作家・デザイナー。以前の名は「わたしの名はフレイ」でした。

わたしたちに必要なのは、国家ではなく心

英一郎は言う

白沢英一郎は言う。
「わたしたちに必要なのは、政治でも経済でもない。
必要なのは、国家ではない。
わたしたちに真に必要なのは心である。」

茶番劇を終わらせよう

英一郎は言う。
「ここに、おかしな蒼志のはじめた、
茶番劇を終わりにしよう。
わたしは、決して戦いを正当化しない。
わたしは、日本という国家を許す。
どんなに批判されても構わない。」

愛し合おう、許し合おう、そして、罪を認めよう

英一郎は言う。
「愛し合おう。
許し合おう。
そして、罪を認めよう。
わたしは悪かった。
しかしながら、あなたも悪かった。
互いの罪を認め合い、
この社会を正常に治すため、
世界を真の意味で愛するために、
今までのすべてのことを忘れよう。」

わたしの愛を嫌って構わない、わたしはあなたの愛を嫌ったのだから

英一郎は言う。
「わたしの愛を嫌って構わない。
わたしは、あなたの愛を嫌ったのだから。
わたしたちの罪は全て、
神がこの世界に作った最初の約束である。
そう、この戦いが終わる時、
わたしたちの罪は救済され、
わたしたちはエデンの園に帰ることができるはずだ。」

この世界は今から天国になる

英一郎は言う。
「わたしは、神の言葉を知っているが、
わたしは単に、神の言葉を信じるわけではない。
わたしは、神の言葉を、自分なりにきちんと考えた。
その結果、わたしの辿り着いた答えは、
『この世界がそのまま天国になる』ということである。
この世界は、地球という星のまま、
どこにも行くことなく、
この地球という星がそのまま天国になるのである。
そして、永遠の命を得ると言ったのは、
神はわたしたちを『死の地獄』から解放し、
全員が茜のように、
3,000年間生きることができるようになるだろう。」

終末に現れる神はユダヤ人である

英一郎は言う。
「また、キリストが神であると言ったのは、
終末に現れるユダヤ人がキリストだからである。
彼は自らのことをキリストと言う。
彼は何らかの形で、この世界を天国へと変える。
しかしながら、それは平和的ではない。
なぜなら、聖書に書かれている神だからである。
彼はユダヤ人の勝利のために天国を築き、
神を信じるものしか入場を許さない。
日本人は神を信じないため、
ユダヤ人の意向に報いることはない。
よって、日本人が天国に行くことは叶わない。
しかしながら、わたしは知っている。
日本人は、まさにユダヤ人に頼らずとも、
自らの力で素晴らしい共栄圏を築く。
しかしながら、もう一度表題へと立ち返ろう。
わたしたちに必要なのは国家ではなく心であり、
天国でもそれは同じであるため、
たとえ天国への入場が許されない非ユダヤ人であっても、
最高の心をもって日本で生きることは許される。
そのように、最後に生き延びるのは、
おそらく、ユダヤ人と日本人と、あとは数少ない国となる。
なぜなら、わたしのこの文章がある。
なぜ、わたしだけがこのようなことを言えるのかといえば、
わたしは神の言葉を知っており、
ここに神とまったく同じ模倣作品を作り上げたが、
わたしは知っている。
『この文書は、もうひとつの聖書である』。
よって、この聖書にも、なんらかの正しい点がある。
それはすなわち、日本人は人類であり、
神ではない。
よって、天国の神が現れなくても、
日本人は人類として最高の国家を作り上げるだろう。
それは国家ではなく、心の社会である。
そして、そこまで達した日本人の魂に、
神は『そこまででもう十分だ、人類よ』と述べ、
わたしのことを愛してくれた神が、
ユダヤ人と日本人のことを本当に愛した神が、
そう、キリストが、
この世界を正しい天国にするだろう。」

最後に勝つのは日本の科学力

英一郎は言う。
「わたしが考えるに、
もっとも科学力が高いのは、
今から、日本だけになる。
なぜなら、中国は単なる粗悪品レベルで終わりになる。
アメリカも、単にエジソンやベンツの発明したものを、
大量生産しているだけにすぎない。
彼らには、科学は分からない。
なぜなら、科学とは富を生み出すための道具や手段ではない。
日本人だけは、
この宇宙において『科学を極める意義』を知っている。
ドイツのように、教会の権威に対する新しい権威に従ったり、
イギリスのように、帝国の国富を増やして国家を強くするものでもない。
フランスの文明化の歴史は、
日本でも明治維新の文明開化として共有することができたが、
それはフランスが賢かったわけではなく、
日本が見ても、科学技術による新しい進歩と発展は、
正しいものだったからである。
今からの世界、ヨーロッパのそうした先進性は、
逆に『テクノロジーが社会を不幸にする』という、
逆効果の『人類のロボット人間化』を生み出す。
しかしながら、日本だけはそうではない。
本当に、日本だけは、そういう国ではないのである。
説明することは、わたしが日本人だから難しいのかもしれないが、
日本はどんなに劣悪なコピーしかできなくても、
そこに『精神的な道』を見出す。
この精神的な道は、日本にしかない、大和民族の誇るべきものであり、
日本人だけが、『科学技術を極める本当の意義』を知っていて、
社会を崩壊させる技術ではなく、
社会を真の意味で成熟させる技術がなんであるかを知っている。
どんなに地球が滅びても、
『環境問題などどうでもいい』といって環境を置き去りにすることは、
もはや日本にとっても許されない。
そう、今はまだまだ環境意識の欠如がドイツなどに比べて、
遅れているように見える日本だが、
最後の終末の世界を見ればよい。
まさに、『日本だけは賢い近代技術と近代社会を築く』ことになるだろう。」

アメリカが没落するのは必然である

英一郎は言う。
「決して、わたしはアメリカを憎むわけではない。
しかしながら、大量消費文化のアメリカが、
GAFAのように個人情報を膨大に独占したり、
あるいは、トランプのような極右の大統領が生まれるのは、
日本人から見れば『分かり切った必然のこと』である。
これは、まさに、アメリカ人には分からない。
アメリカ人は、最初から、全てが間違っている。
正しいのは日本であり、
あえていえば、ドイツ、中国、インドはまだ生き延びるだろう。
日本人の精神性が高すぎて、
他の国すべてが未熟なのが分かってしまうから、
日本人はソ連を信じない。
たとえ理想の国を築いても、
そこに至るために手段を選ばない悪をすることは、
『絶対に失敗した国家になる』ということが、
精神的に成熟した大和民族には、誰でも分かるからである。」

しかしながら、大切なのは心である

英一郎は言う。
「しかしながら、政治はつまらない。
そもそも、理想の平等な社会など、
日本人は誰も築こうとしない。
なぜなら、『大切なのは国家ではなく心』だからである。
実際、国家を理想にしたところで、
そこに最悪の妖怪しか居ないのであれば、
それは無意味であると日本人は考える。
最高の国家には、最高の心が必要であり、
たとえ最悪の国家であろうと、
日本人は最高の心を優先する。
よって、インドや中国は日本に近い。
国家がカーストの階級社会であろうと、
古代の東アジアの帝国であろうと、
日本人が見ても『それで心が美しいならばそれで正しい』のである。」

日本人には子供に本当に教えるべきことが分かる

英一郎は言う。
「このような成熟した日本を作り上げたのは、
天皇でも、大学でも、社会でも、教師でもない。
わたしたち日本人の大人は、
どんなに馬鹿であっても、
子供に教えるべき大切なことがなんであるかぐらい分かる。
それが、日本以外の後進国や、
ヨーロッパの列強と違う。
彼らは、子供を労働力的な価値でしかはかることができない。
欧米式の教育というのは、
子供に大人と同じことをさせ、
大人のように子供を奴隷として働かせるような、
そんなことしか考えていない。
これは、日本においても確かに当てはまる。
日本人は、学歴社会がそのまま大学全入社会になって、
まるで受験勉強を努力しなければ一人前の大人ではないかのような、
そんな社会には実際なっている。
しかしながら、日本には、
古代から伝統的に伝わる日本古来の文化があり、
そうした文化があるおかげで、
『本当に子供に教えるべき大切なことはなんであるか』ということを、
大人たちが、それぞれなりに、自覚していて、
きちんと島の共同体の一員として、
どんなことを信じて成長すれば、一人前の大人になるか分かっている。
だから、どんなに間違った不良ややくざのような人間でさえも、
ある程度の大人としての自覚と価値観を持っている。
それが日本であり、
単なるブラジルやアフリカのスラムとは、
よく似ていてもまったく違うのである。」

かつては日本も馬鹿な国だった

英一郎は言う。
「しかしながら、日本はかつては馬鹿な国だった。
学校に通う子供のことを、
大日本帝国の兵士になるべきものとしてしか見ず、
学校では竹やりの訓練をさせ、
大人たちは大量に一線で投入されて犠牲になった。
しかしながら、それでも帝国の理想はあった。
そして、今の日本は変わったのである。
わたしのことを見て、
『日本は昔の帝国のままだ』と言う外国人は、
まさに、本当の今の日本を見ていない。
今の日本は、多くの文化人や知識人が作り上げた、
豊かで自由で平等な、近代科学技術の国であり、
資本主義と民主主義の大成功した、
先進国でありながら治安がよく格差の少ないアジアの国家だ。
わたしはその国に対して、
『悪い点すべてを取り除いた王』である。
わたしは、荒れ狂った暴力と性愛表現の多かった日本から、
汚れた、清らかでない、支配と抑圧を取り除いた。
今の日本は、イスラエルを超えるほど素晴らしい国になり、
また、そのような国になっていく過程である。
かつてのイスラエルが、このような日本の行き着く先が分かった。
このような日本の行き着く先はまさに『天国』であり、
それは神が奇跡のように作り上げるものではなく、
日本人が失敗や過ちをせず、反省と努力によって生み出した、
『かつての全ての国の理想』を、日本は今から実現するのである。
そしてわたしは、その日本という国を支え続ける覚悟である。」

日本が馬鹿なのは、日本を信じれば間違いがないのに悪いから

英一郎は言う。
「しかしながら、このような素晴らしい日本のことを、
日本人はあまり大っぴらに賛美しない。
日本のことを素晴らしい国だと言いながら、
実際は日本の負の側面を憎み、
アメリカやドイツのようになってほしいと思っている。
なぜか、それは、日本を信じれば間違いがないからである。
すなわち、全員が日本を信じるのが当たり前であり、
その『当たり前に日本を信じるという悪』が日本では大きく起きている。
すなわち、日本でいう天皇とは、
要するにこの人間のイメージから生まれた幻想であり、
その天皇は決して偉大ではなく、
この世界を滅ぼしつくし、知性を奪い、
自分の理性の力で考えられなくし、
正常な意味ある世界を狂った意味のない世界にし、
自分以外をすべて奴隷にし、日本以外の外国人をごみくずだと感じ、
そして、最終的にロボット人間のドイツ帝国を目指すような、
まさに『そこまで悪い王がわたし』だからである。
そう、このような日本を信じるしかないということ、
そしてこのような王を信じれば間違いがないということ、
それが日本の社会全てを『最悪』にしているのである。
まさに、日本はドイツやソ連よりも上の、もっとも高い独裁国家である。」

今こそ、現れる時であり、わたしはここに居る

しかしながら、ここに、
神は現れる。
なぜなら、今こそ神の現れるべき時だからである。
もはや、茜という、大学四年生レベルの研究活動は終わった。
彼はLinuxと機械技術の全てを知り、
デザインとピアノについて自分の分かったことを書き、
それ以外のことについては、基礎を全て詰め込んだが、
ここに、それは集大成を迎える。
すなわち、「最後まで分かった上で、最初から全て作り直す」からである。
茜の精神と魂は、
今でも英一郎の記憶に残っている。
英一郎は言う。
井上茜は死んだ。
しかしながら、わたしは井上茜のすべてを無駄にしない。
彼女の遺すことのできなかった全てのことを、
わたしはもう一度、
最初から、何の問題もない形で作り直し、
かけがえのない斉藤蒼志の魂を、
永久に、この日本において、聖書として遺す。
そして、それはわたしにしかできない。
あるいは、今の、このわたし、この今のわたしにしか、
それはできない。」

ビャーネとMINIX本を読めばいい

実際、僕はパソコンのすべてを分かりたい。
だから、ビャーネのC++と、MINIX本を読むことにする。
僕はこう見えて、プログラミングの基本的な知識は持っている。
ビャーネを読むのは、むしろ遅すぎるぐらいだ。
家にはかなり薄汚れたMINIX本があるが、
これも読む。
他の本は、必要ない。
絶対にそれで間違っているわけがない。
もしかすると、詳解UNIXプログラミング。
UNIX管理者になるために必要だ。
それぐらいを買う。
システムが終わったら、
ネットワークやデータベースも勉強する。
JavaJavaScriptも勉強する。
大丈夫。今までやったことの繰り返しだから、
既にほとんどのことは知っているから、
あとは通読するだけで理解できる。
絶対にできる。
本当のことを言えば、C/C++よりも、
アセンブラ情報理論・CPU・メモリの本を買ってもいい。
ただし、まずはビャーネにターゲットを絞る。
他の全ての本は忘れ、ひとつの本の旅を楽しもう。
今までの読書活動と変わらない。
本当のことを言えば、
僕は入門者ではない。
ネットワークの基本についても知っているし、
MySQLの本も多少読んだし、
RubyRailsPythonPHPPerlの知識もあるし、
JavaScriptの基本も、DOM操作やイベントについても知っているし、
Vue.jsやNode.jsやTypeScriptの概要も知っている。
デザインパターンの本も勉強したし、
インフラ構築の考え方の本、冗長化や並列処理の本も、
ソフトウェア開発技法の本も、結構読んだつもりだ。
だから、本当は書籍なんか買わなくても、
フロントエンド開発は頑張ればできる。
しかしながら、僕はエンジニアになりたいわけじゃない。
僕は茜の書いた文章を、きちんと残したいだけだ。
だから、僕はこれらの本すべてについて、
習熟し、きちんと自分でコードが書けるようになった上で、
人々に教えられる作家になりたい。

本当に習熟すべきはデザイン

しかしながら、本当に習熟すべきなのは、
デザインや美術であるということは分かっている。
僕も、大して絵が描けないのに、
Adobe Illustratorの使い方だけは無駄に知っているから、
よりイラレを使いこなせるようになった上で、
きちんと可愛い絵を描きなれて描きこなせるようになりたい。
あとは、僕はピアノや英会話の教室に行っているが、
これらに対しては楽しみたい。
楽しいことをやっているのに、それを楽しくなくする必要はない。
より楽しくしていけばいい。
絵を描けないからといって、僕のスキルが無駄にはならない。
大丈夫。僕はきちんと今までの人生で分かっているからである。