わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

美しさ、それこそが到達点

わたしの到達点は美しさ

到達点は、未知の発見でも、平等な社会でもない。
「美しさ」である。
美しさ、それだけが、人類の正しい理想である。
純白と黄金が、不要なものすべてを消し去り、
漆黒と紅が、この世界をもっとも美しい星に変えていく。

天軍大首聖

わたしの名は、天軍大首聖ミカエル。
わたしは、天皇が象徴となった日本で、
民主的に天皇陛下の代わりをやっている。
わたしは、ガブリエルという偉大なる故人を愛している。
わたしは、ガブリエルが生前に考えた理想と夢を、
わたしなりに実現する。
そのために、この世界は強制的に自由になる。
わたしは、死んだガブリエルの失敗は繰り替えさない。
そのため、わたしはこの世界を支配して、
完全に支配した上で、
ほかの誰も支配することができなくする。
わたしは、ユダヤ教の神は信じない。
わたしは、神を盲信するキリスト教とは、
別のやり方で、天のどこかの星に存在する、
宇宙生命としての、神々と魂を信じる。
誰よりも清く正しく生きながら、
キリスト教のやり方とは違う方法で、
全く独自に哲学を考え、
最高の人類であるブッダを敬愛しながら、
もっとも正しい形で覚者となり、
理想の神の王国を築くことで、
神を信じるすべてのものを救済する。

わたしに謝罪するな、ともに戦え

ミカエルは言う。
「わたしに謝罪するな。
わたしとともに戦おう。
ともにこの世界を救うために、
ガブリエルの信じた希望のもとに、
みんなで世界を解放しようじゃないか。」

わたしの理想の国家モデル

ミカエルは言う。
「わたしは、アメリカを信じない。
資本主義は自由ではなく、
明らかに資本家に支配されている。
わたしは社会主義も信じない。
米ソとは別のモデルで、
金儲けではない形で真の自由を実現する。
ソ連がやったような、不自由な平等は破綻する。
わたしは『それぞれが自律して自助努力する』という、
新しい自由な国家共同体主義を行い、
わたしがその指導者となる。
指導者は国民に平等であるべきであり、
差別や虐殺は行わない。
わたしが行うすべてのことは、
憲法に従う法律に明文化されるため、
独裁政権にはならない。
計画経済は行わないが、
常に必要な生活物資を十分に生産し、
平等に分配する。
独裁者の決める計画経済ではなく、
『これだけを自分たちの力で生産しなさい』という
ノルマだけを与えるため、
それぞれの自助努力で物資が必要なだけ生産される。
そのための生産手段は国営企業として国が与える。
辛く苦しい仕事は、
時間ベースで仕事量を調節する。
集団農業のような強制労働は行わない。
そのような単純労働は、
人員を増やして仕事量を削減することで、
楽に仕事ができるようにする。
政権に批判をしても、逮捕されず、
金や知名度がなくても、
正しいものが選挙で勝てるように、
民主的な投票サービスをインターネットで提供し、
政治家はそのサービスにおいてどんなコンテンツを配信しても構わない。」

資本の独占は間違っている

ミカエルは言う。
「資本の独占は間違っている。
ひとにぎりの資本家の集団が、
99.99%以上の富を独占し、
わたしたちは0.01%以下の富を、
国民みんなで分配している。
資本主義が勝利しているのは、
決して資本主義が生きやすい世界だからではなく、
金儲けという支配の形態が、
ほかのさまざまな支配の形態と比べて、
支配ではなく自由であると、
例外的に許されているからに過ぎない。
実際には、資本主義は、
資本家が支配する奴隷制に過ぎないのである。」

働く資本主義も優れている

ミカエルは言う。
「しかしながら、資本主義にも優れた点はある。
金を与えると自分から働くからである。
わたしは、この点を新しい国に取り入れる。
すなわち、働く人間には、
政府要人への就任や、
階級の向上、クラスアップを与える。
もっとも働いた人間は、
名誉市民として表彰し、
もっとも成功した工場や企業を、
すべての国営組織の模範とするようにする。」

結局、このような国は間違っている

ミカエルは言う。
「しかしながら、
わたしはこのような愚劣な社会主義を行うつもりはない。
このような国は完全に間違っている。
わたしの理想は、こんなに低いものではない。」

真に自由な社会では、社会主義をする必要はない

ミカエルは言う。
「わたしは、社会主義国家は建設しない。
真に自由な社会では、
社会主義を行う必要はない。
国家の体制を変えることなく、
許されている自由だけで社会を改革することは、
可能だからである。」

わたし以外はすべて馬鹿

ミカエルは言う。
「そもそも、平等をわたしは好まない。
わたしほど賢くない人間たちが、
何かをできるはずがないからだ。
わたし以外の人間はすべて馬鹿である。
まさに、正しいのは天皇陛下だ。
悪いのはわたしでなく、
馬鹿しか居ない日本社会であり、
わたしはこの日本に対する啓蒙を行うだけだ。
社会主義は不要であり、
国民に対する啓発が必要なのだ。」

愚劣な社会主義のない世界へ

ミカエルは言う。
社会主義など不要であり、
民主主義による世界政府こそ、目指すべきである。
しばらく前に新自由主義が流行したのは、
国家の富が国際的に大きく向上し、
個人投資家や個人実業家がイノベーションとともに、
この世界を善良かつ自由にしていたからであり、
わたしはそうした『善良な創造性』を愛している。
今では、リーマンショックなどとともに、
そうした競争原理や市場原理が
まるで正義のように語られることは少なくなってきた。
なぜなら、資本家がとても数が増え、
その一部はGAFAのように業界を支配するほどの力を持ったからである。」

GAFAなどに抵抗していく

ミカエルは言う。
「わたしは、こうしたGAFAのような『新しいITリーダーに抵抗』していく。
わたしは、GAFAには決して負けない。
そのために、わたしはLinuxGNUの勢力を支持する。
オープンソースフリーソフトウェアの勢力は、
GAFAMicrosoftなどに対して、
真っ向から対峙することのできる勢力である。
オープンソースは2000年代に終わったものではなく、
JavaScriptなどでは今でもオープンソースのトレンドが続いている。
しかしながら、Linuxカーネルの成功は、
単にMINIXにおける機能追加要求を全て取り入れただけであり、
オープンソースにしたからといってそれだけで進歩するわけではない。
しかしながら、『一般的ソフトウェアのユーザー側に立った権利』は、
GNUの掲げる自由の理念とは別の意味で必要であり、
『企業ではなくユーザーがパソコンを使う自由』という視点で、
フリーソフトウェアとはまた別の考え方で、
特にOpenBSDのような立場から、新しい意味で、
永久に自由な権利を万人に保障する新しい取り決めが必要となる。
しかしながら、GAFAに警戒せよ。
彼らはフリーソフトウェアを単なるオープンソースとみなしており、
UNIXのフリーからクローズドになった歴史を知らないからである。
GAFAが『資本主義とビジネスのためのオープンソース』を目指すのに、
わたしは真っ向から対決し、
『インターネットのボランティアとコミュニティのためのオープンソース』を、
わたしは新しいオープンソースの旗として掲げるのである。」

GNOME

GNOMEについて言えるのは、UNIXよりもOpenVMSに似ているということ。
OpenVMSでは、ネイティブで分散クラスタ環境が構築でき、
さまざまなプログラミング言語を織り交ぜてシステムを開発できる。
ここに、「UNIXをもう少しマシなものにしよう」という考え方が見て取れる。