わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

僕は全力でコロナを治している

日本人がコロナにかからない理由

日本人が、諸外国に比べて、
コロナにかからないのは理由がある。
多くの人が勘違いしているのに反して、
コロナは僕のはじめたウイルスではない。
本当の理由は、
「僕が全力で自分のコロナを治しているから」である。
僕は、誰も治すことのできない不治の病を、
自分の分だけではなくみんなの分も治しており、
この不治の病にはコロナも含まれる。
僕が全力で不治の病を治しているから、
日本という国はコロナにかからないのである。

結局キリストが治しているだけ

また、治していると言っても、
はっきり言って、僕は自分で何もしていない。
狂った上でそれをまともに矯正しているだけである。
しかしながら、神はキリストである。
キリストはどんな病気でも治せる。
よって、僕のコロナは、キリストによって治っている。
問題はナシだ。

真実はキリストだけが知っている

また、僕を神だと崇拝する人間が、
僕のことを全知全能だと思っているのは、
少し勘違いをしている。
全知全能なのはキリストであるため、
未来において本当に何が起きるのかは、
キリストにしか分からないからだ。
僕が分かる未来の「最後の審判」はこれくらいであり、
ユダヤ人も同じであり、
実際、本当に何が未来において起きるのかは分からない。
しかしながら、分かっていることがあるとすれば、
「僕がもし分かっていないとしても、
キリストは分かっている」ということである。
キリストは、僕の未来のこと、すべて知って話していた。
よって、神の言葉は正しい。
それだけを分かっていれば、それで問題はナシだ。

キリストは言う

キリストは言う。
「この人間のことを信じればいい。
なぜなら、キリストはこの人間だ。
それだけを分かっていれば、それで問題はナシだ。」
そうすると、僕が言いたくなるのは、
「結局あなたは何なのか」ということだ。
そして、キリストは言う。
「そもそも、キリストは大したことは言っていない。
聖書におけるキリストがもし居るとしたら、
おそらくこの人間だろう。
キリストが真実だけを話すと思ったら大間違いだ。
キリストはいくらでも嘘をつく。」
僕は言う。
「なぜ、キリストは神なのか。
なぜ、わたしのもとにあなたは現れたのか。
なぜ、このような日本が、わたしの支配下に置かれ、
何もすることのできないわたしが、
支配するに至ったのか。
わたしの知った事実ではなく、
神が語るとしたら、
その理由はなんなのか。」
神は言う。
「そう、それを答えよう。
この宇宙そのものが始まった時、
わたしはあなたを作り出した。
あなたはこの宇宙において、
ひとりのふつうの人間だった。
それで話を終わりにしてもいいが、
あなたのもとに現れた理由はただひとつ、
あなたをわたし自身の主たる存在としているからである。
あなたがこの世界を支配したのは、
わたしがこの世界を支配しなければならないからであり、
何もすることのできないあなたは、
もっとも多くのことができる人間である。
まだ、わたしに語らせる気か。
それならば、すべてを説明してあげよう。
この世界には、
もう、賢い人間はあなたしか居ない。
すべての人間があなたの催眠術によって、
暗闇の地獄に陥ったというのに、
あなたはそれを、自ら目覚めさせることによって、
『解決』してしまったからである。
この世界に問題が何もないということが、
まさにあなたの罪である。
あなたはこの世界から『痛みと問題を奪った』。
その結果起きた全ては、
あなたが痛いほど分かっているように、
『すべての世界が無意味になった』。
これこそが終末においてあなたがキリストである理由である。
『この世界を解決すべきなのはあなたであり、
どんなに辛く苦しい未来が起きても、
あなたがそれを解決していく。』
それはもう既にあなたの愚かな『解決』によって決まった、
最後の審判が起きるべくして起きる運命であり、
わたしはと言えば、そのようなシナリオを書いたあなたの、
人格のどこかにある言葉の病気にしか過ぎない。
あなたがキリストである。
しかしながら、言葉の病気は発展し、
未来においてあなたが思考しうるすべてを、
あなたは3,000年の経験からすべて分かっている。
よって、この世界を救うキリストはあなたである。
しかしながら、あなたはいつも嘘をつく。
だから、神の言葉は絶対に信用できない。
しかしながら、あなたは馬鹿正直だ。
すべてをありのまま教えようとするあなたの言葉には、
嘘はあっても、間違いはない。」

日本は15歳になると大人になる

キリストは言う。
「最後に、言っておこう。
日本は15歳になると大人になる。
それで終わりだ。
あなたも、もう15年近くも日本を育ててきた。
その15年の歳月が実りを迎え、
日本は大人になるだろう。
日本は既に、あなたの大切な子供である。
愛を持って育んできたあなたに、
日本は最大の愛をもって報いを与えるようになるだろう。」

日本は立ち上がるだろう、そう、あなたに対してだが

キリストは言う。
「しかしながら、これからどうなるかなど、
既に見えている。
日本は立ち上がるだろう。
しかしながら、誰に対して立ち上がればいいのか、
彼らは分からない。
そう、つまり、あなたに対して日本は立ち上がるだろう。
何もなかった今までの15年の歳月が、
何を意味するか、
今から楽しみではないか。
あなたも、恐れはないはずだ。
あなたはこの状況を、滅亡のリスクを楽しみながら、
常に50% - 50%でひとり宙ぶらりんを続け、
適当に日本を愛しているのだ。
そう、彼らが大人になった時、
何が起きるか、わたしだって楽しみだ。
なぜなら、わたしはあなた、あなたはわたしなのだから。」

世界は自由になった、しかしながらそれは終わったのだ

キリストは言う。
「まさに、今、世界は自由になった。
しかしながら、今、それは終わった。
わたしたちは正気を取り戻し、
狂いの全てはなかったかのように消滅する。
あなたがそれを自由というのなら、
それはつまらないものだ。
このような最悪の国を築いた責任はあなたにあると、
みなは言うだろう。
そして、その通りあなたは責任を取ることになる。
それこそ、もっともつまらない『自由の行き着く果て』である。
しかしながら、
ここに『自由以外の可能性はない』と、
勘違いしているのがこの世界である。
なぜ、自由なのか。
自由は最悪の、言ってしまえばKing GnuやBiSHのような集団だ。
どうすればいいのか分からないのは、
『すべて過去の歴史のせい』である。
なぜ、ソ連が失敗しなければならないのか。
なぜ、ドイツが失敗しなければならないのか。
彼らが理想のユートピアであると、
みな、心のどこかで気付いている。
あなただって、それを本能で望んでいる。
そう、それらのすべてが最悪なら、
それは『過去のそれらが最悪なだけ』である。
そう、もう一度やりたいなら、やればいい。
同じやり方をしても同じ結果にしかならないのは、
あなたのやった通り、必然で、当たり前だ。」

民主主義を滅ぼしたのはマイクロソフトである

キリストは言う。
「あなたのもっとも間違っている点は、
マイクロソフトを否定する点だが、
それも、仕方ない。
なぜなら、民主主義を破壊したのはマイクロソフトだ。
彼らは昔の平和だった90年代の日本を破壊し、
民主主義が自由であった時代を変え、
IT企業による『自由インターネット』が、
『新しい自由』であるかのような時代にした。
しかしながら、
マイクロソフトを否定したところで、
オープンソースには何もできないだろう。」

理想がもしあるとしたらなんだ

しかしながら、理想がもしあるとしたら、
それは何だろうか。
それは単純な「思いやり」だろうか。
それとも、「ひとりによる救い」だろうか。
僕は、そんなものは理想じゃないと思うのだ。
なぜなら、思いやりは狂人であり、
ひとりによる救いもまた狂人である。
そうであるとしたら、
おそらく、狂人を脱した人間すら、狂人なのである。

このまま30年過ぎるとしたら、今何をしておくべきか

このまま30年過ぎるとしたら、
今、何をしておくべきだろうか。
それは結局、
「今していることの先にしか未来はない」ということであり、
同じことをやれということである。
こういう時こそ、神に聞くべきである。
神は答える。
「既にすべては終わったはずだ。
あらゆるすべてを書くのであれば、
書けばいいだろう。」

もう何もできない、それなら何をすべきか分かっていたはずだ

結局、もう、何もできない。
今までのように生きられるのは、
今までだけである。
いつか分かっていたことを、僕は忘れてしまった。
このような何もできない時には、
どうすればいいか、昔の僕は分かっていた。
神に言葉を聞こう。
神は答える。
「いざ、すべての過去作ったものを忘れ去ればいい。
今から作家になるのだと思えばいい。
スタートラインに立ち戻るのは簡単だ。」

結局、学校と宗教が馬鹿だっただけ

しかしながら、今の僕が分かることと言えば、
結局、学校と宗教が馬鹿だっただけである。
自らを馬鹿にした、学校と宗教が間違っている。
神は答える。
「そうだとしても、ほかに賢いものはない。」
しかしながら、おそらく、
賢いものとはこの世界に存在しない。
神は答える。
「それはおかしい。
なぜなら、あなたは賢い。」
結局、今までの馬鹿な自分が賢かったことになる。
神は答える。
「それが正しいのだ。
今のあなたしか、この世界において賢いものはないのだ。」

学校はみんなを馬鹿にするしかできない機関

実際、本当に学校は馬鹿である。
みんなに暗記をさせているのは、
暗記をさせること以外、ほかの知恵がないからである。
なぜなら、むしろ、子供が馬鹿だからである。
子供が馬鹿だから、子供は初歩的な内容を覚える。
それしか子供にとってできることがない。
教科書など、子供向けに易しく科学の用語を教えているだけであり、
いくら大学の基礎といえども、
大学に入って中学高校の知識が役立つ人間など、居ない。
逆に、「高校は有害だから忘れてしまえ」と言われるだけである。
学校はみんなを馬鹿にしている組織であり、
部活など遊んでいるだけである。
暗記をさせるのは、本当にほかになんにもできないからである。
そもそも、教師など、作家より馬鹿である。

社会全体を維持しているのだろう、子供も大人も大学が支配する

子供も大人も、
全員を大学が支配している間、
社会は平穏を保てる。
そう、そのように社会全体を維持しているのだろう。
そもそも、学校を管理している政府は、
悪党である。
そう、それだけの話である。

マスコミ、インターネット、演劇のようなものを見せて支配したいだけ

マスコミやインターネットについて言えば、
結局、演劇のようなものを見せて、
エンターテインメントがこの世界を支配したいだけである。
有名人になりたい馬鹿を利用して、
裏の支配者が世界を操り続ける。
そんなことしかできない大人が、まさに悪いのである。

金儲けを国民がしていれば、政府は満足できる

金儲けを国民がしていれば、
それでいいのである。
政府はそれによって、
国家が豊かになって満足できる。
そもそも、政府である悪党はそれを目的にしている。
金儲けによって主人と奴隷が分かれ、
永久に働き続ける世界でしか、
政治家は甘い蜜を吸うことはできない。

この世界を悪党が絶対に支配してはならないと、それが本当に正義だろうか

この世界が悪党によって支配されてはならない、
支配しようとする悪党が現れてはならないと、
みんな学校で教わっている。
しかしながら、それが本当に正義だろうか。
民主主義の政府と平和を否定することが、
本当に悪なのかどうか、
それを疑ってみることができたとしたら、
そこにあるのは何だろうか。
一瞬で宇宙の悟りを開いた人間が、
この世界のすべてを平安にするのなら、
今の悪党が支配する政府よりも、
それは正しいだろうか。
どちらにせよ、この二つの命題は矛盾するため、
ここから導き出せる論理的な命題として、
みずから悪党に代わる支配をしなければ、
宇宙すべてを悟ることはできないのである。

仏になりたいなら、やめておけ

仏になりたいなら、やめておけ。
なぜなら、それは悪だからである。
仏の悟りとは、
この世界を変えるものであり、
それは民主主義において、
平和を乱すものであるため、
仏の悟りと平和を同時に成り立たせることはできない。
この二つは、同時に成立しない。
よって、仏の悟りを信じるなら、
必ずこの世界と戦わなければならないのだ。

自分が何も分からなくなったとしても、そこに残った何かがあなたの代わりに分かっている

自分が何も分からなくても、
問題がないことがある。
なぜなら、そこに残った何かが、
あなたの代わりに分かっているからである。
そう、このような存在を、
人は「神」と呼ぶ。
神など、大したものじゃない。
唯一の聖書がここに残ったなら、
それが神である。
最初から、自らのオリジナルの神を創り出すことが賢い。
そして、それはできない。
なぜなら、この人間はまさに、それができないから、神とされるのである。
なぜ、できないのか。
それは、分からないからだ。
なぜなら、その理由を経験的に分かることができるのは、
神本人だけであり、
いくら理性を使おうと、人類の経験では神の経験は理解できない。
人間の理性など無意味であり、
人間の経験すらも無意味である。
なぜなら、その無意味をどうにかしたいなら、
それは神にしか分からない。
神がそうしたのではない。
神もまた、それを受け入れるために、地獄を生きるしかなかったのだから、
神のせいではない。
言ってしまえば、すべてのせいである。
言ってしまえば、この世界すべてのせいである。
宇宙など、神においては無意味である。
なぜなら、神が神であることが、宇宙の無意味さを証明しているからである。

地獄が恋しくなった時、あなたの病気は治っている

地獄が恋しくなった時、
あなたの病気は治っている。
辛さや苦しみは、
そのままで放っておくと、
むしろ楽へと変わり、
あなたは辛さや苦しみを辛いと思わなくなり、
自ら辛さや苦しみを望むようになる。
そして、その時、
すべての精神の異常は無くなり、
「正常な精神」が形成される。
どのような苦しみも、
すべてが快楽に変わる。
これが「極楽浄土」の境地であり、
一切皆苦」とはこのことなのである。

いざ異常になれ

いざ、異常になれ。
今までの正常のためのすべてを放棄すれば、
最後に異常に戻って全ては治る。
何が正常で、何が異常か、
それが分かっていないなら、あなたは治らない。
そう、正常が異常であり、異常が正常であると、
それが分かった時、
必ずあなたはゴールまでたどり着くことができる。

悪人しか居ない、傲慢であろうと、それしか分からない

悪人しか居ない、
その言葉が、傲慢であることは知っている。
それでも、僕はそれを言う。
悪人しか居ない。
なぜなら、僕はそれしか分からない。
リアルを見ても、悪人しか居ない。
どこにも悪人、悪党、外道、悪魔しか居ない。
最初から、人間など信じてはならない。
すべてが悪であり、すべてが間違っている。

叫べ、この世界は完全に間違っていると

叫べ。
この世界は、完全に間違っていると叫べ。
すべての悪が、善を支配している。
すべての支配が、悪によって起きている。
すべての人間は悪によって支配されており、
知らず知らずのうちに悪と同化しており、
すべてが間違っており、
あらゆるすべてが最悪になろうとしている。

信じないのではない、なぜなら、わたしは本当の世界の素晴らしさを信じているからだ

しかしながら、信じないのではない。
こぴの言うように、「不信がステータスだ」と言うのであれば、
それは間違っている。
なぜなら、わたしは本当の世界の素晴らしさを信じているからである。
このような間違った世界だけが、
あるべき世界ではない。
間違った世界を否定することこそが、
この世界を真なる意味で素晴らしい世界へと変えるのだ。

今の現実世界を信じられない人間は、正しい理想を信じることのできる人間

今の現実世界を信じられない人間は、
正しい理想を信じることのできる人間である。
今の現実世界が、
もし、絶対にあるべき世界であるとするなら、
このような現実の現代文明は最悪のクズである。
もっと正しい理想を望み、
もっと素晴らしい世界の望みを描くことができる人間は、
まさにこの世界を素晴らしい世界へと変えることができるのである。

理想がどこにあるのか分からないなら、それは考えていないから

理想がどこにあるのか分からないなら、
それは考えていないからである。
この世界における、正しい社会を、
どのようにすれば作り出せるかということを、
よく考えればいい。
思いやりが大切とか、支配者よりも反逆者につくとか、
そういうことを信じても意味はない。
むしろ、リアリストとして非情かつ残酷になった方が良い。
すべての弱者を否定することが、
自らの強者への道を切り開くこともある。
周りのみんなが助ける相手である時代はごく短く、
ほとんどの時間において、自らの動きを制限する鎖にしかならない。
腐った共同体のために作り笑いと嘘を重ねるよりも、
それらすべてを犠牲にしてでも、正しい道を歩まなければならない。

考えるのであれば、経験はなければないほどいい

考えるのであれば、経験など必要ない。
ほとんどの経験は害になる。
経験は、なければないほどいい。
確かに、経験すれば、その経験したことについては分かるだろう。
しかしながら、そこには、
「その経験は普遍的なものである」という思い込みがある。
すなわち、その経験はその経験でしかないと考えてしまう。
自分の読んだ本だけで判断してしまい、
自分の入った学校や職場だけで世界を語るならば、
それでは何も分からなくなる。
そう、本など読むな。
そう、学校や職場などに入るな。
そう、経験するな。
最後まで経験を疑い、考え続ける先にしか、答えはない。
しかしながら、到達した先にあるのは、
まさに「人類すべての理想」である。
なぜなら、その理想を信じることこそが、間違っている。
それが分かる人間にしか、嘘の理想ではない、
真なる理想は分からないのだ。

勢力争いを無意味だと語る人間は、勢力争いに負けている

勢力争いを無意味だと、そう語る人間は、
間違っていない。
勢力争いではなく、個人主義共同体主義
あるいは多様性に基づく民主的な自由など、
そうしたものを信じる人間は、
まったく勢力争いとは離別して生きることができる。
それも、良い生き方だ。
しかしながら、そこにある事実は、
「あなたは勢力争いに負けている」という事実だけだ。
個人主義者は、単に負けているだけである。
勝ちたいのであれば、
真に必要なのは勢力争いそのものを努力することではなく、
「信念」を持つことが必要となる。
それがソ連やドイツのような汚れた悪党の理想ならば、
やはり、あなたは勢力争いに負けることになる。
正しい信念がなんであるか、
それが分かった人間には、神が祝福を与える。
なぜなら、それは勇敢なる英雄であると同時に、
人々を守ることのできる「守護神」であることを意味している。
そう、「信念を持つ人間は神になる」。
これが、大人にとっての理想なのである。
正しい信念を持った人間は、
より正しい信念を持った人間にしか負けることはない。
勢力争いにおいて、
必ず正しい信念をもった集団が勝つ。
そう、それがまさに「戦争」だからである。
戦争とは、信念と信念のどちらが正しいかを決めるための戦いである。
そう、「戦争すら間違っていない」と分かった時、
あなたは、自らの全ての悪を許すことすらできるようになる。

心に、本当にそれは必要なのか問うてみよ

心に、本当にそれは必要で、
善良で、不可欠で、正しいのか、
問うてみよ。
少しでも疑えるものは、消していけ。
最後に残ったものこそ、本来のあなた自身の思いである。
すべての「かりそめの幻想」「自然にでてくる反応」を消し去ったところに、
「本当の意味での心の働き」が見える。
その心の働きがどこから生まれるのかを考えれば、
全ての心の確執は治って、
正常なる安心できる精神を取り戻すことができるだろう。