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環境を経験的に考える

昔は環境を経験的に考えていた

昔は、環境を経験的に考えていた。
インターネットというだけではなく、
学校や自分の人生における環境の変化、
そして、環境において存在する、
対象物や認識、経験的な反省や習慣などを
環境的に考えた。
環境的にどのようなものがあれば人間は何を思うのか、
経験や学習や認識から、
そのシチュエーションで人が何を行為・発言するのか、
といった全てのことを考えていた。
どんな環境も掌握することのできる心理学者だった。
人生における、全ての環境的作用と要因から
「物理的に人生を分かる」ことに成功した人間だった。
環境だけではなく、
人間の関係性やIT技術の関係性などを考えて、
たとえばライセンスのようなものにおける、
「許されたこと、禁じられたことの意味」のようなものを、
意味や自由を考えることで分かっていた。

Gentooからコンパイラが分かった

また、昔はやけコンパイラのことが分かっていた。
Gentoo Linuxの導入と管理から、
テキストファイルとは何か、ソースコードとは何か、
設定ファイルとは何か、データファイルとは何か、
システムの起動やパッケージの導入や初期設定は何か、
ファイルシステムやパッケージをどのように管理するか、
ということが分かったため、
僕は「Gentoo LinuxでほとんどのUNIXのシステムが分かった」。
その後は、本を読み、ホームページを書くことで、
自然に全てのUNIXの知識を調べることができた。

GUIオブジェクト指向Delphiで分かった

僕はDelphiでちょっとしたアプリケーションを開発していたことがあるが、
GUIによるフォームデザインやコードエディタの使い方、
そしてオブジェクト指向の基本や、
設定ファイルやGUIコンポーネント
アクションリストやオブジェクトインスペクタなどを使った、
大規模かつスマートなプログラミングのやり方は、
Delphiで分かった。
その後に、C#などの仕組みを少し学んだが、
最近はたくさんの本を買って、それをホームページに書くようになった。
また、Perl/CGIについては、
自分のやっていたブラウザゲームの戦闘場面などを、
Windowsのローカル環境で試しに実装したりして、基本を分かった。

ピアノ

今日はピアノに行ってきた。
ピアノのコツは、その方向にその音符しかないのを分かること。
そして、音符が何の音を示しているか、読むこと。
それだけで、簡単に弾けるようになる。
僕はもっと練習して、
YouTubeで自分のピアノ曲を発表できるようになりたい。

赤ん坊が泣かなくなれば治る

こういうおかしな統合失調症が治る方法は、
ひとつしかない。
それは、赤ん坊が泣かなくなることである。
赤ん坊が泣いていると、
こうした子供の知性がいつまでも転がって、
ぼちゃんと池に落ちて、
そして永遠に沈んでいき、溺れるようになる。
もう、悲しい気持ちを抑えて、泣かなくなればいい。
それで、おかしな転がるだけの赤ん坊の幻覚は消える。
これが、狂った女に多い。
もう、死んだ赤ん坊を忘れた方が良い。

Linuxなんかを分からない方が良い

僕がみんなに言うべきことはひとつ。
Linuxなんかを分からない方がいい。
Linuxを分かっても、狂うだけである。

Linuxは不可能な連結をする

Linuxは、頭と頭の不可能な連結をする。
重なり合って、死んで、復活して、馬鹿になる。
そのようなものはもう分からなくていい。

苦行はここで終わり

ここで、僕は心臓が二つに分かれて、
苦行が終わった。
どうでもいい、つまらない
自分を辛く苦しめただけのゲームが、
ここに終わった。
もう、することは何もない。

狂ったことはもうしない

実際、僕はもう狂ったことはしない。
僕はLinuxとドイツのことしか分かっていない。
それらはもっともおかしな狂人である。
もっと、現実の世界で、日本で何かをした方が良い。
もう、狂ったことはしない。