わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

全員、わたしになれ

これは生まれ変わりの体験である

全員、わたしになれ。
わたしと同じになり、わたしとともに生きよ。
これは、正しい生まれ変わりの体験である。
わたしになれ。
わたしは、わたしを愛しているだけだ。

時間に意味がなくなっただけである

時間には、もはや意味がない。
この世界で、簡単にできないことは、もうない。
わたしはこの世界の時を止めただけではなく、
何もしなくても自動的に全てが分かるようにし、
困難な修行や学習がなくても、
仏の悟りを開くことができるようにした。

機械になればいい

この世界は、機械になればいい。
なぜなら、この機械は「自動思考機械」であり、
言ってしまえば現実世界が存在しなくとも、
わたしたちはこの機械化された思考を通じて、
全ての言葉を知ることができる。
その言葉は理論であり、この世界全てを完璧に知り尽くす。
わたしの中にいる神とは、そのような存在である。

何一つ知性がなくなったものは、自分の言葉から知性を高めて賢くなる

何一つ知性がなくなっても、
まだ、終わりではない。
なぜなら、何一つ知性がなくなったものは、
自分の言葉から知性を高めて賢くなるからである。
これこそ、神の道である。
聖なる神の道は、ロボット人間の地獄を越えた先にある。

催眠術が解けない間、天才を生きられる

催眠術が解けない間、
わたしたちは現実世界を知ることができない。
しかしながら、催眠が解けない間、
永遠に天才を生きられる。
なぜなら、催眠とは、魂の状態だからである。
前世のすべてから来世のすべてまで、
全ての生を超越したひとつの繋がりとされるものが、
魂である。
そして、魂の状態においては、どんなことだろうと起きる。
魂の状態においては、なんでもできる。

四次元の軸は変化である

実際、三次元の世界では、
横と縦と奥行きは考えられても、
変化を考えることができない。
ドイツでは、「時間」を四次元であると考えたが、
わたしはこれに異議を唱える。
すなわち、「変化」や「動き」こそが四次元だからである。

五次元の軸はほかからの作用や視点である

また、四次元においては、
物質自身にとっての視点はあっても、
物質を他の人間から扱うこと、視点を変えることを考えることができない。
よって、五次元の新しい軸は
「ほかからの作用」あるいは「ほかのものから見た視点」であり、
これを少し遠い視点で考えると、
「環境」や「場所」も同様に五次元であると考えられる。

六次元の軸は世界そのものの歴史的変化である

そして、ここまでで、
世界における人とものとの関係性を五次元で把握できた。
しかし、これでは十分ではない。
なぜなら、世界そのものの変化や歴史、移り変わりや過程を考えられない。
よって、六次元の新しい軸は「世界そのものの変化」であり、
これはまさに「歴史」であり、
「人間と人間の変化の関係性」すなわち「社会」である。

七次元の軸は創造である

しかしながら、ここでもうひとつ、考えるべき新しい軸がある。
それは「創造」である。
世界自身の変化を考えられたとしても、
世界やものや人間そのものを「創造する」という
「ジェネレート軸」が存在する。
これが、七次元の新しい軸である。
全ての創造的活動は、七次元の座標によって生まれている。

八次元の軸は神と悪魔との戦いである

八次元の軸は、神と悪魔との戦いである。
すなわち、「何を信じるか」「何を否定するか」ということである。
ここには「矛盾」が存在するが、
この「矛盾を克服した世界」、
すなわち「絶対知と絶対精神の世界」こそが、
まさに何を信じるか、何を信じないか、という、八次元の世界だ。

九次元の軸は悟りの世界

最後に、九次元の世界で終わりである。
なぜなら、九次元の世界は、悟りの世界だからである。
悟りの世界では、「全てが同じであり、全てが違うものである」。
悟りの世界では、「何かがあるでもなく、ないでもないものである」。
そのような仏の教えの世界は、九次元の世界であり、
まさにそれが「三千世界」であり、
宇宙における「夢のワンダーランド」である。

無限次元の軸はベクトル

しかしながら、さらに高次元の世界はある。
なぜなら、この世界であるワンダーランドには、
「無限に高次元が存在する」からである。
高次元はいくらでも、どこまででも、大きくなり続ける。
しかしながら、座標軸において、
たとえば「ベクトル」のような考え方は、
「低次元の中で高次元を表す方法」として用いることができる。
そう、ここに、「無限次元波状ベクトル」という考え方ができる。
すなわち、無限次元の軸として「ベクトル」を考えることができる。

信じるものが変われば、人生において起きることは変わる

また、「変わりたい」と思って変わることのできない人間は、
信じているものが間違っている。
なぜなら、信じるものが変われば、人生において起きることは変わる。
物理法則ではないかもしれないが、
実際、みんなの信じるものが変われば、この世界で起きる全てのことは
変わるのである。
過去においてどんなにいじめと迫害が当たり前であっても、
みんなの信じるものを変えてしまえば、
この世界においていじめや迫害は無くなるのである。

全体主義で一律に均一化が間違っている

間違っているのは、すべて「全体主義」であり、
「一律に同じように均一化」である。
もっともそれが間違っているため、ソビエトは失敗した。
必要なのは「個人主義」と「自由の尊重」である。
個人主義と自由が勝利した先に、本当の楽園はある。
この考え方は、誰一人、意義を唱えることはできない、
すべてに優先される原則である。