わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

教育

大学の教育のあり方(リベラルアーツ

日本の大学では、専門や専攻を決めて勉強するやり方を取ることが多いが、少しずつ「リベラルアーツ」という考え方がアメリカなどの大学の影響で広まり始めている。

リベラルアーツとは、「知によって自由になる」という意味で、要するに総合的な教養学部だと思えば良い。高校のように、さまざまな分野の専門科目を横断的に学ぶ。

本当は日本の大学でも、1・2年生の授業は教養学部としてたくさんの分野を総合的に学ぶ学生はたくさん居る。3・4年生になった段階で、専門的な分野を学習する学生が多い。

そうした教養学部のことを海外ではリベラルアーツと呼ぶ。日本の大学でも、これまでの「専門バカ」のような教育だけではなく、リベラルアーツによって、「専門や職種が変わったり、プログラマのように時代とともに変わっていく中における、変わらない普遍的な教養」を教えることを目指している。たとえば、MITでは一見エンジニアとは関係ないような音楽やピアノの授業を受けさせたりする。その方が、長期的に見てIT企業の職種に役に立つという考え方である。日本の大学では、こうした考え方はまだまだ少ない。

本当のリベラルアーツ

近年、大学教育ではリベラルアーツということがよく言われる。これは、知識や知性を「経験的な力」であるとし、知ることや知識を与えることで、「リベラルな知識・教養・芸術」として「自由」になる、という、まさに「知は力だ」とする考え方である。イギリス経験論の哲学者ベーコンは「知は力だ」と言ったが、それと重なる考え方である。リベラルアーツでは、高校や大学の教養学部のように、広くさまざまな領域の基礎的な知識を本活的に学ぶ。

だが、僕は、こうしたリベラルアーツに対して、「準備段階」が必要だと思う。

それは、たとえば、知らない方が幸せであるということは確かにあって、この世界における知識の領域というのは多いように見えて少なく、知れば知るほど、知るまでの純粋な考え方や知性を失ってしまうからである。

そして、子供たちの準備段階として必要なのは、多くの場合「新しい世界を知ること」であり、「友人たちと絆を培うこと」でもあるが、僕はそれに加えて、「オープン」が大切だと思う。人々を自由に受け入れ、感受性で受容し、参加を許し、自由な行動や活動を許すことで、人々は「社会においてどんなことができるのか」ということを、「実地的に知る」ことができる。

また、楽しい活動をすれば良い、というだけではなく、「思考や思索から成長して、自分の力の範囲を拡大していくこと」から生まれる、「思考と力」という発想が必要だと思う。そして、これを突き詰めることで、ヘーゲル精神現象学の中で論じたような、「人の正常な発達過程」というものが分かる。

僕の言いたいことは、そうした「自分の経験から来るリベラルアーツが大切」だということ。これを身に着けるためには、社会の変化の実際と機会やチャンスでどのように社会を変えられるのか、という、新しい「自分だけの自由な社会変革論」という発想が必要ではないかと思う。子供は、「それがそうなって、そうなればどうなるか」という「作用の連鎖」を考える人間が多いが、これをもっと実地的に原理を解明し、応用していくことで、子供は自然にこの世界の環境の可能性を知る。そこでは、何がどうなるかから、応用的にどのようにすればどのようにできるのかが分かり、真理のモデルが次から次へと分かっていき、自分の力は自分の環境から世界全体へと拡大していく。サルトルの言うように、自由は保留され、客体化され、集団化していく。これこそ、本当の「知の力」であり、本当のリベラルアーツである。

そう、必要なのは、「社会に出たら何ができるのか」ということを教えること。そのためには、ありのままのこの世界をオープンに見せて、その上で考えるための材料となるさまざまな素材を与えれば良い。そして、その上でリベラルな知識を与えることで、人間は全てを自分の居場所から知ることができる。あるいは、本当は辛い戦いのようなことをさせても良い。それで、分かることもたくさんある。だが、それは学校というよりも、もっと別の、政府や宗教のやるべきことである。大学ではできないそうした「勇敢な戦い」をすると、人間は未知なる多くのことが分かるようになる。

人はそんなに簡単に分かりあえるものではない。自分の分かったことを全て書き出しても、相手には50%も伝わらない。だから、最終的には、自分で生きた結果を自分で反省し、自分だけが考え続けるしかない。大人にはそういう人間が多い。だから、大人は、学校を失っても、一度再起不能になっても、何度でも立ち上がれる。別れの哀しみを知っているから、自分のチャンスとリスクを信じられる。そうした大人こそ、育てるべき人材である。

インターネット時代の新しい教育

僕は、今の時代、必ずしも学校は必要なくなってきているのではないかと思います。その理由は、「インターネットがあるから」です。

わざわざ学校で20年もかけて強制的に学ばなくても、インターネットを使うことで、自由に自分の知りたいことだけ、知ることができるのです。

確かに、知的格差の問題はあるかもしれません。インターネットを見る子供と見ない子供で、教育格差が生まれるでしょう。

ですが、今の学校というのは、試験勉強とテスト、そして受験教育で、子供も教育者も疲弊しています。インターネットを上手く取り入れることで、彼らを自由にできないでしょうか。

ゆとり世代」という言葉が言われて久しいですが、ゆとり教育のそもそもの目的は、「自由に思索する時間」を子供たちが得られるようにすることであり、これは自由なインターネットと親和性が高いと思います。

IT教育庁による日本ペディアを

僕は、文部科学省の直轄で「IT教育庁」を作って、インターネット上に「日本ペディア」を作ってはどうかと思います。

Wikipediaと同種のサービスですが、IT教育庁の管理の下に、パブリックドメインで、大学の知識を「子供たちにも分かりやすいように」段階的に掲載します。これが、小中学校の代わりを務めます。

また、日本ペディアはパブリックドメインでコンテンツを公開します。これにより、日本のインターネットユーザーは、自分のホームページやブログに日本ペディアの情報を転載することができます。

ゆとり教育は間違っていたが、目指すべき方向は合っていた

僕は、ゆとり教育という日本の過去の教育政策は間違っていたと思います。特に、「円周率の3.14を3にしろ」はありえないだけです。

ですが、僕は大人がゆとり教育を批判するのは、その裏に右傾化と軍靴の足音が聞こえるような気がしてなりません。

確かに、行き過ぎた平等は間違っています。たとえば、「運動会の徒競走、みんなで並んでゴールイン」などは最たる左翼の間違いです。

ですが、学校教育の知識偏重が間違っている、ということは僕は正しいと思うのです。

そして、どんなに辛くても、覚えて、勉強して、正しい答えを考えなさい、という「工場的な教育」は、完全に軍国教育へと繋がっていく、間違いだと思います。

ただし、僕は辛く苦しい教育全てを否定するわけではありません。子供に辛い体験を乗り越えられるような教育を行うことは、子供の成長に繋がります。

ですが、僕は「子供の自由」を尊重したいのです。自分の意志で、学び、知り、研究し、自分の力で考え、そして自然に「出立」して、自分の力でこの世界を支配できる王のような、そういう人間を排出しなければいけません。

ただし、今の教育のレベルは、以前よりはるかに低くなっています。以前では、大学では入った段階でドイツ語やフランス語を理解できるのは当たり前で、大学に入ればすぐにドイツ語の講義を聞いていました。そんなに昔の話ではなく、戦前の普通の大学がそうでした。ドイツ語が分からない人間は、自分の力で、講義とは別に自分で学びました。昔の戦前の大学を出た人間は、そうした高い教育を受けていたのです。今の大学では、大学に入ってすら、「can」「will」などの基本の単語を学んでいるのです。そうでなければ、大学の教育ができなくなっているのです。

よって、ゆとり教育は間違っています。ですが、自分なりに自分の力で学ぶ、という「教育の自由」を、僕は失ってほしくありません。戦中の軍国教育では、学校は学ぶ場所ではなく、竹やりを持って戦う練習をする場所になっていました。大学では兵器を作っていました。そんな世界では、自由に学ぶことはできません。

教師の仕事は大変

僕は、親が教師だったこともあって、教師の仕事がハードワークであったことを良く知っています。

プリント作成やテストの採点のような仕事は、学校でやることが多すぎで、学校に居る時間帯にはできません。家に持ち帰って残業をする、いわゆる「持ち帰り残業」を僕は家で良く目にしてきました。

教育というのは大変で、不登校の児童や障害者の児童も見なければいけませんし、子供がきちんと学習できないならできるように考えて指導しなければなりません。

その結果、いじめのような問題は見過ごされたりし、総合や英語やプログラミングのような特殊な授業には力を入れられない結果になるのです。

僕は、一度、日本の教育制度というのを改める必要があると思います。何を本当に教えるべきなのか、教師はどんなことをすべきなのか、本当に考えなければいけない時期になっているのではないかと思います。

幼い頃は、教師の親の仕事をよく手伝っていた

僕が子供の頃を思い出すと、教師の母親の仕事をよく手伝っていました。

たとえば、教室に張る画材や教材を、はさみやのりで一緒に作ったり、運動会で踊る踊りの振り付けを一緒に覚えたりしていました。

母親は小学一年生を担当することが多く、小学校に入る前から小学校の仕事を手伝っていたので、小学校に入る前から小学校で習うことを知っていました。

また、当時はWindowsが登場したぐらいの年で、母親よりも自分の方がワードやエクセルの使い方を知っていたので、一緒に子供に配るプリントや通信のようなものを作ったり、使い方を教えてあげたりしていました。

また、母親はとても多くの仕事をこなしていたので、日常のように家で採点や丸つけの仕事をやっていて、僕も、成績の確認のようなことを手伝っていました。

あとは、僕は子供の頃からピアノや書道や英会話などの習い事をしていました。そのため、同級生の中でも物分りが良かったです。

スポーツも嫌いではなく、友達とは休憩時間によくバスケットボールやサッカーをしていました。体力があり、走ることが好きだったため、持久走を好み、駅伝の大会にも出ました。

あとは、姉がゲームが好きだったこともあり、僕はテレビゲームやミニ四駆をよくやっていました。特にミニ四駆は大好きで、ピアノの先生が家庭教師で家に来る日も、ほとんどミニ四駆づくりばかりをやっていて、先生から「本当に好きなんだね」などと言われました。

テレビゲームは、自分がひとりで遊ぶのではなく、姉や友達と一緒にプレイするのが好きでした。自分の家にたくさんの友達を招いて「ホスト」することが大好きでした。ただ、同時に、自分の力で攻略できるゲームが好きで、ほとんどのゲームをクリアしていました。

ですが、中学校以降、ネットゲームにのめりこんだり、あるいは試験勉強と剣道部の両立がとても辛くなったり、友人関係がこじれたりして、中学校は不登校になり、せっかく入った高校にもなじめずに行かなくなりました。その代り、インターネットでLinuxやプログラミングのことを独学でやっていました。そのため、このホームページに書いた内容を普通に知っていました。このホームページは、プログラマの姉から教えてもらった情報はほとんどありません。全て、自分の知っている知識と経験です。

ひきこもりになったり、長い間おかしな文章を書き続けたこともあり、父親と母親にはたくさんの迷惑をかけましたが、僕は親のことが大好きです。ひきこもりになった僕のことを信じて見守ってくれた両親には感謝しています。さまざまなことがあり、親の方も色んなことを抱えていますが、僕に迷惑をかけるようなことがあっても僕は彼らのことを支えていきたいと思います。

あとは、昔は漫画を読むことが好きだった。特に、ジャンプを読んでいる人が多い中で、僕だけはガンガンを読んでいた。他には、適当に友達と一緒に遊ぶのが好きだった。川のような場所や山や林のような場所を見つけては、秘密基地を作っていた。アクティブでありながらオタク、それが僕の子供時代だった。

いじめ

学校という環境は特殊な環境で、特に公立の中学校などでは、際立って悲惨な環境が多いです。

僕が経験したことから言えば、悪いクラスは本当に悪く、教師よりも子供の方が多いことを良いことに、教師の話を無視し、自分たちだけで遊び、教えられたことを聞かずに反抗します。

いじめもなくなりません。

本当のことを言うと、僕はいじめられたというより、スクールカーストで階層が下になったと言った方が正しいでしょう。友達は居たし、からかわれることが多かったのは、悪いクラスの中でひとり真面目に代議員をやっていたことや、試験で良い点を取っていたこと、ほかには、引っ込み思案で自己主張ができなかったなどの原因が僕の側にあっただけで、いじめではなかったと今の僕は思います。

ですが、僕が見ている範囲でおいて、いじめはたくさんありました。僕が加担したかのようになったこともあります。当時は時代が荒んでいて、友達同士でいじめのようなことをすることもあり、僕は今でも、当時の友人に対して申し訳ないと思っています。

いじめがなぜなくならないか、というよりも、いじめの実態を知るべきだと思います。子供たちは、ふざけているだけです。その子供たちをきちんと統率・指導することのできない、教師にも問題があると思います。国は教師にたくさんのやるべきことを押し付けるため、教師にもできることには限界があります。大人は自分の子供時代を顧みて、いじめに対して肯定的になる人間もいます。今、学校にはいじめとスクールカーストしかありません。子供たちは、そんな方法でしか、他の子供たちとコミュニケーションをとることができなくなってきています。社会そのものが未熟になってきているのです。

僕のような引っ込み思案のいじめられっ子は、2ちゃんねるに活路を見出す子供が多いですが、これを何とかしなければいけません。そのまま引き篭もりや不登校の問題につながり、自分の将来の人生を台無しにしてしまうからです。

不登校の少年は、必要な経験をすれば自ら学校に戻る

僕の経験からするに、不登校や引き篭もりを経験した子供は、自ら人間の人生に必要な経験をして、それが終われば自然に学校のようなコミュニティに、自ら戻っていくと考える。

虚無や喪失を経験した人間を強制的に戻そうとしても、子供はもっと自分の殻に閉じこもって、上手くいかなくなる。

不登校の少年に必要なのは、学校では経験できない「人間としての魂の体験」である。その魂の体験が最後まで終われば、不登校の少年は、自ら現実社会へと戻っていく。本当に現実社会に二度と戻りたくない人間など、いないからである。

いじめは子供のおふざけ

いじめを無くすのは難しいですが、良く考えると、対策することができます。それは、いじめとは、「一番悪いことをしたいという、教師や友人に対するおふざけ」にすぎないからです。

いじめは、時代を負うとともに陰湿になり、凶悪化しています。「自殺の練習をさせる」とか、そこまで悪いものになってきています。

このいじめがなぜ起きるのか。それは、教師の教える学校の科目が分からず、自分の自由に生きることのできない学校に対して、反抗したい、つまり「ふざけたい」からです。

そういうわけで、いじめを無くすためには、僕は3つの対策があると思います。

1.子供を真面目に勉強させること。

2.子供に対して、勉強する科目の「学ぶ意味」をきちんと説明し、きちんと分かった上で科目を学べるようにすること。

3.子供に対して、学校のがんじがらめのカリキュラムに当てはめるのではなく、自由な時間を与えること。

最後の、「自由を与える」というのは、いじめに対して逆効果ではないかと言われるかもしれません。ですが、これは効果的です。子供たちは、「学校に束縛されたくない」から、教師に反抗しているからです。自由を与えれば、自分の好きなことをやるようになって、反抗心そのものを取り除くことができます。

自由の良い点と言うのは確かにある。それは、「自分の経験から分かる」ということ。自分で経験し、自分だけで分かったことを自分なりに分かることができる。これは、子供の教育上、とても良いことで、学校のカリキュラムにも、「自分の体験から分かる」ということを取り入れてほしい。そもそも、ゆとり教育とは、こうしたことを目指している。だが、役所が勘違いをしたせいで、「学校の授業内容を減らし、思考の機会も減らす」といったようになった。本当は、ただ何もしない時間を与えて遊ばせればいい、というものではない。自分なりの体験ができるように、「コミュニティ形成の場」を作らなければいけないのである。

僕の中学校には、安心と自分らしさと楽しさがなかった

実際のところ、僕が僕の中学校が嫌いだったのは、安心と自分らしさと楽しさがなかったからである。

まず、僕の中学校には、「安心してその場にいられる」ということがなかった。たとえば、ネットには綾波レイの画像があふれているが、僕はレイプとまではいかないながらも、誇張すればあんな感じ、「自分が安心して生きられる場所」というのが無かった。

本当のことを言えば、いじめられていたわけでも、友人がまったくいなかったわけでもない。ただ、小学校ではみんなが平等に愛されていたのに、中学校では僕は疎外されていた。「自分が自分らしく安心して生きられる場所」というのが無かった。

自分らしさを失ったというのはもうひとつあって、僕は小学校のような自分らしく生きられる自分の個性を失った。引っ込み思案になって、人々と一緒に絡んだり、つるんだり、といったことができなくなった。

また、楽しさが無かった。小学校には、一緒にバスケットボールやテレビゲームをする楽しさがあった。中学校は、勉強と修練ばかりで、何一つ面白くなかった。

中学校の全てが間違っていたわけでもない。僕は、クラスで一番、もしかすると学校で一番ぐらい、勉強ができていた。試験はほとんど80~90点で、オールA。美術でも音楽でもAをとっていた。だが、それは並外れた努力の証だった。今までクラス一の優等生としてしっかりノートを取って勉強した内容を、何度も反復して、赤シートと緑ペンを使って覚えまくった。シートを外さなくても自分の中で暗記できることを目指して、忘れたところは入念に、何度も教科書をノートに書き写す。まるで受験勉強のような内容を、中学生で既にやっていた。完璧に覚えていたため、試験にどの単語がもし出たとしても、必ずそれを言い当てられるように、丸暗記した。

そんな僕が、中学校3年になって思ったのは、「何の意味も無い」ということ。学校、という場所に、何の意味も無かった。僕は、学校に行きたくなくなった。剣道部で初段の昇段試験に落ちたぐらいから、僕は学校という場所が大嫌いになって、家で引き篭もるようになる。絶望の中で昼夜逆転の風呂に入らないパソコンだけの生活をした。だが、そんな僕でも、愛することのできたものがあった。それが、Linuxである。そう、僕はLinuxの勉強だけを、家で、インターネットの全てを知るような気持ちで行った。

実際のところ、僕はむしろまともだった。家族とも友人とも別れたが、それでも僕は青春を謳歌する人生を、ひとり自分の部屋の中でやったのである。インターネットのさまざまな人の声を聞きながら、どんなに劣悪な環境でも、僕はLinuxのことは、どんなに情報がなくても、石にかじりついてもやる覚悟だったのである。

ただ、本当のことを言えば、何もしないだけの日々が続いていき、Wikiを見ても何一つ分からない中で、Delphiの無料版でOpen Janeをコンパイルして、Gentoo Linuxのハンドブックと戦って、あとは、ネットのさまざまなことを知って、議論して、検索して、そんなことしかしていない。何も作れなかったが、そうした日々が良かった。僕は誰とも違う、子供なのに最高の理性を持った大人になった。自分の心と過去の記憶から、この世界の全てを「まるで博物館のように」創った。そう、それらは無駄では無く、必要だった。そうした日々がなければ、今の僕は無いだろう。本当のダイアモンドは、最後に救った僕の「夏の愛」を、危険な香りとともに「まるで幻想のように蘇らせる」という、この黒魔術の文章を生んだ。本当は、ただ、この世界の全員を愛したかった。そう、僕はタリバンのドイツをやった。この世界を独りで支配して、全てを終わりにした。

後日注記:これでは校内レイプをされたかのように読めてしまいますが、僕はレイプをされたことはありません。男にも女にも、強姦や強制的なセックスをさせられたことはありません。ただし、何人かにセックスの話を聞いて勃起した男性器を触られたりするなどのことはありました。また、いつも自分の居場所がなくて、クラスメイトからは常にいじられ、嘲笑されていました。単に、スクールカーストにおいて低い状況にあり、小学生からの友人にもそっけない態度を取られていました。常に、自分の挙動に執拗に反応され、自分がそうされたくないのに面白がられる、という程度のいじめでした。肉体的なことも、精神的な執拗ないやがらせもされたことはなく、教育委員会が判断するには「いじめではない」ことになるでしょう。親友も何人か居ましたし、ネットゲームをともにする仲間も、剣道部の仲間も居て、剣道部の先輩には良くしてもらいましたし、秀才だったためテスト勉強も出来ていました。それでも、僕は剣道部の昇段試験に落ちたことなどをきっかけに剣道部に行かなくなり、Linuxなどに触れるうちに学校そのものが嫌いになって不登校になりました。テスト勉強を維持するのは苦痛であり、もっと自由にパソコンやIT技術のことをする時間が欲しくて、ネットゲームをやめたぐらいから、僕は家に引き篭もるようになりました。その代り、パソコン技術のことに詳しくなり、自分ひとりの力で自立的に行動する習慣がつきました。

後日注記:実際のところ、問題は学校の環境と、自分の風貌にありました。まず、クラスそのものが荒れ放題のクラスで、教師の言うことを全く聞かず、厳しい先生の時だけ静かな態度で授業を受け、弱い先生では全く真面目に先生の話を聞かず、たとえば先生の間で尊敬されていた賢い音楽の先生を泣かしたりする場面もありました。僕はそうした中、代議員として「姿勢、礼」のようにクラスを指導し、また積極的に手を挙げて答えを言うなど真面目に勉強していたため、からかわれやすかったのです。実際のところ、からかわれていると思っているのは自分の方で、みんなの間ではたまに「かっこいい」と言われていました。また、僕の風貌にも問題がありました。僕は男なのに引っ込み思案で友達の居ない女子のような「前髪ぱっつん」の髪型をしていて、長髪でぼさぼさでおとなしい醜い子供のような髪型をしていたため、その風貌は良く言えばバンプの藤くん、悪く言えばふかわりょうのようでした。そういうわけで、彼らの行為は行き過ぎたところはあったかもしれませんが、いじめではありませんでした。それでも、思春期の僕には耐えがたいハラスメントだったのだと思います。僕も、引っ込み思案の自分を変えたくて、小学生時代のように自分らしく積極的にふるまって、対等な友達になりたいと思っていましたが、当時の僕にそれはできませんでした。いつも「小学生時代に戻りたい」とか、「小学生時代のあの子はどうしているんだろう」といった会話を、登下校を一緒にする友達と日常的に話していました。なぜなら、この中学校は公立の中学校ですが、環境が悪かったためか、小学生時代の多くの友達は、私立の中学校など別の中学校を選んでいて、中学校の最初のクラスには、小学生時代の友達はほとんど居ませんでした。そして、僕は必ずしもいじめられる側に立っていただけではなく、剣道部のサバゲー仲間にそそのかされて、小学生時代は僕の家で一緒にテレビゲームをするなど仲の良かった友達を完全無視するなどのいじめをしていました。また、下駄箱にある靴を隠したり、時には自分も靴を隠されたりするなど、「いじめられたりいじめたりすることが当たり前」でした。そして、僕はそうしたクラスメイトや剣道部の全てが嫌いになって、「自分で独自に勉強したい」と思うようになりました。僕は親が博物館の学芸員と教師だったこともあり、レベルの低かった周りの友達に「強制的に合わせられる」のが嫌いでした。その結果、僕は中学三年生の始業式の時に、この中学校に行く気力を失い、家にこもって不登校になりました。ですが、僕は単に不登校になっただけではなく、「パソコンやプログラミングのことを勉強するために学校に行かなくなった」という「強い意志と夢」がありました。このことだけは守りたいと思って、僕はインターネットの猫でも分かるプログラミングのようなサイトを見て、独自に勉強し、「フリーソフトを作りたい」とか、「LinuxWebブラウザを作りたい」と思って、インターネットを見ながら勉強をしました。結果、何もできませんでしたが、僕はけっこうパソコンのことには詳しいと思います。姉がプログラマであることもあって、僕の今居る環境というのは中学生の頃よりもはるかに恵まれています。今、幸福であればそれで良いと思います。橋から飛び降りて自殺未遂のようなこともしましたが、結果手術の末足の関節に障害は残ったものの、この足の傷は今までの自分の人生の全てを語り、そして未来の自分の人生に「今幸せである」ということを遺してくれています。大好きだった持久走や駅伝はできなくなりましたが、僕は今でもLinuxとプログラミングの勉強をし続けています。

人間がいじめをするのは心の自由がないから

僕は、人間がいじめをするのは、心の自由がないからだと思います。

社会的な手助けや善悪や愛や平等の問題ではなく、「心の自由」、それも幻想や妄想ではない現実に根差した「自由」がないのです。

自由がないから、他者を攻撃する。他者を攻撃するから、いじめが増える。それでさらに自由がなくなっていく。

必要なのは「精神的な自由」です。それがあれば、いじめは必ず無くなります。

自分の問題を見なくても良くなった時、はじめて人間は他人の問題を考えられます。

精神的な余裕と心の自由を与えることで、僕はいじめだけではなく、全ての抑圧を解決できると思います。

学校しか知らない人間は悪い人間になる

また、特に中学生に多いこととして、「学校しか世界を知らない人間が悪い人間になる」というのがあります。

学校しか、世界や環境を知らない人間だけが、狂って人々をいじめるようになるのです。

必要なのは、思いやりや道徳教育だけではありません。学校以外の、職場でもインターネットでも良いから、別の世界があることを教えることです。不自由で善を強要されると、当たり前に反発して悪をします。自分が学校でいじめられているのが分からない人間が、他の人間をいじめるようになります。「自分の苦しみを他者にも与える」ようになるのです。

そう、学校以外の世界をもっと良い世界にし、その上でそうした世界に子供たちを連れていくことで、いじめ問題は解決するでしょう。