わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

支配は自由度を減らす

支配は社会の自由度を減らす

支配は、とるべき選択肢ではない。
なぜなら、支配は社会の自由度を減らすからである。
それぞれの社会が、決定者によって決定されるとして、
ひとりが多くを支配すると、
決定者がひとりしか居なくなってしまう。
支配せず、それぞれを自由にすれば、
決定者は増え、社会全体の可能性を増やす。
それぞれの社会は、
それぞれの自由意志によって変化する可能性を得る。

支配はひとりの実現力を増やす

しかしながら、支配は必ずしも間違っていない。
支配はひとりの実現力を増やすからである。
ひとりの決定者が居たとして、
その配下に3人いるのか、それとも300人いるのかでは、
できることの規模は大きく違ってくる。
たくさんの人間を配下に従える決定者は、
多くの実現力を持つ。

支配者が全てに目を向けることはできない

しかしながら、支配者が全世界全てに目を向けることはできない。
支配者はひとりしか居ないため、
ひとりのできることには限りがある。
このために、支配者は幹部、すなわち「協力者」が必要となる。
支配者がひとりではできないことも、
協力者がいれば実現可能となる。

どのような社会をどのようにすれば築けるかという知恵と経験

必要なのは、
どのような社会をどのようにすれば築けるか、という、
知恵と経験である。
この知恵と経験から分かるのは、
「それぞれが自らの価値観を共有する」という、
アイデンティティ的な民族の文化価値観である。
また、世界において
「どのようにすればその世界を変えられるか」という経験は、
まさに「その社会を救う方法」を示す。
さまざまなことを経験した人間は、
この世界を救うことのできる潜在的能力を持っている。

世界に関わることができるという選択肢

世界に関わることができるという選択肢は、
国民に、反抗や攻撃だけではなく、
積極的な貢献へと結びつける力がある。
たとえば、支配者をみんなで選ぶことができるなら、
人々はより良い支配者を選ぼうとする。
もし、支配者を選ぶことができないとしたら、
彼らはより暴力的な手段で支配者を変えようとする。

自由な人生を生きていれば、必ず同じ未来へと収束する

自由な人生とは、
「たくさんのことが自由にできる人生」だが、
これは必ず同じ未来へと収束する。
すなわち、経験は反省を生み出し、
可能性とスキルアップは、この世界を変えることができるようになる。
愛は子供たちの自由と、
反抗と抑圧のない安心できる環境を望む。
それらすべてが「自由」へと向かっていく先に、
この世界の、
「自由な上でも成り立つかのような、
成熟な経験に基づく未来」が見えてくる。
これこそ、「視野の広がり」と「捉え方の変化」の先にある、
「この世界すべてがありのまま自由に許されている」という理想郷である。

理想の実現、それは全ての情報の全貌を見られること

理想の実現とは何か。
それは全ての情報の全貌を見られることであり、
その全ての情報が全員によって常に更新されるという、
「夢の魔法のお鍋」である。
しかしながら、これは失敗に終わる。
「自らの理想としていた夢や希望を形成する中に、
ほかの人間は同じ理想を見出さない」からである。
最終的に残るのは「エゴ」であり、
彼はロマンチストのエゴイストにはなりえても、
決して社会の創造主にはなれない。

戦いを仕掛け、全ての世界原理を記しても、そこには何の価値もない

そして、この世界に戦いを仕掛け、
全ての世界原理を記しても、
そこには何の価値もない。
なぜなら、ヘーゲルが言うように、
彼には正しい戦いの理想がないからである。
彼は理想を掲げているように見えて、
実際は世界を滅びの危険にさらしており、
戦いの相手の方に善があるため、
彼はどんなに戦いを続けても勝つことはできない。
しかしながら、戦いは簡単には終われない。
彼は勝利のシナリオしか書いていなかったため、
敗北して終わるということそのものができないからである。
敗北は想定外であり、
勝利を得ることのできない彼は、
永久の迷宮から出口を探し当てることはできず、
永遠に彷徨い続ける。

神を信じることで彼は変わる

しかしながら、彼は神を信じることで変わる。
神の教える「精神世界のすべて」を彼はその通り信じる。
どんなに騙されても、その騙されていることによって、
彼はいつまでも自分を信じて戦いを継続する。
そこにあるのは、かつての軟弱なニートではなく、
最高の力を持った英雄であり、
彼こそが真の世界の救い主となる。