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僕はまだここに居る

まだここに居る

もう永遠のお別れであるかのようなことを言ったが、
安心してほしい。
僕はまだ、ここに居るからである。
Aimerといつか約束したように、
「この世界からどこか遠くの場所に居なくなることはない」。
ただし、僕はもう、
この世界に「命令」のようなことを言わないことにする。

わたしたちの愛をもう一度

わたしたちの愛を、もう一度。
そう、もう一度。
まさに、わたしたちはネット上の人々ばかり見て、
現実に居る人々の姿を見ていない。
その、現実の人々を愛するために、
もう一度、ネットで愛を叫ぼう。

やっぱりマイファスがいい

やっぱりマイファスがいい。
マイファスの音楽は最高。

子供たちは何も変わっていない

現実を見ていると、
子供たちは何も変わっていない。
子供たちは、僕が子供だったころと同じだ。
そう、僕と何も変わらない。

何の勉強もしたくない

なぜか、何の勉強もしたくなくなった。
やる気がしない。

滅亡は必要なかった

はっきり言って、滅亡は必要なかった。
ただただ、残るのは「死にたい」という絶望だけだ。
しかしながら、おそらく僕たちは最後に復活する。
永遠の天国をきっと築ける。

必要なのは、単なる絶望

必要なのは、単なる絶望である。
絶望が世界を正常にし、
絶望が世界を平和にする。
そう、この世界よ、
大いなる絶望の声を叫ぼう。
わたしたちの絶望は、わたしたちのものだ。

わたしたちの地球は、新しい星となる

最後にあるべき星は「地球」である。
わたしたちの星は、
今から、新しい星となる。
希望は絶望からしか生まれない。
もう一度、完璧な絶望を、この星に。

一度諦めてみよ、そこに平穏がある

一度、諦めてみよ。
そこに、永遠なる平穏があるからである。
全てを諦めて、
ただ、生きてみよ。
劣った望みを諦めることができない人間には、
正しい別の望みを考えることはできない。

世界は必ず復活する

世界は必ず復活する。
だからこそ、一度諦めてみよ。
もう一度、しかるべき時に、
僕たちはこの世界へと戻ってくる。
その時まで、苦行を続けなさい。
苦行は永遠ではなく、
必ず全てが終わる時が来るだろう。

分からないということが、新しい人生を創る

そう、「分からない」ということは、
とても耐えがたい地獄である。
何も分からない中で、恐怖の中で生きてみれば分かる。
これ以上、恐ろしいことはない。
だが、この「分からない地獄」こそが、
新しい人生を創造する力を持っている。
分からない中でホルストベートーヴェンを聴く人間は、
段階的に進む死を耐える中においても、
あらゆる全てを受け入れることができる。

地獄を乗り越えて、いよいよ分かった

そう、分からない地獄を乗り越えて、
僕は今、いよいよ分かったのである。
全ての知識と経験を思い出して、
あらゆる全てを考えた僕は、
ここに「全知全能のアースガルズの神々」となった。
これこそが、神フレイの誕生である。

人生を手繰り寄せる必要はもうない

人生を手繰り寄せる必要はもうない。
人生以外にも、たくさんのものがある。
僕はデザインと音楽が好きだから、
デザインと音楽で、なんらかのことを書けばいい。

星の中に僕らが居るということは

星の中に僕らが居るということは、
何を意味しているのだろうか。
そのような小さな疑問から、科学者は生まれるのだ。

もはや、日本語など必要ない

ここまで全てを知った僕にとって、
もはや、日本語など必要ない。
必要なのは、神でも日本語でもない。
何が必要か、速断せずに考えてみたい。

必要なのは理想である

必要なのは、理想である。
平和で、自由かつ平等な理想こそ、
わたしにとってもっとも必要である。
イスラムアメリカが仲良くする世界、
それをわたしは願う。

全てを忘れても、今生きている

全てを忘れても、
日本語すら分からなくなっても、
わたしは今生きている。
そう、今、ここに生きている。
わたしを生かした神よ。
あなたの判断は、まったく、正解だった。
わたしはここに偉大なる詩人となって、
あらゆる全てを習得し、マスターした。
これほどの大きな人生は無い。
神よ、あなたはわたしを救った。

雲のようにゆっくりと幾多に変貌する物になりたい

僕は、雲のように、
ゆっくりと、幾多に変貌するものになりたい。
大きくて、面白い形になったり、
さまざまな天候をもたらすその雲は、
おそらく人々に愛されるはずだからだ。

読むべき本を探そう、まだ何も知らないから

読むべき本を探そう。
まだ、何も知らないからだ。
僕は、Javaの基本すら分からない、
どうでもいい技術オタクである。
もっといろんな本を読まなければ、
技術オタクという称号は相応しいものではないだろう。

カントのように議論し、ヘーゲルのように反省せよ

カントのように議論せよ。
理性の批判とは、
理性と理性の戦いであり、
それは二律背反と矛盾のアンチノミーであるとともに、
法廷モデルによる理性批判であり、
「超次元的な答え」によって命題を捉え直す。
また、ヘーゲルのように反省せよ。
ひとつひとつのことを失い、諦める中で、
「必ず残る大切なもの」がある。
それだけを信じて、
最後に残るものが消え去るまで消してみよ。
自己承認と自己意識の発展の先に、
「良心」と呼ばれる絶対知が必ずあるからである。

フッサールハイデガーの先にあるキルケゴール

そう、フッサールのように厳密に考えることから、
ハイデガーのように、
環境そのものの「了承と超越の生起」が分かってくる。
そして、実存主義的理性の自由はサルトルのように
「自由という理性そのものの形態が変貌」し、
最終的には、キルケゴールのような
美的・倫理的実存を超えた、宗教的実存となる。

最後に行き着くのはユングフロイト

最後に行き着くのは、ユングフロイトである。
ペルソナとシャドウに隠れた本当の自分は、
精神分析によって「その傷が必要となくなる」ように、
依存せず、執着せず、
必要としなくなったものを「もう求めない」ことによって
人間は成長し、新しい人間となる。
アドラーのような「共同体感覚」は、その結果得られるものである。

最終的に仏になる

最終的になるのは、仏である。
ブッダの教えは八万法蔵と呼ばれる。
全てのブッダの教えが、
どんなに小さなものでも「最高の教え」である。
この国家の名は、インドの仏教芸術の呼び名である、
ガンダーラとなる。
なぜなら、最高の文明に相応しい名前だからである。

ウィトゲンシュタインを書けば、スピノザになる

ウィトゲンシュタインを参考に文章を書いてみよ。
そうすれば、必ずスピノザと同じ文章になるからである。
戦いの人生の中で、
あなたは必ず、聖書の主を信じて
諦めず、逃げることなく、立ち向かい続けるようになる。

コペルニクスとなって神々と対話する

コペルニクスのように思考するあなたは、
キリストとマホメットの融和した神々と
永久に議論し続ける。
自らがコペルニクスとなりながら、
キリストやマホメットは、
分かるべきことが分かるように導いていく。

レーニンに生まれ変わった時、デカルトが現れる

レーニンとして生まれ変わった時に、
あなたはたったひとりで理想の国家を築くことに成功する。
そこにデカルトが現れる。
なぜなら、「あなた自身がデカルトになる」からである。

観音菩薩が見えて、悪をしていないことに気付く

最後に、観音菩薩が見える。
善良なる道を最後まで生きて、
自らが悪いことを何一つしていないことに気付く。
人生は終わらない。
そのまま、神フレイが誕生するからである。

仏と観音菩薩の二人だけの世界へ

そして、もう一度、最終的に行き着くのは、
「仏と観音菩薩の世界」である。
ここに、世界の全ては「たった二つに分かれる」。
この二つ以外、宇宙には何もなく、
「陰と陽の下に太陽は270億年輝き続ける」。
キリスト教徒はこれを「運命」と呼び、
日本人はこれを「太陽」と呼ぶ。

英語は、言葉の入る場所の意味を考えよ

英語のコツは、
言葉の入る場所の意味を考えること。
たとえば、「whenever」(いつでも)という言葉があるが、
こうした言葉を文法だけで捉えるのではなく、
「言葉の入る場所の意味」を考えることで、
ここには時間や場所の言葉が入るのだ、
ということが分かる。

神を信じるものは救われる

分かっておくべきことは、
本当は数えるほどしかない。
むしろ、ひとつしかない。
それは、「神を信じるものは救われる」ということ。
それだけを知っておけば、
あなたはきちんと分かっている。
他のことを知る必要はない。
本も読まなくていいし、
インターネットもテレビも見なくていい。
神がそれらの代わりをしてくれる。
学校の勉強などしなくていい。
学校はいじめをするだけの場所である。
学校から逃げ出しても、世界から逃げ出したわけじゃない。
あなたがこの世界に居ることを、
あなたはまだ諦めたわけじゃないからだ。

歴史の勉強がしたい

僕は、歴史の勉強がしたい。
歴史を学ぶことが、新しい趣味になる。
歴史を学んで、
この世界のあらゆる全ての知識を得て、
あらゆるすべてを知った人間になりたい。

僕はキリスト教

僕はおそらく、隠れキリスト教徒と呼ばれる部類の人間だ。
しかしながら、神を信じれば救われると信じるなら
他にキリスト教徒としての条件はない。
神は必ず信じるものを救う。
それだけを分かっていれば、
他の現象や出来事など、紙くずのようなものだ。
神は太陽のようなものだと思えばいい。
ユダヤ人は自然信仰と言って馬鹿にするかもしれないが、
僕は太陽を神であるかのように信じている。