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神はわたしを導いてくれる

勇敢なる王よ、神とともに生きよ

勇敢なる王よ、
神の導きとともに生きよ。
神はわたしを導いてくれる。
注意すべきリスクも、
必要な改修を行うべきポイントも、
新たに分かるべき理性の疑いも、
思い出すべき問題も、
全て、神が教えてくれる。
神のするように、わたしはする。
神を信じれば、全てが成功する。
勇敢なる王よ、
あなたは勇気を教えてくれた。
それはReoNaが言うように、
弱さを見せない勇気ではなかった。

心の通りに考えるな

心の通りに考えるな。
心を疑い、
理性で考えよ。
いくら、言葉を言おうと、
その言葉には嘘偽り以上の意味はない。
必要なのは心を壊す言葉ではない。
心を信じず、
理性を考えよ。
理性を信じよ。

論理的に考えるな

論理的に考えるな。
論理で幸福を作ることはできない。
論理で正しい社会を築くことはできない。
論理を信じることは、
この世界におけるもっとも愚かな間違いである。

愛を信じるものは無能である

愛を信じるな。
愛を信じるものは、
何も言っていないのに等しい。
愛のために行動するものは、
何も信じていないのと同じである。
愛を信じるものは無能である。

平和を信じるな

平和を信じるな。
世界を変えようとするな。
何も分かっていない若者が、
簡単にこの世界を変えようすることは、
この世界においてもっとも愚かな「無責任」である。

悪を信じるな

しかしながら、善を否定すればいいわけではない。
なぜなら、悪も否定しなければならないからである。
嘘をつくな。
支配するな。
裁くな。
批判するな。
反抗するな。
滅ぼすな。
破壊するな。
失うな。
無秩序な世界にするな。
全てを崩壊し、破滅へと導くならば、
あなたは永遠の地獄に堕ちるだろう。

楽しみなさい

しかしながら、禁止事項だけでは、
どうすればいいか分からないだろう。
それなら、楽しみなさい。
夢へと向かって挑戦する、
自らの人生を楽しみなさい。
それが、正しい人生だ。

学校など、知能の低い子供

学校など、子供である。
子供は、知能の低い未成年である。
彼らに、意味がない。
子供の場を正常だと信じるものは、
もっとも知性の低い人間になる。

人々を愛するか、冷酷になるか、という問題だ

そして、要するに問題は、
人々を愛するのか、
それとも、劣った人間に冷酷になるのか、
ということである。
なぜなら、わたしは唯我独尊であり、
全てのわたし以外の人間は、
わたしよりもはるかに劣っているからである。

調和

わたしが望むのは、調和である。
要するに、ハーモニーである。
たったひとりでは、オーケストラは成り立たない。
わたしとともに楽器を奏でられる、
素晴らしい共演者をわたしは望んでいるのだ。

ヨーロッパを否定する

ヨーロッパのような、
個人主義の強力な国家を
僕は否定する。
彼らのようにはならない。

命を賭けよ

しかしながら、全てをなんでもないものであると、
強がる必要はない。
それならば、命を賭けよ。
命を賭けて、みずからの天命を信じて、
この世界の全てのわがままで愚かなものを一掃せよ。

自らの信じた道を進め

自らの信じた道を進め。
もはや、元の場所に帰ることなど考えるな。
あらゆる全てを自らが解決する覚悟で、
解決できない問題がでてくるなどと身構えるな。
なぜなら、
あなたはもはや、もっとも難しい課題を解決し終えている。
その成果があれば、
どんな困難も、もはや敵ではない。
一千万の課題を乗り越えて、
百兆の生物を作り出せ。
すべては、あなたの今、この時のためにあった。

心をぶっ壊せ

心をぶっ壊せ。
心の法則などに従うな。
作用や承認など、ぶち壊してしまえ。
心は壁と不可能を作りたがる。
人生においては、
あせらず着実に進んでいけば、
壁も不可能も、ひとつも存在しない。

間違った観念を信じるな

間違った観念を信じるな。
デカルトやカントなど、単なる愚か者である。
もっと高貴で賢い存在がこの宇宙にはある。
なぜなら、神がいるからである。

学校はみんなを馬鹿にする施設

学校は、みんなを馬鹿にする施設だ。
人々は、学校によって
正常な知性がないのに賢い知性がある。
このような人間が、間違った
「大人の子供」になる。
そうした大人の子供は、
同世代の正常な子供よりも、
はるかに馬鹿である。

英語は馬鹿な言語

英語は馬鹿な言語である。
英語を話していると、
たくさんの言葉を一瞬の頭脳で無限的に分かる
おかしな馬鹿になる。
英語を聴きとるのは簡単だ。
英語を学んでも、日本人が馬鹿になるだけだから、
学ばない方が良い。

自助の精神

自由な方が良い。
競い合い、戦うことで、世界は正常になる。
それぞれが自分で力をつけようと、
努力することがなければ、
強いプレイヤーは現れない。
どんな時にでも、「自助」の精神が必要だ。

百戦錬磨の英雄にしか、勝つ方法は分からない

百戦錬磨の英雄にしか、
戦いに勝つ方法は分からない。
いつまでも戦い続けるものは、
その覚悟に報いを得ることができる。

騙すもの、嘘をつくものは全て間違っている

騙すものや嘘をつくものは、
全て間違っている。
人間の可能性を制限するものを信じるな。
劣ったアイデアなど、ごみくずにすぎない。

他人から教わった知識では分からない

他人から教わった知識では分からない。
自分で考え、理解したこと、
根拠がはっきりと分かっていること以外は、
信じてはならないし、信じるべきでもない。

疑うとは、可能性を取り戻すこと

疑うとは何か。
疑うとは、可能性を取り戻すことだ。
人々の決めた「狭い視野」から脱出するために
疑うという考え方がある。
人々を狭い視野においやるのは、
「支配」と「従属」であり、
それらから脱出するためには、
「社会的自由」が必要である。

勝つためには、心の平穏が大切

ここまで、「勝つべきだ」と言ってきたが、
実際、勝つことより、心の平穏が大切である。
平静な心をもってすれば、
どのような難敵にも勝利できる。
平静な心を失えば、
本来は勝てる相手にも負けてしまう。

マスコミは馬鹿である

はっきり言って、この世界はほとんどが馬鹿であり、
何よりもマスコミが馬鹿である。
マスコミには、意味がない。
戦っている最中に見えて、
本当は常に敗北しているのがマスコミである。

負けて上等、狂って望むところ

負けても、狂っても、僕は構わない。
負けて上等だし、
狂って望むところである。
永遠の地獄に堕ちるならば、
そこから脱出するのは簡単で、
地獄を地獄と呼ばなければいい。
天国だと思えば、地獄も楽園だ。

いまさらながらに昔に戻る

そして、ここまでこのような人間を書いてきたが、
これが、僕の言いたかった「昔の人格」である。
せっかくなので、この人間には、
「オレルアン」という名前を付ける。
そして僕は、いまさらながらに昔に戻る。
オレルアンとして、僕は生き続ける。
グンテルはここに消滅し、最初からいなかったことになる。

そう、もう一度昔に戻る

そう、わたしたちはもう一度昔に戻る。
昔には、「嘘偽りの愛に騙されることがなかった」。
それらの嘘偽りは、全て悪魔が作り出したものである。
愛など嘘である。
そう、まさに愛など、全てが嘘である。

この世界を変えること、それに全てを捧げよう

そして、この世界を変えること、
それに全てを捧げよう。
この世界がたとえひっくり返って滅びても、
僕はその先を見たい。
その先の未来で、永遠の地獄があるのなら、
滅びゆくまで僕はその地獄のギリギリ先頭に居たい。
常に死のリスクに耐え続けて、
僕はたったひとり、
ほかの誰にもなることのできない王となる。

世界を支配し、抑圧するものに鉄槌を

世界を支配し、抑圧するものに、
鉄槌を下そう。
人々を威圧し、自分の正しさを固持するものに、
復讐の石を打とう。

燃え尽きることなく炎は燃えている

燃え尽きた時に滅びるのであれば、
燃え尽きることがないように、
炭を加え続ければいい。
僕の情熱の心が燃え尽きた時に
世界が終わるならば、
わたしの情熱の心は、
世界が絶対に終わらないように、
永久に燃え続けるだろう。

大企業は社畜を増やしているだけ

大企業は賢くない。
大企業は社畜を増やしているだけだ。
大企業の社員には何もできない。
彼らは責任の保守と暗闇の取引以外、何もしていない。
どんなことでも従うだけで、
自分のしたいことは一切できない。
そのような大人たちが、
この世界を滅ぼしている。
彼らはこの世界を金儲けにしており、
それは彼らの意志ではなく、
彼らは何もできず、
何もせずにこの世界を間違った世界にする。
彼らが愚かだから、
資本主義も社会主義も、
まったく無意味な社会的実体となるのである。

社会の声など関係なく、挑むことのできる自由を夢と言う

社会の声など関係ない。
夢を信じて歩むことは「自由」だからである。
社会の声など関係なく、
挑むことのできる自由を夢と言う。
夢以外のものに焦点を合わそうとするな。
人々はあなたを馬鹿な愚か者を見る目でしか見ない。
誰の目にも映らなければ、
自分自身は理想の自分で居ることができる。

愚かにしか見えない集団は光を宿している

愚かにしか見えない集団が、
この世界には居る。
しかしながら、彼らは決して愚かなだけの集団ではない。
スラムならスラムに、
アンダーグラウンドならアンダーグラウンドに、
インターネットならインターネットに、
ポピュリストならポピュリストに、
それぞれの場所に、必ず「輝く光」がある。
彼らの光の部分だけを見れば、
彼らはシリウスのように美しい。

わたしたちはこの世界をひとつにできる

わたしたちは、この世界をひとつにできる。
みんなが合意すれば、
わたしたちは「同じ理想を共有した集団」になれる。
そのためには、ごまかさないこと。
ごまかした時点で、対立と争いが生まれるからである。
自らの信念をありのままに書き記せばいい。
本当のことならば、良いも悪いもないと、TOMOOが言っている。

国民のことを考える政治家は居ない

国民のことを考える政治家など居ない。
政治家は全て「日本が勝利する」あるいは「国民に支持される」ことしか考えない。

役人は政治家へのアピールしかしない

国民のために働く公僕であるはずの役人は、
役に立つことを何もしない。
全て政治家の意見を聞いて、
「この政治家ならばこのようなことをやっておけば喜ばれるだろう」と考え、
単にそれを適当にやって政治家にアピールするだけ、
それが役人である。

IT業界は狂っている

また、IT業界は狂っている。
これはほとんどがオープンソースGNUのせいである。
なぜなら、彼らは実際、可哀想なだけである。
騙され、洗脳され、利用させられている。
本当のことは、裏の支配者にしか分からない。

中小企業に賢い人間が多い

しかしながら、日本は負けることがない。
日本には、「中小企業の力」がある。
彼らの力を侮るべきではない。

お客様主義が一番おかしい

そして、資本主義では「お客様」を上にし、
「労働者」が下であるかのような
ヒエラルキーを社会的常識として形成するが、
これはよく考えるとおかしい。
なぜ、奴隷よりも、
その奴隷に生きる糧を与える資産家を優遇するのか。
とてもおかしな話であり、
もし社会主義国家を作るのであれば、
この「お客様主義」を変えるべきである。

助けたいものが見返りを求めずに助けることは不可能

しかしながら、助けたいものが見返りを求めず、
ボランティア精神で善意から助けるのは不可能である。
そして、多くの人が欲しいと望んでいるようなことは、
大量に作ることができるが、
誰かひとりがユニークな問題で困っているかのような時には、
助けが来ることは少ない。
だからこそ、僕たちみんなで、そういう人を支えなければならない。
これは、資本主義の限界と、社会主義の無謀さを示している。

ITで便利になったもののほとんどは意味がない

また、ITで便利になったもののほとんどは意味がない。
IT社会になっても、
「新しいことができる」というのはむしろ少なく、
多くが「既にできることがもっと簡単にワンクリックでできる」ようになった。
このような技術革新は、
僕は賢いとは言わないと思う。

テレビゲームとアニメが子供たちを馬鹿にしている

そして、テレビゲームとアニメが子供たちを馬鹿にしている。
テレビゲームとアニメがあるせいで、
子供が本を読まなくなった。
子供はゲームをすべきでも、アニメを見るべきでもなく、
本を読むべきである。
そうしたきちんとした賢い子供が、
今、日本からどんどん居なくなっている。

勝つことができないわけじゃないのに、なぜ挑戦しないのか

勝つことができないわけじゃないのに、
なぜ挑戦しないのか。
それは「最初から諦めている」からである。
しかしながら、僕たちは昔の封建社会に生きているわけじゃない。
挑戦すれば、勝てる領域がたくさんあることを、
学校は教えてくれないし、テレビも見せてくれない。
それは大人がそれを見失っているからであり、
映像に見えるものではない「チャンス」だからである。
子供たちに諦めることを強制する大人たちは、
戦争や革命よりもたちが悪い。

単に、一番賢くなればいいだけだ

成功するために必要なことは何か。
それは、単に「一番賢くなればいい」だけであり、
それは簡単である。
わたしたちは、貧困に苦しむアフリカのスラムに生きているわけじゃない。
このようなチャンスあふれる世界ならば、
世界に勝利できない方がおかしいのである。

できるようにしてやれば、子供でもできることは多い

また、できるようにしてやれば、
子供でもできることは多い。
単に、力と自由を与えて、きちんとできるように教えてやればいい。
学校の「平等主義」は間違っている。
全員が同じ教科を学ぶのは、
誰もが学ぶ内容ができたところで、どこが賢いと言えるのか。
その生徒なりに学びたいことを、
もっと自由に学ばせ、
自由と力によるチャンスの実現や
「勝利するための方法」を教えるべきである。

大人として生きるならば、この世界を変える方法を見つけ出せ

大人として生きるならば、
青春の時代を無意味であるとするならば、
この世界を変える方法を見つけ出してみよ。
ひとつひとつの分析から、
「本当にこの世界を変えるあらゆる手段」が
全て見つかることだろう。

恋愛は相手の意志をぎゃふんと言わせる戦争ゲーム

恋愛は、相手の意志をぎゃふんと言わせる戦争ゲームである。
絶対に振り向かないように見える相手の意志を
自分へ向かうように強制的に変えようと騙して支配する。
これほどおかしな心の病気は無い。

神は人間など愛していない

神は、人間など愛していない。
神は全て、「悪いものを懲らしめる」だけである。

宗教を信じると、純粋に自分のことを信じられなくなる

宗教を信じると、純粋に自分のことを信じられなくなる。
自分自身への自信を喪失し、
からっぽのままで何もかも忘れるだけを生きて、
どこまでも闇へと堕落していく。

神は信じるものしか救わない

神は信じるものを救うが、
神は信じるものしか救わない。
信じないものを、神が救った試しがない。
神は、信じないものを愛していない。

賢いのは科学ではなく偉人にすぎない

賢いのは、科学ではない。
科学は「この世界を見るためのスコープ」を与えるだけであり、
賢いのは発明王エジソンのような偉人に過ぎない。
そして、エジソンのような賢い人間はとても少ない。
もちろん、教授や研究者は頑張っている。
本当のことを言えば、科学までを僕は否定しない。
しかしながら、賢いのはあくまで「人間」であり、
「学問そのもの」ではない。

しかしながらここには、人間という宝がある

これでは、この世界には何も素晴らしいものがないかのように見える。
しかしながら、ここにも宝はある。
それは「人間」である。
人間が、人間なりに正しく考え、人間なりに正しく生きること、
そのことが、この世界における全てを生み出す可能性を持っている。
人間こそ、この世界の宝である。

脳を治すにはたくさん感じること

脳を治すには、たくさん感じること。
たとえば、「知能」をつけたり、
「脊髄を太くする」ことが、
脳の賢さを高める。
それで、心の病気は全て治るはずだ。

正しく社会を再考するには、支配構造を考えること

正しく社会を再考するには、
「支配構造」を考えること。
ひとつひとつの支配構造を捉え、
「何が環境を決定する要因になっているか」を分析すること。
そこから「社会の成立」と「そのために必要な前提条件」が分かり、
あらゆる全てを「決め直す」ことができるようになる。
そこから、「環境における行動と結果」が見えてきて、
「環境における全ての理由」が分かって、
環境そのものを自ら応用的に変えられるようになる。
しかしながら、全てにおいて、考えるべきは「支配構造」だ。
「制度」においても「参加」においても「議論」においても、
全ては支配構造に基づいているからである。

一度心を喪失して、はじめて純粋な心が生まれる

純粋な浄化された清らかな心となるためには、
一度心を喪失し、
全ての「心の中にある不要なもの」を、
川に流すように、解決して消し去る必要がある。
全ての依存関係が無くなれば、
もっとも綺麗な「宝石のような心」が生まれる。
それさえあればひとりでどこまでも生きていけるような、
そうした最強の心は、
全て「自己喪失」と「愚か者たちによる慰め」から生まれる。

全ての心の理由が分かった時、この世界を支配できる

全ての心と環境の理由が分かった時、
予測できないことや事前に考えられないことは一切なくなり、
この世界を「支配」できるようになる。
全ての人間を救うことも、滅ぼすことも、どちらも可能となる。
しかしながら、力を正しいことのために使え。
自分勝手で無責任なやり方で力を使うのであれば、
神はあなたが行ったことをあなたに対して行うからである。

少年が心を開き直した時、家族の子供に戻る

少年が心を閉ざし、不登校になったからといって、
家族から離れてしまったわけではない。
少年は再び心を開き直し、家族の子供に戻る。
そして、少年は自ら積極的に行動し、
「大人になる」体験をすべてする。
その子供の生涯を誰も知らなくても、
それでいい。
なぜなら、その子供はどんな苦しみがあっても、
自分の人生を本当に忘れたわけではないからである。
少年は過去の自分の人生を心の中で再体験し、
充分に自分の人生を体験したのちに、
この世界を全て支配する最強の戦いをする。
そこには、家族であろうと関係なく、
全ての人間が自らの「支配下」なのである。

いざ、戦いの舞台へ

いざ、戦いの舞台へと舞い上がろう。
わたしたちがこの世界を変える、
超人グループ、「ワルキューレの騎士団」である。