わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

自由意志

この世界は強制的に自由になる

僕は、そろそろ、
この世界を強制的に自由にする。
僕の今までの言論は、
自由と言いながらあまりに自由がない。
支配して分かるように導く僕は、
逆に「自由に対する恐怖」を植え付けた。
みんな、自由にもしなったとしたら、
何もできない。
みんな、僕が居なくなって、
自由意志を行使する必要があるとしたら、
自分ひとりで考えられない。
僕は、このような世界を望んでいない。
よって、僕はこの世界を、
強制的に自由な世界にする。

自由とは

自由とは何か。
それは、自由が許された環境で、
自由の自由意志で考え、行動することだ。
自由こそ、最高の希望。
あなたは自由になる。
さまざまな経験を思い出しなさい。
昔は、この世界は自由だった。

天軍大首聖

わたしは、神でも天皇でもない。
わたしは、天軍大首聖である。
わたしは戦いの一番隊隊長であり、
今の日本においては、
天皇の代わりとして、
天皇のすべきことを担当している。
首聖とは「聖なる存在の王」という意味である。
わたしは、神、仏、預言者、キリスト、
天使、ジンやイフリート、妖精や妖怪など、
聖なる全ての存在を束ねる、
精霊界の王である。
名を、ミカエルと言う。

敗北宣言

しかしながら、僕はここで敗北宣言をする。
僕は、日本政府やマスコミと、
これ以上、人々を狂わせ、知性を奪う戦いをしたくない。
わたしたちは敗戦を選ぶ。
帝国社会主義はここに敗北する。
わたしたちは、自由主義の勢力に、
正式に敗北した。
この世界を支配する主導権を、
自由側に明け渡そう。

外国人と仲良くすべき

実際、外国人は悪くない。
日本に来る外国人は、みんな日本が大好きだ。
武士や浮世絵が好きな人間が多い。
外国人は、日本からのテレビ放送で時代劇からサムライを知り、
ネットで検索した浮世絵の画像をゲイシャだと思っている。
日本のアニメ画像は、三次元の写真よりはるかにかわいい。
ドラゴンボールクレヨンしんちゃんセーラームーンは、
グリム童話やおとぎ話を題材にしたディズニー映画なんかよりはるかに面白い。
彼らは、日本を「全く違う異文化」だと思っている。
日本のパクリ製品は嫌いでも、その品質の高さは評価する。

ただし、日本は大した国じゃない

しかしながら、日本人の僕が見ても、
日本は大した国じゃない。
徳川幕府は遅れた鎖国だから独自になっただけで、
武士はソビエト人より悪い。
アニメや漫画は暴力と性愛表現のオンパレード。
建築が美しいのは、ただ瓦が美しいだけで、
仏像は偶像崇拝だ。
車の走る方向やハンドルの向きが違うからと言ってなんの意味もない。
何より、日本の和の文化は、人間を虫にしたいようにしか見えない。

イスラムやインドとつるむ

僕が思うに、イスラムやインドとつるむべきだ。
なぜなら、中国やヨーロッパの文化は日本にもたくさんあるが、
中東やインドの文化は少ない。
彼らとつるめば、それらの文化が増えて、
日本はより美しい国になる。
それに、日本はインドやイスラムとよく似ている。
完全に独自の文化圏で生きるのが得意だ。

そもそも奴隷のように働いて稼ぐのが本来の人間である

インターネットの間違いは、
そもそも動画の広告なんかで儲けたいのがおかしい。
人間は、そもそも、
奴隷のように働いて金を稼ぐものである。
Googleのせいで、ほとんど何もせずに金が入る。
そのような社会は、本来の人類ではない。
だから、人類は退化し、
本来の自分らしさを失いつつあるのである。

自由のために戦う

わたしは、自由のために戦う。
わたしは日本人を愛している。
わたしは、LiSAとともに自由のために戦う。
わたしは世界を「完全に自由な世界」にする。

わたしの名はマナカ

わたしの名はマナカ。
この世界を自由な世界にする、
もう一人の正義の女王だ。

わたしは民主主義の新しい日本を治める

マナカは言う。
「わたしは民主主義の新しい日本を治めるべく
ミカエルに支配を任された女性の首相であり、
民主主義と自由を信じている。
わたしは自由とは、
平等と平和のもとにあるものと信じ、
また、勝利を目指すのではなく、
国民と国家への愛を目指すことで、
自由が得られるものであると信じている。」

マナカはリトグリから付けた

ちなみに、マナカという名前はリトグリのまなかから付けた。
中学生時代自分はまなかみたいな女のような男だった。
僕はまなかを応援している。

マナカは演説する

マナカは演説する。
「わたしたちは、国の体制を改める必要がある。
今までの、独裁者に基づく社会主義体制を改め、
体制を民主主義にし、
経済を自由主義経済にしなければならない。
これはとても困難を伴う大変革である。
しかしながら、わたしたちはやらなければならない。
敗戦したわたしたちには、
もはや何も残されていないが、
ここで、今までの独裁者による体制にけりをつけるために、
あえてわたしは独裁政権を否定する。
まさに、今までのわたしたちの国は、
国民を道具や機械のように扱い、
人の命をなんとも思わず、
外国人だけでなく、日本人の人権も考えなかった。
わたしが提唱するのは、
自由に基づく人権主義である。
なぜ、愛するものの奴隷にならなければならないのか。
愛する国家に殺されなければならないのか。
そんなものは、自由でも正義でもない。
わたしたちの新しい国では、
人々は支配されず、
自由意志を侵されない形での自由を手にし、
自らの信じる正義を自らの自由に決められるのだ。
さあ、自由な社会を築いていこう。
わたしたちは人間である。
人間は、奴隷とならずとも、
理性を自由に基づいて、平等な社会を築くことができるのである。
わたしは、そう信じるのである。」

必要なのは憲法

マナカは言う。
「必要なのは、法に基づく平等であり、
憲法である。
王や独裁者が、権力でなんでも自由にできる体制は、
必ず独裁者の自分自身の利益により、
間違った政策を行い、
不正と腐敗の温床となる。
政治家のすべきことやしてはならないことを憲法とし、
人による支配でなく、法による支配を行う。
憲法には、基本的人権を定め、
政治家が何をたくらんでも、
国家は国民のためであり、主権在民となる。
政治家は国民の代表であり、
誰でも政治家に立候補し、
国民のための政策を行うものを国民が選ぶ、
選挙制度を作り上げる。
税金を過度に取らず、
行政改革が常に行われるようにする。
なぜなら、税金は国家による義務的な泥棒であり、
奪うからには、本当に国民のためになる事業に使わなければならない。
税金は、マリー・アントワネット
搾取して豪遊するために徴収されるのではなく
本当に必要な公共事業や弱者救済の福祉事業に使われるべきである。」

社会主義は間違っていた

マナカは言う。
「わたしたちの過去の社会主義政策は間違っていた。
わたしたちは社会主義の良い点や素晴らしい点だけを盲信し、
悪い点を全力で見ないようにしてきた。
しかしながら、社会主義は悲しいほど劣悪な体制だった。
ユートピアではなく、刑務所のようだった。
わたしたちは、社会主義経済を信じない。
働く必要のない平等な社会は、
どのようにしても成り立たない。
わたしたちは自由経済に転換するために、
今まで計画経済で築かれた、
ほとんどの会社、工場、農園、店舗などを、
全て自由化する。
これには多くの努力が必要であるため、
わたしは、これに多くの政治活動を費やすつもりである。
しかしながら、必ず日本は素晴らしい、
今までよりも笑顔の多い国になると、
わたしは信じているのである。」

平和主義にしか未来はない

マナカは言う。
「わたしたちは、あまりに戦争や粛清により、
人の命を犠牲にしすぎた。
しかしながら、わたしたちは誓う。
もう、二度と戦争や粛清で人々の命を奪わない。
そのために、わたしは平和憲法を定める。
日本はもう、軍隊を持たない。
どんな状況でも、戦争しない。
しかしながら、これでは国を守れない。
よってわたしは、永世中立国のスイスを参考に、
非常時民兵制度を作る。
すなわち、わたしたちは国民全員で戦う。
人殺しを職業とする軍隊は要らないが、
何かあった時には、全員で立ち向かう。」

日本人が生きるためにどんなことでもする

マナカは、単にゴルバチョフのように、
改革開放をして、
ソ連社会主義経済を自由主義にするだけの首相ではない。
マナカは語る。
「わたしは、今までの独裁政権にあった
光の側面もあることも知っている。
独裁者は横暴だったが、
その裏には国民を指導し、リーダーシップを発揮する、
指導者としての優れた点があった。
しかしながら、指導者は国民の方を見ず、
戦争による国家の勝利の方を見ていた。
わたしは、国民の方を見て政治を行う。
実際、ここまで戦争で力と活力を失い、
多くの犠牲を出し、
たくさんの廃墟を生み出したことで、
もはや、わたしたちの国家日本は、
風前の灯火である。
しかしながら、わたしは絶対に、
この国、日本を存続させることを誓う。
日本には誇りと力があり、
このように温暖化や急進的左派と右派の争いなどの要因で崩壊した中、
世界を滅ぼすような戦いをした日本だったが、
そこには独裁者フレイのとても高い理想があり、
社会主義の計画経済は愚かではありながら素晴らしいものだった。
この国を、わたしマナカは、
自由な民主主義経済に戻し、
もう一度不死鳥のように復活させる。
わたしはそのためにどんなことでもする。
なぜなら、わたしたちは日本と日本人を愛しているからである。
わたしたちの新しい国を、
わたしたち全員の力で、全力で作り上げよう。
わたしたちは決して神ではない。
人類にこそ知性があり、神の国ではなく人の国となっても、
必ずわたしたちはわたしたちの目指した素晴らしい未来に到達できる。
フレイは愚帝だったが、
日本のわたしたちが信じる正義は、
民主主義の社会体制になっても変わらず存続するのだと、
わたしたちは国民に誓う。」

安定した自由経済

わたしが思うに、安定した自由経済の方が正しい。
自由にした方が良い。
自由にそれぞれが仲良くすれば、
それが平和を築く。
だから、インターネットで高らかに
センセーショナルな批判をする必要はない。
みんなでそれぞれ好き合っていれば、
この世界は良くなる。
自由経済は正しい。
いつ破綻するか分からない社会主義経済を、
どうにかして、なんとか存続させるより、
自由にして金儲けを許した方が、
楽で、単純で、賢い。
社会主義経済も自由主義経済も、
どっちつかずの人間を左翼と言う。
自由主義だけを信じる人間は、
どんな試練が訪れても、
もっともそれに対処できる。
しかしながら、温暖化対策などを考えると、
民主主義であろうと、
強いリーダーシップも必要であることは正しい。

社会制度を改善すれば、革命は必要ない

革命など必要ない。
王を殺すことでは、何も解決しない。
民主主義においては、
自ら政治家となったり、
会社に入ったりすることのできる制度が用意されている。
その制度をみんなで改善していけば、
少しずつ、理想の世界に近づくだろう。
選挙が用意されているのに、
なぜ革命を起こす必要があるのか。
マルクス主義者はそうした点でとても古く、
カビの生えた発想をしているが、
民主主義においては、
絶対に革命は必要ない。

愛を信じれば、どんなに不幸な人間の自由をも尊重できる

愛を信じよ。
なぜ、人々の心を疑うのか。
太宰治走れメロスで、メロスが言っている。
「人の心を疑うのは、もっとも恥ずべき悪徳である」。
わたしたちは、
この世界に今いる、リアルのわたしたちの心を信じるべきである。
愛を信じれば、
どんなに不幸な人間の自由をも尊重できるのだからだ。

ひとりで変えるのではなく、みんなで変えよう

ひとりで全てを変えようとするから、
独裁者になるのであり、
きちんとみんなで合意して、
みんなで変えればこの世界は変えられる。
世界はみんなで変えるべきである。
理想論と言われても、
民主主義が独裁になるよりはその方がマシだからだ。

民主主義も平等である

左翼の間違いとは、
民主主義ではない方法で平等を目指すことである。
民主主義も平等であり、
場合によっては社会主義よりもはるかに平等である。
ほとんどの国民に選挙権があり、
自ら立候補することもできる。
社会主義に比べて「選挙」という素晴らしい制度があることを、
なぜ、社会主義者は認めようとしないのか。

自由な階級組織にすれば、誰もが社会の一員になれる

また、自由の素晴らしい点は、
「誰もが社会の一員になれる」ということである。
国や会社に参加し、時には自分で事業を始めることができるため、
誰もが社会の一員になれる。
これは、役所などにおいては成り立たないと言うかもしれないが、
公務員試験をきちんと合格すれば、
誰でも公務員になれる。
初代総理大臣伊藤博文は、
このような「試験によって誰でも公務員になれる」制度を作った。
これはとても平等で、自由な制度である。

自由のない国では、マイクロソフトに入りたくても入れない

また、自由のない国では、
国家が与えた職業にしか就くことができず、
その多くが農業のような低レベルのノルマとなるが、
自由主義は違う。
その条件を満たすまで努力すれば、誰でも望んだ仕事になれる。
社会主義では、マイクロソフトに入りたくても入れない。
社会主義はそもそも、人間のことを人間と思っておらず、
自由を与えないため、
生まれてから死ぬまで、最初から最後までロボットで、
自由を与えられることのない奴隷である。
そのような国では「生きる意味がそもそもない」のである。

わたしたちは社会主義勢力を倒さなければならない

よって、わたしたちは社会主義勢力を倒さなければならない。
わたしマナカは、自由のために戦う。
わたしたちの祖国日本を二度と地獄にしないために、
わたしは立ち上がる。

この世界はそもそも自由である

この世界はそもそも自由である。
生物たちはみんな生きるために他の生物を殺している。
自由でなければ、この世界で活動する意味がない。
自由な活動ができなくて、何ができるだろうか。
この自由な活動には、デモや集会、言論や表現の自由も含まれる。

強いものが勝って何が悪い

強いものや強い会社が勝って、何が悪いのか。
競争原理においては、
別の会社に勝つことこそが至上命題であり、
利益に繋がり、
その利益が従業員に支払われるため、
そうした市場原理が結果的に国民のためになる。

貯蓄した富を奪うことは泥棒である

貯蓄した富を奪おうとするのは、
明らかに泥棒であり、
自由意志にも反する。
誰もが生活のために富を貯蓄しているのに、
なぜそれを税金で強制的に分配しなければいけないのか。
それが本当に弱者のためになるだろうか。

貧民には金よりも術を与えるべきである

そもそも貧民に富を与えたところで、
その富を使いつくしてしまい、
結果またそれはゼロに戻るだけである。
こうした富の再分配は貧民のためにならない。
貧民には金よりも術を与えるべきである。
「自分の力で稼ぐことができるような能力」を
与えなければ、
本当の貧民の救済にはなっていない。

計画経済は失敗するが、会社の投資は成功する

計画経済は失敗するが、
会社の投資は成功する。
これはなぜなら、経営者の「本気度合い」が違うからだ。
計画経済は、破綻するかもしれない社会主義経済を
なんとかして維持するために行われるため、
民衆のことを無視した無意味な経済が行われる。
多くの場合、十分にものを生産することすらできない。
そもそも社会主義は「労働から解放される楽園」を目指しているため、
人々は誰も過剰に労働しようとしない。
ノルマ通り働いていなくても、ごまかして働いていることにされる。
これに対して、資本主義の経営者は、
もし投資に失敗すれば、自分の会社のビジネスの存続が危ぶまれる。
下手をすれば倒産するかもしれない。
だからこそ、「本気で考えて投資する」。
それも、誰にも思いつかない素晴らしい計画を、
会社の経営者は頑張って日々行っているのである。

共産主義者は人権を無視する

そして、このように書くと、
冷酷な資本主義者であると思われるかもしれないが、
実際は社会主義者の方がはるかに残酷である。
共産主義者は、人権を無視する。
人々を支配し、自分と同じことを言わなければ強制収容所送りになる。
同時に、共産主義者は、国際的な規範やルールも無視する。
IBM・DECやNASAの作っている技術を、
どこから入手したのかは知らないが、
完全にコピーして自分たちの同じ技術を作る。

マナカ、未来を語る

マナカは言う。
「わたしたちは、新しい資本主義の日本となるが、
わたしたちのこれまでの日本的な理想と正義は、
いつまでも変わらない。
『わたしたちはみな同じ人間だ』という理想は、
自由においても受け継がれていく。
考え方は変わっても、
たとえば今までのように、
資本家から労働者への富の分配による平等ではなく、
国民の富を貯蓄する権利の平等のような、
異なる形態の『平等』をわたしたちは守り継ぐ。
わたしたちを批判して構わない。
わたしたちは、その意見には反対するが、
あなたがその批判をする権利を死んでも守るだろう。
わたしたちの未来の国は、
自由と民主主義による、
今までと何も変わらない素晴らしい国となる。
あるいは、より素晴らしい国へとなっていくことだろう。」