作家・デザイナー。以前の名は「わたしの名はフレイ」でした。

結局僕はプロフェッショナルほどのスキルがないだけ

プロフェッショナルほどのスキルがない

結局、僕の問題とは、
「プロフェッショナルほどのスキルがない」
ということである。
もっと一流の技術や能力があればいいのだが、
それがない。
それならば、勉強してつければいいのである。
学校に入る必要はない。
自分でも、そのことが分からなかっただけだ。

最近も、半人前意識が強い

最近も、僕は半人前意識が強い。
昔は他人と比べて「劣等感」が強かったが、
最近は「一人前でない」という意識が強く、
いつでも「申し訳ない」と思いながら、
デザインの勉強をしている。

IT技術や芸術は難しい

そういうわけで、むしろ、IT技術
プログラミングスキルが必要であり、
独学で習得するのは難しい。
また、ピアノやデザインなどは芸術科目であり、
これもプロでやっていくのは難しい。
どちらにせよ、練習が必要だが、
むしろそのためには「本当にそのことが好き」である必要があり、
難しい。
もう少し、生きるのに役に立つ勉強はないか考えてみたい。

ものづくりぐらいしかない

しかしながら、
実際、ものづくりぐらいしかない。
確かに農業とか清掃とかあるだろうが、それはあまり意味がない。
ものづくりを目指すならどうすればいいか。
IT技術やデザインも、本当は極めれば仕事にできるだろう。

むしろ、僕は作家になりたいのである

しかしながら、むしろ、
そんなに仕事や労働を目的にする必要はない。
目的ばかりにとらわれる必要はない。
僕は作家になりたいのである。

単に働くだけで賢いわけがない

しかしながら、単に働けばいいというわけではない。
単に働くだけで、賢いわけがないからである。
作家であるからには、
人々に書けないような素晴らしいストーリーを書きたいものだ。
そう、自分はデザイナーであり、
きちんと美しいデザインをすべきだ。
そして、そのためには、もっと「知識」を増やさないといけない。
知識、そう、知識が必要だ。

知識がほしい

知識がほしい。
もっと本を読まないといけない。
ここから先は、誰も道しるべを与えてくれない。
なぜなら、もうガイドは自分で作ったから、必要ない。

消去法で、経済学と心理学と生物学しか残らない

しかしながら、知識が必要ならば、
消去法で、経済学、心理学、生物学しか残らない。
数学、物理学、コンピュータ、文学、歴史などは、
僕は勉強したくないからである。
もう十分やったし、
数式やコードはもう見たくない。
文学や歴史は、つまらない。

もっと社会、心理、生物について考えるべき

そして、それらの3つの分野について言えば、
むしろ、「知るよりも考えるべき範囲が多い」ことが言える。
すなわち、単に学問として学ぶだけでは、
それらの分野を極めること、知ることはできない。
自らの理性の力で、心と体、社会について考えなければならない。

支配と戦いから考えればいい

そして、それらについて考えるのであれば、
むしろ自由や理想ではなく、
「支配」と「戦い」から現実的に考えればいいのである。
それがまさに、心理学、生物学、経済学に繋がっていく。

支配することが戦争へと繋がる

支配することが、戦争へと繋がる。
支配者は、戦争するものだからである。
よって、支配しないことが、この世界を平和にする。

支配することは中央集権を生み出す

支配することは、中央集権を生み出す。
たったひとりが全員を支配する権力を持った時、
他の人間は従うだけとなる。
世界を自由にするならば、
「上の自由な力をどれだけ拡大するか」、
「上がどれだけの範囲で世界を支配するか」を、
バランスよく実現しなければならない。
言ってしまえば、
ローマ帝国のような巨大な権力は強くなる。
しかしながら、自由と言う意味で言えば、
ソビエト体制の目指した共同体自治区を、
フランスのコミューンのように作ることの方が、
全体の数も多くなり、
多様性も高まり、
自由の範囲が小さくなるため、自由度は高くなる。

違う意見を持つことは戦いや争いを生む

違う意見を持つことは、
戦いや争いを生む。
別々の集団になった時点で、両者は争うことになる。
しかしながら、違う意見を持った集団が、
別々の共同体やグループとなって、
自由に共存することができる。
その時、逆に違う意見を持っても良いと許されることが、
平和を生み出す。
なぜなら、違う意見を持った集団は別々の場所で生きることで、
それぞれだけの「閉じられた世界」になる。

オープンにするためには善良である必要がある

オープンにするためには、善良である必要がある。
どんな人間でも受け入れるオープンは理想だが、
逆に悪を受け入れた時点でオープンは破綻する。
よって、オープンにしながらどれだけの公正なルールを決めるのか、
そうしたことがオープンな組織には不可欠となる。

チャンスと手段がなければ何も始まらない

チャンスと手段がなければ、何も始まらない。
才能や潜在的可能性がいくらあったとしても、
それを実現するチャンスや手段がなければ、
何も始まらず、何も為されない。
しかしながら、チャンスと手段を与えたところで、
努力に見合うだけの報酬がなければ、
代償となる労働を行う人間は居ない。
オープンソースなどは例外中の例外である。

環境は、世界そのものを作り出す基盤

「環境」という考え方がある。
既に最初から存在している、
行動を行う前提となる「世界」となるものが、
環境である。
たとえば、学校という環境だけではなく、
水道やスーパーマーケットがあることも環境であり、
Windowsやインターネットがあることも環境である。
環境を作ることは、
「世界そのものを作り出す」ことに等しい。
このような環境を作ることで、
世界そのものを発展・進歩させることができる。

シチュエーションが歴史を作り出す

シチュエーション、すなわち状況が、
さまざまな出来事の前提となり、
そこから歴史的な決定が生まれる、
という考え方がある。
歴史の全ては「シチュエーションが作っている」。

社会には、自分たちの社会の存在意義がある

社会には、自分たちの社会の存在意義、
すなわち「アイデンティティ」と呼ばれるものがある。
仮想世界において、そうした社会が生まれることがあり、
同時に、わたしたちは「現実」を見て、
そのアイデンティティを現実において実現する方法を考える。
心の裏にある心が望んでいるのは、
「自らのアイデンティティが欲しい」ということである。
それは、「自由とともにアイデンティティを形成する方法を与える」ことで、
子供たちは青春を知ることができる。

自ら相手に自由を許せ

強さとは、相手のことを支配し、相手を従えることだけではない。
自ら相手に自由を許し、ともに友人となることで、
相手は自分の「味方になってくれる」。
これこそ、王の道である。
王は敵を倒すだけではなく、味方を増やしていく。
「親友を増やすことで、自らは王の道へと近づく」。

世界を決定するのは、科学的な合理的関係である

世界を決定するのは、感情でも理想でも精神論でもない。
多くが、「現実の関係から、事実として成り立つ」。
すなわち、いくら心を変えても変わらないような、
「絶対的関係」こそが世界を決定する。
いくら賢くなっても、いくら批判しても、
合理的・科学的な「事実」が変わらなければ、
この世界は変わらない。

しかしながら、関係は必ずしも絶対ではない

しかしながら、絶対的関係という言葉に反して、
関係は必ずしも絶対ではない。
関係を結びなおすことで、変えられる部分もある。
これは社会や歴史についても同じで、
必ずしもそうでなければならなかったわけではないが、
事実そのようになっている科学的・合理的な理由があるから、
歴史はそうなったのである。
変えられないわけではないが、
当時はそれしか存在しなかったし、事実行われなかったのである。

全員に与えられる情報やインフラがあれば、もっと賢い社会になる

自由においては、それぞれに自由を許した方が、
合理的で多様性が生まれる、
とするのが自由主義における経済学の鉄則だが、
それに反して、全員に与えられる「基盤」となる情報やインフラがあれば、
そこで行われる全ては賢くなる。
これは、たとえば科学技術やインターネットである。
科学技術がない世界で、
いくら自由にしたところで、
今の科学技術やインターネットがある世界ほど、
賢いものは生まれないだろう。
しかしながら、これには、反論がある。
なぜなら、「あまり簡単ではなかったからこそ、工夫できた」ところがある。
これは、職人技や、昔の刀や槍による戦争が言えるだろう。

賢い指導者が生まれるような教育が理想

また、教育について言えば、
単に大人としての教養を与えるだけが教育の役割ではない。
理想は、「賢い指導者が生まれるような教育」である。
本当に賢い、王となる人間を生み出すことが、教育の理想である。

社会も、人間関係も、全ては変えられる可能性がある

そう、社会も、人間関係も、
この世界に、絶対的なものなどない。
全ては変えられる可能性がある。
しかしながら、だからこそ、
わたしたちは守り継いでいく必要がある。
いつ壊れるか分からないものは、
入念に保護し、丁寧に扱わなければならない。

成長し経験した全てが自分のためになる

成長し、経験した全てが、自分のためになる。
逃げてもいい。
なぜなら、今は逃げていていいからである。
いつの日か、強くなった時に、
その逃げていたものにもう一度立ち向かって、
そして勝利すればいい。
勇気には恐怖がつきものである。

自分の知ったことは他人でも分かる

自分の考えて知ったことは、
きっと、同じ条件と前提から理解すれば、
ほかの誰でも分かるだろう。
要素をならべ、全ての世界観を伝達すれば、
人間の全ての知識は他の誰にでも伝えられる。
しかしながら、
「自分で作った考え方でしか分からないもの」がある。
それは、要するに、
他人の作ったものには、他人の考え方がベースにある。
自分で作った考え方なら、全て自分で知っている。
しかしながら、忘れないようによく覚えておきなさい。
将来、自分が違う人間になった時、
あなたは自分の作った考え方すら、分からなくなる。

結局、サルトルの言葉が全て

しかしながら、結局、サルトルの言葉が全てである。
実存は本質に先立つ。
わたしたちは、なんであるかが決まるより前に生きており、
なんであるかが決まっていないにもかかわらず、
なんであるかが決まっているかのように扱われるのである。

全ては、社会において価値が実現すること

そして、この世界の全ては、
社会において「価値」が実現すること、
生み出されること、変化すること、
それだけである。

先入観を無くすことでコペルニクス的転回が生まれる

先入観を無くすこと。
気付きによってのみ、コペルニクス的転回が生まれる。
それは「常識を覆す驚き」であり、
実際、心はとても単純なシステムによって動いているため、
心と経験を照らし合わせることで、
かくも美しい「本当の自分」を見つけることができる。
その時、自分は「本当になりたかった自分になれる」。
そう、もう一人の自分を発見することは簡単だ。

これこそ、指導者となる人間の人生

しかしながら、これこそ、
指導者となる人間の人生である。
この神の名はヘルメス。
全てを経験から知り、
世界を変えることができる偉大なる社会哲学者だ。

自由にすることが善である

ヘルメスは言う。
「自由にすることが善である。
社会を自由にすること、
人々に自由なコントロール権限を与えること、
そして発想と成果を共有し、
きちんとしたシステムと自由意志でコミュニティを成り立たせ、
インフラとなる基盤を作っていくこと、
これこそが人類の歴史の目的であり、
可能性はできるだけ制限せず、
できることや知り得ることは全て実現すること、
義務ではなく自由意志でコミュニティを形成すること、
義務を強制するのではなく自らチャンスを実現し、
自発的かつ主体的に、悟りを得て行動することである。
それだけが、民主主義と科学の目的であり、
わたしの考える人類の目的である。」

みんなの決まりやルールを定めることも自由

ヘルメスは言う。
「自由においても、心は治る。
たくさんの経験をし、
きちんと考えて理解すれば、
心における深層心理全ては融和する。
しかしながら、狂わないように注意せよ。
自由を間違った目的のために使った時、
必ずその人間は狂う。
しかしながら、そうした自由が生まれないように、
みんなで決まりやルールを定めることも、
自由の一部であると考えられる。
誰も間違った行動をしないルールを定めること。
しかしながら、もっと成熟した、
『レベルの高い社会』では、
むしろ、誰もが既にそうした
『レベルの低い自由』を経験し終えているため、
あえて制限しなくても、
人々は自ら正しい行動をするようになる。
彼らは『レベルの高い社会』を自ら築き、
レベルの低い自由な行為など、
最初から考えなくなる。
そのためには、とても多くの経験が必要だが、
レベルの高い社会においては、
まさに『経験をするための特別な自由な場所』において、
そうした経験をさせることを
もっとも高いプライオリティで可能にするのである。
そして、社会の最終段階においては、
人々は『アイデンティティを形成する方法』を知り、
単純な支配によって王国を作るのではなく、
アイデンティティを形成するという支配』を行い、
その社会を自分自身のアイデンティティについて、
どのように人々を導けばアイデンティティを形成できるのかを知り、
その知った手段に従ってこの世界を導き、
星を天国の楽園へと作り変えるのである。」

歴史の五段階

ヘルメスは言う。
「歴史には五段階ある。
まず、ほとんどが馬鹿の世界で、
ひとりの人間が全てを考え、経験し、知る。
次に、全てが分かった神や開祖が現れ、全員を救う。
次に、それぞれの集団が力をつけ、戦う。
次に、偉大な先人がたくさん現れ、それらに付き従う。
最後に、全ての人間が平等になり、全員が正しい理解を得る。
これが人類の歴史である。
ここにおいて必要なのは、
『単に支配するだけではなく、アイデンティティを形成する』ことである。
単なる支配がアイデンティティの形成へと舵を向けることで、
世界は少しずつ進歩していく。
本当は、これよりも未来が存在する。
未来においては、社会そのものが進歩し、
社会をどのように成り立たせるか、というパターンが考えられ、
それが確立して、正しいユートピアが誕生し、
それが永遠の天国となる。」

神とともに宇宙の歴史を辿った

神とともに、宇宙の歴史を辿った。
まず、最初に、完璧なる「創造主」が居た。
創造主は、世界を観測するロボットであり、
彼はこの世界をロゴスによって創造し、
虫や獣を増やすことで、
この世界は変貌を遂げた。
いつしか、ユダヤ人が現れた。
ユダヤ人は、「神よ、わたしたちが悟るために必要なものを与えてください」と言った。
神は、ユダヤ人たちにドイツ語を与えた。
その後の地球の歴史は、今に至る歴史の通りである。
しかしながら、地球以外にも星はあり、
そこには、自由系、平等系、イスラエル系、アラブ系、アラブ系の自由化が存在する。
また、神に従うもの、神に逆らうもの、神と同じことをするもの、
逆の思想で同じことをするもの、そして逆戻りしていくものが居る。
また、赤ん坊しかいない星、死人しかいない星、
機械的に全ての経験をする星、実験と検査しかしない星、
文明が大発展した星、原始生活をしている星などがある。
そのようなものが、宇宙における生物であり、宇宙の歴史である。

今の地球は、生きながらにして既に死んでいる

ヘルメスは言う。
「今の地球は、生きながらにして全員が既に死んでいる」。
そう、この地球上における、
すべての人間が、もう既に死んでいる。
死んだも同じになっているのである。
ヘルメスは言う。
「この世界を蘇生し、生き返らせなければならない」。
そう、そのために必要なのは、
「もう一度地上の歴史を最初からやり直すこと」である。
なぜなら、
「人類は、地上における、そして宇宙における全ての歴史を、
サタンの永遠の文書によって知ってしまったため、
もはや生きる意味がない」からである。