わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

赤ん坊でも分かること以外分からなくていい

赤ん坊でも分かることだけを分かれば分かる

赤ん坊でも分かること以外、分からなくていい。
赤ん坊でも分かることだけを分かれば、
この世界は分かるからである。
まず、右と左を覚えなさい。
そうしたら、昔と今を、そして西と東を覚えなさい。
それだけで分かる。
そのようなことだけが、人間にとって必要なのである。

そもそも、精神をなぜ治すのか

そもそも、なぜ精神を治すのか。
辛くなるのは当たり前なのに、
完璧を目指してすべてを綺麗にしようとするから
馬鹿になる。
そんなことは子供でも分かる。
「これでいいのだ」と思えばいいのである。
赤塚不二夫が一番賢いことを言っている。

悪をどうしたら悪でなくすることができるか

実際、僕が考えたのは、
「悪をどうしたら悪でなくすることができるか」という
おかしな考え方である。
この考え方は、意外と賢い人間になる。

覚えない理由がない

子供が考えるに、
「なぜ覚えないのか」ということである。
覚えない理由がないのに、なぜ覚えないのか。
覚えれば楽しいのに、覚えようとしない。
覚え方を忘れてしまったのだろう。
覚えるのは簡単で、単に思い出せばいいのである。

馬鹿は馬鹿

覚えることがない人間は、
生きていないのと同じである。
つまらないと思うのは、
何もかも今を肯定し、受け入れているからかもしれない。
その肯定が全てを否定する元凶である。
よって、馬鹿なものは馬鹿、愚か者は愚かだと、
そのように考えた方が良い。
そう、肯定しているように見えて、
実際は全世界、全員、全てのものを否定しているから、
自分を肯定しているかのような勘違いをしているのである。

みんなを喜ばせればいい

子供が考えるに、
みんなを喜ばせればいいのである。
みんなを支配して、悲しませるのは、
全て「復讐」のためである。
その復讐という感情が、恐怖と不安を作り出すのである。
なぜ、みんなを喜ばせないのか。
喜ばせることは、簡単ではないだろうか。

相手を許せば道は開ける

単純に、許してやればいい。
あるいは、そのまま放っておけば、
相手も許してくれていることが分かる。
相手が自分を攻撃するのは、
自分が相手を攻撃した因果応報であり、
結局自分が悪いから、
自分の未来を自分で制限しているのである。
相手を許せば道は開ける。
それだけで、全ての問題はいっぺんに解決するはずだ。

世界を滅ぼすほど強くなって、何を守れるのか

世界を滅ぼすほど強くなって、
何を守れるだろうか。
何もできず滅びていく人々の気持ちに立てば、
自分ほど弱い人間は居ない。
同じように、同じ立場で耐え続けることのできない人間は、
みんなの代表ではないだろう。

滅ぼすためでなく、愛のために生きられたなら

そう、滅ぼすためではなく、愛のために生きられたら、
世界の破滅のために戦うのではなく、
愛を守るために戦うことができるなら、
それを人は「大人」という。
まだまだ、僕は子供に戻るだけでは、大人にはなれないようだ。

みんなが勝手に騙されただけで、自分は何も悪くない

そういうわけで、ここで大人の言い訳を言っておこう。
みんなが勝手に騙されただけで、
自分ははっきり言って何も悪くない。
そう、それでいいことにしよう。
気持ちの悪い発言かもしれないが、
わたしは滅びないようにきちんと世界を維持しただけだ。

言い訳をもうひとつ

もうひとつ言い訳を言っておこう。
みんなが勝手に騙されていくのを、
わたしは黙って見過ごしていたわけじゃない。
必ず世界を正常にすると、
心に誓って、
わたしはあなたがたが絶対に騙されないようにしたのだ。
騙されたのであれば、この世界の方が悪いのだ。
そう、それで、開き直りは終わりにしておこう。

さらに、開き直りを

しかしながら、むしろ、言うとすれば、
そもそもわたしは戦いたかったのだ。
なぜなら、神の啓示が聞こえたのである。
ここに、「立ち向かうしかない状況」があったから、
わたしは立ち向かうしかなかったのだ。
誰も、ほかにわたしの代わりをやってくれる人間は居なかった。
そう、わたしは滅ぼしたかったのではなかった。
むしろ、わたしだけがこの世界を正常に導くことができて、
その絶好の機会が与えられていて、
それをしなければ滅びるかもしれないような状況で、
どんなにそれが間違って見えたからと言って、
戦わない馬鹿が居るだろうか。
この世界のために、立ち向かおうとしない男が居るだろうか。
わたしは立ち向かい、
最後まで世界の最前線で戦い続けたのだ。
タリバンと言うならば、言えばいい。
誰が見ても、このようなイスラム教徒こそ、正しい神の使徒である。

何が正しいか分からなくても、わたしだけが希望を知っていた

そう、戦う中で、
何が正しいのか、何を信じるべきなのか分からなくなっても、
それでよかった。
なぜなら、わたしだけが、本当の希望を知っていたからである。
どんなに汚し、狂い、壊しても、
その希望だけは、最後にこの世界を救うために、
消し去ることなく、守り続けた。
そう、それだけの戦いだった。
全ての僕の書いた文章は、その戦いのために必要な、
武器だった。
相手がそれを読むことが戦いで、
世界全てが悟りとともに救われることが勝利だった。

死とともに全て忘れることができるなら、どんなに楽だろうか

そう、死は怖くない。
死とともに全てを忘れることができたならば、
どんなに楽だろうか。
全ての狂いと病気をそこで終わりにできる、
天国へと逝くことが救いであるとするならば、
地獄に堕ちても構わない。
この際、わがままを言うのは抜きにしよう。
今のこの世界の地獄がたとえ3,000年続いたとしても、
わたしが苦しむのが100年だとするならば、
どうでもいいことにしよう。
現に、15年はすぐに過ぎたのだ。
そのうち、全ての戦いが終わるとするならば、
報いが欲しいなどという傲慢は無しにしよう。
何もない平和があってほしい。
このような無様なわたしでも、本当は平和が好きなのだ。
来世でわたしが生まれ変わることができるなら、
神よ、わたしをもっと強くせよ。
なぜなら、わたしはもう一度、
この世界を救うために、全力で戦うその戦場の景色を、
もう一度見たい、それだけなのだ。

普通のことが分かった大人になれた、それはいいことだ

しかしながら、強がりはやめておこう。
わたしはもう、辛く苦しい「分からない戦い」を生きたくはない。
なぜなら、今のわたしが素晴らしいからである。
まさに、普通のことが分かった大人になれたのである。
それは良いこと、素晴らしいことだ。
どんなに辛く苦しくても、
雨は晴れに変わるということを証明できたこと、
それが、唯一のわたしの人生で分かったことだ。

ハレルヤ

わたしの神は、
本当はユダヤ教でもキリスト教でもイスラム教でもない、
独自の神であり、
名前を付けるなら、「ハレルヤ」という名前を付けよう。
どんな嵐でも、いずれは晴れる日が来ることを、
未来の異常気象の日本において、
わたしはもう一度証明したいから、
わたしはハレルヤの言葉を全て覚えている。
ハレルヤに教わったことの中で、
間違ったことや嘘偽りは、たったひとつとしてなかった。
ハレルヤは、わたしに生きる希望を与えてくれた。
わたしも、ハレルヤと同じように、
自らがハレルヤとなって、世界を照らす太陽になろう。
どんな暗闇でも、この世界を真っ白に輝かせる、
シリウスの炎になろう。