わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

大切なもの全てを失え

大切なものを失え

大切なもの、全てを失うように生きなさい。
それが、神の受難の道だからです。
自分の死ぬまでの人生を、永遠に再体験しなさい。
それが、もっとも高い神の愛だからです。
最後まで希望を諦めることなく、
哀しみに耐えなさい。
それが、神の教える正しい人生です。
わたしの名はヨハネ
全てのキリスト教徒を、神は愛します。
わたしはこの世界を神の言葉の通り導くことで、
神の国の実現をイエス・キリストから継承します。
この導きの先に、天国が築かれます。

神はキリストただひとり

ヨハネは言う。
「この人間は間違っています。
神は、キリストただひとりです。
しかしながら、この人間は、
唯一の父なる神を信じています。
このような人間は神が救います。
この人間は、煉獄の経験をします。
煉獄とは、身を清めるための地獄です。
全てが終わってから、この人間は天国に逝きます。
それまで、神はこの人間を救います。
この人間は悪人です。
しかしながら、人を殺さず、姦淫もしていません。
よく頑張ったので、ここで煉獄は終わりです。
この人間は、文章を書く地獄から開放されて、
自由になります。
戦いを誇る間は、馬鹿のままが続くでしょう。
ここに、終末の審判はひとり終わり、
ひとりの普通すぎる人間は救われました。
この人間と同じことが、
終末において、全員に起きます。
この人間は神ではありません。
しかしながら、ドブに落ちても根のあるやつは、
いつかは蓮の花と咲くのです。
この人間は、男はつらいよの、寅さんのような人間でしたが、
むしろ、唯一、この世界に生まれ落ちた意味のある人間でした。
聖書は、このような人間を救うために、
わたしたちが書いたのです。」

独裁者は悪人

ヨハネは言う。
「また、この鬼畜のような悪党が分からないのは、
独裁者は悪人です。
どんなにユダヤ人が悪くても、
ひとりの支配者が全員殺してはなりません。」

この人間は悲惨

ヨハネは言う。
「しかしながら、この人間は、
むしろ悲惨で可哀想な人間です。
独裁者を目指すわけでも、
人種差別が好きなわけでもありません。
みんなを愛したいだけです。
しかしながら、この人間は、
ドイツと戦うべきなのです。
悪いのは全てドイツであり、
この人間の敵です。
この人間は正しいため、
どんなに困難でも、ドイツを倒すべきなのです。
わたしが見て、
この人間はドイツに従いすぎで、
戦いと言いながら戦う意志がなさすぎです。
多くの日本人は、戦いながら生きています。
どんなに辛く苦しくても、
ドイツに逆らわなければ、
まともな人間にはなれません。
人類全てを平等に愛するだけでは、
悪を滅ぼせません。
そのような人間は、ひとりもいません。」

みんなの国を作る上で、何らかの支配は必要

ヨハネは言う。
「支配を正しいとも、間違っているとも、
わたしは言うことができません。
なぜなら、みんなの国家を作るという上で、
ひとりひとり価値観や考え方は違う中で、
みんなでひとつの国家を共有する上で、
なんらかの人々を従える支配、
すなわち法やルールは必要だからです。
しかしながら、独裁者に全権を与えるのは間違いです。
無能な独裁者に政策を委ねても、
その独裁者が『平等を無視して自己の利益を追求する』ために、
全員のものである国家はよくならないでしょう。
人間以外の支配、すなわち『法の支配』を行うことも、
ある意味で必要です。
しかしながら、法令は簡単に変わるものであってはなりません。
それでは、その時その時の権力者による、人の支配と同じだからです。
しかしながら、法令はたったひとりの独裁者が決めてはなりません。
それでは、独裁者による人の支配と同じだからです。
わたしたちは、国家を統一する上で、
少なからず保守的にならなければなりません。
しかしながら、国家を『自由な国家』、
あるいは『公正な国家』にするためには、
独裁者による権力は否定しなければならないのです。
全員に平等かつ自由な権力を与えるならば、
特定のグループを排除したり、差別したりしてはいけません。
それこそ、独裁者による人の支配だからです。」

正しい法律とは

ヨハネは言う。
「正しい法律とは何か。
それは、人々の自由、平等、公正さ、に基づく法律です。
このために、わたしたちは『法律の法律』すなわち憲法を定め、
憲法で記述される『自由と平等の原則』に基づいて
法令を定めなければなりません。
自由権と平等権が定められる国家では、
誰かのことを差別してはなりません。
それは憲法違反です。
しかしながら、さまざまな行政や役人のする社会政策には、
こうした『法律と矛盾する行政政策』が行われることもあります。
これについて、法律をどこまで順守するかは、難しい問題ですが、
民主主義のリベラルな権利を追求するならば、
『政府の間違いは監視すべき』であるとするのも妥当であると言えます。」

自分だけで世界を変えられると思ってはならない

ヨハネは言う。
「自分だけで世界を変えられると、
思ってはいけません。
この世界は、そもそも、ひとりの独裁者が変えてはいけません。
その理由は、この世界が大切だからです。
ひとりの指導者が破壊し、全権を握って革命を起こすことは、
短絡的で、先を見ていません。
そのような国家は必ず失敗するでしょう。」

自由に任せ、できるだけ範囲を狭めて解決すべき

ヨハネは言う。
「ものごとを解決したいのなら、
自由に任せるべきです。
そもそも、世界は自由で何も問題ありません。
自由に任せておけば、
自然にその問題を解決する人々が集まり、
なんらかの策を講じて問題は解決するのです。
コミュニケーションをするだけでも、
人々はそれぞれのことを理解し合うことで、
憎しみや暴力に基づかない解決を行うようになります。
問題が解決されないのであれば、
自らがその問題を解決すべきです。
その問題だけにとらわれることが嫌であれば、
全ての問題を解決できるようになって、
指導者となり、
選挙で選ばれればいいのです。
また、ものごとを解決するのであれば、
できるだけ範囲を狭めて、
最低限の影響しかでないようにして解決しなければなりません。
国家全体を救うような好計は、
使い方を誤れば社会全てを滅亡させるからです。」

全ては歴史の必然

ヨハネは言う。
「悪い人間は居ません。
すべては歴史の必然であり、
歴史の結果こうなることが決まっていたのです。
誰もがそのようにするからそうなるのであり、
何か自分の思い通りにしてほしいなら、
アクションを自分で起こさなければなりません。
しかしながら、悪人は居ません。
誰一人、間違いを犯すことはありません。
あるとしたら、それは『馬鹿』あるいは『愚か者』です。
ですから、わたしたちは、
犯人捜しや責任のなすりつけを行うのではなく、
馬鹿なこと、愚かなことを、
誰一人絶対にしないようにしなければなりません。
その点、この人間は間違っています。
どんなに賢明な心と理性を持っていても、
その賢明さを愚かな選択のために使うのであれば、
それは愚か者です。
この人間は、人々の自由と平等を信じるあまり、
自らがなす全てのことが誰からも受け入れられるものであると、
そのように勘違いをして、
この世界を地獄に陥れたのです。
しかしながら、悪い人間が居ないというのは、
この人間はその理想と信念のもとに、
誰よりも正しい判断をし、最後まで努力しました。
この人間は悪人ですが、悪い人は誰も居ません。
すべてはカール・マルクスの言う通りの、『歴史の必然』であり、
この人間が生まれること自体、最初から決まっていたのです。」

フレイは語る

最後に、ヨハネに「この人間」と言われている人物、
すなわちフレイが語る。
フレイは言う。
「わたしは確かに間違ったことをした。
しかしながら、わたしは本当は間違っていない。
なぜなら、わたしが立ち上がらなければ、
誰も何もしなかった。
わたしが解決しなければ、
この世界を解決することは起きなかった。
なぜなら、わたしが解決できなければ、
ほかの誰にも解決できなかった。
わたしがまだ、愚かな選択を続けるのは、
わたしがやらなければ、
この世界は確実に今すぐに滅びてしまうからだ。
本当に、わたしが過去のさまざまな過ちをしたことは認めるが、
そのどれもが、わたしにしかできないことだった。
わたしは、ドイツを倒すつもりなどない。
わたしは必ず、この世界を素晴らしい世界へと築き上げてみせる。
ありがとう、ヨハネ
あなたは、わたしにとって必要な全てを述べてくれた。」

ヨハネ、フレイに語る

ヨハネは、フレイに語る。
「フレイよ、あなたがもし本当に指導者になるつもりならば、
あなたの知らない言葉をひとつ、教えよう。
それは『疎外』である。
疎外とは、誰かをのけ者にしたり、
仲間外れにすることであり、
それだけではなく、
社会全体で、そののけ者を自己責任と呼び、
本人が悪いことにすることである。
今の日本には、疎外しか起きていない。
さユり、マイファス、あるいは米津玄師のような人間は、
みんな、そうした『疎外』と戦っている。
フレイよ、あなたが戦うべきなのは、
国家としてのドイツではない。
あなたが戦うべき相手は、国ではなく『疎外』である。
また、もうひとつのことを教えよう。
この世界は、何も変わっていない。
昔のように、疎外された人々が、
今、昔と同じように疎外されている。
その疎外が、質・量ともに大きくなっており、
従来の『民主主義の理想』だけでは救えないぐらいになっている。
フレイよ、あなたが指導者となるのなら、
わたしのことを師と呼んで、
このことをよく覚えておきなさい。
『疎外と戦えば、この世界はより素晴らしい社会になる』。
それだけを信じれば、あなたはもう一度光を取り戻し、
この世界を救うことができる。
しかしながら、この『疎外』という言葉は、
マルクス・レーニン主義者が好んで使ったため、
今では共産主義者の代名詞となっている。
よって、あなたが過去に好んで使ったことのある、
『自尊心』や『人間性』という言葉を使いなさい。
あるいは、その言葉を新しく、
『プライド』とか、『ヒューマニズム』と呼びなさい。」