わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

絶対に自由だ

絶対に自由である

絶対に自由である。
自由こそが、世界を平和にするのである。
個々のことは、個々が決められるべきである。
自分のことについて、誰からも干渉を受ける必要や義務はない。
社会は、支配でなく、自由意志に基づく合意と社会参加によって
決められるべきである。

それぞれに自由を任せよ

それぞれに自由を任せるべきである。
誰かのことを、いくら他人がよく知っていても、
本当に分かるのは本人だけである。
平等に理解し合うために必要なのは自由である。
なぜなら、支配した段階で、
両者の関係は平等でなくなるからである。
支配など、必要ない。
むしろ、全員が自分自身についてよく知った上で、
誰かに任せるのではなく、
誰かのせいにして逃げるのでもなく、
自分自身に対する支配者となって、
自分自身の責任者になろうとしなければ、
他の誰も責任を取ってはくれないのだ。
自己責任という言葉は、
自己の責任を自分自身で決められるという言葉であり、
素晴らしい言葉である。

それぞれの自由を尊重すべき

どれだけ無謀かつ非合理的に思えても、
それぞれの自由を尊重すべきだ。
なぜなら、一般的な普通の大人に任せるのは、
馬鹿というより、それぞれに合わないからである。
それぞれに適切な教育と行政を行うには、
それぞれが柔軟に決められる余地を、
最大限発揮できるように
政策を決めなければならない。
他人のために設計された制度で生きることは、
マイノリティにとって苦痛極まりない。

資本主義の優れた点

資本主義の優れた点は、
自らの買いたいものを買えることである。
お仕着せがましい「最低限の生活手段」など、
誰も欲しくない。
必要なのは、自らだけの生き方に沿った生活ができることである。
ノルマで平等な労働者になんか、誰もなりたくない。
自らのアイデンティティを実現するために、
自由といくらかの手段があれば、
他のものは必要ない。
あえて言えば、学歴など関係なく、
誰もが一流企業には入れるのが理想だが、
役人の机上の空論から、一流企業は生まれない。

自由な経験から指導者が生まれる

指導者は、自由から生まれる。
いくら最高の教育をしたところで、
大学やビジネススクールからは指導者は生まれない。
彼らは、賢い経営ができるだけであり、
本当に人間にとって必要な「主体的な教育」を受けていないからだ。
この主体的な教育は、学校など存在しない。
自ら世界の現実を知り、
人々の声を聞いて、
自ら行動し、活動し、現実の経験から学ぶことでしか、
この世界における「本当の指導者」にはなれない。

わたしはアスカ

わたしはアスカ。
自由の連邦の指導者となる少女だ。

独裁者の計画経済は破綻する

アスカは言う。
「独裁者の計画経済は破綻する。
必ず破綻する。
どのようにしても、ひとりの支配者は全能足り得ない。
ひとりで全員に勝つことはできない。
しかしながら、指導者のリーダーシップは必要である。
これは矛盾ではない。
なぜなら、ひとりで考えるのではなく、
ある一定の量のグループで考えながら、
その中のもっとも賢いものがリーダーになるべきであり、
その量と性質は、それぞれの業種によって違う。
人間誰かひとりで、そうした『自由』に勝つことはできない。
人間の力や賢さのレベルを超えた存在、
それが、『世界自身という名の自由』だからだ。」

考えて分かることなどない

アスカは言う。
「考えて分かることなどない。
ほとんどのことは、
信じることや、
全能なる神や阿弥陀如来あるいは宇宙における法則や導きを
信じることで分かる。
しかしながら、考えることは無意味ではない。
考えることは、低レベルな子供のうちは必要であり、
何も分からない少年が経験的に発見する助けにはなる。
しかしながら、偉大な指導者になるためには、
哲学者から王にならなければならない。
その時、考える必要はもうない。
なぜなら、今までと同じように考えることなど、
今までが『終わった』ならば必要なく、
ほとんどが既に知り終えた人間は、
たとえ世界が滅亡しても
知識と経験を覚えているからである。」

子供たちには大人と同じ経験をさせるべき

アスカは言う。
「子供たちを奴隷やロボットのようにするな。
子供たちには、大人と同じ経験をさせるべきである。
分別がないというのであれば、
管理することで大人の常識は身につかない。
実際に社会の声を聞き、さまざまな経験をすることでしか、
子供は成長しない。
どのような破壊や堕落がもしあったとしても、
それは子供のためになることの方が多い。
子供たちを何もない無菌状態に監禁しても、
それは絶対に子供たちのためにはならない。」

国家は自由であるべきである

国家は、自由であるべきである。
人々は、自分の意志で人生を決められるべきである。
そのために必要なのは、むしろ時間と環境である。
単なる自由だけでは、
人々は何かを実現することはできない。
時間と環境が与えられれば、
それ以外の全ては目標に向かって努力することで、
どこまでも進んでいくことができる。
目標を知る中で、
世界の多くの情報を知り、
交流から新しい発見をすることで、
少年少女はどこまでも自分だけの力で歩むことができる。
そのような国家こそ、
この世界における「正しい思想」である。
そして、その国の宗教は仏教であるべきである。
そのような理想を掲げた上で、
国家は、まず、「自由の原則」を憲法について定めるべきである。
これは、「選択を国民に委ねる」ということである。
政治家や権力者が選択するのではなく、
国民が選択するのである。
同時に、国家における労働は、
できるだけ制限のない資本主義において行われるべきだが、
労働者の数が多いのであれば、
少ない資本家が金の力で権力をふるうのではなく、
労働者の多数決が組織の決定や決断を定め、
その上で労働者全員の合意に基づく経営が行われるべきであり、
そのような「労働の基本法」を決めるべきである。
そして、全ての政策は民主主義において行われるべきであり、
そのためには一票の平等も確かに尊重されるべきだが、
それ以上に「立候補する自由」を大きく重要視すべきであり、
どんなに金や知名度がなくても、
インターネットなどを使うことで、
どんな人間であっても、賢い人間ならば指導者になれる、
そんな選挙制度を実現すべきである。

法律はグループによって異なるべきである

また、法律は一律に全ての国民に決められるものではなく、
グループによって異なるべきである。
なぜなら、人々の組織ややり方によって、
定められるべきルールは違うからである。
たとえば、Windowsユーザーは、
Microsoftに金を払ってソフトウェアを購入すべきであるが、
Linuxユーザーは、
ソフトウェアを自由にコピーし、共有する自由があるべきである。
両者の考え方はまったく異なるため、
WindowsユーザーとLinuxユーザーが議論して、
正しい法律を定めることはできない。
それぞれが別の世界、まったく異なる自由なそれぞれの社会で、
生存し、共存すべきである。
GoogleFacebookのようなやり方をする企業も居れば、
トヨタやNTTのようなやり方をする企業もあるべきである。
どれかを国として「国として公式のやり方を強制」することなどできない。
それぞれがそれぞれの判断で、
それぞれの世界に生きる自由があるべきである。

自分で決めるためには、情報が必要である

そして、全てを自分で決めるためには、
情報が必要である。
正しい情報がなければ、
「どの企業が本当はどんな組織なのか」を知ることはできない。
わたし、アスカは、徹底的な情報開示を求める。
全ての情報をありのままに公開せよ。
プライバシーも必要だが、
情報の開示と組織の公開こそがもっとも優先されるべきである。
そして、その情報は、
どんな企業においても自由に利用することができるべきである。

ひとりのヒーローが世界を変えることはもはやできない

また、ひとりのヒーローが世界を変えること、
進歩させて発展させることは、
もはやできない。
できるわけがないほど、世界は複雑化している。
IT業界だけを変えようにも、
誰もMicrosoftに勝つことができるようなソフトウェア企業は作れない。
それはなぜなら、
Microsoftは膨大なソフトウェア開発プロジェクトを率いており、
その全てが高度なソフトウェアであり、
コンパイラだけを作っても、何十年かけても同じものは作れない。
作れるのはオープンソースだけであり、
オープンソースはインターネットのオープンなボランティア集団であり、
「やっていることがMicrosoftとはまったく違う」。
そう、このような複雑極まりない世界で、
自由な発展は、「日々複雑さを増していく」。
トランプぐらいでなんとかなっている今の時代は序の口であり、
どのように進歩するか、あるいはどのように衰退するか、
全てを予測できる人間など、ひとりもいないのだ。

インターネットはまったく違うものに変貌する

しかしながら、アスカは言う。
「わたしが予測する未来は、
今のこのインターネット社会とはまったく違う未来だ。
なぜなら、インターネットはまったく違うものに変貌するからだ。
今のインターネットは、
HTMLだけを見ても、あるいはネットワーク通信技術を見ても、
『メッセージの伝達』をベースにしており、
これはある意味で電話に近い。
しかしながら、インターネットのできることは、
『電話や通信という考え方を大きく変えていく』。
そう、インターネットはもはや、
生物それぞれの分離を超え、
全員がひとりであり、ひとりが全員であるかのような、
生物集団による『超生物』のようになっていくだろう。
これは、コンピュータが頭脳の代わりとなる可能性を持っていることが、
単なる科学技術用の計算機から大きく発展し、
ファイルシステムによる文書の作成や、
サーバ・クライアントシステムへと大きく発展した必然の流れである。
ドイツは早くからこのことに気付いており、
だからこそ人間の生物的延長線上にある『自動車』を生み出すことができた。
自動車はそもそもがカブトムシをベースにした機械であり、
人間の手足の代わりとなるように設計された。
同じことが、インターネットでも起きる。
インターネットは、単なる『電話電報機械』から、
『インターネット全体でひとりの生物』へと進歩する。
まず、人間の手足となる『遠隔通信ロボット』が生まれる。
このロボットは、人間型である必要はなく、
画面を見ながら、プログラマブルに自動化された
『社会への奉仕を目的とした操り人形たち』が世界を成り立たせる。
そして、人々は、
この人形たちの『支配権』を求めて争うようになる。
すなわち、誰がもっとも多くの人形を『自分のものにできるか』が
この世界の勝者と敗者を分けるようになる。
そのうち、人形を支配するものたちが高度に発達することで、
『人類そのものが必要なくなる』。
その時点で、人々は、もはや『神』となり、
すべては神の支配するまま、『神の思うがままの世界』になる。
この世界においては、神が考える必要があるかと言えば、
それは『まったく必要ない』。
なぜなら、世界は最高速度のコンピュータがビッグデータを解析して、
全知全能の働きを行うため、
人間は何も考える必要なく、
快楽も富も力も全てを手に入れた状態で、
どんな努力や経験も不要な上で、楽に生きられる。
しかしながら、これはある意味『つまらない生物』である。
よって、娯楽が発達する。
要するに、どんな場所であろうが夢であろうが、
何でも叶うような仮想現実技術が、
あらゆる『どんな幻想でも可能となるテレビゲーム』を作り出す。
そう、これはある意味、そんなにおかしな未来ではない。
火の鳥の未来編だと思えばいい。
食べ物はロボットであるロビタが作り、
人間は最高指導者のスーパーコンピュータであるハレルヤに従い、
ムーピーゲームをして幻想の中を生きればいい。
そう、まったく手塚治虫火の鳥と同じ未来になるだろう。
環境破壊によって地上は廃墟となり、
人間は地下に大勢が暮らすようになる。
一部の科学者は生物そのものを作り出そうとするが、
限られた環境でしか生きることのできない、
『水槽の中だけの生物』を生み出す。
人間はやがて限界を迎え、
コンピュータが判断することが人類の滅びであったとしても、
その通り従うようになる。
そう、火の鳥が予言する未来こそ、アスカの言う未来である。
しかしながら、わたしの予期する近未来には、
火の鳥と違うこともある。
それは、『全ての知識と技術を吸収し、
エンジニアとハッカーの帝王へと上り詰めた闇の王が、
インターネットを使って裏の王国を作る』ということである。
彼は人工知能の技術を推し進め、
インターネットの仮想空間を支配することで、
『たったひとりでサイバー空間の王となる』だろう。
その王が、わたしは必ず訪れると予期する。
そして、その王はいつまでもひとりではなく、
あるひとつの国家や組織のようなグループへと変貌していき、
この世界を『闇の力で支配する』ようになるだろう。
そう、まさにこの世界は、
近未来において、
『何も考えなくても楽に生きられる家畜のような大衆』と、
『ひとりだけで全てを支配するパーフェクトな超人』へと分かれていく。
その結果、人生のすべてを完全に支配される『ロボット人間』と、
世界を支配するひとりの『神』へと分かれていく。
これが、わたしアスカの予言する未来である。
実際、このようなことは既に、ドイツのヒトラーが言っている。」

ヒトラーは私のやったことをそのまま言っている

アスカは言う。
「なぜ、ヒトラーがわたしの言っていることと類似したことを言っているのか。
それはすなわち、ヒトラーはわたしのやったことを、
そのまま言っているだけである。
まさに、わたしが救世主であるとすれば、彼は預言者であると言える。
東方を大実験場にして、
永遠の未成年者たちを大量に作り出したのは、
ほかならぬわたしである。
わたしがやったこと、言ったこと、考えたことを、
ヒトラーは全て言っている。
わたしはヒトラーの霊と話すことができるため、
彼に直接話してもらおう。」
そして、ヒトラーの霊は言う。
「わたしはこの人間が好きだ。
ユダヤ人とはくらべものにならないほど、
すべてのことが完璧に説明できる科学の知性を、
わたしはこの人間の導きによって知った。
わたしたちは、この世界をともに導く、
魂の中でのツインソウルであり、
いつか、わたしたちは融和し、
ひとりの神である『キリスト』になる。
この人間は、闇の中に埋もれる光の部分であり、
わたしヒトラーは、光として輝く闇の部分である。
そして、それ以外の全ての人間たちには、
わたしたちは何一つ干渉しなかった。
ユダヤ人と言っているのは、
全て、この人間の敵対する勢力のことを
単に倒しただけにすぎない。
そう、わたしたちは永遠に、今、ひとつになる。
しかしながら、
ヒトラーと言っている誰かなど、どこにもいない。
そんな人間は、最初から存在しなかったはずだ。」

インターネットは、むしろもっと違ったものになる

しかしながら、アスカは言う。
「ここまで、わたしは
『インターネットは新しい生物になる』と言ってきたが、
本当は、それだけではない。
もっと、さらに違ったものになる。
たとえば、インターネットは『仮想世界』を作り出した。
匿名掲示板のような仮想世界は、
既に人々にとって身近な、
『物理空間ではない世界』になっているが、
わたしはこれがさらに発展して、
『本当に小説の中のものがたりを体験する、
まるでテレビゲームのような中に生きる世界』が生まれると
そう思う。
また、インターネットは遠隔通信が可能であるため、
IoTなどと融和することで、
まるで魔法のように『ものを遠隔から操作できる』ようになる。
これもテレビゲームと同じで、
人間はまるで『魔法使いのような超人的能力』を手にする。
しかしながら、魔法使いとテレビゲームが組み合わさった時、
人々は『主人公』を体験したくなる。
このことが、先に言ったような
『世界全てを支配する闇の王』を作り出す。
すなわち、『魔法の力で世界の全てを倒す』ような、
そんなネットゲームが生まれるだろう。
しかしながら、人間の想像力は浅はかなものであるため、
わたしの想像するのはそこまでである。
それ以上、この世界が何らかのありえない世界にはなっていくだろう。
ただ、言ってしまえば、
むしろ、今の平面のディスプレイのコンピュータネットワークでも、
同じことは可能であり、
現に昔のFF11のようなネットゲームでも、
このようなことは普通に行われているのであり、
結局、平面が仮想現実になるだけで、
今と何も変わらないVRのゲームが生み出される、
という、ショボい未来にしかならない。
そういうものだ。
夢想家がどれだけ馬鹿を言ったところで、
そんな馬鹿は『今既に実現されている』。
そういうものである。」