神々とともに生きる詩人

一等星シリウスの導きを信じて

作家・デザイナー。Assyのリベラル文学研究所もご覧ください。

僕はそろそろ分かった

考えるべきは、生きるために必要なこと

僕は、そろそろ分かった。
賢いのは、勉強ではなく、「生きること」である。
生きるためにどうすればいいか、考えることが賢い。
学問や専門知識のことを考えること自体は賢くない。
生きるために必要なのは、
衣食住と経済、すなわち、消費、店舗、銀行などの使い方と、
それらに必要な金をどこから得るか、ということに過ぎない。

日本語だけは理解できないと生きられない

そして、そのために必要なのは、
多くの場合「日本語によるコミュニケーション能力」である。
この日本語の能力を得るために必要なのは、
学校の勉強よりも、想像力であり、
想像力は、相手のことを自分のことのように考える力、
相手を思いやる力、
自らが相手の立場になったとしたらどのようにするか想定する力から、
得ることができる。

正しい生き方とは自由なポリシーにすぎない

同時に、「正しい生き方」とは、
自らのポリシーや思想信条を決めることである。
それは自らの人生経験から生まれる「正しい考え方」でもある。
これらが、人生に必要な全てである。

医者が賢いだけ

実際、賢い職業はプログラマではなく、医者であり、
医者の仕事とは、診療、入院患者の看護、そして手術であり、
それらは解剖生理学と薬学や病理学の知識から得られる。
そうした医者が賢いだけの世界である。
なぜなら、人間の性格とは、どのような病気にかかりやすいか、
ということが大きいからである。

プログラミングはどうでもいい

また、プログラミングは無意味である。
プログラミングは、コンピュータの「決まり」しか分からない。
その決まりとは、賢い人間が作った決まりだけではなく、
Windows APIのような「劣悪に設計された決まり」も数多くあり、
そのような決まり、すなわち「仕様」を分かった上で、
「その仕様通りにかぶせるように
上位層の仕様を開発する」ということである。
これほど、どうでもいい技術は存在しない。

心理学は無意味

また、心理学についていえば、
さまざまな分野があるとは言うが、
多くが「子供から大人になるにつれて
必然的に経験する過程がなんであるか」を考えることであり、
一度大人になってしまった人間からすれば、
普通のことを考えるだけの「無意味な学問」である。

正しい学問は法律学

よって、正しい学問は法律学である。
なぜなら、法律学は「生きることに直結する」からである。
法律でどのような制度が決められているか、ということは、
学問の中において、唯一、
「生きるために必要なことがなんであるか」が
分かる学問だからである。