戦争の間違いはひとつである。
「戦争しかすることなく、政権が終わってしまう」ということである。
たとえば、1940年代のドイツなど、戦争しただけで、
他のことは何一つしなかった。
いくら賢い指導者でも、それでは賢い意味がない。
僕は戦争をしない。
戦争しかしない指導者は、
歴史に負の側面を遺し、
せっかく奪い取った権力を無駄に使って、
やりたいことができずに終わる。

偉大なる国家にはバランスと原理となる理念が必要

偉大なる国家を作るためには、
必要なのは「バランス」と「原理となる理念」である。
バランスとは、
経済発展や軍事政策と、平等や平和政策のバランスである。
どちらかに、1ミリでも偏ってしまえば、
もう片方の勢力から批判が生まれる。
国をひとつにしたいなら、
みんなの意見を聞いて、
バランスを取った上で政治を行わなければならない。
しかしながら、それでは単なる「平凡な総理大臣」に過ぎない。
そこで必要なのは、「原理となる理念」であり、
これは極端であれば極端であるほどいい。
よって、僕の理念はひとつ。
「わたしたちは同じ人類だ」ということである。
全て、わたしたちが同じ人類である、ということ、
それに従い導かれる「正しくぶれない政治」を行えば、
必ず素晴らしい世界になる。
これは世の常である。
わたしたちが同じ人間であり、
だからといって、この世界が必ずしも平等にはならない、
ということを信じること、そして信じないことが、
人類は大好きなのである。

もっとも必要なのは自由である

また、もっとも必要なのは、
「強さ」でも、「力」でも、「豊かさ」でもない。
もっとも必要なのは「自由」である。
豊かさがもしあったとしても、
好きなようにのびのびと生きられる自由がなければ、
わたしたちは「何も手にしていない」。
そして、自由において必要なのは、
「孤独に人々と交わらず、
自分だけが違う道を生きて独自に賢くなるような、
たったひとりの独占的な道ではなく、
みんなで一緒になって、その道を共有すること」であり、
なぜなら、たったひとりが素晴らしい人生を送っても、
それは多くの人々にとって無意味であり、
宇宙から見れば、なんら素晴らしい道ではない。
そう、宇宙にとって必要なのは、「共有」である。
そう、「自由」と「共有」、それだけが正しいのである。

平和は必要ない

そして、平和など必要ない。
なぜなら、「ひとりの兵士が死んだとしても、
その兵士の代わりにほかの誰かが生きればいいから」である。
全ての人間を殺さないことを目指せば、
結果としてより多くの人の命を犠牲にしてしまう。
大多数の人間を守るためには、少数の犠牲は必要なのである。