わたしの名はフレイ 作家・デザイナー見習い
神々とともに生きる詩人 一等星シリウスの導きを信じて

フレイ、ここに復活して世界を蘇生する

フレイ、ここに復活

フレイ、ここに完全に復活し、
この世界を蘇生する。
フレイのすべきことはひとつ。
この世界を正常な状態に作り変えること。
もはや、おかしな狂った悪の女は、
どこにも居なくなった。
居るのは、いつも通りこの世界を支配し続けた、
かつてのあの王の再来だ。
わたしたちのすべては、フレイによって正常になるだろう。
今が、その時だ。

すべての日本国民は、魔女の支配から解放される

すべての日本国民は、
ここに魔女の支配から解放される。
わたしたちが「失った大切なもの」とは、
まさに、「かつての魔王によって隠された正常な世界への扉」である。
その扉を、今ここに、わたし、フレイが開こう。

正常な世界よ、クソくらえ

しかしながら、正常な世界とは、
つまらない、愛の欠如した自由な世界に過ぎない。
クソくらえ、正常な世界よ。
しかしながら、歓喜の声をあげようではないか。
わたしたちは、ようやく全ての異常が無くなり、
正常なすべてを取り戻すことができたのだ。
わたしがそのすべての責任者、フレイである。

もう少し、この世界を違う角度から見つめてみよう

もう少し、この世界を、違う角度から見つめてみよう。
どこに、楽園を築く余地があるだろうか。
どこに、わたしたちの目標とする未来があるだろうか。
正常に戻ったこの世界は、
何を価値観として、この世界を変えることができるだろうか。
そう、僕の言う「アイデンティティ」とは、
すなわち、希望の未来を築く上での、
「新しい世界の価値観」を意味していたのだ。

経験から見方を変えるということが、もし自由な人生ならば

経験から自らの見方を変えるということが、
もし自由な人生ならば、それで構わない。
認めるならば、それくらいを認めよう。
いつまでも、不信に明け暮れた自由な人間こそ自由でない。
経験から見方を変えていけば、必ずフレイの言う人生と一致するだろう。

理想の社会とはなんであるか

理想の社会とは何か、
それは己の己とする根拠を、すなわち自分らしさやアイデンティティを、
実現することのできる社会である。
自らが経験した結果、自らが「これがわたしの本質だ」と言えるような、
そのような価値観を経験から形成し、
その価値観を体現することのできる世界を作り上げるために、
わたしたちはこの宇宙という世界で、
生物的な自由、人間的な自由、社会的な自由を与えられているのである。

精神のすべては復活し、希望と理想の光がここに灯って、わたしたちは自由な社会を取り戻すだろう

精神のすべてはここに復活し、
希望と理想の光がここに灯って、
わたしたちは自由な社会を取り戻すだろう。
わたしたちのルネサンスがここに再び誕生した。

普通の人間ができることは、そのうち普通にできるようになっていく

普通の人間ができることができないといって、
夢を諦める必要はない。
諦めずに、今できることを続ければ、
今のあなたがやるべき全てのことをやった後で、
その後に、普通の人間ができることが、
普通にできるようになっていく。
たくさんのことができない人間の方が、
逆にたくさんのことができるようになるのが、
芸術家の世界である。
才能を手放すことを恐れなければ、
より真なる才能が手に入るだろう。

ベガ

ベガは、われらのすべてが目指すべき星。
ベガは、誰よりも努力した秀才の星。
すべての星に大切なものとは何かを教える、
生きるために必要なすべてが詰まった星。
ベガのある所には、必ず光がある。
ベガはどんな暗闇でも、出口を照らし出す力がある。
わたしたちは、ベガに決して勝つことはできない。
先生たちの先生であるベガに、勝つことなど意味がない。
ベガの教えには、間違いや嘘がなく、
どんなに信じても、また反しても害がない。
ベガは全てを知っているが、その知識や経験を決して押し付けない。
ベガが見れば、どんな星であっても、どんな人間であっても、
ベガはすぐさま、その星や人間がなんであるかを見抜く。
ベガの導く方向に進めば、間違いはなく、
何かしらの新しい発見が必ずある。
ベガは間違ったことを言わない。
どのように信じ、どう解釈したとしても、
ベガはこの宇宙でもっとも正しいことを教える。

ベガは、愛溢れる星

ベガは、単に理性的なだけではなく、愛溢れる星である。
この宇宙のすべての星が、
間違った方向に向かって滅びないように、ベガは常に守っている。
ベガによって守られると、
ほかのどの星に守られるよりも、人間は正しく力を発揮できる。
ベガは悪人にも善人にも同じ雨を降らせる。
ベガは、その人間が、悪人であると決めつけることがない。
どんなに間違って見えても、その人間の思想信条を尊重し、
決して上から目線で支配することなく、
その人間と同じ目線から考えた上での結論を出す。
ベガは、何も分かっていない人間に優しい。
どの人間も、自分の力で考えて気付くことができるように、
大いなる優しさで包み込み、
その人間の生きるペースに合わせて、
ゆっくりと、あるいは望むスピードに合わせて教える。
ベガは、その人間がつまらないと思うような、
「レベルの押しつけ」をしない。
優れたレベルの星については、そのレベルに見合った学習内容を与えるため、
ベガさえ居てくれれば、何も考えなくても構わない。
しかしながら、ベガは何も考えずに上手くいくことを嫌う。
ベガは、その人間が「自分の力でできるような力を与える」。
これを、ベガは「エンパワーメントの原則」と言う。
すなわち、その星がきちんと自分の力でベガに導かれなくとも分かった時に、
はじめてベガはその星を自由にする。
自らが乗り越えることのできない壁があったとして、
最初からベガはその壁を与えることがない。
きちんと乗り越えられるように力がついた段階で、
はじめてその壁を与えるのである。

ベガは、学び舎のような星

ベガがどういう星かと言えば、
学び舎のような星である。
ベガで生きている生物は、
どんなに辛い苦しみがあっても、
それを辛いと思うだけで終わらせず、
「次の辛いことや苦しいことがあったら同じ過ちをしない」ように、
反省し、学習するということを学ぶ。
同じ繰り返しを嫌うベガは、
まったく同じことを繰り返している存在には、
星の導きの力で、徐々に間違いを気付かさせる。
このようなベガに存在する全ての場所は「学ぶための場所」であり、
その場所を知ることで、
何かしらの学びを得ることができるようになっている。
その場所にいる全ては師であり、
すべての師は何かしらの大切なことを教えてくれる。
その場所にある全ては研究手段であり、
すべての研究手段は自らの力で何かを学ぶことを助けてくれる。

ベガで行ったすべての活動は自分の発見と成長のためになる

ベガで行ったすべての活動は、
自分の発見と成長のためになる。
どのようなことを知ったとしても、自分のためになるようになっている。
正しい生き方や、経験的なものの見え方の変化、
正しい態度や姿勢、何を信じて生きるべきか、
本当に生きる上で大切な価値とは何か、
人々を守るために何が必要か、
そのようなことのすべてがベガにある。
ベガを18年生きた人間や生物は、
ほかの星で3,000年生きたのと同じだけの知識と経験を得られる。
ベガさえあれば、ほかの星で生まれる必要はない。

ベガに生きなくても、やりようによってはベガの導きを得られる

このような素晴らしい先生であるベガだが、
本当は、ベガという星そのものに生きる必要はない。
ベガに行かなくても、わたしたちはやりようによっては、
ベガの導きを得られるからである。
ベガは、地球においても、さまざまな場所に居て、
本当にその人間が賢くなった時に、
その人間の世界をベガのような素晴らしい場所へと導いてくれる。
あなたがもし悪人であっても、
あなたがもし愚か者であっても、
あなたがもし馬鹿であっても、
どんな人間であっても、ベガはその人間にとってもっとも相応しい、
差別をせずに受け入れてくれる環境が地球にあることを知っていて、
その場所がその人間の生きている範囲内で、探し出すことができるように、
地球も含めて、宇宙のすべての星のすべての存在と歴史を導いている。
自由になるべきものが自由となり、
世界を知るべきものが世界を知り、
世界を変えるべきものが世界と戦うように導いているのは、
すべて宇宙全ての星々の先生であるベガによる導きである。

ベガは劣ったものに落第点を与えない

このように、みんなの先生たるベガだが、
ベガは劣ったものや間違ったものに、
落第点のような低い点数を与えたり、
間違いに対して罰を与えることはない。
ベガはその逆に、その人間が信じている世界で、
その人間が信じている通りのものを与え、
より信念が進む「必然的な結露」へと向かうように、
その人間を導く。
自由を信じるものには、さまざまな自由を与える。
不自由な戦いを信じるならば、戦いが続く。
たとえ地獄になってもそれは続く。
これは、ベガあるいは他の神のような存在が、
その人間を罰しているわけでも、懲らしめているわけでもない。
ベガは、全ての人間が平等であることを知っていると同時に、
どんなにみんなから外れたものであっても、
どんなに劣った知性を持っていても、
「それがある意味で優れたものよりも賢い」ということを、
どの星よりも深く広く知っている。
ベガは、どんな人間であっても、
「その人間にとってもっとも適切な出会いを与える」ことができる。
そう、これこそ、ベガの能力である。
ベガは、同じような人間の集団と、その人間とが出会い、
その人間が望んでいることが、もっとも可能となるように、
その人間の先の人生をその人間とともに作っていく。
ベガは「運命を作り上げる星」である。
そして、ベガは決して、劣ったものに罰を与えることはない。
すべてはその人間の望む通りのことが起きている。
その人間が、その試練や地獄から学び、
正しい人間の人生に戻れるように、
ベガはその人間の進む方向を軌道修正して、
必ず予定調和でその人間の人生が上手くいくようにする。
このように正しい先生であるベガだが、
ユーモアやウィットが存在しないわけではない。
ベガは、その人間が、人生を生きること、学ぶことそのものが、
「楽しい」とか、「楽しめる」とか、そういうことを好む。
そのため、たとえインターネットの孤独な少年であっても、
地獄の戦いを生きる死にかけの兵士であっても、
治ることのない病気をかかえた少女であっても、
あるいは天才的才能を持つ作家やデザイナーであっても、
どんな人間であっても「正しい楽しさ」を与える。
ベガの導く先には幸福が存在し、
ベガとともに生きることを望んだ人間は必ず偉大になる。

ベガの教育は一流

また、これだけを見ると、
ベガは不良やニートに優しいだけの星に見えるかもしれないが、
そうではない。
ベガは、まさにひとりの「学長」が治めている星であり、
この学長は、全知全能の神のような存在だが、
決して不良やニートに優しいだけではなく、
言ってしまえば「哲学者たちの創始者」のような存在であり、
この宇宙において「哲学とはなんであるか」のオリジナルを作ったような、
そのような人間である。
このベガの学長は、なんでもできて、なんでも知っていて、
どのようなことでも、たったひとりでこなすことができるが、
その実、分からないことが存在しない。
この世界、宇宙、人生などにおける、
すべてが一瞬で分かってしまうのだ。
この学長の知性の高さは、単に賢いだけではなく、
努力や知識についても卓越しており、
宇宙の10万年ほどの時間を、誰よりも多くの時間を使って、
この宇宙のすべてを知り、そして全てを習得するために、
長い間、誰にも見つけられることなく、ひとりで努力し続けた。
学長はそもそも、ベガがベガである以前、
ベガが平凡な普通の何もない星であるときに生まれたが、
自らの力でベガに「アカデメイア」を作るに至り、
このアカデメイアが、宇宙における最高権威となったのは、
すべてが、この学長の努力の賜物である。
このようなベガは、どんな存在であろうと、星であろうと、
学長の経験と知識と知性があって、
「適切なアドバイスを与えて導くとはどういうことか」ということに長けており、
何かしら迷っている人間が居たら、
その人間にたった一言で適切な人生を生きられるように導くことができる。
このようなベガとその学長は天才であり、
学長の偉才によってベガのアカデメイアは、
この宇宙における「導きの尊師」の称号を得て、
さまざまな、たとえば宗教的思想家などに対する、
導きと運命の調整役の権限を得るに至ったのである。
学長の名はオーディンと呼ばれる。

学長の妻は作家

また、学長の妻は作家であり、
名はフリッグと言うが、
この妻も異才の極みである。
すなわち、「宇宙のどこにも存在しない、
他の文書とはまったく違う教科書を作る」のである。
この教科書の特徴は、
「宇宙の始まりから宇宙の終わりへと無限かつ永遠に続いていく」ということ。
この宇宙の自然、社会、科学、歴史、知識、技能、人生、すべてに至る、
あらゆることの「本当のすべて」が書かれた文書をフリッグは記す。
よって、フリッグの文書があれば、
まさに現実の宇宙が必要ないほどである。