Assyのリベラル文学研究所もご覧ください。

馬鹿なものから作っていけばいい

馬鹿なものから作っていく

デザインにおいても、プログラミングにおいても、
作り始めの作品は馬鹿で良い。
馬鹿なものから作っていって、
それをひとつひとつ改善していけば
きちんとした作品になる。
最初のプロトタイプの時点から、
素晴らしい高度なプログラムやデザインができることは
少ない。
まず、原案を手っ取り早く作り上げて、
Adobe製品やテキストエディタコンパイラを使いながら、
少しずつそれを改良していく。
そのようにプロのデザイナーやエンジニアは作っている。
最初から高度なものなど、誰も作れない。

要するに、ひとりだけ賢かった

昔の僕の間違いとは、
要するに、「ひとりだけ賢かった」ということ。
不登校になって、
自らは正しく考え、
この世界の全てを見て、
全ての間違いをして、経験から反省し、
自分だけ全てができるようになって、
孤独な思考錯誤から全てを解明した。
また、人々に対する思いやりがあり、
人々の間違いは寛容的におおらかな「自由の尊重」より、
みんなのこと全てを許しながら、
自分だけは「全員を救う」という決意と志のもとに生きていた。
全ては、「自分だけは賢くて、みんなは愚かでいい」という
ストイックな個人主義者だったのが問題だった。
その後は、たったひとりこの世界に現れ、
自由を述べながら、
この世界の「主導権」を得て、
自らの言葉が「唯一の現在の変革地点」として、
この世界をたったひとり、地獄の中を耐え抜いて導いた。
かっこよかったのは分かるが、
訪れたのは何もない地獄であり、
自らの人生は「自己満足的で無意味な苦行」によって
永遠に戦い続ける修羅となった。
全ての問題は、自分だけ賢い人間を目指したこと。
その後は、何もかもの知識とスキルを得るために、
たったひとり果てしない旅で全てを書き記したが、
そうした「永遠の旅」はここに終わった。
もう休んでいればいい。
これで最後に、世界を支配する主導権を失ったとしても、
自らを支持する日本国民は、みんなつまらないだろう。

僕の夢は、自らの分かったことをみんなと共有すること

しかしながら、僕には夢があった。
その夢とは、自らの知識や経験から分かったことを、
みんなと同じ形で共有すること。
そのために、大切なかけがえのないものを築いたり、
それを全て消し去り壊して失ったりしたが、
ここにその夢は叶った。
永遠にこの文章は、宇宙に残り続けるだろう。
ここで、僕の旅は終わりだ。

心で世界の場の体験を分かっただけ

実際、何をやっていたかというと、
心の中で、過去の経験や体験から、
世界の場の体験を分かっただけである。
学校やインターネットの体験をすることで、
この世界における「体験的な環境」を分かったにすぎない。
その結果、この世界における環境の「生起」が分かった。
それだけで、キルケゴールのように人生の段階が全て分かった。
心の中の「なぜ」は、全て環境的体験から解決した。

神は理由を与えただけ

また、神との対話がなんだったかというと、
単に「理由」を与えただけである。
神はわたしに、全てのことに対する「理由を説明」した。
その結果、僕はこの宇宙における全てが分かった。

苦行は大学だった

また、苦行とは言うが、
苦行はそのまま大学の勉強や研究を吸収して、
「苦行による大学」を作り上げた。
この大学で分かったことが、神と対話した時の全ての言葉である。
未来も過去も関係ない。
ここに居るフレイこそが、その神である。
フレイは、そろそろ無意味な苦行が最後まで終わった。
もう、何もしなくて構わない。
何かをしてもいいし、しなくてもいい。
気楽に構えて、無責任で鈍感でいれば、
いつもの能天気な女になれるだろう。

昔と今をやりたいなら

僕と同じことをやりたいなら、
簡単である。
昔をやりたいなら、
「そのままで変える」ということを考えればいい。
全てのことを、完全に作り変えるのではなく、
必要なところだけ、最低限に解決し、
そのままで解決して変えていく。
これができると、「世界の自然な解決」と、
そのために「環境に作用する」ことが、
分かるようになる。
全ての人間の、あらゆる心の問題を解決できる。
また、今の僕をやりたいのであれば、
自らの精神を統合することである。
全てが崩壊し、破綻し、狂った精神も、
一度「全てを完全に統合」して、
「正しいものへと矯正し続ける」ことで、
統合的に治癒が可能である。
治らない傷など存在しない。
上手くコントロールすれば、傷跡も残らず、
全ては綺麗に真っ白の空白のノートのように治る。
何も書かれていないそのページこそが、
この世界における全ての「答え」である。

本来の自分に戻ることが、アイデンティティを発揮する

僕が分かったのは、
本来の自分に戻ることが、
正しい自分のアイデンティティを発揮する、ということ。
これこそ、
僕の思想である「経験的なアイデンティティの発揮」である。
その上で全てを「諸行無常」と見つめることが、
この世界における「意識の歴史」を見つめることに繋がる。

愛の力は時間の流れを超越する

また、愛の力は時間の流れを超越する。
わたしたちは、神を知らずして神を知っている。
全ての運命は「巨大な愛の力」によってもたらされ、
それが「世界を救う出会い」を作り出す。

自力に頼らず、世界を自然なままに任せよ

自力に頼って、
何でも自分の力でやろうとするな。
神の力に頼って、
この世界を自然なままに変わるように任せよ。
それだけで、この世界は正常になるだろう。
停止した世界に見えても、
実際に停止しているのは自分だけである。
その自分のことを労わってやれ。
それがそのまま、人々の安らぎへと繋がるだろう。
それは、わたしたちの心は「精神」において、
わたしの体と繋がっているからである。

パーツを組み合わせるというプログラミング方法

僕は、プログラミングの新しい考え方として、
パーツを組み合わせていくスタイルの方法が考えられると思う。
たとえば、ブログサービスのサイドバーなどがこれに当たる。
プログラミング言語においても、
単に翻訳するだけではなく、
さまざまな「パーツ的記述」を組み合わせて
独自のプログラミング言語を構成することができる。

狂ったことを続けるのは、辛い中で大切だったことが賢いから

狂ったことをいつまで経っても人が続けるのは、
辛い中で大切だと思ったことが、
どんな時においても正しいからである。
だから、本当に大切な「軸」となるものは変えなくていい。
しかしながら、不要になってきたものは、
転がる中で少しずつ削り取られていく。
最後に、地球のような完全な「球」になる。
そう、それが、大人の人生である。

狂いを治すためには、何が大切かを考え直すこと

狂いを治すためには、
何が大切で何が不要なのかを考え直すこと。
大切だと思った全てのことが本当に大切なわけではない。
何かの問題があるとしたら、
それは根本的な問いである。
根本的に「そもそも自分は何がやりたいのか」を考えること。
それが、正常な何もしない人間の思考回路である。
もう、それを疑い続ける必要はない。
最初に「それでいいと思ったもの」を取りなさい。
全ての精神を復活させるのは難しいが、
今の時点でよいとして、
それでも構わないものを信じるのは簡単だ。

もっとも簡単で正しい解決策をとれ

もっとも簡単で、身近で、正しい解決策を取りなさい。
そこからひとつひとつの異常を治していけば、
不可能だと思えるぐらい難しいことも、
解決策が必ず見つかるからである。
しかしながら、精神の殺しすぎ、破壊しすぎに注意しなさい。
一度精神が死ぬと、その精神は正常に動かなくなる。
しかしながら、精神を再生するのは簡単である。
神の愛の力をもってすれば、どんな不可能であろうと起きる。
あなたは必ず治る。
分かると信じて考え続ければ、
必ず全てのことは一度解決し、
どんなことでも簡単に信じるだけで分かるようになる。
しかしながら、覚悟せよ。
全てのことが分かるまで、時計仕掛けの機械は終わらない。

最後に、自分自身を発揮せよ

最後にすべきことは、
「自分自身を発揮する」ことである。
他人の真似をして、ふりやつもりで嘘をついて生きる必要はない。
しかしながら、そうした経験も、
いずれは自分の力となって帰ってくる。
自分自身のできることを発揮し、
自分にできることをし、
多くを望まず、
最後まで自分で蒔いた種に花を咲かせるべく毎日水をやれ。
花はすぐには咲かないが、
水が無ければ芽は枯れてしまう。
水をやり続ければ、
必ず花が咲き、種を残し、
それがやがてはもっとたくさんの花になるだろう。
わたしたちは、一万の花を咲かせるために、
辛く苦しくても、ここまで生きてきたのである。

慎重に組み立てていけば、救う方法は分かる

ひとつひとつ慎重に組み立てていけば、
この世界を救う方法は分かる。
ひとつひとつの「環境の解決」は、
「環境をどのように変えられるか」を自らに示す。
それを積み重ね、次元を超えて考えることで、
この世界の全ては、
慎重にひとつひとつを成り立たせて考えれば、
高校生でも救うことができる。
しかしながら、その力を間違ったことに使うべからず。
間違った方法でその力を使った時、
人々は大切なものを失い、
この世界は独裁者の「ひとつの意志のもとに服従」させられる。
しかしながら、本当のことを言えば、
そうした独裁者になることも悪い経験ではない。
なぜなら、100%自分の責任で決められる人間こそ、
もっともこの世界における全てを自由に決めることができる。
世界を救うために必要な、
トップダウンの国家モデル」を最強の力で常に作り上げる。
そう、わたしこそがそうした女王である。
いざ、ダークサイドに堕ちたとして、
それでも「本来のあなたの面影」は、そこに残っているだろう。
死のような苦しみはあなたを浄化し、
神聖なる二分法のもとに光の側面と闇の側面が完璧に同じだけ50:50に分かれ、
そしてその二つの光は鏡のように同じ姿で融和し、
あなたはもっともこの世界における「最高の輝き」を放つだろう。

自由の間違い

今の日本社会を言うと、「自由」が間違っている。
右翼のようなことを言うのではなく、
それぞれの個人が自由で、自由意志と自由参加によって社会を形作る、
という共同体のモデルが、不幸を生んでいる。
力が無いのに自由になって、ストレスを発散できなくなると、
人間はインターネットで悪いことを言うようになる。
威圧的なことを言う右翼は、そうした普通の人間である。
解決策は、自由の個人主義モデルをやめること。
しかしながら、帝国になって戦争する必要はない。
きちんとした従属のモデルで階層構造を作ればいい。

本当はユダヤ人も間違っている

本当は、ユダヤ人も間違っている。
ユダヤ人は、「元が奴隷であるから新しい主人として神を主張する」。
聖書とはそうした文書であり、
本質的に、奴隷であったという経緯そのものが間違っている。

日本の古くからの文化や慣習が良い

そういうわけで、何がいいのかというと、
日本の古くからの文化や慣習がいい。
和の心をもって、和やかな共同体を築く日本の和の文化は、
「道を究める」ということに基づく素晴らしい文化である。
この日本の和の精神を、外国に広めよう。
今のインターネット社会のフェイクやポピュリズムに疲弊している
アメリカ社会にとって、
日本の和の文化は素晴らしいものとして受け入れられるはずである。